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夫婦の絆
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トルソーにそれぞれのパーツが小さなまち針で止められていく。
予め採寸を済ませていたご夫婦のサイズに合わせ、仕上げ縫い前の微調整だ。
男性用の上着の前合わせに控えめに縫われた刺繍に対し、同じものを全面的に刺繍され大胆さはあるが、ドレスの色味が落ち着いている分存在感加えた方が良いとアドバイスを受け、細かく砕かれた大きさの違うビジューを放射状の刺繍の線に合わせて縫い付けてもらった。
ビジューは名のある石ではないが刺繍に使ったシルバーメインで時折顔を覗かせるゴールドを撚った糸と相まって輝き、ドレスを洗練された大人の女性に相応しいものにした。
丁度仕上がる頃にご夫婦はここへ立ち寄ることになっている。
間もなくの完成が待ち遠しかった反面、ご夫婦がどんな反応をされるのかリオベルは不安もあった。
そして漸く完成した次の日、報せを受けたようにご夫婦はマダムの元を訪問した。
元は貴族の別荘をマダムが買い取り、住まい兼工房としている屋敷に次代にその座を譲るにはまだ若い二人が馬車から御者に手伝われ降りてきた。
ご主人の方はリオベルが見せてもらったあの姿絵より、かなり細身に見える。
その手には貴族のアイテムとしてではなく、歩行を助けるための杖。
その横にご婦人は寄り添っているが、心配そうな顔ではなく、穏やかな笑みを向けていた。
マダムは余計なことは口にしない。
実際に着た時の微調整のためと、二人をそれぞれ採寸し直し、お針子達に指示を出していた。
応接室のソファにご夫婦と向かい合わせに、マダムとリオベルは座った。
これから仮縫いで仕上がったものをお二人にお見せするのだ。
リオベルは緊張から肩に力を入れて、小さく拳を握り、膝の上に置いた。
「先にお話しなければならないと思いまして、この子を同席させました。お二人が私の名前ではなく、私のデザインの腕を気に入って下さってると自負しております。今回、私はデザインをしておりません。オーダーを受けながら、このようなことになりましたのも、まだまだ未熟ですが、若きデザイナーを発掘しましたので、お二人にその初作品を是非受け取っていただこうと思いました。もちろん、私からのプレゼントですのでお代は頂戴致しません。先ずは是非ご覧になってくださいませ」
堂々とそしてすらすらと自分の考えを述べ、マダムは助手にトルソーを二体運ばせた。
向かいで、おや、という表情を見せたが驚く様子もなく、終始穏やかな表情を浮かべながら、マダムの話を聞き、運ばれてきたトルソーに二人は目をやった。
助手の二人はトルソーをゆっくりと回転させ、正面に戻すと頭を下げてその場を離れた。
「風を切る馬、…いや、馬で駆け風になり、自然と一体になった私達かな」
「林を抜けて開けた場所に出た時のあの爽快感が伝わってくるようだわ」
「もっと近くで見ても?」
ご主人の言葉にマダムは勿論です、と首肯した。
立ち上がる際、婦人の手を借り、ステッキを片手にゆっくりと近付く。
婦人も同じようにドレスに近づき改めて感嘆の声を漏らした。
「ありがとう、マダム。やはり貴女に頼んで良かった。それと若きデザイナーの誕生のお祝いに約束通りの価格を支払わせてもらおう」
「貴女、お名前は?」
「リ、リオベルと申します」
「ふふ、マダムは人材の発掘まで才能があるのね」
「次を育てなければ、皆さん引退も許して下さらないでしょう?」
「確かに。…フィリー、久しぶりに馬に乗りたくなったよ」
「ふふ、それなら、もっと元気になってもらわなくてはね」
ご夫婦は手を取り合って微笑み合っていた。
それから三ヶ月が過ぎた頃だった。
マダム経由でリオベルに手紙が届いた。
あれから一度だけ夜会に参加することが出来、ご夫婦揃ってリオベルの作品を着用したとのことだった。
乗馬することは叶わなかったものの、作品によってご主人がその気分を味わうことが出来たと最期まで感謝の言葉を述べていたと、婦人からの手紙に綴られていた。
目の赤くなっているマダムは、肩を震わせながら泣くリオベルを抱きしめながら言った。
