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 久しぶりに会う教え子たちはみんなそれぞれ学生生活なり、就職なりの新生活を楽しんでいるようで、その報告を聞けるのが嬉しかった。

「お前らぁ、立派になりやがってぇ……」

 すっかりできあがった林先生が左肩に岡田くん、右肩に別の男子生徒を抱いて叫んでいた。
 
「そろそろお開きですかね」

 運転手担当の牧田先生と視線を合わせて、頷く。
 休日夜は2時間に1本のバスの時間ももうすぐだ。
 生徒たちは親に迎えにきてもらうか、このバスで帰ってもらうことになる。
 ……まあ、中には岡田くんみたいに自分の車で来てる子もいるみたいだけど。
 
 私は彼を見つめた。
 ――あの、授業わかんないって家から出てこなかった岡田くんが車を運転して来るなんて。
 また感無量な気持ちになる。

「竹宮先生?」

 林先生を困ったように振りほどきながら、岡田くんは私の視線に気づいて首を傾げた。
 
 私は何でもないわ、と笑って、よし、と掛け声を入れて立ち上がった。

「私ちょっと校内見回って、戸締り再確認してきます。その後、ちょっと連休明けの準備で職員室残って行くので、牧田先生たちは先に行っててください」

 牧田先生にそう声をかけて和室を出る。
 電気のつけっぱなし・鍵の開けっ放しががないか、マスターキーを手に4階の3年生の教室から見回りを始めた。

 □

「あー、林先生ってば警戒かけわすれてるじゃない」

 今日の進路講演会の会場で使った多目的室の前で、ぼやいた。セコムがオフになっている。主任の林先生はとっても良い先生だけど、こういう細かいところが抜けているから困ったものだ。

 多目的室、ね。私はふと扉を開けて、中を見回した。
 ここはよく岡田くんの勉強に付き合って放課後残っていたところだ。
 その時、こつこつと後ろから足音がした。
 私は驚いて振り返る。
 暗い廊下の向こうから現れた背の高い影は、岡田くんだった。

「先生、そんな驚いた顔しなくても」

 岡田くんは困ったように笑ってから私に近づいて来た。

「どうしたの?」

「先生とゆっくり話せなかったから、ちょっと」

 岡田くんは言いにくそうに近づいてくると、多目的室を見回した。

「先生とこの部屋にいると懐かしいなぁ」

「そうよねえ。岡田くん、漢字苦手だったわよねえ」

「先生に怒られるの怖くて必死で覚えましたけどね……」

「やだ。怒ってなんかなかったでしょ。優しく教えてたじゃない」

 笑って振り返ろうとした時、頬にひやっとした感触を感じた。

「うわぁっ」

 思わず呟いて振り返ると、岡田くんが私の頬に缶を当ててクスクスと笑っていた。

「そんなに驚かなくても……」

岡田くんはピシュっと持っていた缶の蓋を開けると、1つを私に渡した。

「でも、先生のおかげで僕、学校楽しかったし、進学できたんですよ。ありがとうございます」

 そんな台詞を元生徒に言われて胸が熱くならない教師がどこにいるだろうか。
 私は思わず目元が潤んで、缶を受け取った手で目頭を拭って、それからその缶がビールであることに気づいた。

「ええ……、岡田くん車で来たって言ってなかったっけ?」

「これノンアルだから大丈夫です」

 そう言って、自分の缶を見せる。私のと同じ青い柄のビールで、ノンアルコールと書いてある。

「先生と一緒に飲みたかったので」

 カチン、と岡田くんは私の缶に自分の缶をぶつけた。
 私はそのまま、缶に口をつけて液体を流し込んだ。

 あー、ほんとあの時頑張ったかいがあったなあ……、途中で退学でもするんじゃないかとヒヤヒヤした子なのに。自分の担任した子と飲むビールはノンアルでもなんて美味しい……と思ったところで私は思わず噴き出した。

 慌てて缶を見る。……これ、ノンアルじゃなくて普通のだわ……。
 
「――岡田くん、これ、普通のビール……」

 えっとと岡田くんは驚いたような声を出した。
 自分の缶と見比べて、頭を掻く。

「見た目似てたから間違えちゃいました……」

「……いいの。きちんと見なかった私が悪いわ……」

 私は頭を抱えた。どうしよう……バス……2時間に1本……てゆうか最終バス行っちゃったんじゃ……。

 そうだ、牧田先生まだいるかな!

 慌てて窓にかけよると、駐車場のところを見た。
 牧田先生の黒いワゴン車が今ちょうどそこを出て行くところだった。

 私はがっくりとうなだれる。夜に山を歩いて降りるか、いっそ一晩学校に泊まろうかな……。授業準備はかどりそう……。

「先生」

 呼び声がして振り向くと、岡田くんがにっこり笑っていた。

「僕の車、乗ればいいじゃないですか」
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