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第11話 99%の疑惑

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 助かったと額の汗を腕で拭い、起き上がって魔王補佐官に軽く頭を下げる。

「……スリリンから報告は受けています。人間にしては少しは優秀なようですね」

 色気のある声音がわずかに大気の温度を上昇させると、目深にかぶったフードの下から鋭い眼光が向けられる。
 全身を貫かれたような衝撃にゾッと背筋に悪寒が走り、無意識のうちに喉を鳴らしてしまう。

 ずっと頭を下げ続けるポポコちゃんの巨体も微かに震えている。
 ゴブリンチャンピオンと化したポポコちゃんでさえ、やはり魔王補佐官となると怖気付いてしまうのだろうか。

 いや、一ヶ月に渡る過酷なサバイバルを生き抜いたいまだからわかる。この魔王補佐官の他を寄せつけない威圧感と、膨大な魔力量が。

「ポポコちゃん……ここはいいからダンジョンの中に戻っているんだ」
「わ、わかったわ」

 意気消沈したポポコちゃんがダンジョン内へ戻って行くのを見据える補佐官が、口を開いた。

「随分と手懐けたようですね。それに、報告通り進化までさせているとは……正直驚いています」
「約束通り一ヶ月耐え抜いたぞ。これで俺は魔王さまの傘下に入れてもらえるんだろうな」
「それは……魔王さま本人にご確認ください」

 なんだよ……その嫌そうな言い方は。
 それが部下の雑魚モンスターたちを立派な戦力に変えてやった功労者に対する態度かよ。まったく。

 もう少し褒めてくれてもいいじゃないか。
 俺は褒められて伸びるタイプなんだからな。

「では、一度城へ戻りますよ」
「あっ、あの……」
「なにか?」
「俺の側室のレネアとリリスも一緒に連れていきたいのだが」
「…………」

 なんだよ……なんで溜息なんて吐いてんだよ。
 こちとら命懸けで手に入れた側室なんだ、そんなに簡単に手放せるかっ。

「お好きになさい」
「やったー! スリリン、二人を呼んでこい」

 ◆

 発情したポポコちゃんにボコボコにされた二人と、一匹のダークスライムを引き連れ、俺は一ヶ月ぶりに魔王城へと戻ってきた。
 玉座には不服そうに目を細めるフィーネの姿と、見慣れない連中の姿もある。

 ライオンのような見た目の大男は獣人か?
 それに燕尾服に身を包んだ優男。黒い尻尾が生えているところから察するに、悪魔の類いかな。
 扇子を口元に当てた美女にも七つの尾が確認できることから、妖狐だろうと推測できる。

 その他にも額からユニコーンのような角を生やした美女や、二足歩行の昆虫などなど。
 明らかに只者じゃない雰囲気を醸し出す連中がゴロゴロいやがる。

「こいつが噂のイカれた人間かぁ」
「人間の分際でアラクネとサキュバスを連れ立っているとは……なんとも変わった人間だな」

 ライオンが気に食わないと書いたような顔で睨みを利かせれば、悪魔が品定めをするように俺を見据える。
 一体なんなんだよ、こいつらは。

「まさか本当に生きて戻って来るなんて……予想外よ。なんで死んでないわけ?」

 物凄く理不尽な言葉を並び立てるフィーネに、俺は改めて魔王傘下に入れてもらえるのか問うた。

「あんたどうしてそんなにあたしの傘下に入りたいのよ。人間なら普通人間と仲良くするのが道理ってもんじゃないの?」
「それはそうなんだけど……仲良くできそうにないからこっち側に付きたいんですよ」
「できそうにないって……どうしてよ?」

 俺は恥も外聞も捨て、すべての経緯を話すことにした。

 我が国が返せぬほどの借金大国であることや、それが原因で戦争に発展するかもしれないこと。そうなったら我が国の兵力では滅びを待つだけなのだということも、全部ぶっちゃけてやった。

「俺は断罪されるなんてまっぴら御免だ! 殺されるくらいなら魔王さまの子分になって生き延びてやると決めたんだ」
「あんたには人間の王としての矜持はないわけ?」
「ない!」

 きっぱり言ってやると、半口開けて固まるフィーネに、バカにしたように大笑いする連中。

 嗤いたければ嗤うがいい。
 どんなにみっともなくとも、最後に生きている者こそが真の勝者なのだ。
 そして沢山子作りに励むんだよ。

「この一ヶ月、あんたの処分をどうするのか検討した結果……やっぱり死刑に処すという結論に至ったわ」
「はぁ? 死刑だと!? 話が違うじゃないか!」

 予想だにしていなかったフィーネの言葉に異議申し立てをすると、話を最後まで聞きなさいと上から目線で言いやがる。

「正直あんたが人間側のスパイだという疑いが晴れないのよ。99%人間側の裏切り者であったとしても、残りの1%の可能性を捨てきれない。それがどんなに危険なことかは、あんたも一国の王ならわかるわよね?」
「それは……まぁ」
「さらに、あんたが魔王城ここへやって来た時期も気になるのよ」

 時期……はて、何のことだ?
 怪訝に首をかしげる俺に、フィーネが続ける。

「あんたがここへ来る一ヶ月程前に、帝国が勇者を召喚したことは知ってるでしょ? いくらなんでもタイミングが良すぎるのよね~」
「それは……確かに疑いたくなる気持ちもわかるけど、俺は勇者なんぞ知らんっ!」
「それに、あんたを傘下にしても何のメリットもないじゃない。あんたの国に兵を割けば、その分こちらの戦力が落ちてしまうもの」
「メリットならある!」

 俺は人間が培ってきた農業技術や、物作りのノウハウを魔界に広めれば、その分豊かになると力説する。

「豊かになれば魔界で飢餓に苦しむ者たちも減少する。そうなれば将来的に魔王軍の戦力は大幅に拡大すると俺は考えている」
「どうなの? メルデ」

 フィーネが補佐官の女に意見を求めると、メルデと呼ばれた女が初めてフードを外す。
 闇を溶かしたような濡羽色の髪は毛先が蛇となっており、禍々しくも魅力的な蠱惑の瞳が俺に向けられる。

 その容姿……聞いたことがある。
 妖艶なる魔女――メデューサ。

「確かに……彼の仰っていることは正しいですね。しかし、それを行うには膨大な時間を有することもまた事実。その前に勇者が攻め込んでくると考えられます」
「それは……」
「その点について、あなたはどうお考えなのですか? 魔王さまに忠誠を誓う身なのであれば、もちろん考えておられるのですよね?」

 考える余地すら与えまいと、メルデが一気に捲し立ててくる。
 俺はジリジリと断崖絶壁に追いやられているような、居心地の悪さを覚えていた。

「た、例えばドライアド……」
「ドライアドやアルラウネたちを使った緑の増量は不可能ですよ。彼らは頑なに魔王軍への傘下入りを拒否していますから」
「……」
「そんなことは誰だって思いつくのですよ? しかし、不可能だから実行していないまで。おわかり頂けますか?」

 笑っている。涼しい顔して微笑んでいる。
 その天使のような微笑みとは裏腹に、こいつの腹の中は真っ黒だ。
 俺が困っているのを楽しむこいつは……正真正銘のドSっ!

 俺が考えていたことを魔王補佐官メルデが思いつかないわけがなかったことも、浅はかな考えだったことも認めよう。

 しかしっ、こんなところで死んで堪るかっ!
 絶対にドSなお前をベッドの上で陥落させてやる。


 狙った女は必ず落とす!
 それがこの俺――ミラスタール・ペンデュラムだ!
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