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申し出

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「ねぇ、リオベル、貴女に考えて欲しいことがあるの」

「次に作られるドレスの刺繍の部分ですか?」


 久しぶりに工房ではなく、応接間に呼ばれ、出されたお茶を招ばれながら、リオベルはマダムの話を聞いていた。


「いえ、違うわ。ドレスのことではないの。私が弟子を取るのは貴女が初めてなのを知ってるわよね」

「はい」

「考えてみたんだけど、貴女以上に私が納得出来る人がこれから現れることは無いと思うの。だから、弟子は貴女以外に取らないつもり。それで、突然の話で戸惑うの承知で言うわ。貴女、私の藉に入らない?」

「えっ?…」

「弟子として独立を、と思ってたけど、私には子供が居ないじゃない。だから、どうせなら貴女がそのまま娘として後を継いでくれるのも良いかなって。どうかしら?」


 リオベルは持っていたティーカップをそっと置き、暫く黙ったあと、先日の話をマダムに打ち明けた。


「ありがとうございます。弟子にしていただき、住む所までお世話になって…。でも、実は…偶然にも、先日、別な方からも家族にならないかと…」

「あら、親戚か誰か?」

「いえ、親戚が居ると聞く前に父も母も亡くなりましたので、どこに居るとも分かりません」

「なら…、あらやだ!貴女恋人が居たの?」

「いえ、恋人とか、そういうのとも…。何というか…」


 頬を染め顔を俯きもじもじと手を動かしているリオベルの様子は、誰が見ても恋人という言葉に反応したものだった。


「結婚の申し込みをされたってことでしょう?」

「…そういうことになるのか、な…」

「……、それで貴女はなんて返事をしたの?」

「…はい、と」

「…そう。……デザイナーの仕事は?」

「あ、あの、直ぐどうこうということでもないですし、それにいつになるのかも分からないんです。決まってることは何も無くて。私、このままデザイナーを目指したら駄目でしょうか?」

「…本来なら、おめでとうって言ってあげるべきなのは解ってるけど、ここは敢えて厳しいことを言わせてもらうわね。
 貴女が刺繍をしている時の生活を思い浮かべてみて。生活のほとんどの時間を刺繍に充てていたでしょう?一人の時はそれで許されたかもしれないけど、相手の人にもそれを強いることになるわ。何の仕事をしている人なのかは分からないけど、きっと負担が物凄く掛かるでしょうね。好きという気持ちだけでは難しいわ。それを支えることが出来る人で無ければ、どちらかを諦めることになるのよ。
 相手はそれを支えられる人?」


 マダムの言葉にリオベルは改めて黙り込んだ。
 

 派遣の任期を終える少し前にエステバンにも家族になろうと言われ、リオベルは深く考えることもなくその時の純粋に嬉しいという感情に従い返事をした。
 両親を亡くし、一人になっても残してくれた家が淋しさを紛らわせてくれていた。
 その家すら無くなってしまったリオベルは、唯一残った父親の気に入っていた花に励まされるように前を向き生きていこうと決心したが、淋しさが無かったといえば嘘になる。
 エステバンの申し出は、自分にも家族が出来るという喜びを与えてくれた。
 これまで恋愛をしたことが無かったリオベルにとって、そこに恋心があったのか、自覚することが出来ない内にエステバンは王都に戻ってしまった。


 まして、エステバンの素性も何も知らない。
 リオベルにとってエステバンは共に過ごした時間だけが彼を知る全てだ。
 マダムに言われ、浮かれた気持ちから肝心なことを何も知らず、ただの口約束だけだったことを改めて理解した。


「…相手の方のことは何も知りません。その方が戻ったら、その時に改めて話をしたいと思います。でも、私はデザイナーになることを諦めるつもりは無いです。自分勝手で我儘なことを言ってるのは解ってます。……もし、お許しいただけるなら、このまま弟子として学ばせて下さい」

「知らないって…。……、ふぅ。色々言いたいことや聞きたいことはあるけど、貴女には才能があるの。それを無駄にすることは、望んでもそれを手にすることが出来ない人にとってどれほど許せないことか理解しておいて。……ところで、お相手は私の知ってる人かしら?」

「……いつ頃からのお知り合いかは分かりませんが…。エステバン様です」

「エステバン…。……、そう、あの方。…リオベル、私の申し出の返事、保留にしましょう。そうね。貴女がデザイナーを名乗っても良いと私が判断をした時にまた返事を聞かせてちょうだい」


 マダムは心配さを滲ませながら、この話は今はこれでお終いと切り上げ、次に請け負っている仕事の話に変わった。






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