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リオベルがデザインしたドレスはストックルームの在庫分まで全て売り切れとなった。
開店時に購入した客の身内の者達が自分にもと、午後に店に訪れたが、在庫切れを知るとどれだけでも待つと言い、勝手に予約金まで置いていくほどだった。
「予想はしていたが、午後まで持たないとはな…」
「明日は噂を聞いた人でブティックもごった返しそうですね」
「嬉しい悲鳴だな」
店員とオーナーがそんなやり取りをしながら、早速追加製作で慌ただしくしている工房の扉を開けた。
お針子達が皆興奮した様子で手を動かしながら作業に取り掛かっている。
だが、その隅で今日の主役とも言えるリオベルは作業用の小さな丸椅子に腰掛けながら、一瞬喜びの表情を浮かべたが、入ってきたオーナーと店員を見て明らかに肩を落とした。
「期待してた人とは違うようだが、誰だと思ったんだい?」
「あ、いえ…。実は今日、約束を……
リオベルが口を開きかけたタイミングで、忙しなく動くお針子達の向こうで遠慮しがちに扉が開いた。
「テレサさん!!!」
扉が開き切る前に、そちらに気が付いたリオベルは、勢い良く立ち上がり、扉の方へ向かった。
「っ……、…………。」
気まずそうに視線を逸らしながら、なかなか中に入ってこようとしないテレサ。
リオベルはテレサの両手を取り、満面の笑みで告げた。
「良かった!待ってたんです!昨日、私、言いましたよね?忙しくなるからって!来てくれて本当に良かった!」
「……テレサ、…。……、突っ立ってないで早く手伝ってくれんかね」
「モッカさん…」
「…ほら、こっちの布さね」
彼女がここを出て行くと啖呵を切ったことは無かったことのように、年配者のモニカは手招きし指示を出し始めた。
「……駄目だ。テレサ、君は工房を辞めると自ら出て行ったんだ」
「オ、オーナー…」
素直さの欠けるテレサの性格を、鑑みたリオベルとモッカの行動だったが、オーナーの言葉によってその場に静寂をもたらした。
「遊びでしてるんじゃない。気分で出ていったり戻ったりを許す訳にはいかないんだ。他の者への示しもつかない」
テレサは下を向いたまま黙り込んだ。
「オーナー、人手が足りんさね。新しい人を雇っても直ぐに追っ付かないねぇ」
いくら一番の古株のモニカの頼みでもオーナーは首を縦に振ることはなく、腕組みをしたままテレサから目を離さずに居る。
周りのお針子達もその場の空気に居た堪れなくなり、何か言葉を発しようとしたがその前にテレサが顔を上げ、オーナーと目を合わせた。
「オーナー、…、そして皆さん、申し訳ありませんでした。ここでまた仕事をさせてください。何でもします。お願いします」
そして深く深く頭を下げた。
「甘えは許されない。解っているのか?」
「はい。どんな作業もします。一からここで学ばせて下さい」
「…嘘じゃないな」
「はい」
「皆んな聞いてたな。追加予約で休み返上で働いてもらわなければと思っていたところだ。どんどん使ってやってくれ」
「もちろんよ!ほら、テレサ、モニカさんのが終わったらこっちを手伝って!」
「その次はこっちをよろしくね!」
工房は喧騒を取り戻し、皆慌ただしく動き始めた。
この工房のお針子達はあのまま何事も無く作業をさせても不平不満を言う者など居なかっただろう。
それで良かったのかも知れない。
だが、オーナーなりのけじめであり、テレサの気まずさを解消するための策でもあった。
このやり取りはリオベルの学びの一つとなったのだった。
開店時に購入した客の身内の者達が自分にもと、午後に店に訪れたが、在庫切れを知るとどれだけでも待つと言い、勝手に予約金まで置いていくほどだった。
「予想はしていたが、午後まで持たないとはな…」
「明日は噂を聞いた人でブティックもごった返しそうですね」
「嬉しい悲鳴だな」
店員とオーナーがそんなやり取りをしながら、早速追加製作で慌ただしくしている工房の扉を開けた。
お針子達が皆興奮した様子で手を動かしながら作業に取り掛かっている。
だが、その隅で今日の主役とも言えるリオベルは作業用の小さな丸椅子に腰掛けながら、一瞬喜びの表情を浮かべたが、入ってきたオーナーと店員を見て明らかに肩を落とした。
「期待してた人とは違うようだが、誰だと思ったんだい?」
「あ、いえ…。実は今日、約束を……
リオベルが口を開きかけたタイミングで、忙しなく動くお針子達の向こうで遠慮しがちに扉が開いた。
「テレサさん!!!」
扉が開き切る前に、そちらに気が付いたリオベルは、勢い良く立ち上がり、扉の方へ向かった。
「っ……、…………。」
気まずそうに視線を逸らしながら、なかなか中に入ってこようとしないテレサ。
リオベルはテレサの両手を取り、満面の笑みで告げた。
「良かった!待ってたんです!昨日、私、言いましたよね?忙しくなるからって!来てくれて本当に良かった!」
「……テレサ、…。……、突っ立ってないで早く手伝ってくれんかね」
「モッカさん…」
「…ほら、こっちの布さね」
彼女がここを出て行くと啖呵を切ったことは無かったことのように、年配者のモニカは手招きし指示を出し始めた。
「……駄目だ。テレサ、君は工房を辞めると自ら出て行ったんだ」
「オ、オーナー…」
素直さの欠けるテレサの性格を、鑑みたリオベルとモッカの行動だったが、オーナーの言葉によってその場に静寂をもたらした。
「遊びでしてるんじゃない。気分で出ていったり戻ったりを許す訳にはいかないんだ。他の者への示しもつかない」
テレサは下を向いたまま黙り込んだ。
「オーナー、人手が足りんさね。新しい人を雇っても直ぐに追っ付かないねぇ」
いくら一番の古株のモニカの頼みでもオーナーは首を縦に振ることはなく、腕組みをしたままテレサから目を離さずに居る。
周りのお針子達もその場の空気に居た堪れなくなり、何か言葉を発しようとしたがその前にテレサが顔を上げ、オーナーと目を合わせた。
「オーナー、…、そして皆さん、申し訳ありませんでした。ここでまた仕事をさせてください。何でもします。お願いします」
そして深く深く頭を下げた。
「甘えは許されない。解っているのか?」
「はい。どんな作業もします。一からここで学ばせて下さい」
「…嘘じゃないな」
「はい」
「皆んな聞いてたな。追加予約で休み返上で働いてもらわなければと思っていたところだ。どんどん使ってやってくれ」
「もちろんよ!ほら、テレサ、モニカさんのが終わったらこっちを手伝って!」
「その次はこっちをよろしくね!」
工房は喧騒を取り戻し、皆慌ただしく動き始めた。
この工房のお針子達はあのまま何事も無く作業をさせても不平不満を言う者など居なかっただろう。
それで良かったのかも知れない。
だが、オーナーなりのけじめであり、テレサの気まずさを解消するための策でもあった。
このやり取りはリオベルの学びの一つとなったのだった。
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