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契約※
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「好いてもない、まして今日初めて会う男に抱かれるということがどういうことなのか、これで解っただろう…」
少し息があがりながら男は言った。
ずるりと身体から抜かれるジェミニにとっての異物。
そして男はぐっと息を飲んだ。
全身に感じる痛みと気怠るさ。
何一つ頭の中で整理出来ない中で、ジェミニは目の前で驚きに目を見開く男の瞳の色が何色なのか、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「す、すまない…。まさか初めてだったとは…」
男の申し訳無さそうな顔が霞んでくる。
ジェミニはそのまま目を閉じた。
部屋の明るさが認識出来るようになり、ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない部屋の天井だった。
綺麗にされた身体にはツルリとした質の良い寝着が着せられており、痛む節々を騙しながら半身を起こしてみたが、部屋には一人だった。
丸いサイドテーブルに水と簡易の食事が置かれており、空のグラスの横に一枚の紙が置かれているのに気が付いた。
ー昨日の件で出掛けてくる
そのままここに居るように
昨日の件と書かれた文字を目にし、自分が悲しいのか辛いのかも理解出来なかったが、段々と滲んでくるその文字を見ながら、膝を抱えて声を押し殺すようにジェミニは泣き続けた。
その後戻ってきた男と話をし、店舗を何店か手放すことで済みそうなことを聞かされた。
「…本当に申し訳有りません」
「…謝るのはこちらだ。…大切な君の初めてを…」
「自分から…言った…ことです」
「それでも…。………、昨日言ったことだが君を買わせてもらう。このままでは君はその足で本当に身売りしに行くつもりだろう。それならば私が言葉通りにしよう。君の気が済むまで私の相手をしてもらう。それがたとえ昨晩の一度きりだとしても私は構わない」
「……一度、家族に話をして来ても良いですか。住み込みで働くことになったと安心させたいので…」
「…分かった。私も共に言って話をしよう。その方が心配されなくて済むだろう」
このままこの男の相手を続けることを決め、ジェミニは家族の元へ一度戻った。
工房を辞めることも決め、挨拶に行く前にテレサの住む家へ立ち寄った。
オーナーである男にこの身を売ったことは避け、自分がミスをしてしまい長く働かなくてはいけなくなったことをテレサに伝えた。
「…そう。何だか悪いことをしたわね。私の代わりをしてもらったばっかりに。オーナー、この娘才能のある娘なの。しっかり育ててあげて」
「ああ、大丈夫だ」
事情を知らないテレサはその言葉ににこりと笑った。
そして他所で働くことは言いづらいだろうから、元の工房にはテレサが辞めることを上手く伝えておくと言った。
男は店舗に合わせていくつかの住まいを持っていた。
そこを移動する毎にジェミニも寝床を移していた。
自分を買ったというのになかなか手を出さない男に、ジェミニは自ら寝着を解き身体を差し出した。
そうしなければならないと自分に言い聞かせて。
初めの頃は渋るようにしていた男だったが、段々と自分からジェミニを求めるようになり、身体を重ねる回数が増すうちに、互いに名前を呼ぶようにまでなっていった。
手練手管など待ち合わせていないジェミニだったが、
その男デュリオスに教えられ、男の愉悦を満たせる方法を身につけていった。
「……ジェミィ、そろそろ家に戻るか?」
ふと、寝台で横たわりながらデュリオスが訊いてきた。
娼館で働いたらどのぐらいのお金を受け取ることが出来るのかは知らないが、数店舗に値するほど稼ぐのは無理だとは思った。
「…まだ、お返ししきれてません」
デュリオスに後ろ背に抱きしめられながらジェミニは答える。
暫くその後の言葉が続かないので、首だけをデュリオスに向けると、苦虫を噛んだような顔で薄く笑う顔がそこにあった。
「生涯掛かるぞ」
「…望まれる限り」
「…なら、そのまま生涯勤める契約をしよう」
優しくジェミニの頭をひと撫でし、脱ぎ捨ててあったガウンを羽織って書類机へ向かった。
引き出しから一枚の紙を取り出すと、デュリオスは徐にジェミニの身体を起こし手にしていた紙を手渡した。
「生涯の自由を奪うことになる。良く考えて答えを出して欲しい」
今日は別室で寝ると言い、そのままデュリオスは部屋を出て行った。
いつもなら、仕事場を移る時に合わせてジェミニを連れて行ったが、次の日からジェミニは同じ屋敷に居た。
その間、屋敷の管理を任されていると言う通いの婦人が食事の用意をしたり掃除をするのに訪れただけで、デュリオスは姿を見せなかった。
ただ、放置されただけなら良かったのかもしれない。
だが、毎日デュリオスからだと部屋に花が届けられ、誰にも見せることなどないというのに、ジェミニには不相応と思わせる貴族が着るようなデイドレスも併せて届いていた。
「奥様は愛されてらっしゃいますね。会えないからと、毎日贈り物をされるなんて」
今日届いた花を花瓶に刺しながら、二人の事情を知らない通いの婦人は言った。
デュリオスとはお金の関係でそこに感情は無い。
だが、ここにある紙はそうではないのだと伝えたいように部屋中を埋め尽くす花。
彼は生涯契約だと言った。
不器用な気持ちの伝え方なのかもしれない。
ジェミニは机に飾られていた花を一輪取り、その花弁をツンと指で突いた。
「本当に良いんだな。知っているだろうが、この国で婚姻の届けを出した者は生涯離縁は認められない。それが死別であってもだ。私は君の父親とさして変わらない年齢だと言ってもまだまだ先は長い。後悔はしないな」
