62 / 65
62話 ユーリ
しおりを挟む
花を摘んだフィーネアがお屋敷のような建物へと入っていく。
俺もフィーネアのあとを追い屋敷のドアをすり抜ける。
屋敷の中はとても広く豪華な作りをしていた。
俺が興味深く屋敷を見渡しながらフィーネアの後について行くと、長方形のテーブルに腰掛ける白髪の美少年がティーカップを傾けている。
「今日はとても綺麗な薔薇が咲いていたんですよ、ユーリ」
「本当だ! フィーネアの髪のように美しい薔薇だな」
ユーリと呼ばれた少年が躊躇うことなくフィーネアの髪に手を伸ばすと、フィーネアは見たこともないうっとりとした表情で少年を見つめ、テーブルの上に置かれていた花瓶に薔薇を挿した。
「なっ、なんだよこのいけ好かないキザ野郎はっ! 俺のフィーネアからすぐに離れろ、このクソ野郎っ!」
目の前のやり取りを見て頭に血が上った俺は少年の元に駆け出し殴りかかったのだが、幽霊みたいな俺の拳は虚しく少年の体をすり抜けた。
「クソッ!」
殴ることすらできない俺が地団駄を踏み悔しがっていると、一瞬鼻で笑った少年と目が合ったような気がした。
「まさか……見えてる訳じゃないよな?」
気のせいか……?
と、思ったのだが、少年は独り言のようにティーカップを置きながら言った。
「魂は……時に時間の概念を飛び越えて繋がることがあるらしい。もしも繋がれたのなら幸運だな。そこに希望が生まれるのだから……」
この野郎……やっぱり見えてるのか?
「おい、テメェー見えてんだろ!」
と、少年の背中腰に怒鳴りつけてやった瞬間――まるで世界は早送りされたように俺だけを残して進み、場面が切り替わる。
「なんなんだよこれは!?」
気が付くと今度は見慣れない城の中に立っていた。
舞踏会でもやっているのか、煌びやかな衣装に身を包んだ連中がオーケストラさながらの演奏をバックにワルツを踊ってやがる。
その中で最も目を引くのがあの白髪の少年と、初めて見る黒い髪の女だ。
優雅にワルツを踊っていた連中も、それを取り囲んで見ている連中も、皆惚れ惚れしたように少年と少女のダンスに釘付けになっている。
その観衆の中にフィーネアの姿を見つけた。
フィーネアは少年と少女を見て、少し悲しげな瞳をしている。
俺はそんなフィーネアの傍らにそっと近付き、誇らしげに踊る少年を睨みつけてやった。
「テメェーふざけんじゃねぇーぞ! この浮気者が! フィーネアが悲しんでんじゃねぇーかよ!」
「痛いっ!」
「す、すまない!」
俺の怒りが届いたのか……少年はビクッと体を震わせ少女の足を踏んじまったみたいだ。
少女が堪らず声を上げると演奏は止まり、観衆たちもどうしたのだろうと首を傾げている。
少年は頭を掻きながら愛想笑いを浮かべて、少女に平謝りをしていた。
「ざまーみろバカっ!」
まただ、俺が野次を飛ばすと少年には俺が見えているのか、キリッと鋭い視線を向けてきやがった。
そして真っ直ぐにこちらに歩み寄って来る。
「なっ、なんだよ! やんのかこの野郎」
少年は確かに俺を見ていたのだが……目前まで近付くと俺から目をそらしてフィーネアへと視線を向けた。
「フィーネア、踊ってくれるかい?」
「でも、聖女リカーユさまが……それにフィーネアは一介のメイドに過ぎません。舞踏会に同行させていただけただけでも……」
「メイドが踊ってはダメという決まりはないよ。それに……」
「それに?」
「俺の魂がフィーネアと踊りたいと騒がしいんだ。踊ってはくれないかい?」
フィーネアは恥ずかしそうに、だけどとても嬉しそうに頷いた。
「はい」
少年は『これでいいんだろ?』と言うように、俺を一瞥して鼻で笑った。
いちいち勘に障る野郎だな。
すると――また場面が変わる。
「今度はどこだよ?」
そこは戦場だった。
至る所から砂塵が舞い上がり、耳をつんざく男たちの怒号が飛び交っている。
上空には……!?
