上 下
8 / 55

夫婦の絆

しおりを挟む
 トルソーにそれぞれのパーツが小さなまち針で止められていく。
 予め採寸を済ませていたご夫婦のサイズに合わせ、仕上げ縫い前の微調整だ。


 男性用の上着の前合わせに控えめに縫われた刺繍に対し、同じものを全面的に刺繍され大胆さはあるが、ドレスの色味が落ち着いている分存在感加えた方が良いとアドバイスを受け、細かく砕かれた大きさの違うビジューを放射状の刺繍の線に合わせて縫い付けてもらった。
 ビジューは名のある石ではないが刺繍に使ったシルバーメインで時折顔を覗かせるゴールドを撚った糸と相まって輝き、ドレスを洗練された大人の女性に相応しいものにした。


 丁度仕上がる頃にご夫婦はここへ立ち寄ることになっている。
 間もなくの完成が待ち遠しかった反面、ご夫婦がどんな反応をされるのかリオベルは不安もあった。



 そして漸く完成した次の日、報せを受けたようにご夫婦はマダムの元を訪問した。
 

 元は貴族の別荘をマダムが買い取り、住まい兼工房としている屋敷に次代にその座を譲るにはまだ若い二人が馬車から御者に手伝われ降りてきた。
 ご主人の方はリオベルが見せてもらったあの姿絵より、かなり細身に見える。
 その手には貴族のアイテムとしてではなく、歩行を助けるための杖。
 その横にご婦人は寄り添っているが、心配そうな顔ではなく、穏やかな笑みを向けていた。


 マダムは余計なことは口にしない。
 実際に着た時の微調整のためと、二人をそれぞれ採寸し直し、お針子達に指示を出していた。


 応接室のソファにご夫婦と向かい合わせに、マダムとリオベルは座った。
 これから仮縫いで仕上がったものをお二人にお見せするのだ。
 リオベルは緊張から肩に力を入れて、小さく拳を握り、膝の上に置いた。


「先にお話しなければならないと思いまして、この子を同席させました。お二人が私の名前ではなく、私のデザインの腕を気に入って下さってると自負しております。今回、私はデザインをしておりません。オーダーを受けながら、このようなことになりましたのも、まだまだ未熟ですが、若きデザイナーを発掘しましたので、お二人にその初作品を是非受け取っていただこうと思いました。もちろん、私からのプレゼントですのでお代は頂戴致しません。先ずは是非ご覧になってくださいませ」


 堂々とそしてすらすらと自分の考えを述べ、マダムは助手にトルソーを二体運ばせた。


 向かいで、おや、という表情を見せたが驚く様子もなく、終始穏やかな表情を浮かべながら、マダムの話を聞き、運ばれてきたトルソーに二人は目をやった。


 助手の二人はトルソーをゆっくりと回転させ、正面に戻すと頭を下げてその場を離れた。



「風を切る馬、…いや、馬で駆け風になり、自然と一体になった私達かな」

「林を抜けて開けた場所に出た時のあの爽快感が伝わってくるようだわ」

「もっと近くで見ても?」


 ご主人の言葉にマダムは勿論です、と首肯した。


 立ち上がる際、婦人の手を借り、ステッキを片手にゆっくりと近付く。
 婦人も同じようにドレスに近づき改めて感嘆の声を漏らした。


「ありがとう、マダム。やはり貴女に頼んで良かった。それと若きデザイナーの誕生のお祝いに約束通りの価格を支払わせてもらおう」

「貴女、お名前は?」

「リ、リオベルと申します」

「ふふ、マダムは人材の発掘まで才能があるのね」

「次を育てなければ、皆さん引退も許して下さらないでしょう?」

「確かに。…フィリー、久しぶりに馬に乗りたくなったよ」

「ふふ、それなら、もっと元気になってもらわなくてはね」


 ご夫婦は手を取り合って微笑み合っていた。





 それから三ヶ月が過ぎた頃だった。
 マダム経由でリオベルに手紙が届いた。


 あれから一度だけ夜会に参加することが出来、ご夫婦揃ってリオベルの作品を着用したとのことだった。
 乗馬することは叶わなかったものの、作品によってご主人がその気分を味わうことが出来たと最期まで感謝の言葉を述べていたと、婦人からの手紙に綴られていた。


 目の赤くなっているマダムは、肩を震わせながら泣くリオベルを抱きしめながら言った。


「貴女の作品がご夫婦を幸せにしたのよ。この気持ち、忘れないでね」


 そう言葉にしたマダムからも小さな嗚咽が漏れた。













しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...