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テレサ

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 ブティックの工房の方から何やら大声で怒鳴っている女性の声がする。
 何事かとリオベルは急いで扉を開けた。


「ちゃんと説明しなさいよ!何故、あんたがパタンナーの私に断りもなく型紙を作ってるの!ましてやマダムエレシアの所まで行ってたなんて!」


 もの凄い形相で叫ぶようにしているのはパタンナーのテレサだ。


「何があったんですか…?」

 
 遠巻きにそれを見ていたお針子の一人にリオベルは声を掛けた。


「リオベルさん用の型紙が、見覚えの無い物だったから、ジェミニに問いただしたんだけど、それを聞いて、マダムエレシアの所へ自分を売り込みに行ったって激昂してね。それであれよ」


 そのお針子は声の主に気づかれないように小声で教えてくれた。


「テレサさん、あの…」

「リオベルさん…。居らしてのね。…ちょうど良いわ。貴女からも言ってくれない?仲間うちのルールを守らないような勝手な人間は碌な仕事が出来ないって!現にこの娘はしょっちゅう私の指示を間違えて、ついこの間も紫の布を指定したのに青い布で型を取るような娘なのよ!それを何を勘違いしたのか、マダムの所まで出向いて…」


 下唇をぎゅっと噛み、テレサに対面していたのはジェミニだった。


「誤解です!わたしが怪我でこちらの既存の型紙を確認出来ないから、ジェミィ…ジェミニさんは専用の型紙を起こして持って来てくれたんです。マダムに売り込むとかでは…」

「それよ!何でメインパタンナーの私が居るのに、今まで一度もやらせたこともないあの娘が出しゃばるの?おかしいじゃない?このブティックがその程度かと思われたら、私の評価も下がるわ!」

「マダムが下すのは私への評価だけです。だから…」

「とにかく!このことはオーナーにも言いますから!リオベルさん、貴女のデザインは私が改めて型紙を起こしますから、安心してちょうだい」


 鼻息荒く言い切り、腕組みをしながら、テレサは蔑むようにジェミニを睨み続けている。
 これまで揉めごととは縁遠かったリオベルはどうしたものかと、こめかみを指で押さえた。


「いい加減にしないか、店まで声が届いてたぞ。一体どうしたって言うんだ」

「オーナー、聞いて下さい…」


 騒ぎ声を聞きやってきたオーナーの姿を見た途端、テレサは急に声のトーンを変えて悲しそうな顔を作って見せた。
 テレサの言い分を聞いて、オーナーは頷いた後ジェミニに型紙を見せるように言った。


「ジェミニ、…本当に君はデザイン画だけで自分で起こした型紙なのか…?」


 オーナーに問われ、ジェミニは首肯した。


「……、テレサ、今回は君がアシスタントに回ってくれないか?」

「なっ、なんで!?オーナー、私がアシスタントなんかにっ!」

「ジェミニは自分で一から起こしたんだ。言ってる意味が解るよな」

「ええ、解るわ。それが何よ!私だって出来るでしょうっ!!」

「テレサ…、見本を解いたり、既存の組み合わせではないんだ」


 テレサは怒りに震え、言葉がなかなか出てこない。


「私だって…、私、…良いわ。こんな所辞めてやるからっ!」


 「邪魔よ!」とジェミニの肩にわざとぶつかり、更には扉が壊れそうなほど大きな音を立てその場を去った。


 気まずい空気の中、先ほどのお針子がリオベルに耳打ちするように言った。


「別にテレサじゃなくてもあの仕事は出来るからね」


 どういうことなのか解らないでいたリオベルに、説明するようにそのお針子は続ける。


「王都で流行ってるデイドレスを見本として仕入れるんだけど、それを解いて型紙にするんだよ。後は元々ここにある型紙同士をマンネリにならないように組み合わせたりね。縫い物の経験のある者なら誰でも出来るのさ」


 先ほどのオーナーの言葉の意味をリオベルは理解した。


「…オーナー、ごめんなさい…」


 深々と頭を下げたジェミニにオーナーは頭を左右にゆっくりと振っている。


「いや。前々から君が、本人に分からないよう手直ししてたのはお針子達から聞いていた。私から、ちゃんとテレサ本人にそれを伝えるべきだったな…。まぁ、直ぐに戻ってくるだろ。ジェミニ、さっき言った通りパタンナーとしてやってみろ」

「はい」

「内輪のゴタゴタに巻き込んですまなかったね」

 
 ジェミニに指示を出した後、オーナーは眉尻を下げてリオベルに向き直った。
 リオベルはそれに応え、大丈夫だと首を振った。


 空気を変えるようにパンと一つ手を叩き、仕事を続けてくれと言い残しオーナーはブティックの方へ戻って行った。
 その場に居た、ジェミニ以外のお針子達は休ませていた手を動かし始め、ジェミニはテーブルの隅にある丸椅子を二つ並べてリオベルを手招きした。


「ごめん。もうちょっと上手くやれば良かった。でも、リオベルのデザインはどうしても私がやりたかった」

「…そう言ってくれて嬉しい。でも、テレサさん…」

「プライドの高い人だったから…。でも、戻ってくると思う。あの人、なんだかんだ言っても仕事は好きみたいだったし。それより、型紙を布に当てて止めてあるんだけど、色の感じを確認してもらっても良い?」


 少し心配な気持ちを抱えながらも、リオベルはここでの目的に頭を切り替え、隣の作業テーブルに広げられた布を確認するため立ち上がった。








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