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ライラ編

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「ぶわぁっかもんがあああああああああああ」

 びりびりと空気を震わせる音にライラは、体を後ろに持っていかれるような衝撃を味わった。
 音の衝撃を放った中心人物は、「ぎりぎりの貴族街」ではあるものの、下町―――悪く言ってしまえば貧民街とすら呼ばれている場所、で医者などという仕事をしている矍鑠とした老爺、キース・フォルニスである。
 本人は自身の行為を「医者の真似事」と言って憚らず、金持ちの貴族たちより、ろくに金を支払えもしない一般市民たちの面倒ばかり診ていることの方が多いように思うのだが、それでもなぜか医院は破綻もせずに存続している。
 そして、そんな医院で働いている看護師の一人、ライラ・ビュレトは、キースの怒声を聞き流しながら、「ああ、今日も先生元気だわ」と内心ではほっとした気持ちを味わっていた。

 肩口でぷつりと切ったストレートの黒髪に、黒い瞳。
 今年18歳になるライラは、よく「人形のような」と形容されるのだが、それは決して誉め言葉ばかりでもない。
 白いエプロンドレスに身を包んだ彼女は楚々とした雰囲気を漂わせており、それなりに患者からも好評だが、同じぐらいの悪評もあった。

 「人形みたいで怖い」

 口さがない子供たちが素直に言う言葉は実に正しく、ライラの表情筋はまるで凍り付いたように今日も仕事をしていなかった。そのためか、キースにこっぴどく叱られた患者付き添いの男は、ほぼ涙目でライラと視線を合わせることを避けるかのように、とぼとぼと肩を落として帰っていった。

「若先生……」
「あはは……あー、ライラは気にしなくていいよ。とりあえず、今日からちょっと泊まり込みの患者が一人増えただけだから」
「はい」

 治療室から出てきたのはキースではなく、優しい焦げ茶色の髪に、美しい青の瞳をした20代後半の男性だった。ひょろり、と背丈が長く、手を伸ばせばぎりぎり医院の天井に手が届きそうなほど。けれど、体つきは如何にも、といった感じで頼りなく、肩に引っ掛ける様にして着ている白衣がなければ、むしろ、患者にすら間違われかねないほどに体調が悪そうに見える。
 種族的な特性なのだと本人は言っていたのだが、具体的に何族なのか詳細は不明。だがしかし、周囲曰く「キースの息子」として周知されているこの医院に常駐している二人目の医師、ルイス・フォルニスは力なく笑って、件の人物の背を見送っていた。


 * * * * * * * 


 ライラはもともとこの街の生まれでこそないものの、そこそこ大きな街で育った孤児である。生まれながらの孤児ではなく、3歳の時に両親がなくなったため、身寄りがなくなって送り届けられてきた孤児だった。

 ライラが元いた孤児院は、それはそれは酷いところで、半ば子供たちを奴隷として扱っており、そこそこ見目の良い者はある程度の年頃になると、かなり羽振りの良い商人や貴族たちに売られるようにして引き取られていくことがほとんどだった。
 引き取られた以降についてはほとんどの子どもたちが消息不明だが、たまに孤児を定期購入していく者の中に旧友の姿を見かけることもあるにはあった。が、決して幸せそう、とは言えぬ表情に、再会を喜ぶ会話などできようはずもない。少なくとも、孤児院にいるよりかはいい食生活をしているのだろうとは思うのだが、服を着ていても隠し切れぬ痣があったり、目が死んだようになっている知り合いの姿を見ると、とっさに目をそらすことしかできず、「そちらを見てはいけない」のだと思うようになった。
 中には文字通り「体を売る」生活をしている者もいるようだったが、見目のよくない者たちはもっと悲惨で、叩き出されるようにして出て行くのはマシだ。よくない筋の―――いわゆる、黒い噂の絶えない者たちに引き取られていった彼らがどのように使われたのかは想像するのも容易い。

 たまたまお使いに出された時に街で見てしまった身元不明の死体の一つが友人だと気づいた時の衝撃は計り知れず、ライラはその時の衝撃で、感情を失ったといっても過言ではなかった。

