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乗馬

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「目を開けないと、怖いままだぞ」

 片手でリオベルを支えながら、馬上で背中越しに声を掛けてくるエステバンに対し、返事を返すことも出来ずにただ顔全体をぎゅっと縮こめているリオベル。

ーむ、むり、無理ーーーーっ!!!

 半ば思考を停止させながらもどこか冷静に、身体の表皮と中身は別な動きをするんだ、などとリオベルは思っていた。



 先日休みを確認され、動き易い服装でとの指定に素直に従って公園に向かうと、入り口の馬停めでエステバンが待っていた。

「実際に自分で体験するのが良いと思ってな」

 何をと具体的に説明することも無く、ひょいっと軽く持ち上げられ、気がついた時には、リオベルの視界から地面は遥か遠くになっていた。

「え?あの?!え?」

 戸惑うリオベルを他所に同じように馬に跨り、エステバンは手綱を握った。

「初めてか?」

「は、はいっ!あ、あの、どこに、掴まれば…」

「鞍をしっかり握っていると良い。私も支えるから大丈夫だ」

 そうは言われても見慣れない高さに落ちてしまわないか、怖くて仕方ない。

「慣れるまでは駆けたりしないから安心しろ」
 
 全身に力を入れて鞍に必死にしがみつく。
 ゆっくりと馬は動き出した。


 
 ぎゅっと目を閉じているリオベルはどこに向かい、どの辺りまで来ているのか考える余裕も無かった。

「騙されたと思って目を開けてみろ。素晴らしい景色に怖さを忘れるぞ」

 エステバンの少し笑いのこもった言い方に、恐る恐る目を開けてみる。



 そこは見慣れた場所のはずなのに、別な世界が広がっていた。



ー素敵!!こんなにも景色の見え方が違うなんて!! 


  揺れによって口を開くことが出来ないが、エステバンの方へ顔を向けてコクコクと頷いた。

 段々とリオベルの強張っていた身体の力が抜けてきたのを確認し、エステバンは少しずつ速度を上げた。


ー風の一部になったみたい!
 


 林を抜け、別荘地帯の手前にある湖に到着する頃にはリオベルは乗馬を楽しめるほどになっていた。


「何か感じる物は有ったか?」

 先に馬から降りたエステバンに、乗せられた時と同じように降ろしてもらい、やっと感動を伝えることが出来た。

「風に…鳥になったみたいです!!!」

「目を開けた方が怖く無かったろう?」

「はい!もっともっと乗っていたいぐらいです!」

「ははっ、相当気に入ったようだな。乗せた甲斐があるというものだ」

「ありがとうございますっ!!あっ!」

「おっと」

 それまで力を込め過ぎていた自分の膝がガクガクしているのに気が付かず、頭を下げた拍子に前につんのめりそうになったところをエステバンが受け止めた。

「す、すいません」

「そこで、少し休もう」

 片腕をエステバンに支えてもらいながら、ぎこちない歩きで湖の側に行き、草生えに腰を下ろした。


 エステバンが馬に水飲みをさせ終わり、近くの木に手綱を括り付けている。
 その光景を見ながら、リオベルは自分の中に湧いた不思議な感情が気になった。
 
 
ーお父さんが生きていたら、こうして一緒に出掛けたりしてたかな…
 

 父親を甘えたい時期に失くしたリオベルはふとそう思った。


 何かを考え込むようにしていたリオベルに屈みながらエステバンは尋ねた。

「どうした?」

「いえ、父が生きていたらこんな風に一緒に出掛けることもあったのかな、と…」

「…リオベル、私を何歳だと思ってる?」

「え、あ、いや、エステバン様が父みたいとか、そういうことではなく…」

「はっ、冗談だ。だが、せめて兄にしてくれ」

 お腹を抱えるように笑いながら、エステバンに指摘され、人差し指で頭をかきながら、リオベルは少しだけ申し訳無さそうに言った。

「すみません…」



 帰り道はリオベルだけが馬に乗り、エステバンはその横を歩いた。
 行きとは異なり余裕の出来たリオベルはおしゃべりが止まらない。
 エステバンは時に笑いを漏らしながらも聞き役に周っていた。


 リオベルはもちろんだがエステバンにとって忘れられない一日となった。
 

 
 
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