幸せな男

まめ

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愛するのは

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「デビィ、デビアスっ…、っ…」

ああ、私は何てことをしているんだ
あんなに妻を愛していたのに
妻の代わりに子を産ませるための行為と割り切っていたのに…

寝台で漆黒の艶やかな髪を解き、波打たせるエバ
エバの中は私の形に合わせるように馴染み、潤った蜜で絡みとる

「エバ、ああっ、…イイっ…、くッ…ああ…」




………




私は伯爵位を早々に継ぐことになっのは十代終わり

実子が私一人しか居らず、私に何かあった時のため、遠縁から養子を迎え入れることになり、父母が迎えのために馬車で向かった
夜半に入った報せは、戻りの遅いことを心配し始めた私と使用人達にとって一番望まない物だった

突然飛び出して来た者を避け切れず乗っていた馬車が横転し、御者はその場で亡くなり、父母は大怪我を負ったとのことだった
飛び出してきた娘は無事だったが、父母はそのまま意識を取り戻すことなく数日後に亡くなってしまった

突然爵位を継ぐことになり、あの時の私は悲しむ時間すら与えられなかった

覚えること、やらなければならないことに追われ、気がつけば二十代を迎えていた
その頃にはやっと落ち着き始めたこともあって、社交の場に顔を出す機会が増えた
そして妻と出会ったのだ

当時、社交界デビューを終えたばかりの妻は、子爵の娘で、爵位こそ高位では無いものの、その可憐で清楚な美しさは社交界に女神が舞い降りたと騒がれたほど
そんなメイビスを娶ることが出来た私は僥倖だろう
どれだけの男共に羨望と嫉みの眼差しを向けられたことか


そして忘れもしない、メイビスと迎えた初夜
余りの美しさに触れてはいけないような気持ちになり、強くも無いのに浴びるほど酒を煽って臨んだ
行為のことはほとんど覚えていない
気が付けば横たわる彼女の身体にいくつもの所有印を残していた
だが、魅惑的な声で彼女が善がり「ディ、もっと…」と何度も強請ってくれた声は鮮明に耳に残っている
昼には貞淑な顔をし、夜には淫らになる彼女に、妻となっても独占欲を掻き立てられるのは致し方無いだろう
世の男達の理想を具現化した彼女と、このままずっと愛し愛され家族を増やし、絵に描いたような幸せを手にするのだと思っていた

だが、愛し合う私達の前に立ちはだかったのは、二年が過ぎても子が訪れる気配が無かったことだった

私達に遅れながら友人達が一人、また一人と妻を娶り、数ヶ月の後にその妻達の懐妊の報せの手紙が届き始めた
段々と報せが増え、ついに子が未だ居ないのは私達夫婦だけとなった

「メイビス、落ち込むことは無いんだ。もし、この先私達に子が出来なくとも、遠縁から養子を迎えるなりすれば良いだけのこと」

夫婦の寝室で泣きそうな顔を浮かべていた妻を慰めるつもりでそう言えば、妻は思いも寄らぬことを口にした

「叶うなら、私はあなたの子をこの手で育てたいのです…。私の代わりを…、私自身で用意致します。…どうか、お願いです。私にあなたの子を与えてはくれませんか…」

「駄目だ、そんな…君以外を抱くことなど出来ない。例えそれが君の頼みでも…」

どれほどの思いで口にしたのか
辛そうなその表情を見れば嫌でも分かる
だが、後にも先にも妻以外を、それが子を成すためだけとはいえ、抱くことなど考えられなかった

「私は妻の役目を果たせそうもありません。…願いを聞き入れていただけないのは、私と離縁をお考えだからですか…」

「そんなことある訳無いじゃないか!私は君だけが居れば良いんだ。離縁などあり得ない!」

「どうか、お願いです。私と添い遂げると仰って下さるなら、あなたの子を…。愛するあなたの子をこの手に…」

「メイビス…………」

眦からぽろぽろと涙を零し始めた妻を、居た堪れなくなり、ぎゅっと抱きしめた
妻は声を出さずに只ひたすらに泣いていた

それから何日も何日も、同じことを話し合い、最終的に、私が折れ、妻の望みを叶えることにした


………



「私達の子を産んでくれるエバよ」

妻が連れてきたのは黒髪が印象的な娘だった

「彼女、画家を目指してるの。でもまだその才能だけで生活が出来無いから、生涯支援することを条件に今回のことを引き受けてもらったわ。彼女もそれ以外は望まないと約束してくれたの」

夫婦間のこういった問題は他人の耳に入れるのは慮られる
どういった経緯で彼女を見つけたのかは分からないが、私達の申し出を受けてくれるという彼女は貴重な存在だろう

「デビアス、あなたも…あなたも約束して…。決して心を通わすことは無いって…」

「勿論だ。…エバと言ったな。あくまでも契約として、君に子を産んでもらう。万が一でも君が資金以上の物を望むことが有れば、私は容赦なく君を契約違反としてあらゆる手段を講じるつもりだ。その事を覚悟しておいてくれ」

「はい、理解しております」

「離れにエバの部屋を」

妻の指示に従いメイドや従者達が用意した部屋へエバを案内した


我が家の家来達は元は父達の代から仕えていた者が多かった
だが、妻を娶り、生活が安定したこともあったため、長く仕えていた者達に労いのために長期休暇を与えることを妻に話したところ、皆そろそろ引退する年齢のため、多めの退職金を渡してそのまま余生を楽しんでもらってはどうかと提案があった
長らく生活を共にしてきた者達が去るのは、淋しくもあり、少し不安もあったが、彼等の事を大切に考えてくれていた妻の気持ちが嬉しく、その提案に乗った
それもあって今我が家に仕える者達は、ほぼ妻が実家から連れてきた従者達だ
以前勤めていた者達も出来た者達だったが、それはあくまで私に対してであり、子を成せない妻に対してもそうであったかと言われれば、あのまま勤めてもらっていればいずれ、妻に対して何らかの思いが生じただろう
それを思えば、実家からやって来た従者達は、私よりも妻を大切に思っている
仕える主人の秘密を理解し、従順に仕事をこなしてくれている

その仕事ぶりに改めて感心している時、妻は戸惑いがちに尋ねてきた

「…エバは素敵な女性よね…。私が連れてきておきながら、心配よ…。本当にあなたが彼女に思いを寄せないか…。……大丈夫よね…?」

「君以上に素敵な女性は居ないよ。それに私は養子で構わないんだ。今からでも遅くは無い。彼女に約束した資金を渡して帰ってもらわないか」

「いいえ、…あなたの子が良いの…。私は…、…暫く実家で過ごすわ…。…夫婦の寝室だけはエバは入れないで…」

俯き加減でそう呟いた妻を胸に抱き寄せた
決して妻を手放すつもりは無いと伝わるように

そして妻は実家へ戻った

離れのエバの部屋へ向かうのに数日を要した
だが、妻が一日でも早く私の元へ戻って来て欲しい気持ちが、躊躇する身体を何とかエバの部屋へ向かわせた

「旦那様…」

透けそうなほどの夜着を纏い、寝台の上で私を待つエバは、月の光のせいもあり、妻とは違い妖艶さを見せた

ゴクリと自分の喉が鳴ったのが聞こえた

妻を抱く時のように強い酒を口にしようと思っていたが、気がつけば酒に手を伸ばさずエバの身体に触れていた

エバの身体は麻薬のようだった

一度その味を知ってしまえば、虜になり抜け出せなくなった
頭ではいけない、子を持つためだけだ、と理解していても身体は彼女を貪るように求めるようになっていった

月のものの訪れが来る度にその期間は冷静を取り戻したが、終わってしまえば、必要以上にまたその麻薬に手を伸ばしていた

「ンンっ…旦那、さまっ…」

「デビアス、だっ…、デビアスと、呼んでっ、…くれ」

「アアッ、ンッ…デビィ、…デビアスっ、イクっ…アン…」

私の名を呼び受け入れているその場所を締め付けるようにするエバ
何度も何度もその中に精を放った

交わりを終え、横たわりながら、彼女を腕の中に包み込んだ

「エバ……。君は子を産んだら…」

「…はい、デビアス様解っております…。………ですが、私は契約違反を犯しました…」

腕の中で弱々しくエバは言った

「デビアス様…愛してます。例えデビアス様のお気持ちが私に無くとも…」

「ああ、エバ…、私も、私も君を…」

言葉にすることが叶わない代わりにと、再び擡げたそれを彼女の中に差し入れた

そしてその日は朝まで彼女の中から離れることは出来なかった


………


三ヶ月が過ぎ、妻メイビスが一時帰宅した

疾しさを感じ、メイビスの顔をまともに見れなくなっていた私は出迎えもせず、忙しさを装い、妻との時間をなるべく持たないようにしていた

だが、夜になり、気まずいながらも夫婦の寝室に入れば、妻は満面の笑みを浮かべながら、私に言った

「あなた、エバが私達の子を宿したわ!」

「エバが…」

「ええ、あなたの子よ。これで私も母親になれるのね。男の子なら次期伯爵に相応しいように育てなきゃ。女の子ならドレスを沢山買って可愛く着飾らせてあげるわ!ああ、楽しみね」