「貴女の作品がご夫婦を幸せにしたのよ。この気持ち、忘れないでね」
そう言葉にしたマダムからも小さな嗚咽が漏れた。
予め採寸を済ませていたご夫婦のサイズに合わせ、仕上げ縫い前の微調整だ。
男性用の上着の前合わせに控えめに縫われた刺繍に対し、同じものを全面的に刺繍され大胆さはあるが、ドレスの色味が落ち着いている分存在感加えた方が良いとアドバイスを受け、細かく砕かれた大きさの違うビジューを放射状の刺繍の線に合わせて縫い付けてもらった。
ビジューは名のある石ではないが刺繍に使ったシルバーメインで時折顔を覗かせるゴールドを撚った糸と相まって輝き、ドレスを洗練された大人の女性に相応しいものにした。
丁度仕上がる頃にご夫婦はここへ立ち寄ることになっている。
間もなくの完成が待ち遠しかった反面、ご夫婦がどんな反応をされるのかリオベルは不安もあった。
そして漸く完成した次の日、報せを受けたようにご夫婦はマダムの元を訪問した。
元は貴族の別荘をマダムが買い取り、住まい兼工房としている屋敷に次代にその座を譲るにはまだ若い二人が馬車から御者に手伝われ降りてきた。
ご主人の方はリオベルが見せてもらったあの姿絵より、かなり細身に見える。
その手には貴族のアイテムとしてではなく、歩行を助けるための杖。
その横にご婦人は寄り添っているが、心配そうな顔ではなく、穏やかな笑みを向けていた。
マダムは余計なことは口にしない。
実際に着た時の微調整のためと、二人をそれぞれ採寸し直し、お針子達に指示を出していた。
応接室のソファにご夫婦と向かい合わせに、マダムとリオベルは座った。
これから仮縫いで仕上がったものをお二人にお見せするのだ。
リオベルは緊張から肩に力を入れて、小さく拳を握り、膝の上に置いた。
「先にお話しなければならないと思いまして、この子を同席させました。お二人が私の名前ではなく、私のデザインの腕を気に入って下さってると自負しております。今回、私はデザインをしておりません。オーダーを受けながら、このようなことになりましたのも、まだまだ未熟ですが、若きデザイナーを発掘しましたので、お二人にその初作品を是非受け取っていただこうと思いました。もちろん、私からのプレゼントですのでお代は頂戴致しません。先ずは是非ご覧になってくださいませ」
堂々とそしてすらすらと自分の考えを述べ、マダムは助手にトルソーを二体運ばせた。
向かいで、おや、という表情を見せたが驚く様子もなく、終始穏やかな表情を浮かべながら、マダムの話を聞き、運ばれてきたトルソーに二人は目をやった。
助手の二人はトルソーをゆっくりと回転させ、正面に戻すと頭を下げてその場を離れた。
「風を切る馬、…いや、馬で駆け風になり、自然と一体になった私達かな」
「林を抜けて開けた場所に出た時のあの爽快感が伝わってくるようだわ」
「もっと近くで見ても?」
ご主人の言葉にマダムは勿論です、と首肯した。
立ち上がる際、婦人の手を借り、ステッキを片手にゆっくりと近付く。
婦人も同じようにドレスに近づき改めて感嘆の声を漏らした。
「ありがとう、マダム。やはり貴女に頼んで良かった。それと若きデザイナーの誕生のお祝いに約束通りの価格を支払わせてもらおう」
「貴女、お名前は?」
「リ、リオベルと申します」
「ふふ、マダムは人材の発掘まで才能があるのね」
「次を育てなければ、皆さん引退も許して下さらないでしょう?」
「確かに。…フィリー、久しぶりに馬に乗りたくなったよ」
「ふふ、それなら、もっと元気になってもらわなくてはね」
ご夫婦は手を取り合って微笑み合っていた。
それから三ヶ月が過ぎた頃だった。
マダム経由でリオベルに手紙が届いた。
あれから一度だけ夜会に参加することが出来、ご夫婦揃ってリオベルの作品を着用したとのことだった。
乗馬することは叶わなかったものの、作品によってご主人がその気分を味わうことが出来たと最期まで感謝の言葉を述べていたと、婦人からの手紙に綴られていた。
目の赤くなっているマダムは、肩を震わせながら泣くリオベルを抱きしめながら言った。
「貴女の作品がご夫婦を幸せにしたのよ。この気持ち、忘れないでね」
そう言葉にしたマダムからも小さな嗚咽が漏れた。
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