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64話 勇者

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 メアちゃんは臆すことなく邪神の体内へと侵入すると、勢いを殺すことなくそのまま体内を駆け抜けた。

 邪神の体内は洞窟のようになっていたのだが、四方を囲む壁は『ドクンッドクンッ』と脈を打っており、とても気持ちが悪い。

 さらに、邪神の体内には大量の黒い魔物が蠢いており、次から次へと襲いかかってくるのだ。

 だけどメアちゃんは止まらない。
 臆することなく魔物たちの頭上を飛び越えて、一気に邪神の体内を、中心へと向かって駆け抜ける。

 邪神の体内は一本道になっており迷うことはない。
 ただ、厄介なのは体内の壁から滲み出るように無限に生み出される影の魔物だけだ。

 俺たちはメアちゃんから下りて、影を倒しながらさらに先を目指す。
 影を倒している俺はある違和感を覚える。

 とても体が軽いのだ。それに周りの動きが何だかゆっくり動いているようにも見えた。
 襲い来る影の攻撃を掻い潜りダガーを振るい、さらに側面から突っ込んでくる影を蹴り飛ばす。

 俺に蹴り飛ばされた魔物が吹き飛び、そのまま壁に激突して消滅していく。

「えっ!? 俺なんかめちゃくちゃ強くなってないか?」
「ユーリ殿!? オールFの最弱とは思えん威力でござるよ」
「ユーリ! ヴァッサーゴの呪いが解けているのではありませんか?」
「あっ!?」

 フィーネアに言われて慌ててステータスを確認すると……。

―――――――――
名前:月影遊理

性別:男
装備:探知ダガー(F)
レベル:62

力  S
耐久 S
敏捷 S
魔力 S

スキル:探知

固有スキル:救世主

【リヤンポイント】
(フィーネア)
――――――――――

「なんだよこれ!? 今までとまるで真逆じゃないか!?」
「どうかしたでござるかユーリ殿!」
「ユーリ、ユーリがどんなステータスを有していてもフィーネアは驚きません。ユーリこそがフィーネアが探し求めていた〝ユーリ〟の魂を救うことのできる真の勇者なのです!」

 ヴァッサーゴの呪いが解けた自身のステータスに驚嘆していたのだが、フィーネアの言う通り、驚くことじゃない。
 俺の中にはもう一人の俺、ユーリ・アスナルトが居るんだ。

 要はこれは俺のステータスではなくて、ユーリ・アスナルトのステータスなのかもしれない。

 それと固有スキルも変わっている。
 もう『俺だけ入れる貧乏神悪魔道具店』は、ミスフォーチュンは存在しないけど、これならきっとやれるはずだ!

「フィーネア、明智、メアちゃん! 道は俺が切り開く!」
「ユーリ殿!?」
「ユーリ!?」
「ムッゴオオオ!?」

 前方で道を塞ぐように蠢く無数の魔物に、俺は目にも留まらぬ速度で突っ込んだ。
 まるでスローモーションのようにゆっくりと動く化物の攻撃を躱して、ダガーで素早く斬り刻んでいく。

 100……? いや200はいたであろう魔物は一瞬のうちに黒い煙となり霧散した。

 敏捷が跳ね上がると周りの速度まで違って見えるのか、それにF装備の探知ダガーだけど、力が向上したことで信じられないくらいの斬れ味を発揮している。

「すごすぎるでござる……まるで別人でござるな」
「あれが本来のユーリの力なのですよ、明智」
「さぁ、このまま邪神の中心に向かうぞ! すべてを俺たちの手で終わらせてやるんだ!」

 振り返りフィーネアたちに声をかけ、俺たちは走った。
 目指す場所はただ一つ。
 邪神の心臓コアがある場所までだ。



 ◆



「待っていたぞ、月影遊理」

 邪神の体内を突き進んだ俺たちが開けた場所にやって来ると、そこには巨大な菱形の黒い結晶と、神代朝陽が待ち受けていた。

「神代……いや、邪神サタン」

 立ち止まり睨み合う俺と邪神をよそ目に、フィーネアは結晶体に向かって張り裂けそうな声を響かせた。

「ユーリ!? ユーリ!」

 フィーネアが声を振り絞る結晶体には7つの色鮮やかな光が封じ込められている。
 虹のように輝く〝あれが〟2000年前の勇者たちなのだろう。

「月影遊理、俺と取引しないか?」
「取引だと!?」

 突然、邪神が妙な提案をしてきやがった。
 その邪神の言葉に驚いたのは俺だけじゃない。
 フィーネアも明智も驚愕に目を丸くして、フィーネアはすぐに目を細めた。

「そうだ。力を取り戻した俺は次元を超越することも可能だ。そもそもお前とこの世界は無関係だろ? 俺がお前を元の世界に返してやるから、おとなしく去れ! さすれば――」
「ふざけんじゃねぇ!!」

