2 / 9
2
しおりを挟む
久しぶりに会う教え子たちはみんなそれぞれ学生生活なり、就職なりの新生活を楽しんでいるようで、その報告を聞けるのが嬉しかった。
「お前らぁ、立派になりやがってぇ……」
すっかりできあがった林先生が左肩に岡田くん、右肩に別の男子生徒を抱いて叫んでいた。
「そろそろお開きですかね」
運転手担当の牧田先生と視線を合わせて、頷く。
休日夜は2時間に1本のバスの時間ももうすぐだ。
生徒たちは親に迎えにきてもらうか、このバスで帰ってもらうことになる。
……まあ、中には岡田くんみたいに自分の車で来てる子もいるみたいだけど。
私は彼を見つめた。
――あの、授業わかんないって家から出てこなかった岡田くんが車を運転して来るなんて。
また感無量な気持ちになる。
「竹宮先生?」
林先生を困ったように振りほどきながら、岡田くんは私の視線に気づいて首を傾げた。
私は何でもないわ、と笑って、よし、と掛け声を入れて立ち上がった。
「私ちょっと校内見回って、戸締り再確認してきます。その後、ちょっと連休明けの準備で職員室残って行くので、牧田先生たちは先に行っててください」
牧田先生にそう声をかけて和室を出る。
電気のつけっぱなし・鍵の開けっ放しががないか、マスターキーを手に4階の3年生の教室から見回りを始めた。
□
「あー、林先生ってば警戒かけわすれてるじゃない」
今日の進路講演会の会場で使った多目的室の前で、ぼやいた。セコムがオフになっている。主任の林先生はとっても良い先生だけど、こういう細かいところが抜けているから困ったものだ。
多目的室、ね。私はふと扉を開けて、中を見回した。
ここはよく岡田くんの勉強に付き合って放課後残っていたところだ。
その時、こつこつと後ろから足音がした。
私は驚いて振り返る。
暗い廊下の向こうから現れた背の高い影は、岡田くんだった。
「先生、そんな驚いた顔しなくても」
岡田くんは困ったように笑ってから私に近づいて来た。
「どうしたの?」
「先生とゆっくり話せなかったから、ちょっと」
岡田くんは言いにくそうに近づいてくると、多目的室を見回した。
「先生とこの部屋にいると懐かしいなぁ」
「そうよねえ。岡田くん、漢字苦手だったわよねえ」
「先生に怒られるの怖くて必死で覚えましたけどね……」
「やだ。怒ってなんかなかったでしょ。優しく教えてたじゃない」
笑って振り返ろうとした時、頬にひやっとした感触を感じた。
「うわぁっ」
思わず呟いて振り返ると、岡田くんが私の頬に缶を当ててクスクスと笑っていた。
「そんなに驚かなくても……」
岡田くんはピシュっと持っていた缶の蓋を開けると、1つを私に渡した。
「でも、先生のおかげで僕、学校楽しかったし、進学できたんですよ。ありがとうございます」
そんな台詞を元生徒に言われて胸が熱くならない教師がどこにいるだろうか。
私は思わず目元が潤んで、缶を受け取った手で目頭を拭って、それからその缶がビールであることに気づいた。
「ええ……、岡田くん車で来たって言ってなかったっけ?」
「これノンアルだから大丈夫です」
そう言って、自分の缶を見せる。私のと同じ青い柄のビールで、ノンアルコールと書いてある。
「先生と一緒に飲みたかったので」
カチン、と岡田くんは私の缶に自分の缶をぶつけた。
私はそのまま、缶に口をつけて液体を流し込んだ。
あー、ほんとあの時頑張ったかいがあったなあ……、途中で退学でもするんじゃないかとヒヤヒヤした子なのに。自分の担任した子と飲むビールはノンアルでもなんて美味しい……と思ったところで私は思わず噴き出した。
慌てて缶を見る。……これ、ノンアルじゃなくて普通のだわ……。
「――岡田くん、これ、普通のビール……」
えっとと岡田くんは驚いたような声を出した。
自分の缶と見比べて、頭を掻く。
「見た目似てたから間違えちゃいました……」
「……いいの。きちんと見なかった私が悪いわ……」
私は頭を抱えた。どうしよう……バス……2時間に1本……てゆうか最終バス行っちゃったんじゃ……。
そうだ、牧田先生まだいるかな!