両手を前に組み、喜びを隠しきれないようにする妻
その妻とは反対に、エバとの別れの期日が決まってしまったことを知らされ、偽りの笑顔を妻に向けることになった

「エバが体調を崩してはいけないから、離れで私も過ごそうかしら」

「いや…君は…、子が産まれるまで、実家に行っていると良い…。エバと関わらない方が君のためだ」

「……、そう。……そうね。…あなた、……私を愛してくれてるわよね…?」

「……、ああ、勿論だ。君を愛しているからこそ、その手に子を抱かせてあげるんだ…」

「ありがとう…、愛してるわ、あなた。私、今からエバを労ってこようかと思ったけど…会ってしまったら、嫌な感情が出てしまうかもしれないわね。エバには会わずに明日実家に戻るわ」

「ああ、私が様子を見ておくよ」

「…ええ、お願いね」

不自然になっていないか気にしつつ、妻を安心させるように微笑み、夫婦の寝室を後にした

足早に向かったのは離れのエバの部屋だった

「エバ、子が…」

扉を開けるなりそう尋ねるとエバはお腹を摩りながら答えた

「ええ、今日、奥様が戻られた際にお連れになったお医者様がそう仰いました」

まだ膨らんでも居ないその腹が途端に愛おしくなり、夜着の上から撫でた

「そうか…。私達の子が…」

「いいえ、奥様と旦那様のお子です」

静かに淋しそうにエバは言った

「…デビアスと…もう、名では呼んでくれないのか?」

「旦那様の名を口にすれば、私はあなたが欲しくなります…。先日口にしたことも、情婦の戯れとお思いください…。私はこの子を産んだらお役を解かれお二人とこの子に会うことは二度と無いでしょう」

「エバ…、私は、…私は君を…」

「それ以上口にしては成りません」

「だが、もう偽ることは出来ない…。君を愛してしまったんだ」

一度口にしてしまえば、それまで堰き止めていた物は容易く壊れ、エバを求める気持ちが溢れ出した

「ありがとうございます…。旦那様は奥様を愛してらっしゃいます。嘘でも私の気持ちに応えて下さり、嬉しいです…」

「違う!君を本当に…」

「…旦那様は伯爵様でいらっしゃいます。愛人を囲うことは容易いでしょう。ですが、私は愛人として、この屋敷で過ごすつもりはありません。当初の契約通り、この子を奥様の元へ手渡した後は画家として過ごしいきます…」

「私が、……、君は私が伯爵の地位もない、ただの男として、君の側でその生活を共にしたいと言ったら、君はどうする?」

「…どれだけ、そう願ったことか…。旦那様が伯爵様では無く、身分も何も無い、私のように市井で暮らす人だったらと…」

「エバ、もう私は君無しでは居られない。伯爵の前に私は一人の男なんだ。こんな憐れな男を愛してくれる気持ちが変わらないというならば、私は伯爵の座を捨てる」

「そんな…、奥様は、奥様はどうなさるおつもりですか…」

「君とこの関係になるまでは確かに妻を愛していた。妻には…申し訳無いと思っている。…産まれてくる子を妻に与え、爵位を継承させる。それが済んだら、君と共に、ただのデビアスとして過ごさせて欲しい」