 邪神の野郎がくだらないことをほざきやがるもんだから、俺はつい怒鳴り声を上げた。

「関係ない訳ないだろ! お前のせいでフィーネアは2000年間も孤独と戦ってきたんだ。そんなフィーネアを救えるのはそこで囚われている7人の魂を、ユーリ・アスナルトを解放したときだけなんだ!」
「くだらんな。そんなことのためにお前は自ら死を選ぶというのか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ! 死ぬのはお前だ!」
「愚かだな……人間」

 神代の……邪神の目つきが変わった。
 だが臆することはない、やってやるよ!

 大丈夫。俺は邪神攻略方をもう一人の俺から聞いている。
 俺は走った。

 真正面で睨みを利かせる邪神の元ではなく、結晶体に向かって走る。
 邪神の心臓コアはあの結晶体だ。
 あれさえ破壊することができれば邪神は消滅する。

 バカ正直に邪神と戦う必要なんてない。
 そう思って走ったのだが、そんなことはお見通しだと邪神が行く手を塞ぐように立ちはだかる。

「行けると思ったか? 月影!」
「……っ」

 俺は一度距離を取るために大きく横に飛んだ。
 邪神は手を突き出して空間をグニャッと歪ませると、そこから禍々しい黒い大剣を取り出した。

 剣先を俺へと向ける邪神が力強く地面を蹴り上げると、一瞬で俺との距離が埋まる。

 ――斬っ……。

 凄まじい風きり音と共に振り抜かれた剣身を俺のダガーが止める。
 が、たったの一撃で俺のダガーに亀裂が入る。

 無理もない。
 俺の探知ダガーはレベル62にまで成長しているのだが、所詮はF装備。
 どれだけ斬れ味や耐久性が増したといえ、元がFなのだ。
 斬れ味や耐久にも限界はある。

 対する邪神の武器がどの程度の代物で、レベルがいくつなのかはわからないが、Fランクの最弱武器ということはないだろう。

 よって俺の探知ダガーは当たり負けしてしまう。
 このままではダガーが砕けて剣身が俺に直撃してしまいかねない。

 俺は邪神の腹に前蹴りを叩き込んでやる。

 勢いよく吹き飛んだ邪神が地面に手を突きながらすぐに体勢を立て直すが、俺はそんな邪神を見てにやり顔を向ける。

「なんだその顔は?」
「いやなに、邪神なんて言うからどれほど強いのかとビビっちまったが、大したことねぇなと思っちまっただけさ」
「なんだと……」
「いや、俺がこの穴掘りの書を使いこなせるようになってきたのが悪いのかな? なんでも聞くところによると、俺がハズレスキルだと思い込んでいたこの穴を掘るだけのスキルは伝説のスキルだって言うじゃないか」
「だったら何だ!」
「お前自分の腹を見てみろよ!」

 邪神は俺の言葉に眉を曲げて、自身の体に目を向け驚愕に目をひん剥いた。
 まぁ当然の反応だな。
 邪神の腹にはデカデカと巨大な穴が空いちまってるんだ。

 こいつが邪神じゃなかったら即死レベルの致命傷だ。

「貴様何をした!?」

 ようやく俺の強さと偉大さに気付いた邪神が情けない声で喚きだした。
 まぁ今更説明なんてしなくてもいいとは思うんだがな……。

 俺はこれまで穴の書は左右どちらかの手を地面につかないと発動しないものだと思い込んでいた。
 しかし、一番最初の千金楽との戦闘で首だけになった俺は、額だけでも穴が空けられることに気付いたんだ。

 つまり、俺の体のどの箇所からでもスキル穴の書を発動できるということを知った。

 さらに、もう一人の俺から聞いた穴の書の本当の恐ろしさ。
 なぜただ穴を掘るだけの書が伝説の書なのか……それは穴の書のチート性にあったんだ。

 穴の書は地面を掘るだけのスキルではなく、使用者が触れることが可能な物質すべてに穴を空けることが可能なんだ。

 それが生物の体であっても、或は神様の体であっても、俺が触れられるのなら穴は空けられるんだよ。

 早い話し、俺が相手に触れることができた時点で、大半の場合相手は即死してしまうということだ。

 まっ、邪神はさすが腐っても邪神というだけあり、人間の、〝神代朝陽〟の体なのに血も出なければ痛みを感じている素振りも見せない。

 だけど……次に俺が奴に触れたとき、それが邪神が消滅する時だ。

「ふざけるなぁぁああああ! こんなバカなことがあってたまるかっ!」
「物語の結末ってのはいつでもバカバカしくて、呆気ないものさ。そう……結局俺はジャンプ的主人公にはなれず、やっぱりラノベ的俺Tueee主人公だったって訳だな。がっかりだよ」

