あなたの愛は本物ではないから…

まめ

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マイラー

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 先日のことを思い出しながら、リオベルはふふっ、と笑った。


 あの時眺めていたのは確かに自分より年上の、ともすれば母親世代の女性が好むようなデザインのもの。
 質素なワンピースを着た娘が、無理をしてあのブティックにやって来て、何を選んだら良いか分からず手当たり次第に眺めているように見えたのだろう。


 そんなことを考えながら、リオベルは今日もあのブティックへ赴いた。


 ちょうどブティックの前に到着した時、二十代前半の女性二人が友人なのか、楽しくおしゃべりをしながら店内から出てきた。


「どうしてあれに決めなかったの?」

「だって、今度の歌劇が初めてのデートなのよ。迷うに決まってるじゃない」

「凄く似合ってたから、あれにすれば良かったのに」

「可愛いらしいのは認めるわ。でも、彼には大人の女性に見られたいもの」


 二人はおしゃべりを続けながら、通りの向こうへ歩いて行った。


 リオベルは会話聞き、マダムに与えられた課題に当てはめて改めてデザインについて考えた。
 目的や用途だけではなく、着る者の気分を高揚させたり落ち着かせたり、或いは見る印象そのものを変えさせる力が身に纏うものにはある。
 リオベルはうんと頷き、工房の扉を開いた。


 サイズ直しをしている初老のお針子が手を止めて、改めてリオベルにここで働いている者達のそれぞれ請け負っている仕事を説明した。
 型紙を元に布を裁断しパーツを縫い合わせていく者から装飾部分を担当する者などが居たが、既製品としてほぼ同じデザインのドレスを販売しているこのブティックでは、マダムの工房より少ない人数で仕上げていた。


 その中でパターンナーの技術も待ち合わせているという女性が、今仕上げているデイドレスも自分がパターンを起こしたと誇らしげに語り始めた。


「マダムの所のパターンナーの方っておいくつぐらいの人?」

「わたしの母より少し年上ぐらいでしょうか」

「ふうん、そうなの」


 何か言いた気な返事を残したが、そのまま打ち合わせに入った。


「予算のこともあるので、デザインが決まったら生地屋さんと交渉して材料を仕入れなきゃね。オーダーメイドと違って制約も多いから、費用によってはデザインそのものを考え直すことも出てくると思う。生地屋の交渉はオーナーよりも私の方が得意だから、立ち合うわ」


 今ある型紙帳を見せてもらいながら、リオベルはアドバイスを受けていた。



「ほら、皆んな休憩時間だ。お茶と菓子を用意したから休んでくれ」


 暫くしてオーナーがブティックへ続く扉から顔を覗かせて皆を促した。


 ぞろぞろとお針子達が工房の作業場を後にし、リオベルがそれに続こうとしたところで、一番若いジェミニという娘がくいっとリオベルの袖を引いた。


「覚えてない?隣のクラスに居たジェミニよ」

「え?」

「途中で通えなくなったから覚えてないか」

「あの…ごめんなさい」

「…いいわ」


 平民学校の時のことを言っているのだろう。
 彼女も途中で通えなくなったと口にしたが、通っている頃はリオベルも母親が体調を崩し始めた頃で、授業を終えるとクラスメイトと挨拶を交わすのも惜しんで家に帰っていた。
 あの頃は仲の良い友達と呼べるような関係を誰とも築くことが出来ず淋しかったが、それでも無理をしてまでリオベルを卒業まで通わせてくれた母親に感謝していた。


 申し訳なさそうなリオベルを構うことなく、ジェミニも休憩室の方へ行ってしまい、怒らせてしまったかな、とリオベルは眉尻を下げた。


 休憩を終えて、お針子達に今仕上げている製作日数がどのぐらい掛かるのかを聞くなどして、その日は工房を後にした。


 生地の値段など、もっとしっかり把握しておかなければと、帰り道生地屋に向かっていると、巡回の騎士にすれ違いざまに声を掛けられた。


「あれ?この間のお嬢さんだよね?」

「先日の…」

「ドレス、俺が選んだのに決めてくれた?」

「マイラー、来て早々にドレス選びに付き合うような彼女が出来たのか?」


 先輩騎士に嗜められ、マイラーはいやぁ、などと言いながら、笑いながら続けた。


「まだ、迷ってると売れちゃうよ。まあ、売れたら改めて選んであげるのも良いけどね。あっ、君!走ったら危ないよ!」


 リオベルの返事を待たずに、馬車道に走り出た小さな男の子を追いかけて行ってしまった。
 先輩騎士も両手を横にして肩をすくめて、マイラーと呼ばれた青年騎士の方へ向かって行った。


「ドレス、違うのに…」


 リオベルは一人呟いてそのまま生地屋へ歩みを進めた。

 


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