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負けず嫌い

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 初顔合わせから一ヶ月後、あの婚約者と二度目の対面となった。
 
 母から、先日のお礼を渡したいので彼女の好みを聞いてくるようにと仰せつかり、気は進まないものの、何とか会話らしい会話をしようと決意し向かった。

「あ、来た来た。今から孤児院に行くから」

 屋敷に到着し、今しがた我が家の馬車を降りたところだというのに、有無を言わさず私の手を引き、テーテマス家の馬車に乗り換えさせられた。

「今日は君の家で過ごす筈だったが?」
 走り出した馬車の中でそう尋ねるも、悪びれた様子も無く彼女は言った。

「ごめん、ごめん。今散らかってて。あ、それより、モノクル似合ってるね」

 そう、前回彼女に頭痛のことを指摘され、信じた訳ではないが、念のためと視力検査を受けた。その結果がこのモノクルだ。不思議とモノクルを掛けるようになってから頭痛も治った。

「ああ、君の言う通りだった。頭痛もしなくなった。感謝している」
「へへ、ぶっきらぼうな言い方。やっぱりカミユは少年でもカミユなんだね。でも、良かったね、頭痛治って」

 上から目線な感じが否めないが、あの頭痛の日々から解放してくれたのは間違いなく、目の前のこの丸だ。この物言いは我慢しよう。


 教会併設の孤児院に到着すると、待ち構えていたようにわらわらと子供達が馬車に集まってきた。

「しゃちょう!きょうはなにしてあそぶの?」
 幼い男の子が彼女に向かい言った。

「しゃちょう?」
「社長ってのは会社、ん~、商会の会長って言えば分かるかな?」
「君はまさかとは思うが、商会を営んでいるのか?」
「ううん。でも、いずれ商会を立ち上げて、この子達を雇う予定。で、今から練習も兼ねてそう呼んで貰ってるの」

「今日は掛け算競争するからね~!」

 父親のテーテマス伯爵の影響だろうか?商会経営を夢見る子女は令嬢にしては珍しい。それよりも、掛け算競争とは一体何なのか?平民は簡単な加算減算を生活していくために親から習うというが、積算を理解しているのは、それこそ平民の中でも商会勤めの者ぐらいだろう。それを孤児が?

「はーい、では今日は六の段だからねー。とりあえず、あっちの木の下集合ー!」

 疑問だらけの状況だったが、彼女の後を追う孤児達についていった。

「六の段の前に先ずは復習!五の段いってみよう~♪」
「五一が五、五ニ十、五三…

 なんだ?なんなんだ?呪文なのか、抑揚のない歌なのか、十数人居る、年もばらばらな孤児達が皆揃えて数字を口にしている…。

「はい、正解です!では今日はクッキー争奪戦で六の段いきまーす!」


 不意に、くいくいとズボンを引く者が居た。
「おにいちゃんもさんかする?」
「あ、ああ…。」
 四つぐらいの女の子が私を見上げ、乞うように言ってきたので、戸惑う中私もそれに参加することになった。


 …結果は惨敗だった。


 積算表の縦横のマス目に書かれた物を私は全て覚えている。教師にも覚えが早いと褒められたぐらいだ。だが…。一拍この子達に遅れを取ってしまった。

「おにいちゃん、さんかしょうももらえるから、だいじょうぶだよ」

 呆然と立っていれば先程の女の子が慰めるように、クッキーを手渡してきた。

 

 帰りの馬車の中で私は疑問を解消せずには居られなかった。

「先程の孤児達に積算を教えたのは君か?」
「うん、そうだよ。皆んな凄いでしょう。ちゃんと皆んな宿題にすると覚えてくれるんだ!」

「あの呪文のようなのは君が考えたのか?」
「私じゃないよ。私もああやって習ったの」

 奇抜な方法だが、彼女の家庭教師が考えたのだろうか?新たな疑問が湧いたが、それを聞く前に彼女が質問してきた。

「因みに、カミユはどうやって覚えたの?」
 私の教わった方法を彼女に言うと彼女は丸暗記する方が大変だと私を尊敬するように言ったが、先程の惨敗のショックで素直に受け取ることが出来なかった。


 それから何となく話すことが出来なくなり、彼女が何か問いかけても、ああ、とかいや、しか答えることが出来ないでいた。
馬車が間もなくテーテマス家に到着する頃になり、母からの頼まれごとを思い出し、ここにきてやっと口を開いた。

「君はその…、何か好きな物とか、興味のあることはどんなことなんだ?」
「ん~、何だろ?カミユは?」
 
「私は…歴史や諸外国について学ぶことが好きだ」
 一番得意で好きな数式についてはどうしても挙げることが出来なかった。
「え!凄い!私、そういう暗記系苦手なんだよねぇ…」


「……私が君に教えようか?」
 自分でも口を突いて出た言葉に驚いたが、気がつけば彼女に申し出ていた。

「まじで?!助かる!本当に苦手なんだよねぇ」

 こうして彼女と学びを共にすることになり、ほぼ毎日顔を合わせることになってしまった。面倒ごとが嫌いな筈なのに何故自ら進んでその面倒なことを引き受けてしまったのか。もう痛まなくなったこめかみを指で何度も押したのだった。
 

 学びを共にするようになって分かったことは、自己申告通り彼女は歴史や人文地理学が苦手なようだった。苦手といっても、同じ年頃の子息子女に比べれば苦手とは言えないのかもしれない程度。うんうんと唸りながら、教師の話を聞き、授業後には脱力して机に突っ伏していた。
 苦手といえば、絵画や音楽の授業も苦手なようだった。悪いな、と思いつつ、笑いを堪えるのに必死なレベル。その顔を見られないようにしていたが、何度かジロリと睨まれたのは気のせいでは無いだろう。


「はぁ…。本当にカミユは何をやらせても完璧なんだね。羨ましい…。どうやったら、歴史とか頭に入るの?」
「人物や風景が頭に浮かび、その場面を自分で見るかのように記憶されていく」

 そう説明しながら、私はあることを思い付き、次の授業までにそれを形にすることにした。きっとこれで彼女も覚え易くなるだろう…。…?

 ? ? ?

 意味は無い。彼女より得意なことをひけらかすことが目的だ。断じて彼女が喜ぶ顔が見たいなどとは思っていない。

 …………。


「え?この挿絵付きの本、カミユが作ったの?すごっ、まじすごいっ!うわぁ!」
 出来上がった物を少しでも早く手渡したくなり、約束の日でも授業のある日でもなかったが、彼女の屋敷まで届けにいった。手渡した瞬間、彼女はきらきらとした目で、一枚一枚ページを捲りながら、その都度感嘆の声をあげていた。
 モノクル越しに見る彼女は可愛い…いや、その時、モノクルは酷く曇っていた。そう、何かを見間違えただけ。

 喜びながら天井に掲げたり、胸元に抱き締めながらその場でくるくると回っていた。それをぼんやりと見ている時、彼女の侍女が小声で耳打ちしていた。

「ヤンデレ監禁鬼畜のバッドエンドから少しは遠のいたんじゃないですか?」

 耳の良い私はしっかりとその言葉を拾っていた。ヤンデレはよく彼女が私に向かって言っている言葉だ。それに続く鬼畜…。いや、まさかな。こんな親切な私を鬼畜呼ばわりして良い訳がない。

 薄目でその侍女を見れば、ひっ!と自分より小さなメリルの背中に隠れた。…とんでもなく失礼な侍女だ。

「これ、宝物にするね!本当に、本当に嬉しい!!」

 ま、まぁ、これだけ喜んだのなら侍女のあの態度は見なかったことにしよう…。




 
 
 
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