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63話 絆

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 石になったフィーネアを抱きかかえたまま飛び起きると、俺の視界にバーバラとグルメに明智の姿が飛び込んで来た。

「気がついたようじゃな、月影遊理!」
「ええ、ええ。お目覚めになられたようで何よりでございます。ヒヒヒッ」
「ユーリ殿! 良かったでござるよ」

 俺は3人の顔を順に見た。
 グルメはめんどくさそうに襲い来る黒い影のような魔物を素手で吹き飛ばして、威厳に満ちた表情で俺を見下ろしている。

 俺に往復ビンタをかましていたバーバラはゆっくりと立ち上がり、襲い来る影をババアとは思えぬ身のこなしで蹴り飛ばした。

 明智も俺が気がついたとわかるや否や、すぐに腰の剣を抜き構えている。

 周囲を見渡すと瓜生に竹田や光明院も逃げることなく戦っていた。
 いや、彼らだけじゃない。
 おそらくグルメが連れてきたと思われる魔物たちも皆、黒い影と戦闘を行っているんだ。

「どうして!?」

 俺がグルメを見やり声を上げると、呆れたように嘆息して俺に顔を向けた。

「何を寝惚けたことを言っておるのじゃ。お前が儂に助けてくれと泣きついてきたのじゃろうが!」

 あっ! そうだ。
 ダンジョンを出て王都に向かう準備をしていたとき、俺はグルメを切り札にするために会いに行ってんだった。

 でもあの時は――

『気が向いたら手を貸してやるわ。まぁ気が向いたらじゃがな』

 と言っていたはずだ。
 瞠目する俺にグルメは言う。

「それに……儂の背中をよく見てみい」

 その声を聞き、俺がビキニ姿のグルメの背に目を向けると、無い。
 綺麗さっぱり消えている。
 初めてグルメに会ったときに見せてもらった封印紋がその背中から消えていた。

「これでわかったじゃろ? 邪神がどうやって封印紋を解いたかは知れぬが、儂の封印紋が消え失せたということは他の魔王たちの封印紋もおそらく同様じゃ。もしやと思いお前のところにやって来てみればこの騒ぎじゃ。まっ、大体のことはそこに居る明智から聞いておるがの」

 俺が申し訳ないと頭を下げると、

「言ったであろう月影遊理! 立ち止まる時はあれど下を見るな、上を見上げろ! 俯いていても過去は消えぬ! それに……あやつが、邪神が魂の一部を切り離していたことに気づけんかったのは儂ら魔王の失態じゃ! お前が頭を下げることではない」

 俺は頭を下げることをやめて、真っ直ぐにグルメを見据え頷いた。
 そして腕の中で石像に変えられたフィーネアに視線を落とすと、石なったフィーネアの体がひび割れてその隙間から暖かな光が漏れ始めた。

「フィーネアッ!?」

 石になったフィーネアの体はかさぶたが取れるように表面が剥がれ落ちていく。その中から白い玉のような肌が顔を覗かせた。

 フィーネアから溢れ出したそれが凄まじい光りを発すると、ウロコのような石肌が剥がれ塵と化していく。
 徐々に光りが弱まり次第に消えると、長い睫毛を鳴らすフィーネアと目があった。

「ユーリ……」
「フィーネア……」

 腕の中のフィーネアが慈愛の眼差しを俺に向ける。
 その瞳は微かに潤いを帯びていた。

 腕を伸ばしてそっと俺の頬を優しく触れるフィーネアの指先、俺はその手を握り締めた。

「フィーネアが……ずっと探していたのはユーリだったのですね」
「フィーネア?」

 フィーネアの瞳からは涙が頬を伝い落ちていく。

「お願いです……ユーリ……彼を……ユーリ・アスナルトを助けてあげて下さい」

 まるで幼子のように頬を染めて泣きじゃくるフィーネア。
 俺はフィーネアを抱きかかえたままその綺麗な髪を撫でた。

 フィーネアはずっとあいつの……もう一人の俺の魂を救い出すためだけに、2000年という長きに渡って自らも彷徨い続けてきたのだろう。

 それは俺なんかには想像もつかないほど、途方も無く長く辛い旅立ったはずだ。

 そして……その果てなく続く旅を、愛する人のささやかな願いを叶えてやれる機会が、俺に訪れたんだ。
 いつか感じた運命の赤い糸は、確かに俺のハートに巻き付いていたのかもしれない。

