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第一部 ここって乙女ゲームの世界らしい

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 オレの人生、あんまりすぎる。

 せっかく新たな生を手に入れたのに。

 超絶美形に生まれたのに、女装男子の結婚詐欺師なんて!変態すぎるぅ!

 ベッドに突っ伏して、わんわん大泣きしてたオレに、母親がいい事思いついたわ!と手を叩いた。

「向こうから婚約を取りやめたいと思わせたらいいのよ!」
「ぐす、こんやくを、とりやめ?」
「そしたら、旦那様にもバレる事はないし、あちらから慰謝料を請求される事もないしね!むしろ向こうから沢山の慰謝料をふんだくって、2人で逃亡しちゃう?」
「…………」

 オレの母親は稀代の詐欺師かも。
 あまりの提案に、涙も引っ込んじゃった。

「例えばジェード様が他の女性に本気で心惹かれるとか、もしくはあなたがものすごく冷たい態度をとって嫌われるとか!」
「…こんやく…はき?」
「そうそう!難しい言葉を知ってるのね!そうなるように仕向けるの!よーし、こうしてはいられないわ!作戦たてるわよ~」

 そう言って、母親は意気揚々と出て行った。

 どうしよう。嫌な予感しかしない。まさか儚な気美人のお母様が、あんな性格だったなんて。

「でも…こんやくはきは、いい手かも」

 オレはベッドを降りると、机に移動した。紙とペンを取り出して、現状を書き出す。

「そもそも、オレをおんなとしていつわったのはー」

 父親の正妻が怖い人だからだ。家の為なら容赦なくひどい事だってする。そんな人だ。

 異母兄を後継者にする為に、もしオレが男で、かつ優秀だったりしたら消されかねない。

 だけど女なら、婚姻で家の政治道具にできる。

「……きぞくこわい」

 決めた。婚約破棄したら、とっとと母親と一緒に逃亡して平民にでもなろう。殺されるよりマシだ。

「あと、こんやくしゃはー」

 ジェード・ネフライト。確かネフライト家は公爵家。

 こ、これ、きっと相当な家柄だよね?

 オレは机にあった子供向けの貴族の資料を広げる。

 最近、何故か急に淑女教育が始まって。先日からこの国の貴族について学んでいる最中だ。

 資料によると、相手はオレの予想を遥かに上回る相当な家柄だった。

 というより王家に連なる家!!

 オレ…男だってバレたら殺されるかも。
 冷や汗が流れた。

 改めてその他の貴族名や特徴を読み直していると、ある事に気づいた。

「何だか、ききおぼえがあるんだけど?」

 代々宰相を輩出する侯爵のトパーズ家。
 代々優秀な魔術師を輩出する伯爵のガーネット家。
 代々優秀な騎士を輩出する子爵のコーラル家。

 そして代々その財力で社交界を牛耳る我がトルマリン家。

「そんな…まさか、ね?」

 この宝石の名前をもじってつけたような名前。ものすごく聞いた事がある気がする。

 ドキドキしながら、そんな筈は無いと否定する。

 その時、パタンと倒れて来た本があった。子供用の絵本だ。

 何気なく気になって、それを手に取る。

 これまで何度も読み直してきた絵本なのに。今日は何だか気になって仕方なかった。

 絵本のタイトルは『遣わされし聖なる乙女』

 この世に悪いエネルギーがはびこった時に、聖なるエネルギーを宿した乙女が世界を救うという話だ。

 よくある夢物語。

 そう言えればどんなにか良かっただろう。でも、この世界に産まれたオレは知ってる。この乙女は実在する人だ。

 しかも、その絵本を見た事でオレは確信した。オレの不安が的中した事にー。

「ここ…いもうとがハマってたゲームにそっくり」

 妹がゲームしているのを横目で見ていただけだけど。そこら辺に放置されていたパッケージや、設定集みたいのがあったから自然と目に入ってた。

 この『遣わされし聖なる乙女』と言うのは、ゲームタイトルに入っていた筈。

 確かこのゲームのメインヒーローが、妹の推しキャラだった。

 て、妹の推しってオレの婚約者じゃん!

 そうだ。推しの婚約者が悪役令嬢で、婚約破棄してヒロインと結ばれるって言ってた様な。

「……やった!」

 思わずガッツポーズした。

 なら婚約破棄される悪役令嬢はオレの事だ!

 破棄された悪役令嬢はどうなったんだっけ?
 思い出せ!オレ!

 その後、うんうんと過去の記憶を遡るも、それ以上の事は思い出せなかった。

 よく考えたら、妹の推しは婚約者とヒロインだし。それ以外の情報が無いのも当たり前かも。

 そこまで考えが辿り着いて、オレは一安心して休む事にした。

 高熱からやっと回復したと思ったら前世を思い出して。母親との衝撃的なやりとりとで、だいぶヘトヘトだ。

 とりあえず明日から悪役令嬢になる勉強しよう。

 そうしてオレは眠りについた。



◇◇◇



 現世に比べたら小さな居間。

 そのソファに寝転んで、オレはゴロゴロと漫画を読んでいる。

 ソファの側には妹。

 ソファを背もたれに床に座って、相変わらずお気に入りのゲームをして、何かぶつぶつ独り言を言っている。

 昔の懐かしい日常の夢に。
 オレは懐かしさと、少しの胸の痛みを覚える。

 あの頃、妹はゲームしながら何て言ってたんだろうな?

 夢の中で、オレは妹の言葉に耳を澄ませた。

『悪役令嬢は、やっぱり最後は悲惨な死を迎える運命なんだよね~』



◇◇◇



「ワー!」

 オレは恐怖に飛び起きた。

 冷や汗ダラダラだし、心臓がバクバクだ!

 オレの叫び声を聞いて母親が部屋に飛び込んで来た。

「ヴィラちゃん、どうしたの?」
「おかあ様…」
「怖い夢でも見たの?」

 抱きしめられ、よしよしと背中を撫でられると、少しずつ恐怖が和らいできた。

「こわ、こわかったの…ひっく」
「大丈夫。お母様が側にいるから」

 あぁ、そうか。記憶が戻ったといっても、まだこの身体は6歳の子供なんだ。そう思ったら身体の強張りも解けた。

「よしよし、朝まで側にいるからね」
「ママ…」
「そう呼ばれるのは久しぶりね。大丈夫、ママがついてるわ」

 ママの腕の中で、オレはやっと安心して眠りについた。
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