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 ここ数日、夫婦の絵が入れられた額縁をテーブルに乗せ、あのお話の中で描写されていた王女の心理を頭に浮かべながら、リオベルはその絵とずっと睨めっこをしていた。
 ここまで出掛かっているのに、どう表現したら良いか分からない。
 はっきりとしたイメージが纏まらず、リオベルは一旦考えるのをやめ、ハンカチに刺繍枠をはめた。

 花や葉を刺したことはあったが、今日は初めてのモチーフに取り掛かってみることにした。

 グレーの糸でメインのモチーフを刺し、濃いグリーンの蔓と葉がそれを引き立てるように飾り、その横に濃いブラウンで一文字を刺す。

 なかなかの出来栄えである。

 急いで二人分のサンドイッチを作り、マダムからお裾分けとしてもらった、特別な日にしか飲んでいない茶葉で紅茶を淹れ筒型の水入れに注ぐ。

 先週お礼すら言えなかったことが気になっていた。
 昼をいつもどうしているのかは分からないが、もし自分で用意しているようなら、夕飯に回せば良いかと鞄を肩から掛け、紙袋を抱えて家を出た。


 エステバンはベンチに居た。
 だが、いつもと異なり、ベンチに収まり切らない足を肘掛けに乗せながら、木陰なのが丁度良かったのかすやすやと寝息を立てている。

 リオベルはエステバンが目を覚ますまでと、手前に座り込みベンチを背もたれにして公園を見渡した。
 雨季が落ち着きつつあり、初夏の爽やかな風が緑の中を吹き渡った。


 後ろ背に、んっと声が聞こえエステバンが伸びをしている。


「…すまない、占領してしまったな」

「いえ、今来たところです」


 心地良い沈黙の後、エステバンが座り直した気配を感じ、持って来ていた紙袋を手に取った。


「お昼は済まれましか?」

「いや、そろそろ買いに行こうかと思っていたところだ」

「あの、良ければサンドイッチを作り過ぎてしまったので無駄にならないように食べていただけませんか?」

「良いのか?」

「はい」

「なら、お言葉に甘えよう」

 リオベルは芝に腰を下ろしたまま、エステバンが空けてくれたスペースに紙袋を置いた。
 鞄から、紅茶の入った筒型の水入れと、異なる二つのカップを取り出してトプトプと注ぐ。

「久しぶりだな。この香りは」

「王都で人気の茶葉らしいですが、こちらでは珍しくて。わたしもお客様からの頂き物をマダムからお裾分けしてもらったんです」

 エステバンは高位貴族なのだろうか。
 マダムに差し入れとしてプレゼントした方もなかなか手に入る物ではないと言ってたぐらいだ。
 だが、リオベルは職業柄、詮索するのは良くないことだと知っている。
 もし推測通りなら平民である自分とは身分違いのため、この心地良い時間を諦めなければならない。
 リオベルは黙ってサンドイッチを食べ始めた。
 

 エステバンの口にも合ったようで、紙袋が空になった。
 紙袋を丁寧に畳んで鞄にしまい込み、今日ここへ来た一番の目的の物を取り出した。


「これ、先日のお礼です」


 慌てて鞄に入れたが、どうせなら、可愛らしくリボンでも掛ければ良かったと少し後悔をした。
 エステバンは渡されたハンカチを広げて刺されたモチーフをじっと見ている。


「凄く丁寧な作りだな」

「ありがとうございます」

「騎士の誇りである剣と盾に私のイニシャルか。大切にしよう。君からは貰ってばかりだな」

 受け取ってもらえただけでなく、言葉通り大切そうに胸ポケットにしまってくれたのを見て、嬉しさを隠せなかった。

「こんな物しかお返し出来ませんが、気に入っていただいて嬉しいです」

「何か、そのお返しをしたいんだが、先日言った通りでな」

「お返しのお返しではきりが無いです」

「ははっ、そうだな」

 必要以上に会話をしたことが無かったため、ここに来て初めてエステバンが声に出して笑うところを見た。


「一つだけお聞きしても良いですか」

「ん?」

「エステバン様は騎士様なので乗馬もされると思うのですが、馬で駆けるとどんなお気持ちになりますか」

「何故?」

 リオベルはこれまでの経緯を話した。

「そうだな…」

 顎に手をやり暫し思案した後、エステバンから質問された。

「来週もまた同じ日が休みか?」

「ええ。休みはそうですが…」

「来週はもう少し動き易い服装で来てくれ」

「えっ?」

 戸惑うリオベルをそのままに、午後の時間はここで過ごさないのか、エステバンはその場を後にした。



「約束…なのかな…?」


 独り言ちるも返事をする者は居ない。
 休みを聞かれ、服装を指定されただけ。
 それでもリオベルにとっては心が落ち着かなくなる言葉だった。






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