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家族との思い出の場

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「自宅で過ごせないほど、何か危険ということでしょうか?」

 
 エステバンと知り合った経緯から昨日からの不安な出来事までを話し終えたリオベルは、疑問を口にした。


「そうね、母親が亡くなってから貴女ずっと一人暮らしだったものね。……ここプリウスが別荘地として人気なのはその安全性からというのもあるけれど、だからと言って何の犯罪も起きなかったわけではないでしょう?若い娘が一人で家に居ることが分かれば、良からぬことを考える者には好都合だもの。私ももっと気を配るべきだったわ」

「いえ、そんな…。それに今までこんなこと無かったですし…」

「今まではね。でも用心するに越したことないじゃない」


 ここで暫くお世話になる程度だとこの時のリオベルは思っていた。
 だが、そらから暫く経ったある日の晩、マダムの屋敷に入った報せはリオベルの生活を大きく変えることになる。





 リオベルはマダムに手配してもらった馬車に乗り、元自宅のあった場所に来ていた。
 

 付き添いで来てくれていた針子仲間の息子は、呆然と立ち尽くすリオベルに何と声を掛けていいのか分からず、顔を伏せた。


「お父さん…、お母さん…。…ごめんなさい」


 小さく消え入りそうな声で呟いたリオベルの目の前には焼け落ちた家の跡。
 天気の良い日に物干しの片側に利用していた木も、黒く色を変えている。


 この家を離れたその日の晩、リオベルの家が火災にあっていると街の警備を務める騎士から報せが入った。
 リオベルと連絡が取れない騎士に、少し離れた場所に住む隣人が勤め先としてマダムのことを伝えたのだ。
 所在の確認を取った騎士の者は、まだ原因が分からないので暫く連絡が取れるようにしておくようにと、言い残した。
 

 そして二週間が過ぎ、火災の原因が判明しその犯人が捕縛された連絡を受け、やっと自宅に戻れたリオベルは事前に聞かされていたとはいえ、目の前の光景が悪い夢を見ているとしか思えず現実だと受け入れるのに時間を要した。


 家を支えていたであろう柱。
 その足下に残っているのは煤けた土。


 何もかも無くなっていた。


 ただ一つだけ。
 庭のあの木がその背に庇うように、張り出た根の間に薄紫の花を咲かせていた。


『お父さんがね、この家に決めたのは、この紫色の花が咲いてるのを見たからなの』

『この花?』

『そうよ。この花は一見儚そうに見えるけど、どんな環境でも一度根を張れば力強く育つの。自分達に子供が生まれたらこの花のように育って欲しい、そんな象徴の花だって。お父さんは花言葉まで知らなかったようだけど、"明るい未来"や"黙っていても通じ合う心"っていう意味もあるの。ふふ、お父さんの願望そのものよね』


 いつの頃か教えられた父とのエピソード。


 リオベルはそっと屈み、その花の周りを手が汚れるのも構わず、土ごと優しく掘り起こした。
 家の端で煤けながらも燃え残っていたカップにそれを入れ、両手で持ち、家の前で待っていてくれた馬車の所へ戻った。
 泣くこともせず、花を抱えて戻って来たリオベルを見て、付き添った青年は来た時と同じように黙って馬車の扉を開けたのだった。




 マダムはリオベルにこれまでに無いほど工房で忙しく日々を過ごさせた。
 下手に慰めることもせず、次から次へと刺繍の依頼や、デザイン画の練習をさせ、時が経つのを待っているかのようだった。



 そして更に二週間が過ぎた頃、リオベルに客人だと応接室に呼ばれた。


「すまない…」


 客人はエステバンだった。
 深々と腰を降り、頭を下げるエステバン。


「エステバン様、お辞めください」

「君を守るつもりが…」


 悔しさと申し訳なさを滲ませながら、頭を下げ続けるエステバンに、リオベルは駆け寄った。


「エステバン様のおかげでわたしはこうして無事です。あの時ここに身を寄せるように仰って下さらなければ、わたしはきっと…」


 身体の前で固く握られていたエステバンの手に自分の手を添えて、リオベルは頭を横に振った。


「エステバン様が謝罪する必要など有りません」

「だが…」

「わたしは生きてます。この命を守って下さったエステバン様には感謝こそすれ、謝罪してもらうなんておかしいです」


 リオベルに促されソファに腰を下ろし、今回の詳細をエステバンは語り出した。
 


 貴族の別荘地として安全を謳われていたこの地ではあったが、今回他所から流れて来た者にその隙を狙われた。
 邸に出入りする者を懐柔するのではなく、手っ取り早くその者を脅すことを考え、流れ者達は数人に目星を付け、後をつけた。


 その内の一人がリオベルだった。


 ましてリオベルは近隣とは離れた場所にある一軒家で一人暮らし。
 そのまま家を隠れ家にする算段までつけていた。
 既所でエステバンによって、身の安全を確保したリオベルだったが、そうなったことで空き家同然となった家を利用されてしまった。
 エステバン所属の騎士達により泳がされ、貴族の別荘邸に忍び込んだところを捕縛されたが、逃れた一人が証拠隠しのため、リオベルの家に戻り火を放った。
 だが、その火が自らに移り、火傷を負いながら通りまで出てきたのを捜索していた騎士により確保されたのだった。
 
 人的被害は無かったとはいえ、自宅を失ったリオベルに対し、エステバンはその責任感から賠償金を支払うとまで申し出た。


「マダムのご厚意でこのままここに居させてもらえることになりました。何れはあの家も出なくてはならなかったのです。それが今になっただけのことですから」

「だが、家族と過ごした思い出を持たせてやることも出来なかった」

「少し前…行ってきたんです。ちゃんと残ってました。それを持って来れましたから、大丈夫です」

「……すまない」

「…お願いが有ります」

「ああ、何でも言ってくれ」

「また、お薦めの本を教えてください。また休みの日にあの公園へ行きますから」

「……それは勿論だが、何か他に望む物は無いのか?」

「今までと変わったのは住む所だけです。だから困ることも有りませんし、何か改めて欲しい物など無いんです」

 
 リオベルが無理にそう話しているのではないと悟ったエステバンは改めて頭を下げ、遅れて応接室にやってきたマダムに何かを告げ、その場を後にした。





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