 ―――皆が言う。

 大昔、貴族たちの嗜虐心を慰め、性欲のはけ口となっていたのは人族の奴隷だったのに、と。

 けれど、時に魔族のあらゆる快楽を見たし、時には魔族たちの腹をも満たしていた、極上の人族の奴隷しょくざいはその姿を魔国から徐々に減らし始めた。
 この国の王となる存在が人族の奴隷を禁止し始めたために、人族の奴隷はその数を徐々に減らし―――そして、それが故にそのはけ口はより貧しい民へと向かい、こんなことになった。

 「王が悪い」と孤児院の院長はいつもそう言って涙ながらに売られていく子供たちを見送る―――フリをしていた。
 友人が原型すらも分からぬほどに、白く浮腫んだ無残な水死体として見つかったことを告げた時、あの時の院長の顔を、子供だったライラは、こうして16歳になった今でも忘れられないでいる。

 本当に王が悪かったのか。
 けれど、そうやって王が守らなければ、貴族たちに生気を奪われ、散々おもちゃのように弄ばれて、ゴミクズのように捨てられていたのは人族だった。それがただ、人族から魔族の弱者に変わっただけのこと。

 ―――悪いのは友達を売り払った院長だ。

 決して声に出しては言うことのできない、けれど、確固たる思いをライラはずっと胸に秘めていた。院長の言う言葉は基本、信じなかった。けれど、それを表立った態度に出せば、どうなるのかは分からない。だからこそ、あくまで表向きは従順に。けれど、どうにかしてこの地獄から逃げ延びるための方策を、ずっとずっと探し求めてきた。

 そして、不意にその時はやってきた。

 院長の行っていることが、役人にばれたのである。国の摘発でやってきた役人は、孤児院で行われていたことがほぼ「奴隷の斡旋」であることを突き止め、そうして院長は捕らえられたのである。

 ライラが孤児院を抜け出したのは、ちょうどその混乱の最中の出来事だった。

 院長が獄に入っただけなのか、処刑されたのかまでは分からない。けれど、院長の悪事を知っていながら、それを長年目零してきた役人が、素知らぬ顔で別の役人と話しているところを見て、肝が冷えた。
 国からやってきた役人は「もう大丈夫だ」と言ったのだけれど、いったい何が「大丈夫なのか」。
 後ろにいる、ライラたちに同情の目を向けてくる男もまた、院長と変わらぬ醜い顔をしていた。
 
 だから、ライラは逃げ出したのだ。

 彼らの隙をつき、適当な乗合馬車にこっそりと忍び込んで、そのままどうにか逃げ延びた。けれど、8歳の子どもが一人で生きていけるほど世の中は甘くもなく、結局のところ、万策が尽きた。
 思いつく先は、「体を売る」ことしかなく、おどおどと入り込んだ貧民街の片隅で―――そうして出会ったのがキースだった。

 当時からしてしわくちゃ顔の老爺を見た時、まず目に飛び込んできたのはサイフだった。かなり泥酔した様子で、ゴミ箱をかぶるようにして倒れていた老人から、財布を抜き取ることは、畑で野菜を収穫するのよりも容易いことのように思えた。

 体を売ることよりも、そちらのほうがよほど良いように見えて―――けれど、けれど、そうしたところで生き延びられる時間はさして多くもない。ましてや、老人は目が覚めて自分の財布がなくなっていたら、まず間違いなく役人に報告するだろうし、最悪の場合、子供が大金を持っていることを誰かに見られてしまったら、それだけで疑われてしまって、パンの一つも買うことすらもできないかもしれない。

 ―――殺せばいい。

 そうすればきっと役人への通報は免れる。後は、一気にお金を使うようなことをせずに、逃げ延びながら―――人の噂にならないように、居場所を転々としていけば、きっとばれるようなことなど一つもない。

 自分の中でそっと芽生えた感情に、まず震えが来た。「財布を盗んでしまう」という考えよりも恐ろしい考えを持っている自分が誰よりも何よりも恐ろしくて、ガタガタと震えてしまい、結局ライラは何一つできなかったのだ。

 情けなさと惨めさで―――でも、それ以上の恐怖に耐えることもできず、ライラはひとまず色んな考えを棚上げにして、酔っていた老人をゆすり起こしたのだが、困ったことに老人は「歩けないから肩を貸せ」と言ってきたのである。

 ―――このまま放置して行ったら彼はどうなるだろうか?

 時期は手足がかじかむ冬だった。最悪、死んでしまうかもしれないと思うと、ぽろぽろ涙が零れてきて、もうどうしようもなかった。

 考えるに考えあぐね、結局、彼女はその老人に肩を貸して歩き始めた。子供と大人ということもあり、足取りは随分とよたよたしており、何度かは壁にもぶつかったのだが、とりあえず老人を望む場所に送り届けることはできた。
 後はベルを鳴らして家人を呼べばいいだけなのだが、さすがに家人に会うことは怖かった。自分の恐ろしい考えを彼らが知ったら、きっと彼らはライラを役人に通報する。
 仕方なく、家のベルを鳴らして即座に逃げ出そうとしていたのだが、そこをたまたま帰宅したところだったルイスに捕まってしまい、ライラはあっけなくフォルニス家の男ども二人に捉えられ――――。

 ――――それからずっと、幸せな生活を送っている。

 まるで夢のようだ、としか思えないほど、幸せな毎日を。


 * * * * * * * 


 ルイスが言っていた入院患者については、その後すぐに顔を合わせることになった。

 ―――相変わらず美人だわ。

 豊かな赤毛に、表情のくるくると変わる灰の瞳をした自分と程同じ年頃の少女を見やり、ライラは少しだけ驚いて目を見開いた。彼女は、キース医師が一応は「専属医師」として仕事をしているバルバス家のメイドの一人であり、たまに怪我などをしてはこの医院に訪ねてきたことのある人物だった。
 彼女は覚えていないかもしれないのだが、大層美人なメイドとして有名であり、キースがたまに治療をした後、「役得じゃな」と笑っていたことすらある。

 彼女の名前は「リタ・ライム」。
 今回の入院は、背中に負った火傷が原因であり、治療は完了しているものの、魔力のバランスが大きく崩れているため、魔術による治療はもちろんのこと、投薬や周囲の環境にも「重々気を付ける様に」とキースから直々に指示があった。

「あっ……え、えと……お世話になります」
「……」

 リタ、という名前の少女は、病室の中を外から窺っていたライラにすぐさま気づいたようで挨拶をしてきた。ライラもすぐさまぺこり、と頭を下げたのだが、その後、何と言っていいのかで黙り込んでしまった。
 「こちらこそ」ぐらい言えばよかったのだが、それを思いつけたのは、数秒経ってからで、この微妙な沈黙の中、今更そんな言葉を言うのもおかしな気がして、更なる悪循環を起こしてしまう。

 ―――止めよう。

 自分が他人と円滑なコミュニケーションを取るのは難しい。だから、素直に諦めて、要件を済ませようと思い直し、ライラは手にしていたコップを少女に手渡した。
 どろり、とした緑の液体に少女が一瞬息をのんだのが分かる。

 ―――見た目、ヘドロとしか言いようがないものね。

 それでも、ライラはそのヘドロの入ったコップを無理やり少女の手に押し付けた。

「どうぞ」
「え……えっと」
「薬です」
「あ、ありがとう」

 怯えつつもコップを受け取った少女が壮絶な表情をしながらコップの中身を呷ったのだが、その直後、「あれ?」という顔をしている。

 ―――これでも随分味の改善にはこだわったのだ。

 主にそういう細やかなところを担当しているのはルイスだ。キースは「とにかく薬効成分がもっとも有効に働けばよい」と思っており、味やら見た目は二の次になっているので、患者から嫌煙される薬をいともたやすく作り出し―――いろんな意味で患者に引かれていることが多々ある。
 反面、ルイスは「飲みやすい薬」という観点がどれほど重要なのかをよくよく理解しており、ライラに味見を任せながらではあるものの、キースが開発した薬の改良に日々勤しんでいる。当然、ライラも飲んだことのある少女が飲み干した薬の原液バージョンの苦さは筆舌しがたいものがあり、当時は薬を飲んで逆に体調が悪くなり、薬の製作者たるキースはしきりと首をひねっていたものだった。
 胃液まで全部吐き出してしまい、ぐったりをしたライラをベッドに押し込み、「ごめん、ごめん、ごめんよ」と泣きながら寝ずに看病してくれたのはルイスだったが、それ以降はキースも思うところがあったらしく、少なくともルイスの行動にケチをつけることはなくなった。

