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第1部 呪いの館 復讐編

9話

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「…あぁ…時間切れだ。ヤツが来た…」

 勇輝の腕が離れていく。

 見上げると、勇輝の目は碧く光っていた。その異様さに華は息を飲む。

 側に来た怜の瞳も同様に碧色に発光していた。



◇◇◇



 いつの間にか、桃が勇輝の後ろに立っていた。

 うつろな表情で、ぼんやりこちらを向いている。碧く変化した目は焦点が合っていない。

 華が駆け寄り、桃の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。瞬きもせず、目線も合わない。

「桃ちゃん…大丈夫?」

 ぼんやりしていた桃が徐々に華に焦点を合わせてきた。

「…だ…れ?」
「私、華だよ。覚えてないの?」
「はなちゃ…ん…」

 はなちゃん…はなちゃん…何度か小声で呟く。

「…おぼえてる」

 そう言って桃は器用に口角だけを上げて笑った。

 確かに微笑んでいる筈なのに、その目は何の感情もない。

 不気味な笑顔に華は背筋が寒くなった。

 触れてはいけない何かに触れてしまったような…言いようのない恐怖感。

 桃は肩に乗った華の手を払い除けた。

「なんでわたしだけ…」
「!?」
「なんでワタシだけ…こんな目に」

 桃の手が華の首にかかった。
  
 ゆっくり力を込めながら、華にのしかかってくる。

 恐怖と苦しさで、華は膝をついた。

 桃の手を解こうともがくが、うまく力が入らない。桃の爪が華の白い首に食い込んでくる。苦しくて見上げた桃の表情はー。

「お前のせいでっ…」

 泣いていた。

 大きな碧く光った目から静かに涙を流していた。
 
 桃の行動やセリフが、そして涙が衝撃的で、まるで時が止まったかの様だった。

 ふいに、桃の腕を怜が掴んだ。

「姉さん。その子はちがう」

 桃がビクリと身を震わせる。

 華の顔を見て、パッと手を離した。

 その瞬間、桃の爪が華の首をかすり、華の白い首にうっすら血が滲んだ。

 一気に呼吸が戻ってくる。華は床に手をついて咳き込みながら息を整えた。

 いったい3人に何が起きているのか。床にうずくまりながら、華は3人の様子を伺った。

「……やっと会えた」

 勇輝が愛しそうな表情で、桃を抱きしめた。桃はその胸に顔を埋めながら、まだ泣いているようだった。

「そいつ殺そうか?」

 勇輝が笑いながら華を見た。その目には殺気が宿っていた。

 視線を遮るように怜が2人の間に立った。

「この子は、彼らの仲間だ。わかってるだろう」
「ふん」
「姉さん。落ち着いたら、そろそろ行こう」

 怜の言葉に、桃は無言の頷きで同意して勇輝の胸から顔をあげた。

 涙は落ち着いたようだ。

 勇輝にリードされて2人で部屋を出て行った。

 先程からの友人らの変わり様に、華はどうしていいかわからなかった。

 いまだ呆然としていた華に、一緒に行こう、と怜が差し伸べる。手を引かれるままに華も力無く続いた。

「恨みを晴らす方が早い」
「…そうね」

 先に出た2人は祭壇に向かいながらそんな会話をしていた。

「でも、それじゃ根本的な解決にはならないよ」

 勇輝と桃の意見に怜は異議を唱えた。

「根本的な事なんてどうでもいいだろ。オレ達は恨みが晴らせる。コイツらは元の世界に帰れるんだから」
「そしたら、また誰かが犠牲になるかもしれない」
「そしたら、また皆殺しにすればいい」

 くっくっくっ、と嘲るように勇輝が笑った。いつもの裏表のない楽しそうな笑顔と違いすぎて、否応なく中身が別人という事を感じらさせられる。

「でも、それじゃいつまでもボクらが何故死んだのかわからないよ」
「わからなくていい!」

 突然、桃が大声をあげた。

「思い出したくないの!」

 桃が碧い目を見開いて、イヤイヤと頭をふって取り乱している。

 宙を見ながらブツブツ何かをずっと呟いている。何を言ってるかは聞こえなかったが、その姿に精神的な不安定さが滲み出ていた。

 突然、桃がガクと膝をついた。

「どうした!?」
「姉さん!?」

 側にいた勇輝が桃を受け止める。
 どうやら桃は気を失ったようだ。

「…いったい何が?…おまえ何か知ってるか?」
「…知らない」

 勇輝の問いに怜は顔をこわばらせながら、首をふった。

「う…」

 桃が目を覚ます。目は黒かった。

 目の前に勇輝の顔があり、驚きで「きゃっ!」と声を上げた。

 その様子に、勇輝は不愉快そうに眉をひそめた。

「彼女はどうした」
「え?彼女?」

 桃がパチクリと目を瞬く。怜が助け船を出した。

「キミの中に入った女性だよ」
「女性の…霊…」

 先程のベッドでの出来事を思い出したのか、桃の顔がみるみる蒼白になる。

「あ…今はわたしの中で、閉じこもってます」
「なに?」

 勇輝が睨む。桃が涙目になりながら必死に答えた。

「り、理由はわからないけど!とても辛そうで!卵の殻に閉じ込もってるみたいになってます…」
「それじゃ、求める者の役割が果たせないな…」

 怜の言葉に、あ、でも!と桃が口を挟む。

「わたしを通して外の様子は見てるから、何かあればわたしを通してやりとりはできます!」
「ふむ」

 勇輝がジロリと桃を見た。
 怜もジッと桃も見つめる。

 その視線に桃は頬が赤らんだ。

「じゃあいい。彼女の望み通り恨みを晴らす。お前もそれでいいな?」
「…わかった」

 怜が勇輝の言葉に頷いた。

 勇輝が桃を立たせる。

 その時になって、やっと桃は空気の様になっていた華の存在に気づいた。

「華ちゃん!」
「…桃ちゃん?」

 今の桃は黒目だが、先程首を絞められたトラウマで、なかなか華は近寄れない。

「さっきは、ごめんね。首苦しかったよね」

 桃が華の首を確認する。

 華の白い首元は、手跡で赤くなっていた。しかも桃の爪がくい込み傷をつけたせいで血が滲んでいた。

 桃がスカートのポケットからハンカチを取り出して、華の首の傷を押さえた。少しハンカチに滲んだが、幸い血は止まっていたようだ。

「桃ちゃん…良かった。正気に戻って…!」

 桃の行動に元に戻ったと判断した華は、半泣きになりながら桃に抱きついた。

「うん、怖かったでしょ?ごめんね」
「大丈夫、桃ちゃんの中の人が、誰かと間違えてたみたいだから」
「間違えてないよ」
「…え?」

 意味がわからず、華は桃から身体を離して彼女を見つめた。

「あれ、わたしが思ってた事だから。間違ってないよ」

 桃がニコリと笑った。
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