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序章 詩織

未知標

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 朝、日が昇る前に新聞を配達する。

 早いところでは4時くらいに配り始めるみたいだけど、僕の場合は生活も考慮して少し遅い時間に配るようにさせてもらっている。とはいえ街はまだ寝静まったまま。

 ようやくうっすらと明るくなりはじめる、そんな時間帯に僕は息を切らせながら自転車を漕いでいた。僕が担当しているエリアは自身の家を含む地元エリアなので道に迷うことなんてない。勾配がきついエリアもあるがそんなことは言ってられない。

 この角を曲がれば自身の家だ。光はまだ寝ているだろうな。そして角に差し掛かったとき、見知った家の外灯に灯りがついていおり、その前に人影が見えた。新聞まってるのかな。ペダルを踏む足に力がはいる。

「おはよう、詩織」

そう声をかけ新聞を手渡す。息は白くなっていた。

「おはよう、司くん」

彼女もまた白い吐息で返事をしてくれた。

「新聞、まってたの?」

「ううん、司くんを待ってたの」

「知ってたんだ」

「知らなかったよ」

「不思議だね」

「女の直感よ」

「おーこわいっ」

「最近芹沢さんと仲良くしてるから、きっとそうなんじゃないかなって」

「…うん」

「話せるようになったら私にも教えてね。見ているだけって辛いから」

「ありがとうっ」

「それじゃぁ、がんばってね」
「うん、また学校で」


━━━ 学校

 詩織が廊下で友人と話をしている。僕は何事もないようにその前を通り過ぎる。そのときにすっとタイを直す仕草を見せる。これは合図だった。見落としていなければ待ち合わせ場所に彼女は現れるはずだ。

 放課後、屋上へと向かう。そこにはすでに詩織が待っていた。

「ごめん、待たせた?」

「ううん、私も今きたとこだよ」

「久しぶりにあの合図つかったけど、ちゃんと気づいてくれたね」

「今朝、約束したからね。また学校でって」

 あれは確か初めてのクラス替えがあった3年の時だ。司くん、詩織、そう名前で呼び合う二人。僕達にしてみれば幼馴染で普通のことだった。3年で同じクラスだった僕達は普通に名前で呼び合っていた。同じクラスになれたねって。
 ただ周囲の目はそうと見てくれなかった。特に詩織への風当たりが強かった。天使君とどういう関係なの?つきあってるの?質問に一つ一つ答える詩織。それじゃぁ天使君のことどうおもってるの?好きなの?執拗なまでの質問攻め。答えずらいナイーブなとこまで女子達は踏み込んでいった。辛かったんだと思う。次第に詩織は僕から距離を置くようになった。

 僕も寂しかったが、それが彼女を守ることになるのならと、見守ることを選択した。

 見守るというネガティブな選択をしたが故、結局彼女を守ることにはならなかった。

 それが今の僕達の関係だ。話をするにしてもこんな手のこんだ合図を送らないと会話すらできない。

「何からはなそうかな。正直いっぱいありすぎてわからないや」

「いいよ。まとまるまで待っててあげる」

「母さんがいなくなっちゃってね…」

「渚おばさんが…?」

「うん、いなくなったというか連れ去られた、が正解かな…」

「・・・どうして?」

「原因ははっきり僕にもわからない。ただ華族が絡んでるのは間違いないみたい」

「華族……」

「おそらくだけど研究内容だと思う。踏み込んじゃいけない領域に入ったんだと思うよ。母さん、仕事熱心だったから。研究に没頭してるうちに周りが見えなくなったんだろうね」