「はい。…よろしくお願いします」
その日はお互いの隅々まで確かめ合うように交わった。
少し息があがりながら男は言った。
ずるりと身体から抜かれるジェミニにとっての異物。
そして男はぐっと息を飲んだ。
全身に感じる痛みと気怠るさ。
何一つ頭の中で整理出来ない中で、ジェミニは目の前で驚きに目を見開く男の瞳の色が何色なのか、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「す、すまない…。まさか初めてだったとは…」
男の申し訳無さそうな顔が霞んでくる。
ジェミニはそのまま目を閉じた。
部屋の明るさが認識出来るようになり、ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない部屋の天井だった。
綺麗にされた身体にはツルリとした質の良い寝着が着せられており、痛む節々を騙しながら半身を起こしてみたが、部屋には一人だった。
丸いサイドテーブルに水と簡易の食事が置かれており、空のグラスの横に一枚の紙が置かれているのに気が付いた。
ー昨日の件で出掛けてくる
そのままここに居るように
昨日の件と書かれた文字を目にし、自分が悲しいのか辛いのかも理解出来なかったが、段々と滲んでくるその文字を見ながら、膝を抱えて声を押し殺すようにジェミニは泣き続けた。
その後戻ってきた男と話をし、店舗を何店か手放すことで済みそうなことを聞かされた。
「…本当に申し訳有りません」
「…謝るのはこちらだ。…大切な君の初めてを…」
「自分から…言った…ことです」
「それでも…。………、昨日言ったことだが君を買わせてもらう。このままでは君はその足で本当に身売りしに行くつもりだろう。それならば私が言葉通りにしよう。君の気が済むまで私の相手をしてもらう。それがたとえ昨晩の一度きりだとしても私は構わない」
「……一度、家族に話をして来ても良いですか。住み込みで働くことになったと安心させたいので…」
「…分かった。私も共に言って話をしよう。その方が心配されなくて済むだろう」
このままこの男の相手を続けることを決め、ジェミニは家族の元へ一度戻った。
工房を辞めることも決め、挨拶に行く前にテレサの住む家へ立ち寄った。
オーナーである男にこの身を売ったことは避け、自分がミスをしてしまい長く働かなくてはいけなくなったことをテレサに伝えた。
「…そう。何だか悪いことをしたわね。私の代わりをしてもらったばっかりに。オーナー、この娘才能のある娘なの。しっかり育ててあげて」
「ああ、大丈夫だ」
事情を知らないテレサはその言葉ににこりと笑った。
そして他所で働くことは言いづらいだろうから、元の工房にはテレサが辞めることを上手く伝えておくと言った。
男は店舗に合わせていくつかの住まいを持っていた。
そこを移動する毎にジェミニも寝床を移していた。
自分を買ったというのになかなか手を出さない男に、ジェミニは自ら寝着を解き身体を差し出した。
そうしなければならないと自分に言い聞かせて。
初めの頃は渋るようにしていた男だったが、段々と自分からジェミニを求めるようになり、身体を重ねる回数が増すうちに、互いに名前を呼ぶようにまでなっていった。
手練手管など待ち合わせていないジェミニだったが、
その男デュリオスに教えられ、男の愉悦を満たせる方法を身につけていった。
「……ジェミィ、そろそろ家に戻るか?」
ふと、寝台で横たわりながらデュリオスが訊いてきた。
娼館で働いたらどのぐらいのお金を受け取ることが出来るのかは知らないが、数店舗に値するほど稼ぐのは無理だとは思った。
「…まだ、お返ししきれてません」
デュリオスに後ろ背に抱きしめられながらジェミニは答える。
暫くその後の言葉が続かないので、首だけをデュリオスに向けると、苦虫を噛んだような顔で薄く笑う顔がそこにあった。
「生涯掛かるぞ」
「…望まれる限り」
「…なら、そのまま生涯勤める契約をしよう」
優しくジェミニの頭をひと撫でし、脱ぎ捨ててあったガウンを羽織って書類机へ向かった。
引き出しから一枚の紙を取り出すと、デュリオスは徐にジェミニの身体を起こし手にしていた紙を手渡した。
「生涯の自由を奪うことになる。良く考えて答えを出して欲しい」
今日は別室で寝ると言い、そのままデュリオスは部屋を出て行った。
いつもなら、仕事場を移る時に合わせてジェミニを連れて行ったが、次の日からジェミニは同じ屋敷に居た。
その間、屋敷の管理を任されていると言う通いの婦人が食事の用意をしたり掃除をするのに訪れただけで、デュリオスは姿を見せなかった。
ただ、放置されただけなら良かったのかもしれない。
だが、毎日デュリオスからだと部屋に花が届けられ、誰にも見せることなどないというのに、ジェミニには不相応と思わせる貴族が着るようなデイドレスも併せて届いていた。
「奥様は愛されてらっしゃいますね。会えないからと、毎日贈り物をされるなんて」
今日届いた花を花瓶に刺しながら、二人の事情を知らない通いの婦人は言った。
デュリオスとはお金の関係でそこに感情は無い。
だが、ここにある紙はそうではないのだと伝えたいように部屋中を埋め尽くす花。
彼は生涯契約だと言った。
不器用な気持ちの伝え方なのかもしれない。
ジェミニは机に飾られていた花を一輪取り、その花弁をツンと指で突いた。
「本当に良いんだな。知っているだろうが、この国で婚姻の届けを出した者は生涯離縁は認められない。それが死別であってもだ。私は君の父親とさして変わらない年齢だと言ってもまだまだ先は長い。後悔はしないな」
「はい。…よろしくお願いします」
その日はお互いの隅々まで確かめ合うように交わった。
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