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しおりを挟む奇妙な沈黙が支配するリビングで、香澄はカタカタと身体を震わせた。
「ゆうくん……、これ……、何なの……」
夫の上司の妻が卓上に出したスマートフォンの画面の中で、眉根を寄せて上を見上げくぐもった声を出しているのは紛れもなく自分の夫だ。
彼の股間に顔をつけて、そこに吸い付いているのは目の前の、夫の上司の妻。
「香澄……」
裕也は妻の顔を見れずに、名前だけを呟いた。
「香澄さん、あなたは今、私に怒ってる? 桜井くん――裕也くんに怒ってる? 両方?」
結花子は世間話をするような気軽な口調でで香澄に聞いた。
「――私」
香澄は困惑した視線を結花子に向けた。
「私、混乱しています、どういうことですか、これ」
心の中は乱れきっていて、怒りだとかそういった感情は感じなかった。
ただいろんな感情が渦巻いていて、それを言葉で説明することはできなかった。
「裕也くんは何回か浮気をしちゃったことがあるって言っていたけど、あなたは何となくそれに気づいていたけど、実際、裕也くんが他の誰かとお楽しみのところは見たことはない感じかしら……」
「……ゆうくん!?」
香澄は裕也を睨んだ。
浮気をしたことがある、そんなことまでこの人に話しているのかと知って、初めて心の中に混乱以外の怒りの感情が浮かんだ。それは夫に対しての怒りだった。
(結花子さんのこと、顔を見たことがあるだけ、なんてこと言ってたけど、もしかしてずっと前からそういう関係なわけ!?)
「ねえ、香澄さん」と結花子は言葉を続ける。
「嘘はいけないわよ。赤ちゃんができたなんて言って、それで結婚したところで何になるのかしら? 紙切れ一枚の問題じゃない? 夫婦は男と女、両性の合意にのみ基づいて成立するのよ。浮気は問題じゃないのよ、浮気するような人でもいいと思えるか、それじゃだめって思うか、そこが大事じゃない?」
「……っ」
香澄は羞恥心と怒りのあまり唇をがりっと噛んだ。
(嘘? 何でそんなことまでこの人が知ってるの?)
確かに、子どもができたと嘘をついて裕也に結婚を決意させた経緯はあった。
交際を始めた当初から裕也はモテるタイプで、『別の子と二人でいるところを見た』というような話をたまに耳にすることがあったが、特に問題もなくずっと付き合っていたから、自分が一番なんだろうと、そういう話には目を瞑って無視していた。
だが、周りの友人たちの結婚式に招かれることも多くなったころ、裕也が大学時代に一緒にいたという話を聞いた女と、その友人の結婚式で仲良く話しているのを見てしまった。それからしばらく、裕也の残業が多くなって連絡がつかない日が増えた。
(問い詰めて、喧嘩になって別れちゃうのは嫌だ)
彼が怒って別れると言えば、別れることになってしまう。
それは嫌だった。
(結婚しちゃえば、さすがに裕也だって)
そう思った。裕也は何だかんだ世間体を気にするタイプだし、結婚してしまえば、自分が一番というのはゆるぎないものになるような気がしたから。
だから、嘘をついた。
特に罪悪感は感じなかった。裕也は予想通り『結婚しよう』と言ってくれ、そのままトントン拍子に話は進んだから。
『子どもができた』と告げた時の裕也は嬉しそうで、香澄は安心感を感じた。
(――これで大丈夫、本当の赤ちゃんはこれから作ればいいもん)
そう思って、とても嬉しかった。
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