混濁の中に咲くアセビ

まめ

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どれぐらいの時間が経ったのか
慌てて今日のシフト!と身体を起こしてみたが、そこはエリザベスの世界の方だった

エリザベスとしてあちらの世界に困惑する自分と、あちらの自分として今の状況に困惑する自分が身体の中に混在する
だが、間違い無くどちらも自分

まだ頭痛は残るものの、確かめることの多さに逸り、取り敢えずはと裸足のままこの部屋の扉に向かった

ドアノブに手を掛けようとした時、ガチャリと外側からノブが回された

「エリィ!目が覚めたんだね!」
瞠目しそこに立って居たのは双子の片割れヴィンセントだった

「ヴィー…、お母様は…?」

「…エリィ、まだ目覚めたばかりだから、身体を休めなくちゃ」

ヴィンセントは私を支えながら寝台に寝かせ、上掛けを掛けてくれた

「お母様は、三日前に荼毘に付されたよ」
優しくそして悲しそうに微笑みながらヴィンセントは安心させるように頭を撫でた

「ヴィー一人に…ごめんなさい」

「…ジェノライド様も共に見送ってくれたよ。体調が整ったら、一緒にお母様のお墓に行こう」

「…ええ」

重く沈黙が続いた

エリザベスの母への悲しみはまだ身体に影響を及ぼすほどだが、あちらの私には確認しなければならないことがある

「今もまだ分からないんだけど、お母様は…なぜ…わたし達を置いて…?」

「…心の病いがお母様を連れて行ってしまった…。今回のことは…、誰も悪く無いんだ…」
俯き、固く握った拳をふるわせながらヴィンセントは答えた

今度はわたしの方が彼を慰める番だった
何も言わずに拳を包むように手を重ねた

「エリィ…、エリィも約束して。ずっと一緒に居るって」

「うん…約束する…」

「絶対だよ…」

「うん」

それから少し黙ったままだったヴィンセントは、三日間何も口にしていないわたしのために、何か用意するよう頼んでくると、恐らく泣いているその顔を見せないように部屋を後にした





記憶とヴィンセントとの会話から、一番課金していたあのゲームとの類似性に確信めいたものを感じた
生まれた時からスタートしたゲームだからなのか
思い入れが強くのめり込み過ぎたことにより、このエリザベスに感情移入してしまうのか

まだ困惑するものの、今のエリザベスとして、母が儚くにってしまったこの悲しみを享受した




エリザベスとして過ごし始め、日にちの経過と共に頭痛も少しずつ治まり始めた頃、この屋敷の主人でわたし達の養い親となったジェノライドにヴィンセントと共に呼ばれた

「エリザベス、体調はその後どうだ」

執務机の上で組んだ指に、目尻を下げ年齢よりも若い顔をその上に乗せ、こちらに尋ねてきた

「はい…。もう大丈夫です。…母のこと、ありがとうございました」

「いや、サラを支援してきた者として当然のことをしたまでだ」



「身体が大丈夫そうなら、サラのことで頓挫していたお前達の教育を再開しようと思っている」

隣に立つヴィンセントが、ビクッと身体を硬らせたように見えた

「ジェノライド様!エリィはまだ体調が優れません!まだ無理だと思います」

「ヴィンセント、お前の判断は必要無い。エリザベスの授業のスケジュールは決まり次第追って知らせる」

いつもの穏やかな声とは異なり、その声は威圧感を放ち、既に決定事項であり、否は認めないのだと告げた
こちらを見るその表情は変わらず優しさを滲ませている
それがかえってこの身を震わせた

「ヴィンセントはこのまま残るように。エリザベスはもう下がって良い」

「はい…失礼致します」

ヴィンセントを残し部屋を後にした

ヴィンセントは何をそんなに懸念しているのだろう
わたしの体調も元に戻った
家庭教師に問題が?
でも体罰を与えるような者は居なかった
王弟のジェノライドの庇護下に置かれているわたし達に、そんな事をすればどうなるか、当然のことながら皆理解している
そもそもそんな者を雇うはずが無い

母の心が壊れ始めた頃からの記憶が、向こうの記憶と重なっているため朧げだが、ヴィンセントに聞けば分かることと余り考え無いようにした


毎日寝る前に挨拶を欠かさず交わしていたヴィンセントだったが、その日は結局顔を合わせることが無かった




「ねぇ、ヴィーは今朝も来なかったけど、どこか具合でも悪いの?」

着替えを手伝ってもらいながら、リタに尋ねた

「いえ、早くから旦那様の元に行かれたようですよ」

ヴィンセントだけ先に授業を開始したのだろうか
以前から忙しい合間を縫って、国政についてジェノライド自ら教えていた

まだスケジュールが決まっていないわたしは、午前中暇を持て余すことになった


昼時になり今日は一人で部屋で食べるのかと少し淋しさを感じている時、待ち人ヴィンセントがやって来た

「エリィ、ジェノライド様が授業のスケジュールをお決めになったよ」

「…ねえ、ヴィー、昨日はあんなにまだ早い!って言ってたのに、今日は逆にご機嫌だね」

あれほど何かに怯えて噛み付くように反対していたのに、今日は逆ににこにことしている

「ヴィーはもう授業開始したんだよね?家庭教師の先生って前と同じ人?」

「うん、同じだよ?どうかした?」

「…ううん、どうなのかな、って思っただけ」

「エリィの授業も前と同じ先生だよ。刺繍の先生と礼儀作法の先生」

「それ以外の先生は?」

「その二教科だけだよ。エリィはその二つが好きって言ってたから…」

「ジェノライド様が決めたの?」

「そうだよ。僕がエリィの好きな教科を伝えたら、それだけで良いって」

「そうなんだ…」

あのやり取りは一体何だったのだろう?
何か違和感は残るが、苦手な楽師の先生にも会わなくて済むし、何より座学が減ったことが嬉しかった


この時その違和感をもっと確認していれば、何かが違ってきたのかもしれないと後のわたしは悔やむことになる…










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