あなたの愛は本物ではないから…

まめ

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フレックス

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 手を離さないまま、二人は劇場の近くにある広場の噴水まで来ていた。


「情けないとこ見せちゃったな…」

「あの悲恋を歌い上げる時の彼女の表情は、わたしも泣けました…」

「やっぱり…悲しいよね…」


 噴水のへりに腰掛け、マイラーはまた鼻を啜り始める。
 リオベルはデイドレスを汚さないように慎重に腰を下ろした。


「昔っから…涙もろくてさ…」

「それだけ、マイラーさんが感情豊かってことじゃないですか?」

「呆れ…ない…?」

「ふふ、呆れませんよ」

「でも、笑ってる…。あっ!」


 一瞬ぶうたれた顔をしたマイラーだったが、前を横切ろうとした子供が手にしていた風船が手から離れたのを見て、咄嗟に紐を掴み、その子供を抱いている母親にどうぞと渡した。
 だが、明らかに泣いた顔で微笑まれ、母親はお礼を言うも、戸惑いをその顔に浮かべていた。


「気をつけてね」


 子供の頭に手を置き、優しく言い聞かせている様子を見て、改めて母親もお礼を述べて立ち去った。


「子供ってなんであんなに可愛いんだろうね?」


 子供の様に泣き、まだ鼻を赤くしたままそう語るマイラーにリオベルはクスクスと笑い出した。


「マイラーさんも負けてないですよ」

「えっ?…俺も…?」

「あ、…え?いや…あの…」


 あたふたと顔の前で手を振り出したリオベルに、マイラーは鼻だけでなく顔全体を赤く染め上げた。


「駄目だ…。恥ずかし過ぎる…。可愛いとか、言うのはナシで…」

「は、はい…。すみません…」

「リオベルちゃんこそ…、劇場で、目、キラキラさせて可愛いかった…」

「は、はえ…?」


 返事をし損ねて変な声を出しながら、マイラーに負けじと顔を赤くし出すリオベル。
 互いに顔を俯かせている二人の前に一人の人影が目に入った。


「あー、その、なんだ、敢えて声をかけさせてもらうけど、マイラー、この子が言ってたリオベルちゃん?」


 同時に二人が顔を上げると、そこには騎士服を纏ったマイラーと同じ年頃の青年が立っていた。


「フレックス…。いつから…居たんだ?」

「手を繋いで俺の前を通り過ぎた時から?声掛けようと思ってたら、お互いに可愛いとか言って赤くなって…。見てるこっちが恥ずかしいわ。で?」


 フレックスと呼ばれた青年は、クイクイと顎でリオベルを示し、先ほどの答えを促す。
 マイラーは何かを諦めたように、はぁ、と息を吐き、改めて紹介した。


「リオベルちゃん、こいつが前に言ってた同期のフレックス。フレックス、リオベルちゃんだ」

「初めまして」

「初めまして」

「ほら、挨拶も済んだし、もう良いよな?」

「ったく!本当に挨拶だけじゃないか。…まぁ、邪魔しちゃなんだし、そろそろ俺も戻らないといけないからな。リオベルちゃん、コイツのことよろしくね!ちょーっと、泣き虫だけど、めちゃくちゃ良い奴だからさ!じゃあね!」


 少しだけマイラーより背の高いフレックスは、マイラーの肩にポンと手を乗せ「頑張れよ」と言って巡回に戻って行った。


「仲が良いんですね」

「昔からの腐れ縁でさ。でも良い奴なんだ」

「ふふ、お互い同じこと言ってる」

「……それより、初の劇場で、期待とか緊張で言うのが今頃になっちゃったけど、そのデイドレス似合ってる」

「あ、ありがとうございます…。こんな高価な物本当にすみません」

「さり気なくコレと揃いになってるのは気が付いてくれてた?」

「はい。仰ってた通り、マイラーさんとチグハグにならなくて良かったです」

「……あんまり伝わってないか…」

 
 口元に握った手を持って行き、小さな声でマイラーが何か言ったが、聞き取れなかったリオベルは「え?」と首を傾げた。


「ううん、何でもない。それより、言葉、もっと砕けてくれて良いよ。疲れちゃうだろ?」

「普段年上の方と話す事が多いので。…でも、お友達になったから、良いですか?」

「友達…」

「観劇友達になれたと…」

「あ、そう、そうだよね!これからも仲良くしていこう!」

「はい。よろしくお願いします」

「そこはお願いしますじゃなくて?」

「…よろしく」

「うん、それで良い」


 満面の笑みでリオベルの頭を撫でた。
 先ほど劇場では撫でられていた側だったのに、逆に幼な子を誉めるように。


「マイラーさん…。さっきまで年下の子みたいだったのに…」

「あ、ごめん。つい撫でちゃって。でも子供は無いかな?もう五年も成人過ぎてるし」

「え?五年」

「うん。リオベルちゃんは?」

 
 てっきり同じ年ぐらいだと思っていたリオベルは、案外年上な事に驚いた。


「去年…」

「え!去年?まだだと思ってた…」

「マイラーさんこそ…。まだ成人したばかりだと…」

「はは、お互い童顔てことか。まだまだ知らない事だらけだけど、これからもよろしくね!とりあえずは来週のピクニックのことだけど、待ち合わせはどうする?」

「ここより北にある国立公園はご存知ですか?」

「また。もう戻ってる。ご存知ですかじゃなくて?」

「でも、マイラーさん四つも年上で…」

「四つなんてそんなに変わらないでしょ。友達なんだから、ほら」

「……国立公園は行ったことがあり、…ある?」

「ないよ。こっちでは巡回ルートに入ってる所と使う店ぐらいしかなくて。先輩にも一度は行っておけって薦められてるから、行ってみたかったんだよね」

「わたしは休みになるとほぼ行ってるぐらいのお気に入りの場所で、景色も良いですし、時間も忘れるぐらいゆっくり出来るから本当にお薦めです!」

「それは期待しなくちゃね。お昼とかはどうする?近くに店とかはあるのかな?」

「作って行こうかと」

「手作り?」

「お嫌じゃなければ…」

「嫌じゃない、嫌じゃない!手作り弁当かぁ、楽しみだなぁ」

「そんな、期待しないでください!」

「…まあ、言葉使いはおいおいってことで、お互い楽しい時間を過ごそうね」

「…はい」

「来週の件もそうだけど、折角のドレスだからさ、観劇だけでは勿体ないから、このまま食事でもどうかな?良ければ、そこで時間とか待ち合わせ場所とか決めよう」


 そう言うとマイラーはいつものように強引ではなく、手を繋ごうと断りを入れるように手の平をリオベルに向けた。


「…手は繋がないと駄目、ですか?」

「四つも年下の女の子が迷子になるといけないからね」


 先ほどのリオベルの言葉を逆手に取り、悪戯っ子のようにウインクした。
 

「…迷子になるほど幼くない」

「ふふ、俺が繋ぎたいの」


 マイラーは素直な言葉でリオベルの手を取り、「ほら、あそこの店にしよう」と足を進めた。
 






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