 薬を飲んだ少女の検温や体内をめぐる魔力のチェックを済ませていつもの用紙に記入すると、ライラがそれ以上することはなくなったので、ライラはすぐに部屋を退出しようとした。

「ま、待って! ―――えと、ライラ、さんよね?」
「はい」
「わ、私はリタ。リタ・ライムっていうの。しばらくだけれど、よろしくね」
「……こちらこそ」

 ぎこちなくわら―――えているのようには絶対に見えないと思ったけれど、それでも唇の端をわずかにあげたライラの言葉に、リタは満面の笑みを浮かべた。

 ―――あんな風に、可愛い女の子だったよかったのに。

 そうしたら、ライラはきっと―――きっと、ルイスに自分の気持ちを伝えられただろうに、とふと思った自分の感情に愕然とし、ライラは逃げるようにその場を後にしたのだった。


 * * * * * * * 


「またあなたですか?」
「え……えっと、うん」

 朝、目覚めてすぐのことだった。
 裏手のキッチンに繋がる裏口に人の気配を感じ取り、そろりそろりと様子をうかがったライラは、この日―――実に3日連続でとある人影を見つけてしまい、呆れたような声を出してしまっていた。

 裏口にいたのは短く刈り上げた草色の髪に、緑の瞳の青年。
 ちょうど3日前に、リタという名のメイドを連れて医院に駆け込んできた青年であった。

 ライラはこれでも、フォルニス家に住み込みで暮らしている。名目上は「看護師」なのだが、家事全般がややネックなフォルニス家の男どもに代わって掃除や洗濯、食事の支度なども行う代わりに家賃と食費などを免除してもらっている形なのである。
 看護師としての給金は十分なので、一時期一人暮らしを始めてみようか、と思ったこともあったのだが、ライラが家を借りるとすれば必然的に家は貧民街になるため、相談した時点で、治安の観点からフォルニス家の男二人が強固に反対し、最終的に「お願い、僕たちを飢え死にさせないで」とルイスが泣き落とした結果、なし崩し的にこの状態が続いている。

 初日は朝食の準備中に気づいたのだが、あまりの特徴的な容姿に「昨日の人だ」とすぐさま気づいて、ライラが用件を伺うと

「り、リタ……の容体は?」

 とだけ言った。

 見舞いなのかと思ったのだが、それにしても早すぎる、と言うと、そうではないのだと言う。要するに、「リタにはばれないように、けど、リタの様子だけ教えてください」と頭を下げて頼み込まれ―――ライラは首を大きく傾げた。

「ご夫婦なんですか?」
「ふ、ふふふ、ふうふ!?」
「…………恋人?」
「ちちち、ちががががっ」

 と、言うだけ言って首まで真っ赤になって帰ってしまったので、呆気にとられたものだったが、帰ってしまったものは追いかけるわけにもいかない。
 仕方なく、朝食に起きてきたルイスに事情を話すと、「あのバカは……」とルイスも呆れたように手を額にやり、ため息をついていた。

「若先生は、あの方と友達なのですか?」
「んー……まぁ、腐れ縁、かな」
「そりゃ、初耳じゃの」
「あまり『表』では合わないことの多い知り合いだったもので」
「ほぅ………」

 そちらについてはルイスのほうで対処しておく、とのことだったが、その彼―――バルバス家の執事、セリム・グシオンは翌日も、翌々日も、こうして早朝にフォルニス家の裏口にただただ突っ立っている。
 昨日も淡々とした対応をしてしまい、半ば追い返すようになってしまったので、今日のライラは最初から落ち着いて対処しようとしていた。

「若先生をお呼びしますね」
「いや、いらない。リタの様子だけ教えてほしいんだ」
「…………」

 彼もどうやらライラの無表情さに慣れてきたらしく、返答ははっきりとしていた。が、それに対するライラの反応はと言うと決して芳しいものではなかった。それもそのはず。患者のことは、たとえ身内であってもばらしてはならない。どうしても、という時にはキースもしくはルイスに任せる約束になっているからだ。
 三度、どうしようか、と思いあぐねていると、家の内側から声がした。

「セリム、あまり頻繁にこちらへ来られては困る、と伝えたはずだ」
「げっ、ルイス……」

 大きく眉を跳ね上げて、口元をひきつらせたセリムの様子に、ライラもつられて後ろを振り向けば、そこにはまだ寝間着姿のルイスの姿があった。
 顔に沿って切られているくせっ毛が自由気ままに跳ね飛んでおり、重力を無視した前衛的な髪型になっているところをみると、完全に寝起きのようである。ガウンすら羽織っていないところをみると、よほど急いでここまで来てくれたらしい。

「彼女の容体については1日1回、そちらのメイド頭宛に連絡をしているし、それ以上伝えられることはない」
「そ、それは……」
「あまりにこちらに迷惑をかけてくるようなら、彼女に君が迷惑をかけていることを伝えるけど?」
「失礼しました。速やかに帰ります!」

 それこそ砂煙を立てる勢いで向かいの角を曲がっていった男の姿に呆気にとられ、ライラは白昼夢でも見てしまったかのような気分を味わう。
 あれでよかったのか、と思って、再度後ろを振り返ると、いつの間にか真後ろに来ていたルイスが大きく欠伸していた。

「ふわぁ……あ」
「また徹夜、ですか?」
「いや……ちゃんと、寝たから、だいじょう……」

 ふらり、とルイスの体が傾ぐ。慌ててそれを助けようとして、手を伸ばしたのだが、ライラの細身でルイスの体を支えられるはずもなく、その手を取られて、ライラの方が転がってしまった。

 ばたんっ、と倒れたのは辛うじて室内にむけてではあったものの、冷たい床ではなく、むにょり、とした生暖かいものが真下に来ていて焦るに焦る。

「若先生!?」

 はっ、と気づくと、ライラがルイスを押しつぶす形になってしまっていたのだ。
 慌ててその上から跳ね起きようとしたのだが、ルイスがライラの腰を掴んで離さず、上体を起こすことすらままならなかった。小さく呻かれて、どこか痛めたのかと心配したのだが、ルイスの顔はライラの肩口にうずめられており、その表情が確認できない。

「ライラ」
「…ッ」

 ぞくり、と背筋を何かが這う。
 耳元に近いところで囁かれた低い声に、びくんっと体が跳ねてしまい―――次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
 弾かれるように首元に手を当てると、上半身を起こしたルイスとかっちりと目が合う。

「セリムはあんなでも女ったらしだから気を付けて。次に来たら必ず僕を呼ぶように」
「は…………は」
「分かった?」
「はいっ」
「じゃ、朝ごはんができるまでもう1度寝てくるから、後で起こしに来てね」

 ルイスは眠たそうに欠伸をしながら、ライラを抱き起こしてくれたのだが、ライラの方は硬直してしまった。
 ルイスはうまく転がったのか、特にけがはなさそうだった。そして、そんなルイスに庇われてこけたライラにもまた怪我はなかったのだが、心臓が破裂しそうな音を立てていることに気づかされて、眩暈がする。

 ルイスがすたすたと歩いて行ってから数秒経ってようやく落ち着いたのだが、それでもまだ手が震えていた。
 ぎゅ、と手を握りこめば―――先ほどのルイスの温もりが消えていくようで、早くその痕跡が消えてしまえばいいのに、と思うのに、その真逆に、その感触を幸せなものだと思い、浸っていたいとも思う。

「ご飯の、じゅん、び」

 それが終わったら洗濯して、掃除をして―――医院を開けなければ。

 ぶつぶつと呟き、ライラは真っすぐに前を向いた。その姿は少々足元が危うかったものの、しっかりとしており、傍目には彼女は落ち着いているかのように見えていた。
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