慌てて窓にかけよると、駐車場のところを見た。
牧田先生の黒いワゴン車が今ちょうどそこを出て行くところだった。
私はがっくりとうなだれる。夜に山を歩いて降りるか、いっそ一晩学校に泊まろうかな……。授業準備はかどりそう……。
「先生」
呼び声がして振り向くと、岡田くんがにっこり笑っていた。
「僕の車、乗ればいいじゃないですか」
「お前らぁ、立派になりやがってぇ……」
すっかりできあがった林先生が左肩に岡田くん、右肩に別の男子生徒を抱いて叫んでいた。
「そろそろお開きですかね」
運転手担当の牧田先生と視線を合わせて、頷く。
休日夜は2時間に1本のバスの時間ももうすぐだ。
生徒たちは親に迎えにきてもらうか、このバスで帰ってもらうことになる。
……まあ、中には岡田くんみたいに自分の車で来てる子もいるみたいだけど。
私は彼を見つめた。
――あの、授業わかんないって家から出てこなかった岡田くんが車を運転して来るなんて。
また感無量な気持ちになる。
「竹宮先生?」
林先生を困ったように振りほどきながら、岡田くんは私の視線に気づいて首を傾げた。
私は何でもないわ、と笑って、よし、と掛け声を入れて立ち上がった。
「私ちょっと校内見回って、戸締り再確認してきます。その後、ちょっと連休明けの準備で職員室残って行くので、牧田先生たちは先に行っててください」
牧田先生にそう声をかけて和室を出る。
電気のつけっぱなし・鍵の開けっ放しががないか、マスターキーを手に4階の3年生の教室から見回りを始めた。
□
「あー、林先生ってば警戒かけわすれてるじゃない」
今日の進路講演会の会場で使った多目的室の前で、ぼやいた。セコムがオフになっている。主任の林先生はとっても良い先生だけど、こういう細かいところが抜けているから困ったものだ。
多目的室、ね。私はふと扉を開けて、中を見回した。
ここはよく岡田くんの勉強に付き合って放課後残っていたところだ。
その時、こつこつと後ろから足音がした。
私は驚いて振り返る。
暗い廊下の向こうから現れた背の高い影は、岡田くんだった。
「先生、そんな驚いた顔しなくても」
岡田くんは困ったように笑ってから私に近づいて来た。
「どうしたの?」
「先生とゆっくり話せなかったから、ちょっと」
岡田くんは言いにくそうに近づいてくると、多目的室を見回した。
「先生とこの部屋にいると懐かしいなぁ」
「そうよねえ。岡田くん、漢字苦手だったわよねえ」
「先生に怒られるの怖くて必死で覚えましたけどね……」
「やだ。怒ってなんかなかったでしょ。優しく教えてたじゃない」
笑って振り返ろうとした時、頬にひやっとした感触を感じた。
「うわぁっ」
思わず呟いて振り返ると、岡田くんが私の頬に缶を当ててクスクスと笑っていた。
「そんなに驚かなくても……」
岡田くんはピシュっと持っていた缶の蓋を開けると、1つを私に渡した。
「でも、先生のおかげで僕、学校楽しかったし、進学できたんですよ。ありがとうございます」
そんな台詞を元生徒に言われて胸が熱くならない教師がどこにいるだろうか。
私は思わず目元が潤んで、缶を受け取った手で目頭を拭って、それからその缶がビールであることに気づいた。
「ええ……、岡田くん車で来たって言ってなかったっけ?」
「これノンアルだから大丈夫です」
そう言って、自分の缶を見せる。私のと同じ青い柄のビールで、ノンアルコールと書いてある。
「先生と一緒に飲みたかったので」
カチン、と岡田くんは私の缶に自分の缶をぶつけた。
私はそのまま、缶に口をつけて液体を流し込んだ。
あー、ほんとあの時頑張ったかいがあったなあ……、途中で退学でもするんじゃないかとヒヤヒヤした子なのに。自分の担任した子と飲むビールはノンアルでもなんて美味しい……と思ったところで私は思わず噴き出した。
慌てて缶を見る。……これ、ノンアルじゃなくて普通のだわ……。
「――岡田くん、これ、普通のビール……」
えっとと岡田くんは驚いたような声を出した。
自分の缶と見比べて、頭を掻く。
「見た目似てたから間違えちゃいました……」
「……いいの。きちんと見なかった私が悪いわ……」
私は頭を抱えた。どうしよう……バス……2時間に1本……てゆうか最終バス行っちゃったんじゃ……。
そうだ、牧田先生まだいるかな!
慌てて窓にかけよると、駐車場のところを見た。
牧田先生の黒いワゴン車が今ちょうどそこを出て行くところだった。
私はがっくりとうなだれる。夜に山を歩いて降りるか、いっそ一晩学校に泊まろうかな……。授業準備はかどりそう……。
「先生」
呼び声がして振り向くと、岡田くんがにっこり笑っていた。
「僕の車、乗ればいいじゃないですか」
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる