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ヴィンセント達が視察を終え戻ってきたのとほぼ同じタイミングで、メイドのリタの訃報が伝えられた
実家で火災が起き、病いにふせっていた母親と共に逃げ遅れたとのことだった
物心ついた時からわたしの世話係としてずっと側に居てくれた
過ごした時が長い分、母よりも近しい存在だった
昨日のお茶会から一転して、影が心を覆った
「エリィ、…」
わたしを呼びかけるも、なんと言葉を掛けたらいいのか戸惑っているのだろう
ヴィンセントはただ黙って寄り添った
身体があまり丈夫じゃなく、食の細いわたしを常に気に掛けてくれていた、リタ
リタを想い身体を壊してなるものかと、味の感じない食事を無理矢理口に詰め込んで必死に食べる
〈お嬢様、ご令嬢はそのようなことはされませんよ〉
今も困ったような顔をしてリタが注意する声が聞こえてきそうだった
リタへの悲しみが癒えることは無かったが、週明けから、アネッサが妃教育のためににやって来た
笑顔で出迎えたつもりだったがアネッサにも心配を掛けてしまったようだ
毎日通いで授業を受けにやって来て、授業の合間には他愛も無い話で場を和ませ、そのおかげでわたしも少しずつ悲しみを受け入れることが出来た
「アネッサは来週から殿下と貴族院の方達からの授業になります。暫くはまたお嬢様お一人の授業となりますので」
一月ほどアネッサを交えて行われていた授業を終え、夫人が告げた
いつもの夫人のはずなのに、何か違和感を感じた
だがその違和感が何かはっきりしない
気のせいかとその時は聞き流した
翌週、アネッサはわたしの居る別邸ではなく、本邸へ通い出した
授業の始まる前、少しでも顔を合わせることが出来ればと本邸へ向かった
「おはよう!アン!今日からジェノライド様の授業ね。頑張ってね」
「おはよう!貴族院の方々と会議をなされるから、早速顔合わせをして下さるらしいの。その後、王太子妃として携わることになる執政について教えていただけるようなんだけど…。今から緊張して…」
「それは確かに緊張しちゃうわね。お茶とお菓子を用意しておくから頑張って」
「ありがとう。終わったら寄らせてもらうわ。きっと緊張で疲れてしまうと思うから」
「ふふ、特別に甘いお菓子を用意しておくわね」
「それを楽しみに頑張るわ!では、後でね」
颯爽と本邸へアネッサは入って行った
アネッサの言った通り、本邸の馬車停めには高級な馬車が列をなすように停まっていた
馬車の数を見ただけで、たくさんの人がやって来ていることが分かる
心の中で改めてアネッサに励ましの言葉を贈った
「あれ?ヴィー、どうしたの?」
夫人の授業が始まるのを部屋で待っていると、夫人と共にヴィンセントが入ってきた
「ヴィンス坊ちゃまも本日より、週に一度、私の授業を受けることになりましの」
…あれ?