目玉の化物が浮かんでいる。
邪神だ!
「勇者さまたちと魔王さまたちに続くのだ!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
鬨の声を響かせる兵士たちの視線の先に、14人の男女が目玉の化物に向かって突っ込んで行く。
そこにあの少年の姿もある。
だけど……フィーネアの姿が……。
俺はフィーネアを探した。
フィーネアは最前線から少し離れたところで邪神に味方する魔物と戦っている。
そのフィーネアの姿はいつものメイド服ではない。
いや、正確に言えばメイド服には変わりないのだが、戦闘服にも見える。
邪神はフィーネアが戦っている場所にあの石化光を放った。
「フィーネア!」
「大丈夫ですユーリ! ユーリが下さった戦闘メイド服には如何なる状態魔法も無効化にする自動スキルがあります! フィーネアに構わず戦って下さい!」
遠く離れた場所で声を張り上げて会話する2人。
白髪の少年はフィーネアに頷き、チラッと俺を見て声を上げる。
「よく聞け! 邪神を確実に倒すには伝説の穴の書が必要だ! この時代で俺たちは伝説の穴の書を探し求めたが……どこにあるのかわからなかった。だからお前は何が何でも穴の書を探せ!」
「ちょっと勇者ユーリ! あんた誰と話してるのよ!」
「こんな時に錯乱は勘弁ですよ」
白髪の少年は明らかに俺に言っている。
仲間の勇者たちに総ツッコミを受けても気にすることはなく、俺だけに言っている。
「穴の書はどんなものにも穴を空けることができる! いいか、覚えておけ! 穴の書で邪神の目玉に穴を空けてそこから体内に侵入しろ! 奴の体内にコアと呼ばれる結晶体があるはずだから……それを叩き潰せ! そして――」
少年が何かを叫んだのだが、周りのおっさん兵士の声がうるさくて最後のほうはよく聞き取れなかった。
「俺たち勇者の勤めを果たすぞ!」
「あいよ!」
「覚悟はできてるぜ」
少年たち勇者は何をする気なのか、プカプカ浮かぶ邪神の足元に円形状に散らばって、手にした武器を地面へと突き刺していく。
「我が友であり偉大なる7王たちよ! 我れらの魂を持ちて邪神を七つに分散し封印する! あとのことは任せたぜ!」
勇者たちが魔王たちに願いを託す言葉をかけると、魔王たちは悔しそうに唇を噛み締めた。
「例え数百数千の時が流れようと、世界を救った偉大なる友、7人の勇者のことを我々は決して忘れん!」
7人の勇者がその声を聞くと、それぞれが微笑みを浮かべた。
そして――地面に深く突き刺さった武器が神々しい光を放ち、邪神の周囲に黄金の魔法陣を描き出していく。
そこでまた、場面が変わってしまった。
「今のめちゃくちゃ重要な場面じゃなかったのかよっ!」
手に汗握る俺が思わず声を荒げたのだが、すぐに悲しげに伏せ込むフィーネアに気が付いた。
フィーネアは屋敷の寝室でベッドに顔を沈めている。
すすり泣く声が俺の胸にチクチクと突き刺さって痛みを伴う。
「おやおや、そこで不幸を嘆き悲しみ私奴を誘い出したのはあなたですか?」
「「……!?」」
泣きじゃくるフィーネアの後方から、影のように姿を現せたのはヴァッサーゴだ。
こいつ……どこから現れやがったんだ!
「何者ですか!?」
慌てて立ち上がったフィーネアにヴァッサーゴは愉快そうに肩を弾ませた。
「私奴はヴァッサーゴと申します。お可哀想に、愛しのご主人を失い途方に暮れているのですね。とても愉快です」
「愉快? フィーネアを怒らせたいんですか!?」
「いえいえ、滅相もございません。私奴はあなたさまのお力になれるのではと思い、馳せ参じた次第でございます」
「フィーネアの力……? ですか?」
フィーネアはヴァッサーゴの、悪魔の言葉に耳を傾けている。
「ダメだフィーネア! そいつの言葉を聞いちゃダメだ! どんなに辛くても悪魔に……貧乏神に魂を預けちゃいけないんだ!」
部屋に響く俺の声は誰にも聞こえることなく木霊する。
「あなたの愛しのご主人は今も邪神の中で囚われ、永遠に等しい時を魂だけで彷徨っているのです。しかし、助け出すことは可能です」
「どうすればいいのですか?」
「真の勇者が何れ現れます。その者と共に邪神を封印するのではなく、打ち倒すことが出来れば、自ら囚われの魂となったあなたの愛しのご主人も開放されるでしょう」
「でも……いつ現れるかわからない勇者を待ち続けられるほど……フィーネアは長生きではありません」
「ご安心を、その為にドールになれば良いのです」
「ドール?」
ダメだ……俺の言葉はフィーネアには届かない。
ヴァッサーゴに玩具のようにされるフィーネアを助けることができない。
俺は無力だ。
『そんなことはねぇーよ』
「えっ!?」
突然、俺の視界が闇に覆われる。
闇の中で目を凝らすと、そいつはニカニカッと笑いながら立っていた。
白髪の少年、俺と同じくフィーネアに『ユーリ』と呼ばれていた者だ。
「よっ! 随分久しぶりだな」
「はぁ? 久しぶり?」
「ああ、三回くらい会ったよな? 一回目は屋敷だったか? 二回目は聖女と踊っている時だったか? そんで最後に会ったのは……俺の最後の時だったな」
楽しそうに笑いながら話しかけてくる少年。
「お前は一体何なんだよ!?」
「俺か? 俺はユーリ・アスナルト。今は月影遊理っていう」
「は?」
「邪神から聞いたろ?」
「なにを!?」
「邪神のクソ野郎が魂の一部を切り離し、永久の牢獄から抜け出したって」
神代の言っていたことか?
「それが何だよ?」
「あの時な、俺も一緒に魂の一部を抜け出させてもらった。そんでお前、月影遊理の魂にそっと入らせてもらった」
「…………」
「まぁ~驚くよな? まっ、だから神代……邪神と同じ世界、同じ時代に俺も居合わすことができた。ちなみに聖女リカーユが一緒の時代に居たのはただの偶然だ。ははは」
楽しげに無邪気に笑う元勇者ユーリの野郎がふざけたことを吐かしてやがる。
「じゃ……俺がこんなに大変な思いをしたのも……一夏のランデブーができなかったのも、全部お前のせいじゃねぇーかよ! お前が俺の体に身を隠さなかったら俺はこんなクソみたいな世界に来なくてよかったんじゃねぇーか!」
「まぁそうなるな」
悪びれることなく言い放ちやがった。
信じられない! 最低のクズ野郎だ!
「だけど……そのお陰でフィーネアに会えたろ?」
「……ああ」
「一途で、純粋で、可愛いだろ?」
「……ああ」
「なら、最後の戦いをしようぜ、俺!」
「なんか……おかしくないか?」
「気にするな。どの道一夏のランデブーをしに還るには……邪神を倒さなくちゃならねぇーからな」
「どう言うことだよ?」
俺は俺となった勇者ユーリに色々と話しを聞いた。
邪神の倒し方に元の世界への還り方、それにフィーネアの……ドールの開放の仕方。
「なるほどな」
「やる気出てきただろ? なんたって糞みたいな世界とおさらばできて、一夏のランデブーがやれるんだぜ?」
「ああ、ここまで来たらやってやるよ。月影遊理、惚れた女のために男になるぜ! そして何より自分自身のためにな!」
「頼んだぜ、もう一人の俺!」
「ああ!」
真っ暗な意識が遠ざかり、徐々に光が見えてくる。同時に声も聞こえてきた。
◆
『ユーリ殿、ユーリ殿! しっかりするでござる!』
『なんじゃまだ気がつかんのか? さっさと叩き起こすのじゃ、バーバラ』
『かしこまりました、姫殿下』
ぼんやりとする意識の中、俺の頬に往復ビンタを叩き込むババアの顔が見える。
「いってぇぇええええなぁ! なにしやがんだっ!?」
俺もフィーネアのあとを追い屋敷のドアをすり抜ける。
屋敷の中はとても広く豪華な作りをしていた。
俺が興味深く屋敷を見渡しながらフィーネアの後について行くと、長方形のテーブルに腰掛ける白髪の美少年がティーカップを傾けている。
「今日はとても綺麗な薔薇が咲いていたんですよ、ユーリ」
「本当だ! フィーネアの髪のように美しい薔薇だな」
ユーリと呼ばれた少年が躊躇うことなくフィーネアの髪に手を伸ばすと、フィーネアは見たこともないうっとりとした表情で少年を見つめ、テーブルの上に置かれていた花瓶に薔薇を挿した。
「なっ、なんだよこのいけ好かないキザ野郎はっ! 俺のフィーネアからすぐに離れろ、このクソ野郎っ!」
目の前のやり取りを見て頭に血が上った俺は少年の元に駆け出し殴りかかったのだが、幽霊みたいな俺の拳は虚しく少年の体をすり抜けた。
「クソッ!」
殴ることすらできない俺が地団駄を踏み悔しがっていると、一瞬鼻で笑った少年と目が合ったような気がした。
「まさか……見えてる訳じゃないよな?」
気のせいか……?
と、思ったのだが、少年は独り言のようにティーカップを置きながら言った。
「魂は……時に時間の概念を飛び越えて繋がることがあるらしい。もしも繋がれたのなら幸運だな。そこに希望が生まれるのだから……」
この野郎……やっぱり見えてるのか?
「おい、テメェー見えてんだろ!」
と、少年の背中腰に怒鳴りつけてやった瞬間――まるで世界は早送りされたように俺だけを残して進み、場面が切り替わる。
「なんなんだよこれは!?」
気が付くと今度は見慣れない城の中に立っていた。
舞踏会でもやっているのか、煌びやかな衣装に身を包んだ連中がオーケストラさながらの演奏をバックにワルツを踊ってやがる。
その中で最も目を引くのがあの白髪の少年と、初めて見る黒い髪の女だ。
優雅にワルツを踊っていた連中も、それを取り囲んで見ている連中も、皆惚れ惚れしたように少年と少女のダンスに釘付けになっている。
その観衆の中にフィーネアの姿を見つけた。
フィーネアは少年と少女を見て、少し悲しげな瞳をしている。
俺はそんなフィーネアの傍らにそっと近付き、誇らしげに踊る少年を睨みつけてやった。
「テメェーふざけんじゃねぇーぞ! この浮気者が! フィーネアが悲しんでんじゃねぇーかよ!」
「痛いっ!」
「す、すまない!」
俺の怒りが届いたのか……少年はビクッと体を震わせ少女の足を踏んじまったみたいだ。
少女が堪らず声を上げると演奏は止まり、観衆たちもどうしたのだろうと首を傾げている。
少年は頭を掻きながら愛想笑いを浮かべて、少女に平謝りをしていた。
「ざまーみろバカっ!」
まただ、俺が野次を飛ばすと少年には俺が見えているのか、キリッと鋭い視線を向けてきやがった。
そして真っ直ぐにこちらに歩み寄って来る。
「なっ、なんだよ! やんのかこの野郎」
少年は確かに俺を見ていたのだが……目前まで近付くと俺から目をそらしてフィーネアへと視線を向けた。
「フィーネア、踊ってくれるかい?」
「でも、聖女リカーユさまが……それにフィーネアは一介のメイドに過ぎません。舞踏会に同行させていただけただけでも……」
「メイドが踊ってはダメという決まりはないよ。それに……」
「それに?」
「俺の魂がフィーネアと踊りたいと騒がしいんだ。踊ってはくれないかい?」
フィーネアは恥ずかしそうに、だけどとても嬉しそうに頷いた。
「はい」
少年は『これでいいんだろ?』と言うように、俺を一瞥して鼻で笑った。
いちいち勘に障る野郎だな。
すると――また場面が変わる。
「今度はどこだよ?」
そこは戦場だった。
至る所から砂塵が舞い上がり、耳をつんざく男たちの怒号が飛び交っている。
上空には……!?
目玉の化物が浮かんでいる。
邪神だ!
「勇者さまたちと魔王さまたちに続くのだ!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
鬨の声を響かせる兵士たちの視線の先に、14人の男女が目玉の化物に向かって突っ込んで行く。
そこにあの少年の姿もある。
だけど……フィーネアの姿が……。
俺はフィーネアを探した。
フィーネアは最前線から少し離れたところで邪神に味方する魔物と戦っている。
そのフィーネアの姿はいつものメイド服ではない。
いや、正確に言えばメイド服には変わりないのだが、戦闘服にも見える。
邪神はフィーネアが戦っている場所にあの石化光を放った。
「フィーネア!」
「大丈夫ですユーリ! ユーリが下さった戦闘メイド服には如何なる状態魔法も無効化にする自動スキルがあります! フィーネアに構わず戦って下さい!」
遠く離れた場所で声を張り上げて会話する2人。
白髪の少年はフィーネアに頷き、チラッと俺を見て声を上げる。
「よく聞け! 邪神を確実に倒すには伝説の穴の書が必要だ! この時代で俺たちは伝説の穴の書を探し求めたが……どこにあるのかわからなかった。だからお前は何が何でも穴の書を探せ!」
「ちょっと勇者ユーリ! あんた誰と話してるのよ!」
「こんな時に錯乱は勘弁ですよ」
白髪の少年は明らかに俺に言っている。
仲間の勇者たちに総ツッコミを受けても気にすることはなく、俺だけに言っている。
「穴の書はどんなものにも穴を空けることができる! いいか、覚えておけ! 穴の書で邪神の目玉に穴を空けてそこから体内に侵入しろ! 奴の体内にコアと呼ばれる結晶体があるはずだから……それを叩き潰せ! そして――」
少年が何かを叫んだのだが、周りのおっさん兵士の声がうるさくて最後のほうはよく聞き取れなかった。
「俺たち勇者の勤めを果たすぞ!」
「あいよ!」
「覚悟はできてるぜ」
少年たち勇者は何をする気なのか、プカプカ浮かぶ邪神の足元に円形状に散らばって、手にした武器を地面へと突き刺していく。
「我が友であり偉大なる7王たちよ! 我れらの魂を持ちて邪神を七つに分散し封印する! あとのことは任せたぜ!」
勇者たちが魔王たちに願いを託す言葉をかけると、魔王たちは悔しそうに唇を噛み締めた。
「例え数百数千の時が流れようと、世界を救った偉大なる友、7人の勇者のことを我々は決して忘れん!」
7人の勇者がその声を聞くと、それぞれが微笑みを浮かべた。
そして――地面に深く突き刺さった武器が神々しい光を放ち、邪神の周囲に黄金の魔法陣を描き出していく。
そこでまた、場面が変わってしまった。
「今のめちゃくちゃ重要な場面じゃなかったのかよっ!」
手に汗握る俺が思わず声を荒げたのだが、すぐに悲しげに伏せ込むフィーネアに気が付いた。
フィーネアは屋敷の寝室でベッドに顔を沈めている。
すすり泣く声が俺の胸にチクチクと突き刺さって痛みを伴う。
「おやおや、そこで不幸を嘆き悲しみ私奴を誘い出したのはあなたですか?」
「「……!?」」
泣きじゃくるフィーネアの後方から、影のように姿を現せたのはヴァッサーゴだ。
こいつ……どこから現れやがったんだ!