 俺はそっとフィーネアの頬を優しく拭い、その瞳を覗き込む。

「当然だ。俺を誰だと思ってる? 俺は月影遊理――君が挫けそうになったときは何度でも俺が支え、果てしなく長い暗闇に迷い込み、君がそこから出れなくなってしまったときには、俺が走って迎えに行く。暗闇で前が見えなくても俺がこの手をしっかりと握り締めて、暖かなお日様の下に君を連れ出してみせる。君が……フィーネアがあの日俺に言ってくれたように、俺もそうありたいんだよ」
「ユーリ……」
「一緒に会いに行こう、大好きな彼の待つ場所まで……」
「はい……っ」

 フィーネアは俺の腕から起き上がり、俺も立ち上がって頭上に浮かぶ邪神を見上げた。

 聞こえるか?
 もう一人の俺……いや、聞こえてなくても別にいいや。

 俺はさ、お前のような勇者にはなれないよ。
 愛する人を一人残して世界のために身を捧げるなんて、死んでもゴメンだね。

 もしも仮に明日世界が滅びますと言われて、晴れ渡る空に神様が降りてきて、あなたが死ねば世界は救われますと言われたとしても……俺はそいつに中指立ててこう言うね。

『知るかクソ野郎! 俺が居ない世界なんて……愛する人が一人ぼっちで悲しむ世界なんて知るかクソ野郎ってな』

 そうさ、俺は勇者なんかにはなれないけどよ、愛する人のたった一人のヒーローになってやるぜ。

 ……お笑いだろ?
 フィーネアが惚れてるのは俺じゃなくてお前なんだぜ?
 まるで道化だピエロだよ。

 だけどな……生きていれば、目の前に居続ければ俺がお前のことなんていつか綺麗さっぱりフィーネアの記憶から消し去ってやるよ。

 世界のために死んだお前に文句を言う資格はないぜ。
 お前はフィーネアではなく……勇者としての自分を、世界を選んだんだからな。

「いっちょかますかぁっ!」

 俺の気合が響き渡ると、グルメは呆れたように息を吐き出した。

「元気になったことは良いことじゃが、何か策でもあるんじゃろうな?」
「もちろんだ。グルメはこのまま雑魚処理を頼むわ! 俺はあの化物をぶっ倒してくるよ」
「邪神を倒す? イカレておるの、お主は……まぁどの道世界はもう終わりかもしれん。好きなようにすればよかろう」

 ヤケ糞気味のグルメのことはさておき、俺はフィーネアを見た。
 フィーネアの服装はこれまでとは少し違う。
 リヤンポイントが100%に達したことで、記憶と共にフィーネアの武具が具現化されたらしい。

 確か……如何なる状態魔法も無効化してしまう戦闘メイド服だったかな?
 ある意味この場では最強かもしれないな。

「フィーネア、一気に邪神の体内まで侵入するぞ!」
「はい、ユーリ」
「ユーリ殿、それがしを忘れてもらっては困るでござるよ。何をするのかは知らんでござるが、最後までお供するでござるよ」
「……明智……もちろんだ! 嫌だと泣き叫んでも連れて行ってやるつもりだったよ」
「……さすがユーリ殿、クソ野郎でござるな」

 俺たち3人は笑った。
 ラスボスを……世界の破滅を前に笑う俺たちはやっぱり狂っているのかもな。

「さて、力貸してくれよ、みんな! ダンジョンマスター発動!」

 形成されるダンジョンから続々と戦闘態勢万全のファミリーが飛び出してきやがる。
 そしてすぐに真上を見上げて険しい表情を見せる。

「邪神……!?」
「間違いないでありんす」
「血沸く、血沸く」
「僕たちのご先祖様はあれに屈して……」
「感謝する……ボス! 俺たちに裏切り者の汚名を晴らす機会を与えてくれたこと……心より感謝するぞ、ボスッ!!」