「まったく連絡とれないの?」

「うん、だから今は僕と光でなんとか生活していかなきゃいけないんだ」

「渚おばさんの車、ずっと帰ってきてなかったし、何かあったのかなって思ってたけど……」

「来年からは区立の学校に編入になると思う」

「……うん」

「中学も区立かな」

「………」

「高校は鳳凰特待生1本狙い」

「鳳凰いっちゃうんだ…」

「まだ入れるって決まったわけじゃないよ」

「鳳凰か……」

「詩織は?」

「まだそこまで決めてないよ」

「司くんは鳳凰に入って何をするの?渚おばさん、さがすの?」

「それもあるけど、華族社会をぶっこわすのが最終目標かな?」

「あははっ、司くんらしいね」

「見てるだけじゃつまらないでしょ?協力してくれる?」

「渚おばさん見つけるとこまでならねっ」

「ありがとうっ!やっぱり詩織に話して正解だったよ」

「私が元気をあげるつもりだったのに、私が元気もらっちゃったみたい」

 風が吹く。彼女の長い髪がゆらゆらと揺れている。そんな髪を押さえながら彼女はそうやさしく答えてくれた。彼女はずっと迷っているみたいだった。


「僕が詩織のになってあげるよ」

「へんなところ連れて行かないでね」

「大丈夫、安心して」

 ニカッっとわらってみせる。強がりでもなんでもなく、きっと楽しいことがまっている。詩織となら絶対大丈夫!そう思えたからだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「それではお先失礼しますっ!」
「おぅ、おつかれさんっ!」

 足早に片付けを済ませ帰路に着く。ヘタにつかまると話が長いからな。ある程度の付き合いも必要不可欠ではあるけど、今は時間が惜しい。父さんの研究ノートの精査もまだ手付かずだ。さすがに初歩レベルの知識で高等科へ入るのは無理があるだろう。

 ある程度、いやブッチギリのレベルになっておかなければ特待生など夢のまた夢


 この世界の魔法には7つの属性が存在する。火・水・風・土の4元素と光・闇・霊魂の3つをあわせた7つがそれに該当する。どの人間にも言えることだが魂は宿っている。なので厳密に平民に魔力がないというのは間違いである。ただ肉体に霊魂がやどる、それ自体が生きている、ということなのでそれを魔力と人々は呼ばない。

 基本的に物質を構成する4つの元素を行使することを魔法と呼ぶ。光と闇、これも属性ではあるが概念として先にあげた4元素とは大きく違ってくる。この2つは触れることができない、視覚として感じることはできるが物質として捉えることができないのだ。なのでそれを具現化することが難しい、非常に困難な属性でこれを扱える魔法使いはごく限られたものとなっている。 

 魔法と魔術の違いも説明しておこう。この世界では魔法と魔術、2通りの方法でその魔力を行使することができる。魔法は端的に己がイメージを直映的に具現化すること。カンタンに言えば魔力に比例してダイレクトに魔力を行使すること。魔力10のマジックキャスターが火をイメージして火の魔法を使うのと魔力100のマジックキャスターが同じ魔法をつかったら単純に10倍の差があるということだ。

 魔術は少し違う。人間の歴史の中で創られてきた術式というものがいくつも存在する。その術式を唱えることで発動する魔法である。こちらは魔力の影響を受けないが、ある程度の魔力がないとつかえない。現在では第7位階魔術までが確認されているが故事などの歴史的書物にはそれをも凌駕する天地を切り裂く第8以上の魔術の記載も確認されている。

 科学が発達する以前の世界では魔力こそがすべてだった。強大な魔力を保持する者はそのまま王となる時代。歴史上のターニングポイントは第二次世界大戦、それまでの戦争は魔力こそがすべてであった。それが魔法でも沈まない巨大戦艦、魔法でも止まらない鋼鉄製の戦車、魔法でも追いつかない航空戦力、最終的には魔力をも凌駕する核兵器の登場。すでに歴史の表舞台に魔法は存在していなかった。

 第二次大戦以降、魔力は平和利用の道を模索し始めた。元来、王は平時においてその魔力をもって国土を安定させていたと言い伝えられている。現在も王室が残る国々では古来より引き継がれし伝承を守り、国土繁栄に勤めているとされている。

                          魔法を学ぼう 初級編より


「なるほど、タイトルとまったく関係ないな」

 意味のわからない独り言をつぶやきつつ、家にたどり着くと詩織が巫女姿で立っていた。

「あれ、詩織 何してるの?」

詩織は自分の姿を確認して答えを続けた。

「巫女のつもりだけど、、どこか間違ってる?」
「いや、巫女としては何も間違ってないよ。もしかしてお手伝い?」
「もしかしなくてもお手伝いよ」
「詩織もボランティア参加してくれてるの?」
「うん、回覧板に書いてあったからね。出来ることからはじめようと思って」
「そっか、似合ってるよ」

「ありがとう。もう少し感情こめてくれると嬉しいかな」
くすくす笑いながらそう答える。

「司くん、ちょっといいかな?」
「何?」
「私もね、司くんに知っといてもらいたいことあるんだけど、、そのここだとちょっと説明しづらくって」
「うーん、愛の告白?」
「クイズじゃないよ」
「朝でも平気なら配達終わったあとでよければ人気《ひとけ》きにならないと思うよ」
「うん、そうしよう。司くん明日の朝でも平気?」
「もちろん」
「それじゃ約束ねっ」

 さらっと流されたな。さすが詩織

 僕は部屋に戻りまほしょ(魔法を学ぼう初級編の略)の続きを読み漁った。

 部屋から境内に目をやる。光と詩織が仲むつまじく巫女さん姿で境内の掃除にいそしんでいる。この時期の落ち葉拾いは大変だ。集めても集めても振ってくる。それでもせっせと集めている。なんか、いいなぁ 二人を見ていると不思議とそういう和やかな感情にさせてくれた。


 属性魔法における霊魂の用途を説明しよう。霊魂は先ほど説明した通り、人間であるならば所持している魂そのものである。それを魔力によって強化することで表層上の人間力が大幅に強化できる。一般的に使われる強化魔法系、パッシブ魔法がそれに該当する。特に前者は近年ではBuffというおしゃれな二つ名までついている。

 パッシブ魔法とは、習得するだけで常に発動する強化魔法のことである。その効果は全般的な身体能力や生命力、知力にさえ影響を及ぼす。無論これもその宿している魔力に比例し効果が上昇する。ただ常時無意識に発動する効果なので強化魔法と違い、大幅に能力が向上するというものではない。一般生活の中でこのパッシブ魔法を使用しても、運動神経が人より秀でている、記憶力が凄い、ある程度、常識の範疇内での強化に収まる場合が多く、一見してそれが魔力によるものか、天性によるものかは区別が付きにくい。
 
次に強化系魔法で腕力をアップさせれば、その使用者の魔力量に応じて腕力がアップする。視力を強化すれば動体視力も静止視力も向上させることが可能である。無論生命力アップなども可能である。こちらはパッシブとは違い、明らか常人には不可能なレベルでの動きが可能になってくる。
 
これに他の属性魔法を上書きすることでレジスト系魔法が成立する。だがこれは初歩の領域で学ぶことではない。魔力を有する者なら誰しも1つくらいは属性の恩恵を授かり生まれてくる。つまり無属性の魔法使いならレジスト系魔法が使えないこととなる。もしこの読者で無属性のものがいるならこの言葉を捧げよう。

