俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~

葉月

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55話 思い出の味は、カスタードプリン

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 それがしは……ユーリ殿を助けることができなかった。
 どれくらいそこにいて、どうやって穴を出て、どこに向かって歩いているのかもわからなかったでござるよ。

 ただ……降り止むことのない雨のように、それがしの小さな目からは延々とそれが流れては落ちていったでござる。

「うわ゛ぁぁああああぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 天を仰げばこの心模様とは裏腹に、晴天はどこまでも続き、ひつじ雲は穏やかに流れていたでござる。

 思い出すのはあの日のこと。
 あの日もこの空のようにそれがしの心とは違って、ひつじ雲は気持ちよさそうに昼寝をしていたでござるな。



 ◆



 それがしは……小学生時代酷いイジメを受けていたでござる。
 始まりは些細なことでござった。

 それがしは幼い頃から視力が悪く、よく眼鏡猿とからかわれており、そのことがそれがしを卑屈に変えていったでござる。

 卑屈になればなるほど周りは冷たく変わり、いつの頃からか人と話しをすることさえ怖がるようになっていったでござる。

 不登校になったそれがしは、気が付くと勝手に小学校を卒業し、中学に進級していたでござるよ。

 中学に上がっても登校は疎か、入学式にすらそれがしは行かなかったでござる。
 そんなそれがしのことを、母上はいつもとても悲しそうに微笑んでいたのを覚えているでござる。

 それがし自身、そんな母上の顔を見るのが辛くて部屋からも出なくなり……いや、出れなくなってしまったでござるよ。

 そんなすさんだ生活が1年ほど続き、それがしが中学二年に進級した頃、お節介なそいつはやって来たでござる。

 ――コンコン!

「光秀! 学校のお友達がプリントを持ってきてくれたわよ。出てきてお礼を言わなきゃ……ね、光秀」

 鍵がかけられたドアの向こう側で母上が声を震わせていたでござる。
 中学になってこの一年、誰もプリントなんて持ってこなかったのに……なんで今更来るでござるかっ。

「ほっ、ほっといて欲しいでござるよ!」

 微かに震える体でドアに向かって怒鳴りつけることが精一杯でござった。
 そんなそれがしの元に母上とそいつの会話が聞こえてくるでござる。

「せっかく来てくれたのに……ごめんなさいね」
「あっ、気にしないで下さい。どうせ暇なんで……それよりめっちゃくちゃでかい家だな。失礼ですがどんな悪さをすればこんなに立派な家が建つんですか?」

 それがしは2人の会話が気になってドアに耳を押し付けていた。
 するとそいつはとんでもなく失礼なことを悪びれる様子なく淡々とほざいていたでござる。

「ふふふ。悪いことなんてしていないのよ。あっ! そうだわ、クッキー食べるかしら?」
「話しを上手いこと誤魔化したようですが……いただきます。ちなみに俺はプリンの方が好きです。もっと言えばカスタードプリンが好きです」
「……あらそう。じゃあ今度来てくれた時にはカスタードプリンを買っておくわね」
「明日来ます!」

 なっ、なんでござるかこの失礼な厚かましいクソは……。
 しかも即答ではござらんかっ!
 どんだけカスタードプリンが食いたいんでござるかっ!!

 不機嫌なそれがしが窓に目をやると、晴れ渡った青空とひつじ雲がプカプカ浮いていたでござる。

「ったく! 二度と来るなでござるよっ!」


 しかし、それがしの思いとは違って、それからそいつはほぼ毎日家にやって来ては明日はあれが食いたいだの、あのゲームがやりたいだの好き勝手言い続け、人のいい母上はそいつの言いなりになっていたでござる。

 そんなある日、またいつもの会話が聞こえてきたでござるよ。

「あっ! それは光秀の分と思って買って置いたプリンなのよ」
「お気になさらず、どうせ息子さんはヒッキーでプリンを食べに来ないので、プリンがあることも知りませんから……俺が食べても問題ないですよ」

 ――タッタッタッタッ、ガチャーンッ!

「ふざけんじゃないでござるよっ!!」
「「あっ!?」」

 それがしは頭にきて、つい感情的になり部屋から飛び出してリビングへ趣き、そいつに文句言ってやったでござるよ。

 しかし……部屋から飛び出してきたそれがしを見て、母上とそいつは笑っていたでござる。

「おっ! やっと出てきたな。はじめまして明智、俺は月影遊理。仕方ないからお前の友達第一号になってやってもいいぞ! お前の家にくればカスタードプリン食い放題だしな」
「…………」

 月影遊理と名乗ったそいつは寝癖のようなくせっ毛で、親指をグッと突き出しにかっと微笑んできたでござる。

 そして、食卓の上には手を付けていないプリンが二つ並べられていたでござる。

「お前が出て来ねぇーから、カスタードプリンをもう何十個も食いそこねただろうがバカタレッ! ひょっとしたら100個超えてるんじゃないか?」

 こいつの言っている言葉の意味がわからなかったでござるよ。
 その場に立ち尽くして呆然と二つのプリンを見つめるそれがしに、母上は言ったでござる。

「遊理君ねぇ、光秀が出てくるまでプリン食べないって……ずっと食べずに待っていてくれたのよ。一緒にプリンを食べるんだって」
「えっ……!? だっ、だっていつも食べていたではござらんか! それに、明日はあれが食べたいだのあのゲームがしたいだの……散々好き勝手言っていたではござらんかっ!」

 母上は少しおかしそうに、だけどとても嬉しそうに笑ったでござる。

「あーあれね、ふふふ。あれは遊理君の作戦なのよ。ああ言えばいつか光秀が怒って飛び出してくるはずだって。無理に引きずり出すんじゃなくて、自分から出てくることに意味があるんだって」
「うそ……で、ござったか……」

