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第2部 呪いの館 救出編

28話

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 夕陽は山の向こうへ沈んだ。

 夏の空は、赤と藍色のグラデーションがとても綺麗だった。もうすぐ完全に暗くなるだろう。

 華と怜は、村長の家へ走って向かった。

 この世界の洋館と庭園は、彼らの父親の呪いにより守られている。
 生前の時の様に襲撃する事は無理だ。そもそも中に入る事ができない。

 だが、2人が危惧しているのは集団で囲まれた時だ。1人でも殺してしまったら、やり直しになる可能性だってある。

 せっかくここまで調べ上げたのだ。恐らく後は村長に会えれば、全容がわかる筈だー。

 村長宅の前には、いくつかの篝火が焚かれ、数人の村の男達が集まっていた。

 年老いた2~3人の翁が、武器を手にした若者達に何か激励を飛ばしている。

 向こうから見られない様に、近くの木々に身を潜めた。
 
 怜が無言のまま、木々の奥を指した。もうすぐ彼らは、華達の前を行進するだろう。通り過ぎるまで待つ時間はない。

 既に太陽は沈み、すっかり夜だ。ただ幸いなのは今夜は大きく美しい満月が輝いている。木々の合間から月明かりが降り注ぐので、思った程は暗くなかった。

 ゆっくり、足音を極力立てないように気をつけながら村長宅に近づいた。
 幸い人々は家の正面側に集中している様だ。

 村長宅と言っても、他の農民の家に比べれば規模がデカいが、洋館の様に柵で囲まれている訳ではない。人の目さえかいくぐれば、忍び込むのは簡単だろう。

 タイミングを図るため、村長宅の近くの木々に紛れ、ジッと息を潜める。

 その時、気合いを入れるように、おー!と雄叫びが上がった。一斉に村人が歩き始めた。

 あんな連中が館に向かって来たのか。当時の状況を再現している様で、華はゾッとした。

 怜の合図で、木々から飛び出して、家の裏側に回った。引き戸をずらすと、音もなく開いた。

 素早く中に入り、引き戸を閉めた。

 中は暗い。使われていない部屋なのかもしれない。怜が小さいランプを点けた。柔らかい光なので、外に漏れにくいだろう。

 あらかじめ、作戦は決まっていた。だから会話はいらない。

 前回奥の隠し部屋にいた初老の男。
 それが恐らく村長だろう。

 復讐に回った時は、ここが村長の家だとは思わず踏み込んでいた。

 だが、一軒だけ大きい家。秘密の宝。隠し部屋。そこに隠れていた初老の男。繋ぎ合わせれば、答えは1つだった。

 怜が周囲を伺いながら、率先して廊下へ出た。手の合図だけで続くよう、華に指示を送る。

 正面からまっすぐの奥の間。そっと静かに戸を開ける。中は灯りが焚かれ、明るかった。

「何だ?何かあったか?」

 戸が開いた事で、部屋の中にいた男が廊下に顔を出した。
 すかさず、怜が噴射スプレーを相手の顔に吹きかけた。続けてハンカチで男の鼻口を押さえる。

 ぐらり、と男が倒れるのを抱え込み、部屋の中に引きずり入れて寝かした。

「な、な、何者だ!」

 もう1人見張りの男がいた。
 腰から水鉄砲を取り出し発砲する。と言っても、中見は酢だ。

 見事、顔に集中し、わっ!ぷっ!と慌ててる所にスタンガンをお見舞いする。痛みにしゃがみ込んだ所で、先程の男にした様にハンカチを押し当てた。それを最後に、相手は動かなくなった。

 怜が華を案じて入り口を振り返る。

 怜が突入した時点で、華も後に続いていた。既に華によって戸は閉じられ、しかも最初に昏睡させた男の手足に手錠を嵌めている所だった。

 いつの間に、こんなにも逞しくなったのか。

 華の頼もしさに驚きつつ、怜も2人目の男を後ろ手に手錠をかけた。
 続いて両足にも手錠をし、海老反りの状態で拘束した。口にはガムテープだ。

 華が拘束していた男にもガムテープをして、海老反りにした。

 華が手伝ってくれたお陰で、予想以上にスムーズだ。
 
 2人は隠し扉に近づく。仕掛けの解除は、怜の中の青年が覚えていた。
 壁を調べて解除する。

 ここから選手交代だ。守りをメインにする為、少年が表に出て来た。瞳が碧く変わる。腕輪を盾に変えてから、少年を先頭に隠し部屋へ入った。

 狭い通路から広い場所に出る。

 ガキッ

 金属がぶつかる音がした。
 刀を持った大男が、少年に切り掛かってきたのだ。それを盾で受け止めた。

 いつもなら盾で弾き反撃する所だが、体格差が大きい為、受け止めるのが精一杯だった。

 それがわかったのか、大男は笑いながら、縦に横に、なりふり構わず切りつけてくる。何とか受け止めるが、男の力任せの重い攻撃に疲労が溜まってきた。

 このままだと埒があかない。
 華が援護に回った。懐中電灯で大男の顔を照らす。眩しさに怯んだ所で、催涙スプレーを吹きかけた。

 刀を取り落とし、うめきながら顔を覆う。涙で顔を歪ませながら、男がこちらを見た。明確な殺意が宿っている。

 立ち上がり、両手の拳を握って構えた。刀が通じないなら力強くで捕まえる事にしたようだ。 

 いや、怒りで殺すつもりかもしれない。

 相手が武器を変えるなら、それに対応するだけ。少年も青年と交代した。ポケットに入っていたメリケンサックを両手に嵌め、ファイティングポーズで構えた。

 その隙に華は邪魔にならない程度に離れた。

 大男が飛びかかってくる。横にかわしながら、思いっきり大男の横顔にストーレートをお見舞いした。

 「な…」

 小柄な怜から繰り出されたとは思えないパンチ力に、男は倒れた。
 これが怜や少年なら、その隙を逃さず、相手を昏睡させるところだが…。

 青年は違った。元々、好戦的な性格な上に、今回はずっと攻撃的な面を抑えていたのだ。つまり、鬱憤が溜まっていた。大男に馬乗りになり、殴りつけている。若干、楽しそうだ。
 死ぬ、もうやめてくれ、と大男が泣きながら許しをこうてきた。

「その辺で止めてもらおうか」

 すぐ側で別の男の声がした。
 チャキ、と華の顔に刃物が当てられた。
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