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二章

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 警備の仕事と言っても、俺が配属されるのは催事の際の会場だったり、街中の駐在所だ。

「いややっぱり女はイイヨォ~、アルトス」

 同じ騎士服を着込む青髪の同僚、ダッドは事務机に頬杖をついてニヤニヤと笑っている。国王陛下の生誕祭以来だが、以前にも増して腑抜けに拍車がかかっているようだ。

「お前……、貴族出身だろ」

 何故か唯一話せる仲ということもあり、配属を一緒にされる事が多いこの男は高貴の出のはず……。

「いや俺もな? 一時はやってやるぉーって張り切ってた時期もあったけどな? 我が国クネスブランは平和すぎるのさぁ」

 あちゃ~! と額をはたいて笑うダッドの口癖は“平和”。平和だ平和だとのたまっていれば、免罪符になるとでも思っているのか。

「いつ何時なんどき、トラブルが起きるかわからないだろ……。この南商店街駐在所だって、ごく稀に事件を解決したりするし」

「盗みや殺人ねぇ、違う違う、違うのよアルトスくーん」

 立ち上がったダッドに背中を、音を立てて叩かれる。腑抜けてはいるが鍛えているようだ。痛い。定時記録を書き込んでいた書類にミミズの様な字が走る。

「おい」

「すまーん! でもな?」

 緩急をつけて態度を変えるダッドは、急に冷めた目付きをした。

「俺のところは昔から武闘派貴族だった訳よ。父上も嘆いておられる。この国は八年前から様変わりした、と」

 八年前、という言葉に思わずダッドの瞳を見つめる。ダッドはこの反応に思うところがあったようだ。

「アルトス、お前の母親の話は前線に立っていた父上から聞かされている。市民には存在を極秘とされ、共に戦う戦士にさえその名を明かさなかった、“救国の魔女”だろ?」

「は?」

 そんな話、知らない。書類の書き込みを止め、ペンを置いた。

「いや、それで良い。これは表立って話せる話題じゃあない。国王陛下の何らかの思惑も働いているらしい。お前や“救国の魔女”に対する君主貴族の風当たりは、子供の俺から見ても異常だった」

「ま、待て、待ってくれ」

 椅子を引いて、身体ごとダッドの方を向く。

「こんな話を何でこのタイミングでするかってだろ? 最近きな臭いんだよ、その君主貴族の連中が。特にギュス王子、グエン王女の縁談について焦りを感じる。国王陛下が王妃と子を成したのは結婚から六年後だったんだぞ。なのに。双子の子供たちにはすぐ子を成せ、産めときた。急ぐ必要がどこにある、いや、無いね」

 怒涛の勢いで情報が流れていく、知らないことばかりで混乱した。知っているふりをした方がいいのか、何も知らないことを明かして聞き出すべきなのか迷う。

 人と会話で駆け引きなんて、したことが無いのだ。

「俺たちの騎士団世代は国境警備を一度も担ったことがない。配備しているかも怪しいもんだ。隣国三カ国に囲まれたこの国が何故、八年前からここまで平和になった」

 ダッドに厳しい目付きで見下される。

「何故だ、アルトス」

 ――知らない。そんなの知らない。

「そ、それ……は……」

 その先に答えはない。どう答えたら良いかもわからない。後ろに下がろうとして、椅子の背もたれに阻まれる。冷や汗が止まらない。気付くと真剣な眼差しの同僚に肩を掴まれ――。

「……なーんてな」

 ダッドはふにゃりと笑った。

「は?」

「どんな理由があるにせよ、平和が一番だよ。プライドだとか威厳だとか立場って父上は仰るが、血が流れないのは良い」

 肩をリラックスするように二回叩かれる。険しい顔付きのダッドはもう帰ってこない。

「だから俺はこの遺伝子を後世に残すため、日々頑張るのさ~。女はいいゾォ、アルトス」

 いつもの調子に戻ったダッドは自分の席に戻り、また頬杖をついた。

「はぁ、グエン王女のご学友として親交が深いソニアちゃん、可愛いんだよなぁ~。お近付きになりたいが、ギュス王子の妃候補なんだよなぁ……」

 その腑抜けた横顔を眺めつつ、今まで敢えて考えてこなかったことを意識し始める。

 “国のために死んだ女”。本当に母は死んだのか? いや、それ以上にダッドの言う通りだ。母が存命のうちは少なからず国境への出兵があった。それがピタリと止んだのは――。

「母さん?」

 久々にあの長い銀髪を思い出す。自分に向けられることの無かった愛情は、一体何に使われたのか。

 思考に沈もうとしたその時、南商店街担当駐在員が居住区から駆け下りてきた。

「アルトス! ダッド!! 通信だ! 久々に“ネズミ”が出たぞ!」

「何だってぇ?」

 ダッドが顔を上げる。

「ネズミ? 殺鼠剤さっそざいでも買ってくるか?」

 当たり前の提案をしたと思ったが、二人に呆れた目を向けられた。

「馬鹿! あぁ、そうかお前は見たことないのか」

 ダッドは立ち上がって騎士服の上着を羽織る。

「応援に行け。招集場所は中央商店街だ。私はここで本部から情報を下ろす」

「了解」

 駐在員の指示を受けて、戸惑いながらダッドと駐在所を飛び出した。ホルスターに下げた長刀と警棒が揺れに合わせて音を立てる。

「“ネズミ”っていうのはな、密偵用自動人形の総称だ、アルトス」

 ダッドは走りながら手のひらを前に五指を蠢かせた。昆虫のような気味の悪い動きに想像力を掻き立てられ、身の毛がよだつ。

「それやめろっ。密偵って、敵国でも攻めてくるのかよ」

 その手をはたいて不安を冗談っぽく言ってみた。そんなはず無いと願いを込めて。

「その可能性が高いんだよ」

 青髪の同僚は笑うことなく返してくる。

「一大事さ。ここ数年ご無沙汰だったからな」

「な!」

 商店街の市民の合間を縫って駆けた。驚いた市民が声を上げたりコケたりするが、構っていられない。ダッドに付いていくので精一杯だ。

 いつもの態度で舐めてた。こいつ俺より身体を作ってる――!

 石畳の色が南商店街の赤茶から薄い赤みがかった黄色に変わり、中央商店街のエリアに入ったことがわかるや否や、遠くの正面から別の警備兵が声を張り上げてきた。

「そっちに行ったあああああ!!!!」

 目を凝らせば、犬の様な四肢を持った頭の無い自動人形が、橋の上を駆けながらこちらへ向かって来ている。思ったよりデカイ。

「獣型、機動力重視か!」

 ダッドと二人で長刀を鞘から抜き、構えた。向こうの警備兵と橋の上で挟み撃ちにしたと思ったが――。

「チッ! あいつ地下道に降りるぞ!」

 自動人形は本当に犬の様な挙動で橋の下、地下に続く階段を駆け下りていく。このままでは見失う。仕方が無い。

 階段に飛び出したダッドの背中に触れ、叫ぶ。

「ダッド!! 思いきり走れ!!!」

「へ?」

 同僚の名前を呼んだ。すると目に見えてダッドの身体中の筋肉がひと回り膨れ、一歩で駆け下りる階段の段数が倍になった。

「オォ!? ワッ! オワアアァァァーーッッッ!!」

 あっという間に遠く離れていくダッドが“ネズミ”の背中に長刀を突き刺したのが見え、いや、見えない。ただ、務めは果たしたようだ。

 合流した中央商店街の警備兵と、地下道へ続く長い階段を降りていく。辿り着いた薄暗い底には、ダッドが仰向けに倒れていた。そばに長刀が突き刺さった自動人形が、煙を上げて火花を発している。

「流石武闘派貴族のせがれだな。凄かったぞ」

 手を差し出して立ち上がるよう促すと、ダッドは呆けた顔をした。

「名前を呼んだな」

「それは……」

 息を止めて、いつもより太めの腕を掴んで、引っ張り起こす。

「お前に初めて呼ばれた」

 よいしょと尻をはたいて微妙に笑うダッドに、心の中ではよく呼んでいるなんて言わない。

「今回は特別だ。わざと呼ばないようにしている。……反動が来たらすまない」

 名前を呼び合えば、その人と距離が縮まったように感じて嬉しい。ただ、自分は気軽にそれが出来ない身だ。何故だか無性に寂しくなった。

 何でだよ。最近、心が乱れる事が多すぎる。

「やっぱり理由があったんだな、身を持って体感したよ。後、笑わない理由も」

「え?」

「そんだけ気張ってりゃぁな。お前、人間相手に笑わないじゃねぇか」

 そういって背中を向けるダッドに、またも心が揺れた。長刀を自動人形から引き抜いて鞘に納める、こいつは良い奴だ。他の仲間は有事以外、気軽に話しかけてこようとはしない。

 一緒に付いてきた中央商店街の警備兵も、一言も話すことなくダッドの方へ駆け寄る。

「ダッドイノハ長! お怪我はありませんか!」

 言葉を掛け合う二人を、一歩離れた位置で見た。

「階級で呼ぶな、仲間だろ? チヴィタ」

 チヴィタと呼ばれた警備兵は嬉しそうだ。

「すみません、いや、でも、でもぉ、カッコ良かったです! 筋肉もいつもよりパンプアップしてますね!」

 重たい息を吐いて、伝説の英雄のようだと興奮する警備兵の横を通り過ぎ、機能停止した“ネズミ”を観察する。

「こいつは……、新しいな」

 長刀で入った亀裂の合間から見える構造、無数の配線に驚いた。ザック工場長が作る自動人形でさえここまで配線を引っ張ることはない。それに一番の違いは――。

「活動魔力の供給源はどこだ……?」

 ひっくり返してみてもそれらしい物は見当たらない。加工されていたとしても魔法石は目立つ。屈んで亀裂から自動人形を割ってみた。

 コロリと、地面に円柱状の鉄のような物が転がり出る。握りこぶし大のそれを持ち上げて眺めると、突起が付いている上の方にはプラス、何もない下の方にはマイナスの記号が側面に書き込まれている、シンプルなものだった。

「何だこれ」

 魔術行使のスペルにしては余りに簡易的な――。

 その時、背後で発砲音がした。肩越しに見やると上空で花火が弾ける。

 それは任務完了の合図だ。ダッドが指示してチヴィタに撃たせたらしい。

 チカチカと金色に染まる視界の中で、もう一度割った自動人形を見てみる。すると先程は気付かなかった書簡が、ポッカリと空いた空間に貼り付けられていた。

「何かわかったか?」

 近付いてきたダッドに無言でその書簡を渡す。ダッドは躊躇なくそれを長刀で開封した。

「お、おい!」

「良いのいいの、戦闘で一緒に切れましたって報告すっから」

 出てきた書状に目を走らせる様子に、呆れもするが頼もしさも感じる。こうグイグイ行ける奴がきっと人を惹きつけるのだろう。羨ましい限りだ。

「へぇ? 我が国クネスブランは鎖国状態らしいぞ。どういうことかね」

「国交断絶してたのか。新事実だな」

 事の大きさがピンとこないため適当に合わせる。人の良さそうな顔をしかめるそいつは、書状をこちらに向けて空を仰いだ。

「これは開国を求める嘆願書だ。父上に報告だなぁ、面倒くさい。お前は誰にも言うなよ、アルトス。誰も、何も見なかった。コイツは下手すれば国賊として扱われる可能性がある」

 額を叩いて嫌だなぁーと呟くダッドは、何だか嬉しそうに見えた。

 立ち上がって同じように見上げると、遠い空の下、招集された警備兵たちが集まってきたらしい、わちゃわちゃと階段を下ってきている。

「そうだな。俺は何も知らない」

 魔女が現れてから、平穏な毎日はぶち壊しだ。身の回りに色んなことが起こりすぎている。きっと偶然ではないのだろう。

 すっかり元の体躯に戻ったダッドを眺めて、早く屋敷に帰りたいと思った。
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