「何者ですか!?」
慌てて立ち上がったフィーネアにヴァッサーゴは愉快そうに肩を弾ませた。
「私奴はヴァッサーゴと申します。お可哀想に、愛しのご主人を失い途方に暮れているのですね。とても愉快です」
「愉快? フィーネアを怒らせたいんですか!?」
「いえいえ、滅相もございません。私奴はあなたさまのお力になれるのではと思い、馳せ参じた次第でございます」
「フィーネアの力……? ですか?」
フィーネアはヴァッサーゴの、悪魔の言葉に耳を傾けている。
「ダメだフィーネア! そいつの言葉を聞いちゃダメだ! どんなに辛くても悪魔に……貧乏神に魂を預けちゃいけないんだ!」
部屋に響く俺の声は誰にも聞こえることなく木霊する。
「あなたの愛しのご主人は今も邪神の中で囚われ、永遠に等しい時を魂だけで彷徨っているのです。しかし、助け出すことは可能です」
「どうすればいいのですか?」
「真の勇者が何れ現れます。その者と共に邪神を封印するのではなく、打ち倒すことが出来れば、自ら囚われの魂となったあなたの愛しのご主人も開放されるでしょう」
「でも……いつ現れるかわからない勇者を待ち続けられるほど……フィーネアは長生きではありません」
「ご安心を、その為にドールになれば良いのです」
「ドール?」
ダメだ……俺の言葉はフィーネアには届かない。
ヴァッサーゴに玩具のようにされるフィーネアを助けることができない。
俺は無力だ。
『そんなことはねぇーよ』
「えっ!?」
突然、俺の視界が闇に覆われる。
闇の中で目を凝らすと、そいつはニカニカッと笑いながら立っていた。
白髪の少年、俺と同じくフィーネアに『ユーリ』と呼ばれていた者だ。
「よっ! 随分久しぶりだな」
「はぁ? 久しぶり?」
「ああ、三回くらい会ったよな? 一回目は屋敷だったか? 二回目は聖女と踊っている時だったか? そんで最後に会ったのは……俺の最後の時だったな」
楽しそうに笑いながら話しかけてくる少年。
「お前は一体何なんだよ!?」
「俺か? 俺はユーリ・アスナルト。今は月影遊理っていう」
「は?」
「邪神から聞いたろ?」
「なにを!?」
「邪神のクソ野郎が魂の一部を切り離し、永久の牢獄から抜け出したって」
神代の言っていたことか?
「それが何だよ?」
「あの時な、俺も一緒に魂の一部を抜け出させてもらった。そんでお前、月影遊理の魂にそっと入らせてもらった」
「…………」
「まぁ~驚くよな? まっ、だから神代……邪神と同じ世界、同じ時代に俺も居合わすことができた。ちなみに聖女リカーユが一緒の時代に居たのはただの偶然だ。ははは」
楽しげに無邪気に笑う元勇者ユーリの野郎がふざけたことを吐かしてやがる。
「じゃ……俺がこんなに大変な思いをしたのも……一夏のランデブーができなかったのも、全部お前のせいじゃねぇーかよ! お前が俺の体に身を隠さなかったら俺はこんなクソみたいな世界に来なくてよかったんじゃねぇーか!」
「まぁそうなるな」
悪びれることなく言い放ちやがった。
信じられない! 最低のクズ野郎だ!
「だけど……そのお陰でフィーネアに会えたろ?」
「……ああ」
「一途で、純粋で、可愛いだろ?」
「……ああ」
「なら、最後の戦いをしようぜ、俺!」
「なんか……おかしくないか?」
「気にするな。どの道一夏のランデブーをしに還るには……邪神を倒さなくちゃならねぇーからな」
「どう言うことだよ?」
俺は俺となった勇者ユーリに色々と話しを聞いた。
邪神の倒し方に元の世界への還り方、それにフィーネアの……ドールの開放の仕方。
「なるほどな」
「やる気出てきただろ? なんたって糞みたいな世界とおさらばできて、一夏のランデブーがやれるんだぜ?」
「ああ、ここまで来たらやってやるよ。月影遊理、惚れた女のために男になるぜ! そして何より自分自身のためにな!」
「頼んだぜ、もう一人の俺!」
「ああ!」
真っ暗な意識が遠ざかり、徐々に光が見えてくる。同時に声も聞こえてきた。
◆
『ユーリ殿、ユーリ殿! しっかりするでござる!』
『なんじゃまだ気がつかんのか? さっさと叩き起こすのじゃ、バーバラ』
『かしこまりました、姫殿下』
ぼんやりとする意識の中、俺の頬に往復ビンタを叩き込むババアの顔が見える。
「いってぇぇええええなぁ! なにしやがんだっ!?」
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!


加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる