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生地屋
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「これなんだけど、素材の良さに惹かれて仕入れたのは良いけど、使い辛いって言って全く売れないんだよ。良かったら半値にするから使ってくれないかな?」
生地屋の店主が一本の巻き状になった布を裁断用のテーブルに広げて見せた。
「…これ」
「絹ほどではないが、手触りも光沢もなかなかだろう?
ただこの濃淡が型紙を取るのに場所を選ぶからってね」
「こんなに良い素材なのに、本当に半値で良いんですか?」
「利益はこの際度外視だ。俺がこの生地を気に入ったとはいえ、手元に残しておいても仕方ないからね。どうだい?」
「……、これ巻ごと買います!」
「お、何か使い道が浮かんだみたいだな。せっかくだから他の物もまとめて買ってくれたら安くしとくよ」
「なら、お言葉に甘えて…他も選びますね!」
「因みに、そこの箱に雑に入ってるボタンは処分品だから、使えそうならタダで持ってで良いから」
広げた布を筒に丸め直し、店主は気前良くリオベルにおまけと言って中途半端に残っていたリボンなども付けてくれた。
「ありがとうございます!予算も余りそうで助かりました」
「一人じゃ運べないだろうから、ついでの時に工房に持ってっとくよ」
材料を元にデザインのイメージがまとまったリオベルはほくほく顔だった。
先に自分で持てる分だけ袋に詰めて貰い、生地屋を後にしたリオベルは早速工房でデザインに似た型の相談をするべく工房に向かった。
良い事が有ったばかりだと言うのに運悪く、工房の手前、角を曲がると直ぐの所で、余所見をしていた人と思い切りぶつかってしまい、紙袋を抱えたままのリオベルはよろけて膝を擦りむく怪我をしてしまった。
相手に手を貸され起き上がり、荷物の無事を確かめたリオベルは、何度も頭を下げる相手に、こちらも気が付くのが遅れたから気にしないでと告げ、別れた。
だが、ちょうど水溜まりの泥に足がはまってしまったようでワンピースは大変なことになっている。
「ま、材料が無事だから良いっか」
リオベルはそう呟いて角を曲がった。
ちょうどそのタイミングで、カランコロンとブティックの扉に付いたベルを鳴らしながら、中から先日も会ったあのマイラーという騎士が店から出て来た。
「あ、先日の!良く会うね」
泥を跳ね上げたワンピース姿で、なるべくなら人と会いたくないこういう時に限って知った顔の者と遭遇するのだな、と妙に関心したリオベルは何事も無いような素振りで挨拶をした。
「こんにちは」
「荷物多そうだけど…どこかで転んだの?」
「いえ、少し躓いただけです」
早く工房に行き、濡れた布でワンピースの汚れを取りたいのと、この格好を余り見られたくないのとで、素っ気ない態度になってしまった。
だが、マイラーは気にした様子もなく、当然のように紙袋に手を伸ばした。
「持つよ。足、怪我してるよね?どこまで持ってけば良い?」
「裏の工房なので、大丈夫で、いっ…」
「怪我したとこ痛むんでしょ。ほら、手を貸して。工房ってことはそこのお針子さん?」
「…いえ、ここのでは無いんですが」
腕をマイラーに支えられ、先ほどの素っ気ない態度をしたのにこうやって助けてもらっていることに申し訳なさと気まずさを感じたが、その手を振り解く訳にもいかず、結局、工房へ繋がる出入り口まで付き添ってもらうことにした。
「ありがとうございます」
「うん。ちゃんと手当てするんだよ。あ、名乗ってなかったよね。先月ここに派遣されてきたマイラー。よろしくね」
「あ、あの…リオベルと言います…」
「リオベルちゃんか。良い名前だね。それじゃあ、また!」
性格通りの爽やかな笑顔でマイラーは通りの方へ戻っていった。
「また、か…」
リオベルは心に浮かんだ人の顔を思い出しながら、少し淋しげに微笑んでいた。
生地屋の店主が一本の巻き状になった布を裁断用のテーブルに広げて見せた。
「…これ」
「絹ほどではないが、手触りも光沢もなかなかだろう?
ただこの濃淡が型紙を取るのに場所を選ぶからってね」
「こんなに良い素材なのに、本当に半値で良いんですか?」
「利益はこの際度外視だ。俺がこの生地を気に入ったとはいえ、手元に残しておいても仕方ないからね。どうだい?」
「……、これ巻ごと買います!」
「お、何か使い道が浮かんだみたいだな。せっかくだから他の物もまとめて買ってくれたら安くしとくよ」
「なら、お言葉に甘えて…他も選びますね!」
「因みに、そこの箱に雑に入ってるボタンは処分品だから、使えそうならタダで持ってで良いから」
広げた布を筒に丸め直し、店主は気前良くリオベルにおまけと言って中途半端に残っていたリボンなども付けてくれた。
「ありがとうございます!予算も余りそうで助かりました」
「一人じゃ運べないだろうから、ついでの時に工房に持ってっとくよ」
材料を元にデザインのイメージがまとまったリオベルはほくほく顔だった。
先に自分で持てる分だけ袋に詰めて貰い、生地屋を後にしたリオベルは早速工房でデザインに似た型の相談をするべく工房に向かった。
良い事が有ったばかりだと言うのに運悪く、工房の手前、角を曲がると直ぐの所で、余所見をしていた人と思い切りぶつかってしまい、紙袋を抱えたままのリオベルはよろけて膝を擦りむく怪我をしてしまった。
相手に手を貸され起き上がり、荷物の無事を確かめたリオベルは、何度も頭を下げる相手に、こちらも気が付くのが遅れたから気にしないでと告げ、別れた。
だが、ちょうど水溜まりの泥に足がはまってしまったようでワンピースは大変なことになっている。
「ま、材料が無事だから良いっか」
リオベルはそう呟いて角を曲がった。
ちょうどそのタイミングで、カランコロンとブティックの扉に付いたベルを鳴らしながら、中から先日も会ったあのマイラーという騎士が店から出て来た。
「あ、先日の!良く会うね」
泥を跳ね上げたワンピース姿で、なるべくなら人と会いたくないこういう時に限って知った顔の者と遭遇するのだな、と妙に関心したリオベルは何事も無いような素振りで挨拶をした。
「こんにちは」
「荷物多そうだけど…どこかで転んだの?」
「いえ、少し躓いただけです」
早く工房に行き、濡れた布でワンピースの汚れを取りたいのと、この格好を余り見られたくないのとで、素っ気ない態度になってしまった。
だが、マイラーは気にした様子もなく、当然のように紙袋に手を伸ばした。
「持つよ。足、怪我してるよね?どこまで持ってけば良い?」
「裏の工房なので、大丈夫で、いっ…」
「怪我したとこ痛むんでしょ。ほら、手を貸して。工房ってことはそこのお針子さん?」
「…いえ、ここのでは無いんですが」
腕をマイラーに支えられ、先ほどの素っ気ない態度をしたのにこうやって助けてもらっていることに申し訳なさと気まずさを感じたが、その手を振り解く訳にもいかず、結局、工房へ繋がる出入り口まで付き添ってもらうことにした。
「ありがとうございます」
「うん。ちゃんと手当てするんだよ。あ、名乗ってなかったよね。先月ここに派遣されてきたマイラー。よろしくね」
「あ、あの…リオベルと言います…」
「リオベルちゃんか。良い名前だね。それじゃあ、また!」
性格通りの爽やかな笑顔でマイラーは通りの方へ戻っていった。
「また、か…」
リオベルは心に浮かんだ人の顔を思い出しながら、少し淋しげに微笑んでいた。
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