 俺は一歩邪神へと歩み寄る。
 俺の動きに合わせるように邪神は一歩下がった。

「待て月影! 俺と組めばお前はこの世界の……いや、あちらの世界の神にもなれる! 考え直せ!」
「わかってねぇな邪神。俺は神様になんて興味ないんだよ。それよりも俺は一夏の甘いランデブーをやり直したいだけなんだ」

 神代は……邪神は悲壮に顔を歪める。
 俺はそんな間抜けの顔にアイアンクローをかまして、穴を掘る。

「さよならだ、邪神」

 邪神の顔は一瞬で消え失せた。
 だけど、邪神はまだ滅んでいない。

 俺はゆっくりとドス黒い結晶体へと歩みを進めて、立ち止まり、右手をそこに突いた。

「随分長いこと待ったか?」

 俺が結晶体に問いかけると、一つの光が輝きを強めてホログラムのような映像をその中に映し出す。

 白髪の美少年ユーリ・アスナルトだ。

『まぁ~長かったかな。随分長い間、大切な人を待たせてしまったしな』
「ユーリ……」

 俺から視線を外して、優しい皺を刻んだ顔でフィーネアに微笑むユーリ。
 フィーネアはポロポロと溢れる涙を流しながら、そっとこちらに歩み寄り、微笑みを浮かべたまま結晶体越しに彼の頬へと手を伸ばした。

「ずっと……ずっと待っていました。フィーネアはもう一度ユーリに会いたくて」
『うん、わかってる……。でも、本当は少し前からずっと一緒にいたんだよ。いつも君を見ていたよ、フィーネア』
「はい……」
『長い間……辛い思いをいっぱいさせたね』

 フィーネアは溢れる涙を飛ばしながら首を振る。

『だけどこれからは、君の人生を生きて欲しい。俺の物語はここで一度幕を閉じるけど……君の物語はここから第2章が始まるんだ。人の人生は長いようで短い。人生を時計の針に例えるなら、18歳と若い君の針はようやく午前5時を差した辺りかな? ほら、夜明けがやってきたんだ。俯いていてはフィーネアの髪のように、瞳のように美しい朝焼けを見逃してしまう。できることなら大切な瞬間を見逃さぬように生きて欲しいんだ』
「ユーリ……」

『最後に俺のお願いを聞いてくれるかい、フィーネア?』
「なん……でしょうが」
『笑って……くれないか?』
「……」
『この魂に君の笑顔を焼き付けたいんだ。例え何千何万年時が過ぎたとしても、或は何億光年離れていたとしても、俺はもう一度君を見つけ出す。見つけ出してみせる。彼と……月影遊理と共に』

 フィーネアは笑った。
 瞳に溢れ出した大粒の涙を溢しながら、満面の笑をユーリ・アスナルトへと向けて。

 俺の心が少し痛んだような気がしたけれど……きっと気のせいだろう。
 だって彼は、ユーリ・アスナルトはいつかの俺なのだから。

 ユーリ・アスナルトは言う。

『月影遊理、今――1つになろう』
「ああ。すべてをあの日に戻す」

 俺たちは頷いた。
 そして――俺は穴の書を発動させて囚われていた7つの魂を開放する。同時に邪神はこの世から完全に消滅しただろう。

 ドス黒い結晶体が砕け散り、中から笑った七人の勇者の影が見えたような気がした。

 刹那――俺の頭の中に強烈な光が溢れていく。
 あまりの眩しさに意識が遠のく……寸前、声が聞こえた。

『月影遊理、ありがとう。それと、これは俺からのプレゼントだ。固有スキル救世主は……他の誰でもない。自分自身を救うための固有スキルなんだ。かつて、俺が自分を救うためにそれを発動し、君と一つになれたのもこの固有スキルのお陰さ。大丈夫、すべて上手くいく。だから……フィーネアを頼んだぞ』

 声が遠のいていく……意識が……消える……。



 ◆



「ユーリ殿! ユーリ殿! しっかりするでござるよユーリ殿!」
「明智……?」

 気が付くと俺はベッドの上で寝ていた。
 懐かしい消毒液の匂いが鼻先を掠める。

 俺はびっくりして飛び起きた。

「フィーネアはっ!」
「ん? 海外の知り合いでもいたでござるか? それとも寝惚けているのでござるか?」
「へっ……?」
「ひょっとして覚えてないでござるか? ユーリ殿は終業式の最中に貧血で倒れてしまったでござるよ。バイトのし過ぎでござろうな」



 夢オチ……?
 俺は……長い夢を見ていたのだろうか?
 そんなバカなことがあってたまるかっ!
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