何だろう、この感じ…
この間も感じたけど…
「よろしくね、エリィ」
ヴィンセントが夫人の後ろから顔を覗かせた
夫人に見えないのを良いことに、おどけた笑顔を見せたので、吹き出しそうになったが、背の高い夫人に見下ろされ、ぐっと堪えた
夫人の用意した教本に沿って社交の場での会話について学んだ
言葉通りに捉えてはならないというのはなかなか難しい
少し捻くれた考えの人の方が向いてるだろうなぁ、などと呑気に考えながら言葉の裏の意味を幾つか習い、その日の授業を終えた
午後からヴィンセントは剣術の授業と他国の言語の授業と予定が詰まっていた
相変わらず授業数の少ないわたしは、刺繍の授業で刺しかけのクロスを仕上げながら、アネッサが授業を終えるのを待つことにした
「お嬢様、そろそろお手を止めて、休憩になさいませんか」
シエラに声を掛けられ、陽も沈みかけていることに気が付いた
「もう、こんな時間なのね。アネッサはまだ終わらないのかしら」
「ミネルバ様と共にお帰りになられたようですよ」
「えっ?夫人と?昼過ぎには終わったのかしら?」
「本邸にお越しになられていたお客様達は、先程お帰りになられたようですが…。きっとお偉い方達とお会いになられて、お疲れになったんでしょう。それより、定例の殿下との夕食会ですが、本日はご都合が付かないとのことで、お嬢様お一人でこちらでお摂りになるようにと、言付かっております」
「ヴィンセントも一緒では無いの?」
「殿下と本邸でお召し上がりになるそうです」
「…そうなの。仕方ないわね」
視察の件のこともあるのだろう
申し付け通りにその日は部屋で食事を摂った
その日の夜は無性に淋しくなり、こっそり抜け出してヴィンセントの部屋に行ってみた
なかなか戻って来ないヴィンセントを待ちきれず、眠気に負けてそのまま朝を迎えるまで眠ってしまった
だが、朝になってもヴィンセントの戻った様子も無く、淋しさが晴れることは無かった
アネッサが通って来る時間になり、昨日はどうだったのかを少しだけでも聞きに行こうと思ったわたしは、朝食を早めに済ませ、本邸に向かった
別邸と本邸を繋ぐ外からの渡り廊下を過ぎた所で、三人の男が本邸の入り口に向かっているのが見えた
高貴な身なりにも関わらず、卑下た笑みを浮かべながら会話をしている
その顔付きを見てぞわりとしたものを感じ、咄嗟に柱の影に隠れるようにした
「我々の望みが何か存じ上げてのこととはいえ、殿下も酔狂ですな」
「でも、そのおかけで我々の望みも叶い、まして愉しむことも出来たではないですか。願ってもないことですよ」
「我々の子が次代の王になるんですからね」
「確かに。ですが、昨日の今日で、あれが壊れてしまっては元も子もないですから、本日はこれを用意しました」
一人の男が胸ポケットから小瓶を取り出し他の二人に見せた
「ああ、それを使えば壊れるどころか、自分から善がりますよ」
三人はくつくつと笑いそのまま本邸に入っていった
実家で火災が起き、病いにふせっていた母親と共に逃げ遅れたとのことだった
物心ついた時からわたしの世話係としてずっと側に居てくれた
過ごした時が長い分、母よりも近しい存在だった
昨日のお茶会から一転して、影が心を覆った
「エリィ、…」
わたしを呼びかけるも、なんと言葉を掛けたらいいのか戸惑っているのだろう
ヴィンセントはただ黙って寄り添った
身体があまり丈夫じゃなく、食の細いわたしを常に気に掛けてくれていた、リタ
リタを想い身体を壊してなるものかと、味の感じない食事を無理矢理口に詰め込んで必死に食べる
〈お嬢様、ご令嬢はそのようなことはされませんよ〉
今も困ったような顔をしてリタが注意する声が聞こえてきそうだった
リタへの悲しみが癒えることは無かったが、週明けから、アネッサが妃教育のためににやって来た
笑顔で出迎えたつもりだったがアネッサにも心配を掛けてしまったようだ
毎日通いで授業を受けにやって来て、授業の合間には他愛も無い話で場を和ませ、そのおかげでわたしも少しずつ悲しみを受け入れることが出来た
「アネッサは来週から殿下と貴族院の方達からの授業になります。暫くはまたお嬢様お一人の授業となりますので」
一月ほどアネッサを交えて行われていた授業を終え、夫人が告げた
いつもの夫人のはずなのに、何か違和感を感じた
だがその違和感が何かはっきりしない
気のせいかとその時は聞き流した
翌週、アネッサはわたしの居る別邸ではなく、本邸へ通い出した
授業の始まる前、少しでも顔を合わせることが出来ればと本邸へ向かった
「おはよう!アン!今日からジェノライド様の授業ね。頑張ってね」
「おはよう!貴族院の方々と会議をなされるから、早速顔合わせをして下さるらしいの。その後、王太子妃として携わることになる執政について教えていただけるようなんだけど…。今から緊張して…」
「それは確かに緊張しちゃうわね。お茶とお菓子を用意しておくから頑張って」
「ありがとう。終わったら寄らせてもらうわ。きっと緊張で疲れてしまうと思うから」
「ふふ、特別に甘いお菓子を用意しておくわね」
「それを楽しみに頑張るわ!では、後でね」
颯爽と本邸へアネッサは入って行った
アネッサの言った通り、本邸の馬車停めには高級な馬車が列をなすように停まっていた
馬車の数を見ただけで、たくさんの人がやって来ていることが分かる
心の中で改めてアネッサに励ましの言葉を贈った
「あれ?ヴィー、どうしたの?」
夫人の授業が始まるのを部屋で待っていると、夫人と共にヴィンセントが入ってきた
「ヴィンス坊ちゃまも本日より、週に一度、私の授業を受けることになりましの」
…あれ?
何だろう、この感じ…
この間も感じたけど…
「よろしくね、エリィ」
ヴィンセントが夫人の後ろから顔を覗かせた
夫人に見えないのを良いことに、おどけた笑顔を見せたので、吹き出しそうになったが、背の高い夫人に見下ろされ、ぐっと堪えた
夫人の用意した教本に沿って社交の場での会話について学んだ
言葉通りに捉えてはならないというのはなかなか難しい
少し捻くれた考えの人の方が向いてるだろうなぁ、などと呑気に考えながら言葉の裏の意味を幾つか習い、その日の授業を終えた
午後からヴィンセントは剣術の授業と他国の言語の授業と予定が詰まっていた
相変わらず授業数の少ないわたしは、刺繍の授業で刺しかけのクロスを仕上げながら、アネッサが授業を終えるのを待つことにした
「お嬢様、そろそろお手を止めて、休憩になさいませんか」
シエラに声を掛けられ、陽も沈みかけていることに気が付いた
「もう、こんな時間なのね。アネッサはまだ終わらないのかしら」
「ミネルバ様と共にお帰りになられたようですよ」
「えっ?夫人と?昼過ぎには終わったのかしら?」
「本邸にお越しになられていたお客様達は、先程お帰りになられたようですが…。きっとお偉い方達とお会いになられて、お疲れになったんでしょう。それより、定例の殿下との夕食会ですが、本日はご都合が付かないとのことで、お嬢様お一人でこちらでお摂りになるようにと、言付かっております」
「ヴィンセントも一緒では無いの?」
「殿下と本邸でお召し上がりになるそうです」
「…そうなの。仕方ないわね」
視察の件のこともあるのだろう
申し付け通りにその日は部屋で食事を摂った
その日の夜は無性に淋しくなり、こっそり抜け出してヴィンセントの部屋に行ってみた
なかなか戻って来ないヴィンセントを待ちきれず、眠気に負けてそのまま朝を迎えるまで眠ってしまった
だが、朝になってもヴィンセントの戻った様子も無く、淋しさが晴れることは無かった
アネッサが通って来る時間になり、昨日はどうだったのかを少しだけでも聞きに行こうと思ったわたしは、朝食を早めに済ませ、本邸に向かった
別邸と本邸を繋ぐ外からの渡り廊下を過ぎた所で、三人の男が本邸の入り口に向かっているのが見えた
高貴な身なりにも関わらず、卑下た笑みを浮かべながら会話をしている
その顔付きを見てぞわりとしたものを感じ、咄嗟に柱の影に隠れるようにした
「我々の望みが何か存じ上げてのこととはいえ、殿下も酔狂ですな」
「でも、そのおかけで我々の望みも叶い、まして愉しむことも出来たではないですか。願ってもないことですよ」
「我々の子が次代の王になるんですからね」
「確かに。ですが、昨日の今日で、あれが壊れてしまっては元も子もないですから、本日はこれを用意しました」
一人の男が胸ポケットから小瓶を取り出し他の二人に見せた
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