「ああ、デビアス…。ごめんなさい…。私があなたを愛したばっかりに…」

「違う、私が君を愛してしまったんだ…」

どちらからとも無く、唇を寄せ合い、舌を絡め合った

「妻は納得しないかもしれないが、何もかも持たずに出て行くと言えば、承諾してくれるだろう。ただ心配なのは、私達の子を妻が愛情を持って育ててくれるかということだ…」

口付けの合間にそう言えば、エバは首を横に振り、言った

「奥様はデビアスの顔を見る前に私の所へやって来たわ。出迎えの無いことを気にした様子も無かったもの…。奥様の愛情はあなたから、この子に取って代わったのよ…」

「だが、先程も気持ちを確認された…」

「愛してる人の子を大切にしない人は居ないわ。きっと大丈夫」

私を安心させるためなのか、エバは確信めいたようにそう言いながら、私の膨らみ始めた前開きに手を伸ばし、布越しにそれを摩った

「子が安定するまでは、デビアスを口で満足させて…」

そう言ってエバは徐に昂りを取り出し、言葉通り、口で私を受け入れた

妻にこういった事をしてもらった事の無い私は、エバのこの行為すらも溺れる一因となった
巧みなエバの舌の動きに早々にエバの口の中に精を放った

「…エバ、愛してる。妻には子が産まれてくるまで、このことは言わないでおこうと思う」

「ええ、デビアスに従うわ」

二人で温め合うように身体を寄せ合い、そのままエバの部屋で朝を迎えた


………


エバの腹が膨らみ、いよいよ出産の日が近付き始めた頃、親族の夜会に出席することになった
妻は身重のため、出席出来ないと予め断りを入れておいたので私一人の出席となったが、心配だったのは出産を控えたエバを屋敷に一人残すことだった

エバは構わないと言って送り出してくれたが、夜会を含め往復で一週間屋敷を空けることになる
後ろ髪引かれつつも屋敷を後にした


そして、夜会から戻って私が目にしたのは慈愛に満ちた、母の顔をした妻メイビスだった


「あなた、お帰りなさい。私達の子よ」

「…ああ」

どんな顔をしたら良いのか分からず、返事も曖昧なものしか出来なかった

「本当に愛おしいわ」

妻は私とエバの子を自分の部屋で自ら育てると片時も離さなかった

そして一ヶ月後、身体の落ち着いたエバがいよいよ屋敷を出て行くことになり、それに併せて私は妻にとって残酷とも言える言葉を口にした

だが、妻は予想とは違う反応を見せた

「…気が付いていた。実家にも一度も訪ねて来てくれなかったし、屋敷に戻った時も出迎えすらしてくれなかったもの…。あなたを愛してるのに変わりは無いけれど、私を愛していないあなたを見る方が辛いわ。私には愛するあなたの子が居る。私を愛したあなたは…、もう亡くなったと思うことにするわ」

泣くのを我慢するようにしながら、子に微笑みかける妻の顔を見て罪悪感が湧かずには居られなかった

「全ての権利を放棄して、その子に与えるよう書類を用意した。メイビス…本当に済まない…」

「一つだけ、…一つだけお願いしても良いかしら…」

「ああ、君の要望は全て飲むよ」

「この子にも形だけでも父親が必要よ。あなたの遠縁の者でこの子の父親となり、後見人になれそうな人を探してもらえない」

「…それなら、以前私の弟として養子に入ることになっていた者が居る。ここに迎えるために教育も済ませてあると聞く。その者なら亡くなった父母や、親族も納得するだろう」

「ありがとう、…。その人を新たに夫として迎えてもあなた程愛することは出来ないでしょうね…。でも、必ずこの子をその人と幸せにすると誓うわ」

こうして、メイビスと何のわだかまりも残さず、別れを迎えた


………


「エバ、これは…?」

エバと市井に降り狭いながらも一軒家で暮らし始め、アトリエ用にした部屋を片付けている時のことだった

二十代半ばを過ぎた私よりも明らかに若い私の肖像画が描かれたキャンバスを見つけた

「デビアス、あなたが十代の頃の絵よ」

ふふ、と笑いながら宝物を探し当てた子供を見るように私に言った

「十代の頃、私に会ったことがあるかのようだね…」

「ええ、実はデビアスとはその絵の頃に一度会ってるわ。私、その頃からあなたに好意を抱いてたの。でも、私はあなたと言葉を交わすことすら出来ない立場だったし…」

「いつ頃のことだい?」

「秘密よ。ふふ、あの頃私の存在を知ってもあなたは私に良い感情なんて持たないのは解ってたもの。私、元奥様に話を持ちかけられた時、運命を感じたわ。勿論、その時はあなたを手に入れられるなんて思っても居なかったけど。あなたの子を産む幸せを得られるだけでも良かったわ」

「すまない、…。君との子を共に育てることが出来ず…。メイビスとの契約で今後君と子を持つことも出来ない…」

「構わないわ。私はあなたを得られたんだもの。二人で幸せになりましょう」

そして私はエバの言葉通り二人切りで穏やかにその命を終える時まで幸せに暮らした


私は元妻メイビスを不幸にして得た幸せを最後まで全うした
メイビスがその後どう過ごしたか知らずに…











ー次話メイビス、エバ視点ですー








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