 故郷へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう。

                          魔法を学ぼう 初級編より

「なかなか辛辣な本だな。父さん、これ小学生に読ませる内容じゃないよ……」



 僕は次の日、新聞配達を終え、急いで詩織の家へと向かった。
 息を切らせながら走る。
 何か楽しいことが起こりそうな、そんな予感がしていた。

「おはよう、ごめんね 朝からつきあわせちゃって」 

詩織は家の前で待っていてくれた。そろそろ陽が昇る。まだそんな早朝だ。

「おはよう詩織、大丈夫だよ。そっちこそ眠いんじゃない?」

「それを言うなら私じゃなくって司くんのほうだよ。眠くないの?毎朝早いのに」

「そこはなんていうか、気合?」

「うーん、マイナス1点かな」

「何それ?」

「司くんってそういうキャラじゃないもん」

「僕ってどういうキャラなの?」

「授業中ねてるでしょ?」

「あれ、知ってたの?」

「片肘ついてるときはだいたい寝てる、でしょ?先生にははなしてないの?」

「うん、まだ話してないよ。でも編入の話もあるし3学期になればはなさなきゃいけないかなとはおもってるよ」

「どうして今はなさないの?」

「辻本先生、人情派だからね。話すと暴走してホームルームで勝手に話題にしそうでね」

「あー、なんか想像できるね・・・」

「そういえば詩織の話って何?場所は変えたほうがいいかな?」

「うん、そうねぇ、、ぞうさん公園いこっか」

「うん」

ぞうさん公園、それはぞうの滑り台がある公園である。正式名称は誰も知らない。近所から一番近い公園で、昔はよくここで遊んだものだ。

「懐かしいなぁ、昔はよくここで遊んでたのにね」

朝の公園、まだ夜が明けていない薄暗がりの中、そこには無論誰もいない。そんな公園に到着して、詩織は少し昔のことを思い出しているようだった。

「そうだな~、あ、そういえばあの木、まだのこってるかな?」

「3人で丈比べした木?」

「そそ、あのあと確か光と詩織がケンカしたんだよね」

「そうだったかしら?」

「覚えてない?」

「司くんが華族になったら思い出すかもしれないかな」

「僕と家族?」

「ううん、華族」

 他愛ない昔話をしながら、何か思い出巡りをしているようで、なんだろうな この感覚。

 詩織はふっと足を止めた。

「見てて」

 詩織は短くそう口にすると手をかざした。すると目の前におちてある空き缶がふわふわと浮かび上がり、それはまるで意思をもっているかのように自らゴミ箱へとダイブしていった。

それは手品ではない。“ 魔法 “ だった。

「・・・重力系魔法」

「詳しいんだね」

「風属性と土属性の融合魔法だっけ?」

「やっぱり司くんも使えるんだ、魔法」

「まだ使ったことないよ。いま勉強してる最中」

「もっとおどろくとおもったんだけどなぁ」

「いや、すっごいおどろいてるよ・・・」

「私の思ってた以上にポーカーフェイスなんだね」

「何点?」

「うーん、プラス3点かな?」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「そのポイント貯まると何につかえるの?」

「・・・100点貯まると私がお嫁さんになります」

「おもってた以上に重要なポイントだったんだね・・・。ちなみに今の僕の累積って何ポイントくらいあるの?」

「・・・それは秘密です」

「2点とかじゃないよね?」

「どうかな?」

「いつ頃、気がついたの?魔法使えるって」

「たぶん、司くんと同じだと思うよ。気がついたら使えてた。光ちゃんは使えないの?」

「うん、使えるなら絶対僕には話すと思うんだ」

「意識できてないだけとか?」

「うーん、どうだろう?ずっと一緒にいるけど、素振りすら見たことないしなぁ」

「そっかぁ、ナチュラルであれなんだね……」


「司くん、私もね、、私も鳳凰受けることにしたの」
詩織は意を決したかのように、そう口にした。

「うん」
僕は詩織の目を見て短く答えた。

「だから一緒にがんばろうねっ」

「うん。ありがとう……」

 詩織をぎゅうっと抱きしめる。詩織もまた僕を抱きしめてくる。すごくやわらかくていい香りで、どうしてこんな月並みな感想しかでてこないんだろう。自分が悔しかった。

 それから秘密の朝練がはじまった。詩織はうまく魔力をコントロールできるみたいである程度の基礎魔法はすでに使いこなせるレベルにあるみたいだ。僕はまだ魔力の流れすら理解できていないというのが現状。まほしょ実践編まで読み進めば多少は使えるようになるんだろうか。しかしこんな身近にマジックユーザーがいたなんて、もはや天恵としか思えない。

 神様ありがとうっ!!
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