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一章

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「へぇ? この様子だとアレに呪いの仕組みがバレたみたいね。流石としか言いようが無い」

 何時なんどきか、魔女は真っ暗な空間で胡座をかき、以前より膨れた影を撫でていた。

「これでアルトスも明確に、私を探さないといけない理由ができた訳だ」

 何故か息を荒くしている。そんな魔女に反応して影がまとわりつこうとするが、それを押し留めて片目を瞑った。

「だーめ。これはアルトスが堕ちるのが先か、私が見つかるのが先かの勝負なんだから、我慢して?」

 影は暫く考えるようにしていたが、納得したようだ。大人しく空間に溶け消え、いなくなった。そして魔女は顔を赤らめ、何かに耐えるように身体を横たえ息を吐く。

「アルトス……」

 その身体を震わせた。

※※※

 流石に魔女も自重したのか、久し振りにぐっすりと眠れた翌日。

 警備の勤務を終え、騎士服のまま従者ととある工房を訪れていた。

「おや? アルトス珍しいじゃないか。人形はもう持っているだろう。修理? あー、また半自動人形とかいう半端ものを造る気なのか?」

 日に焼けて快活に笑う作業着を着た中年男は、鈍色の短髪をかき上げて手を突き出してくる。

「ザック様、侍女はわざと私がそのように製作いたしました。アルトス様は関係ございません」

 一歩庇うように踏み出し、中年男との間に割って入った従者を宥め、横に並ぶよう促す。

「イーライ、ただの挨拶だよ。工場長、今日は別件なんです」

 突き出された手を握り、離す。工場長は苦笑いで従者を見上げた。

「アンタの母親は本当に凄えよ。こんなモノを一人で作ったって言うんだからな。許されるなら分解して構造を見てみたいもんだ!」

 流石にその言葉は流せず睨みそうになるものの、ぐっとこらえて笑う。何故なら喧嘩を売り買いしに来たわけではないのだ。

「……工場長の知識は、王城へ献上する自動人形に役立てられていますからね。お力になりたいですが、母の形見なんです。勘弁してください」

 人のテリトリーに一歩踏み込んでくるザック工場長は苦手である。それをイーライも理解していてこの態度なのだろう。威圧するように脇に控えて工場長から目を逸らさない。

「冗談だよ、元に組み立て直す自信も無いしな」

 工場長は悪びれもせず従者の視線を受け止め、肩をすくめてこちらを見た。

「それで、別件ってなんだ?」

 想定より早く本題に入れてホッとする。王女の時のようにグダグダになったらと危ぶんでいたが、工場長は大人で仕事中なのだ。

「シエル様とスエラ様はいらっしゃいますか?」

 従者が口にして、心臓が跳ねる。何故か後ろめたい。片眉を上げて訝しむ工場長を何とか誤魔化し納得させ、会わせてもらえることになった。

「侍女の改善のために娘の忌憚なき意見が聞きたい、ねぇ」

 工房の奥へと続く通路を、三人で歩く。

「はい、力及ばずアルトス様にご不便をお掛けすることが多いので、ザック様のご息女であらせられるお二方の、女性目線と言うものをご教授いただけないかと」

 脇に積まれた箱からマネキンのような手足が飛び出ていた。ここは自動人形工場に続く廊下だ。

「事前に言っておくと工場内は関係者以外立入禁止だ。……ただ、アンタの母親に恩がある。工場生産のノウハウをここまで簡易的に、俺らが再現できるレベルで実現してくれたんだ。昔は一体製作するのに一年掛かってたからなぁ……」

 言って、工場長はより細い廊下に逸れる。暫く歩くと、そこには可愛らしい玄関があった。どうやらここに住んでいるようだ。

「妻の趣味だ。緑が無いとか言って花やら草やら好きに飾ってよ。二人は中にいる。用が済んだらそのまま帰っていいから」

 ドアを開けて二人を呼んだ工場長が、耳打ちしてきた。

「うちの娘は十八と十七だ。食い扶持増やしてくれた礼に、どっちか気に入ったって言うなら口利きしてやるよ」

「なっ」

 反論する前に背中を押されて家に押し込められる。入ってすぐに食事をするためのテーブルセットが置かれていた。振り返って、従者の後ろで工場長は出て行くところだった。

「違いますから!」

 言い終わると同時にドアが閉められる。そのすぐ後に女性が二人、家の奥から出てきた。

「アルトスさん?」

「違うって何がー?」

 シエルとスエラが黒い瞳を瞬かせ、仲良さそうに笑う。

「「お久しぶりー!」」

※※※

 二人は父親譲りの鈍色の髪を後ろに纏めている。こんなに髪は長かっただろうか? 工房を訪ねる以外はたまにすれ違う程度の交流しかないため、思い出せない。

「イーライさんかっこいいよねぇー」

「本当に素敵、やばい」

 うっとりと見つめる二人の視線を受けて、従者は控えめに笑った。

「――なので侍女の調整のため、よろしければ女性の所作についてご教授いただきたいのです」

 完全に接客用の表情だ。それを横目に二人を観察するが、食卓で向かい合わせに座っているのに、こちらと目が合わない。

「やばーい」

「めっちゃタイプ、かっこいいー」

 何をしに来たのか忘れるくらい、お暇しようと思った。

「イーライさんのために私たちは何をしたらいーの?」

「所作って言っても私たちそんな凄いこと出来ないけど……あ、ねぇ? アルトスさん」

 思い出したように付け加えられる。苦く笑って従者にパスを回す。

「もうすぐ夕食の時間ですので、ご協力のお礼も兼ねて一緒に食事を作りませんか? 自然なお二人の仕草を記録します」

 上手いこと言いくるめて、三人でザック家の夕飯を作るようだ。一人になりやすい流れを作ってくれる従者はやっぱり優秀である。

「じゃあその間自分は……」

「あー、私の部屋で本でも読んでて良いですよ」

 シエルが保管庫から野菜を取り出しながら、顎で家の奥を示す。提案が提案なだけに驚いた。

「良いんですか?」

「私たち三人でいちゃいちゃしたいし、騎士様に冷めた目で見られてると恥ずかしいから」

 シエルとスエラは声を出して笑った。普通男を一人で、女性の部屋に上げるなんてあり得るのだろうか。余程見られても困るものがないのか、信頼されているのか。……イーライと気兼ねなく一緒にいたいのか。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ふと、魔女が従者を排除しようとしない理由は、この麗しい見目なのかも知れないと思った。
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