 いつ以来でござろう……母上がこんなに楽しそうに笑っているのを見たのは……。

「明智! そんなところにいつまでも突っ立てないで、遠慮せずに座れよ!」
「……こっ、ここはそれがしの家でござるよ! それはそれがしのセリフでござろう!」
「おう! なら次からはそう言ってくれよな」
「…………」
「ん?」
「……心得たでござる」

 それからそれがしはちょっとずつ中学にも通えるようになり、中学三年の頃には学校が好きになっていたでござるよ。

 今でも時々思い出すでござるよ、あの時ユーリ殿がいなければ……それがしはきっと今もあの部屋から出られなかったのではござらんかと……。


 それなのに……それなのにそれがしは唯一の友であり、親友を助けることさえできなかったでござる。

 晴れ渡った空の下、いつまでも降り止むことのない雨がそれがしの頬を濡らしていくでござるよ。

 途方に暮れ、陽が傾きかけた頃、それがしは気が付くとダンジョンの前まで戻ってきていたでござる。

 おぼつかない足元の中、それがしがダンジョン25階層にたどり着くと、そこにはフィーネア殿にゆかり殿と魔物たちが集まっていたでござる。

「明智! 無事だったのですね!」
「ゆう君は? ゆう君は一緒じゃなかったの?」
「街で巨大な魔物にまたがる異端者が出たと騒ぎになっていました。あれはユーリのことなのですよね? ユーリは無事なのですか? 大至急お伝えしなければならないことがあります」

 フィーネア殿が食い気味に迫り、それがしは思わず足元に視線を落としてしまったでござる。

「明智、ユーリはどこなのですか? 5人のことについて報告しなければいけないのです」
「答えなさいよ、ゴキ男! 時間がないのよ!」

 それがしはフィーネア殿たちの顔を見ることができず……その場に膝を突き両手を突き、頭を地面に擦りつけたでござる。

「すまないでござる……それがしも必死に戦ったのでござるが……ユーリどのは……ユーリ殿は……」
「ユーリがどうしたのです……? 答えなさい明智っ!」

 一瞬ざわついた魔物たちが、フィーネア殿の大声に驚き静まり返ったでござる。
 それがしは震えながら口にした。

「ユーリ殿は……殺されたでござる……」

 顔を上げることはもちろん、見ることもできなかったでござるが、静まり返った25階層ダンジョンシティーに、フィーネア殿の崩れ落ちる音が虚しく響いたでござる。

「そ……そんな」
「うそよ……あんた嘘ついてんじゃないわよ、ゴキ男!」

 それがしの胸元を掴み取るゆかり殿は怒り狂ったオークのような顔を見せていたが、それがしの情けない顔を見るや否や、その手から力が抜け落ち、フィーネア殿同様崩れ落ちたのでござった。

 誰もが言葉を失くし、時が止まったような世界に複数の足音が聞こえてきたでござる。
 それがしがその音の方角に顔を向けると、そこにはオーガ三人衆とプリン殿の姿があったでござる。

「酷い顔だな」
「それに酷い傷でありんす」
「勲章、勲章。恥じることはねぇぜ」
「マスターのために戦ったんですね。僕にはわかるですよ」

 それがしは首を振ったでござる。

「それがしは……あいでにもじでぇもだえながっだでごじゃる……うだんどち゛がうごとじだがら……ユーリどのは……ぐやじいでごじゃやるよ゛」

 黙ってそれがしを見下ろすオーガ三人衆とプリン殿をよそ目に、フィーネア殿は立ち上がりそれがしの傷を癒してくれたでござる。

「炎の書。鳳凰編第二章――癒しの炎」
「フィーネア……どの」

 フィーネア殿は黙り込み、力強い眼差しだけをそれがしに向けて頷き、囁くように口を開いたでござる。

「先程は取り乱してしまいましたが、よく聞きなさい明智。ユーリは生きています」
「へっ……!? でも……でもそれがしは見たでござるよ! ユーリ殿の痛ましい惨殺された遺体をっ!」

 それがしはできるだけ細かくあの時の状況を話したでござる。
 するとフィーネア殿だけではなく、オーガ三人衆もプリン殿も大丈夫だと頷いているでござる。

「よく聞くですよ明智。僕たちダンジョンの魔物にはまだマスターの加護があるのですよ。それはつまりこのダンジョンのマスターの管理者がマスターであるという何よりの証明なんですよ」

 オーガ三人衆に目を目を向けると、その通りだと力強く頷いたでござる。

「生きている……ユーリ殿は……いぎでいるのでごじゃるな……っう」

 再びのゲリラ豪雨でござった。
 いや、恵みの雨とでも言うべきでござるか。

「明智、ユーリは必ず戻ってきます。しかしフィーネアたちには時間がありません。5人を早急に助け出さなければ手遅れになるのです。手を貸していただけますね?」

 それがしは頷いた。

「もう何があってもそれがしは逃げないでござる! それがしは生まれ変わるでござるよ! ここから、もう一度あの時のように変わってみせるでござる!」


 それからそれがしはフィーネア殿に事情を聞き、5人を救うべくダンジョンを後にしたでござる。
 次こそは絶対にこの手で守って見せるでござるよ、ユーリ殿!



 ◆



 薄暗い洞窟の中、小さなトンネルを歩くメアちゃん。
 メアちゃんは俺の髪を口で咥えてテクテク歩く。

 俺にはもう体はない。
 そう、俺は頭部だけの状態でメアちゃんに運ばれているのだ。

「メアちゃん、そこの壁に俺のおでこを優しく押し付けるんだ」
「ムキュッゥゥウウウ」

 俺は頭部だけで穴の書を使って移動する。



 そしていつか必ず千金楽のクソガキをぶち殺す! と、心に決めた。
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