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まだ子供

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 早いもので薄っすらと汗ばむ季節になっていた。
 そして今日はあの孤児院への訪問日。

 あれからあの孤児達は皆、除算まで出来るようになっていた。私もあのニニンガシ、ニサンガロク…と決して声には出さず、悟られないように頭の中で繰り返していたため、積算表の暗記と合わせ、今では掛け算ゲームで負け知らずだった。次は何を教えるつもりだろう?

 テーテマス家に到着し、そんなことを考えながら彼女を待っていると、侍従の一人がやって来て、訪問前の事前準備のためにと屋敷の客間へ通された。

「お嬢様からこちらに着替えていただくようにと…」

 侍従に手渡されたのは使用人などが夜着として着るような、生成りの上下お揃いの服だった。それにしても何故夜着なのか。泊まりでの訪問とは聞いていない。

「もう、着替え終わった?」
 ノックしながら彼女が扉越しに聞いてきた。

「……一応済んだが、何故夜着に?」
 袖のボタンを留めながら彼女に質問し、扉の開く音がしたのでそちらに顔を向ければ、そこには私とお揃いの布で出来た、ワンピース型の質素な夜着を着た彼女が立っていた。

「良かった、サイズ、ピッタリで。それも、今着てるこれも私が作ったんだ。へへ、凄いでしょ。お揃いだよ~」

 ……お揃いの夜着。

 いくら婚約したとはいえ、幼い私達。……これは駄目ではなかろうか?


「もう!そこは誉めてくれなきゃ!折角お揃いの遊び着作っんだから、凄いねぐらい言って欲しかったのに」

 …遊び着。

 遊び…、………、不埒過ぎる!


「まぁ、カミユにそれを求めても無駄かぁ…」
 ぶつぶつと諦めたように何かを言っていたが、良く聞き取れなかった私は、この破廉恥な服から着替え直そうとボタンに手を掛けようとした。だが、その前に彼女にモノクルを取り上げられ、遅くなるから行くよ!と手を引かれ、またしてもテーテマス家の馬車に押しやられた。



「では今日は雑草早抜き競争しまーす!二人ずつペアになってね~!」

 …雑草抜き。……。まさかとは思うが私にもそれをさせようとしているのではないよな。…まさかな。

「カミユは私とペアで良い?」
「勿論だ。私という婚約者が居るのに、他の者など有り得ないだろう」

 教会裏にある空いた土地で、何故か貴族である私まで雑草抜きをするはめになった。



 陽が傾き始めたところで、その競争を終えた。四方を囲むようにそれぞれのペアが抜いた雑草が積み上げられ、メリルは満足そうな顔をしていた。

「今日の競争は全ペア優勝だね。なのでおやつは公平に分けまーす!」

 それを聞いて、全員がやったー、と土だらけになった手や顔で喜んだ。

「おやつの前に流し場で、土を落とすよー!先ずは小さな子からね!」

 彼女の号令で、まだ自分では何も出来ないぐらいの子達が、男女問わず女の子達に連れられて流し場へ向かった。残った者達は積み上げられた雑草を集めて二つの山にする作業をすることになった。皆、今日は何のおやつだろう?などと言いながら、疲れたや面倒だなどの文句も言わず当たり前のように作業した。


 作業を終え、私を含めた者が先の者達と入れ替わり流し場へ向かった。小綺麗になり着替えたメリルは、彼女よりも小さな子の、まだ濡れている頭を拭いてやっていた。
 
「社長、良いお母さんになりそうですね」
 隣を歩いていた私より年上の者がそんなことを言った。

 "良いお母さん"…。

「日焼けしたんですか?顔が真っ赤になってますよ」
「あ、ああ…。」

 自分では気が付かなかったがかなり日焼けしたようだ。


 流し場で他の者達と同じように裸になり、桶の水を全身に浴び、石鹸でくまなく洗った。石鹸は平民でもなかなか使うには躊躇するほどの値段だと聞いていたが、ここの孤児院の者達は日常的に使っているという。ここで使われている石鹸は、以前メリルに作りかたを教わり自分達で作っているのだと言う。先程の雑草も燃やしてその材料にあてるらしい。驚くことばかりだ。

 生まれて初めて従者の手伝いも無く身体を洗い、自分で頭を洗った。父の跡を継ぎ宰相になる予定の私は、騎士を目指す者と違い、自分ですることなど無いと思っていた。彼女と共に居ると自分が貴族だということを忘れてしまいそうになるようなことばかりさせられる。だが、何故か嫌では無かった。


 洗い終えた私達は脱衣所で作業をしていた服とは別な服に着替え始めたが、私の着るらしい服が見当たらなかった。その時、メリルが脱衣所の扉をノックもせずに慌てた様子で開け、こちらを見た。

「ごめん!着て来た服置いておくの忘れて……」

 尻すぼみの後、ポイッと放り投げるように私の服を渡して扉の外に消えた。


 ……………………。


 彼女のその慌てぶりに、周りに居た者達はゲラゲラと笑いだした。その笑い声の中、何ごとも無かったように自分の服を着て、腹を抱えている者達を横目に先に脱衣所を後にした。


 …………見られた?


 ……だ、大丈夫だ。他の者の陰になっていた。

 
 下を向きながら、食堂へ足を進めると、途中で廊下の壁にもたれながら立っている彼女が居た。

「み、見てないからね!見たとしても、今のサイズなら驚かないから!大人になった時のカミユの極悪なアレを見てるら、今のアレは全然大丈夫!」

 私の身体の、ある一点に視線を送りながら、何の慰めか分からない言葉を掛け、更に続けた。

「気にすること無いからね!大人になったら、ヒロインも拒絶したくなるほどのアレになるから!」

 言っている内容のほとんどが解らなかったが、彼女の視線の先にある、私の股間を両手で隠し、目だけで彼女を見れば、いっ、と身を引き、後ずさりした。そしてくるりと向きを変え、脱兎のごとく、私の前から逃げた。


「メー、リー、ルー!!!!」


 私は自分でも驚く速さで後を追っていた。


 食堂に入る一歩手前でやっと彼女を捕まえた私は彼女に言った。


「大人になったら、君が驚くほどになるんだろっ!待ってろよ!」
「う、うん…」
 目を泳がせながら頷いた彼女に満足し、食堂の中に二人で入った。



 その夜、何を彼女に宣言したかったのか自分で理解出来なかったが、とにかく早く大人になりたいと願いながら眠りに着いた。


 






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