淀みの天使

まめ

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「どう?彼女達」

「借金の帳消し、更には真っ当な職にまで有り付けたと心より感謝しておりました。内容もきちんと理解した上で誓約書にも自ら進んでサインしました。予定通りです」

「喜んでもらえたなら何よりだね。サロンの内装替えも滞りないようだから、彼女達の教育が終わり次第というところかなかな」

「これからも万事順調に進むよう手配しておきます」

「ああ、頼むね」

 
 それまで執務机で書類から目を離さず、会話をしていた主だったが、思い出したかのようにペンを止め、側近ににこりと微笑みながら、別な質問をした。


「宰相のところの令嬢は?」

「体調も回復され、次の王家主催のパーティーにはデビュタントとして参加されるとのことでした」

「元気になって良かったよ。長い静養だったからね。宰相の溺愛ぶりは相変わらず?」

「はい、回復されてからは更に」

「ふふ、宰相からしてみれば、回復しない方が良かったのかもしれないね。社交界デビューなんかさせずに、屋敷に留めておきたかったろうし。でもいつまでもそのままというわけにはいかないからね。揶揄いがてら宰相には程々にするよう言っておくかな」


 再度、主が微笑んだのを見て、話が終わったことを理解した側近の者は礼をとり静かに部屋を後にした。




ーーーーー



 バノン伯爵家の長子サリーは、昨年、急な王の崩御により若くして王となった現王ディアンの婚約者ベッセン伯爵の一人娘リリアーヌと、最近まで体調を崩し交流が途絶えていた宰相の娘エレノアを、自慢の庭園に招いていた。
 
 丸いテーブルセットに令嬢三人。少し距離を置いてサリーとエレノアの侍女。リリアーヌの直ぐ真後ろには、通常使用で最早違和感を感じなくなったリリアーヌの専属侍女が立っていた。


「先ずは、エレノア様お元気そうで何よりです。文だけでなかなかお会い出来ずずっと淋しく思っておりましたわ」

「…心配してくれていたのね。ありがとう。でも、…もう、前のようにエレノアと呼んではくれないの?」

「いえ、あの、…そうね。本当に会いたかったわ、エレノア」

「ありがとう、サリー」


 テーブルの上にそっと置いたサリーの手に重ねるようにエレノアも手を置く。二人は互いに微笑み合った。
 二人の再会を隣で見ていたリリアーヌも、遠慮がちに声を掛けた。

「あの、…私もお会いしたかったです」


 リリアーヌは、二つ年上で静養に入る前まで自分の前にディアンの婚約者だったというエレノアに一度会ってみたいと、サリーにお願いして今回の運びとなった。当時落ち着いた雰囲気と聡明さで令嬢達の羨望の的だったという。


「ああ、紹介がまだでしたわね。リリアーヌ様、ノイド侯爵、現宰相の御息女エレノア様です。家格の違いから本来はそうお呼びしなければいけませんが…」

「私も、リリアーヌと。様はいりませんわ。家格でしたらサリーと同等ですもの」

「ですが、リリアーヌ様は現王の婚約者ですから」

「距離があるようで淋しいわ。ねぇ、お願い」


 大きな瞳で懇願するように小首を傾げるリリアーヌは本当に愛らしい。リリアーヌにこれをされると誰しもお願いをききたくなるのだ。


「うっ、わ、分かりましたわ」

「ふふ、お噂は予々聞いておりましたが、本当に天使のように愛くるしい方ですのね。私のこともエレノアとお呼び下さい」

「ありがとう。堅苦しい言葉使いも辞めて良いかしら」

「…リリアーヌ様、…リリアーヌがそうおっしゃ、…言うなら…」


 リリアーヌに押し切られるようにサリーはそれに従った。そして令嬢達らしく、最近流行りのドレスやお茶の話題をそれぞれの事情で世間に疎い二人に話し始めた。
 
 ほぼサリーの独壇場だったが、エレノアは静かに頷いたりしながら聴き入っていたが、リリアーヌはサリーの話そっちのけでエレノアを不躾にそわそわとしながら何度も見ていた。


「どうかされました?」


 エレノアに気付かれ少し恥ずかしそうにしながらも、リリアーヌは思い切って口を開いた。


「ディアン様のことは…、エレノアはどう思ってる?」

「リ、リリアーヌ…」


 元より、前婚約者エレノアと現在の婚約者リリアーヌを会わせることに、とてつもなく気まずさを感じていたサリーだったが、さすがにリリアーヌがその話題について口にはしないだろうと、楽観視していた。まあ、リリアーヌを紹介するにあたって王の婚約者と冠を付けるのは致し方ないが。


 驚きで令嬢らしからぬと言われてしまいそうだが、サリーは椅子から立ち上がっていた。
 エレノアはサリーを宥めるように改めて椅子を勧めてから、大丈夫とサリーに向かって優しく頷いた。


「どう、と仰いますと?」

「今でもディアン様をお慕いしてる?」

「当時は王太子として、今は王になられたディアン様のことは臣下の一人としてお慕いしておりますが、恐らく私のはリリアーヌ嬢のとは異なるのでしょうね」

「婚約者だった時も?」

「貴族の娘として受け入れておりました。ただそれだけのこと、と申し上げたら不敬になりますわね」


 その言葉を聞いてリリアーヌはほっとした事を隠そうとせず、胸に手を当ててふぅ、と音が漏れるほど息を吐いていた。





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