 さすが最強の俺のファミリーだな。
 腰抜けの王国兵たちとは違い、皆やる気満々だ。

 邪神の体から次々に黒い卵みたいなのが放たれ降ってくると、それが二足歩行の影の化物へと姿を変えていく。

 冬鬼たちは笑みを浮かべてそれに斬りかかる。
 俺は声を張り上げて冬鬼たちに指示を出す。

「みんなよく聞け!」

 一斉に俺を見るファミリー。
 俺は腰の探知ダガーを抜き取り、邪神に剣先を突きつけた。

「俺とフィーネアに明智をあいつの元まで連れて行くんだ! お前らにしかできない、お前らにしか頼めない危険な仕事だ! やれるか!」

 皆その顔に笑を張り付けた。
 そして――

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」」」

 気合の雄叫びが街中に木霊する。

「何が何でもボスを邪神の元まで運べぇぇええええっ!」
「愉快、愉快。雑魚処理は俺に任せろ!」
「わっちもいるでありんす」
「さぁゴブリン隊、ゴブリンの底力を見せる時だよ!」

 プリンちゃんはいつかの時と同じように綺麗な歌声を響かせる。
 プリンちゃんのエンチャント魔法によってゴブリンたちの肌が赤く染まると、ゴブリンたちは順に肩に飛び乗っていく。

 一人が肩に乗るとまた一人がその肩に飛び乗り、肩車の要領でどんどん高く築き上げられる。
 天高く聳え立つゴブリン梯子。

「「「せーの!」」」

 ゴブリンたちが掛け声を掛け合うと、垂直に立っていたゴブリン梯子が邪神へとかけられた。

「さぁ、マスター行って下さいです」
「ありがとうプリンちゃん、みんな!」

 俺たちが3人がゴブリン梯子に足をかけた時――

「ムッゴオオオオオオオオオオオッ」
「メアちゃん……うん。メアちゃんも一緒に行こう!」
「旅は道連れでござるな」
「行きましょう」

 俺たちはメアちゃんにまたがり、ゴブリン梯子を駆け上がる。
 だが、敵も間抜けじゃない。
 ゴブリン梯子の上に影の魔物を大量に放っている。

「クソッ! 邪魔すんじゃねぇーよ」
「どうするでござるか!?」
「メアちゃん上に飛んで下さい」

 フィーネアがなぜかメアちゃんに垂直にジャンプするように指示を出し、メアちゃんが高く飛び跳ねると、太郎さんにまたがる瓜生が突っ込んで来た。

「俺は紛いもんでも勇者や! 足でまといになんぞなってたまるかぁぁあああっ!」
「マスターの道は我れらが切り開く!」

 太郎さんにまたがった瓜生が猪突猛進してくると、太郎さんがランスで敵を貫き、それを援護するように瓜生が刀身を振るう。

「瓜生、……太郎さん!」
「さぁ、道は出来たでござるよ!」
「突っ込んで下さいメアちゃん!」
「ムッゴオオオオオオオオオオオオッ」

 走り去る俺たちの後方から、瓜生の声が聞こえる。

「このスーパースター瓜生禅がアシストしたったんやから、きっちり決めてこいや、月影遊理っ!」

 俺は身を捻り、後方の瓜生に親指を突き立てた。

「任せろ!」

 俺は正面に体を向け直して走るメアちゃんの背中に立ち上がった。
 そのまま邪神に向かって手を伸ばしながら飛びついた。

「穴の書の威力を喰らいやがれぇぇえええええっ!」

 俺は邪神に手を突き、体制を変えて邪神を両足で力強く蹴り、後方のメアちゃんの元に戻る。
 飛んできた俺の体をしっかりと受け止めてくれるフィーネアと明智。


 俺たちの前方には邪神の体内へと続く道が空いた。


「突っ込めメアちゃん!」
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