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53話 駆け抜けろ
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冗談じゃないっ!
なんでよりにもよって千金楽の野郎が刺客なんだよっ!!
俺みたいな雑魚を捕まえる為に送り込んでくるような相手じゃないだろ。
紛いなりにもこいつは勇者に選ばれたSステータス保有者だろ?
そんな化物をオールFの俺を捕まえるためだけに……何考えてんだあの糞国王っ!
第一なんでこいつがここにいるんだよ。
「おおっ! かくれんぼは終わりですか~?」
「へっ!?」
千金楽の愉快そうな声で足元のメアちゃんに視線を落とすと、バッチリメアちゃんの姿が見えてやがる。
「ムキュッ?」
『な~に』と首を傾げるメアちゃんは可愛いのだが……今はそんな呑気なことを考えている場合じゃない。
千金楽に気を取られすぎて時間の確認を怠ってしまった。
つーか15分早すぎないか……もう少し長く持たねぇーのかよ。
「今の透明人間になる能力は月影先輩の固有スキルか何かですか~? オールFの癖にいいスキル持ってるじゃないですか~」
不気味なまでに静まり返った地下牢で、無邪気に肩を震わせながら幼さの残る声が狭い空間に幾重にも反響する。
その笑い声に反応するように筋肉が収縮していく。強張っている。
緊張が全身を包み込んでいくと、急激に喉の渇きも感じる。
今しがたまで肌寒く感じていたはずの体からは汗がじんわりとにじみ出てきた。
今も冷静を装ってはいるものの、体は思った以上に正直だった。
きっと千金楽を前にして、肌で感じてしまったのだろう。
こいつはヤバいと……。
千金楽は言った、生死は問わないと。
それは言い換えればお前を殺すって言ってるようなものだ。
俺は目の前の千金楽に体を向け、その姿を改めて確認する。
相変わらず王子様みたいな恰好の千金楽は龍を形どったようなド派手な槍を携えている。
薄暗い地下牢で一際異彩を放つそれが蠱惑の眼差しを向けるようにキラキラと光る度に、暗澹たる思いが包み込んでいく。
鉄格子の中で様子を窺っている明智も困惑の表情を浮かべて、俺と千金楽をチラチラと見ている。
「えーと……確か千金楽凛君だったっけ? きっと王様たちもみんな何か勘違いしているんじゃないかな。明智の奴はたまたま殺害現場でダガーを拾っちまってだな、勘違いで捕まって――」
「ねぇ~月影せんぱ~い。僕の話し聞いてました~? それともわざとやってるのかな~?」
千金楽は俺の言葉を遮って何かを考えるように小首を傾げた。
「僕は明智君を捕まえに来た訳でも処刑しに来た訳でもないよ~……月影先輩を捕まえに来たって言ってるでしょ~? 意味わかるかな~」
言い終えると、千金楽は押し殺すようにクスクスと笑い声を響かせる。
少女のような可憐な見た目とは違い、悪意混じりの笑い声が俺を煽って来る。
その度に俺の心臓は早鐘のように警報を鳴らす。
「きっ、きっと王様も何か勘違いしてるんじゃないかな? 俺を捕まえたっていいことなんて何もないだろ? だって俺は前代未聞のオールFの雑魚だぜぇ? 全く持って勘違いなんじゃないのか? いや、でも勘違いは誰だってするんだから気にすることはないって王様に伝えててくれないか。とりあえず俺は明智と真犯人を見つけ出して憲兵に突き出してやるつもりなんだ。さぁ明智、その剣で鉄格子をちゃちゃっと斬って真犯人を探しに行くぞ」
俺は明智に向かって目配せしながらそう言うと、明智はハッとしてすぐに首を縦に大きく何度も振った。
「そ、そうでござるなユーリ殿。いや、ホームズ殿と言うべきでござろうか? と、いうことはそれがしがワトソン君ということになるでござるな」
「「わはははは……」」
俺たちはなんとかこの場に漂う重たい雰囲気を霧散させるように苦し紛れの大笑いを響かせた。
すると千金楽も楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている。
俺は千金楽を一瞥してその表情を確認すると、気が抜けたようにホッと肩の力が抜け落ちた。
なんだなんだ、千金楽の野郎は案外話せばわかる奴じゃないか、と、思ったのも束の間――千金楽は鉄格子にもたれるように体重をかけて俺を見やり、相好を崩したまま言った。
「月影先輩はシャーロック・ホームズじゃなくてジェームズ・モリアーティ教授ですよ~。悪人を捕まえるのは僕のような勇者であって、月影先輩じゃありませんよ~。つまり~、僕がシャーロック・ホームズであり、月影先輩はジェームズ・モリアーティ教授であり、明智君は……囚人その1ですね~」
コロコロと笑い混じりにそう言った千金楽の眼は……笑ってなどいなかった。
まるで蛇を射殺すような鋭い視線が俺に突き刺さる。
それでも……俺はこの場を切り抜けるために愛想笑いを浮かべながら明智を急かした。
「ははは、俺がジェームズ・モリアーティ教授か! 実はシャーロック・ホームズよりモリアーティの方が好きだったりするんだよな。ほら明智、とっとと鉄格子を斬っちゃえよ」
「そそそ、そうでござるな。それがしも囚人その1から村人その1に戻るでござるよ~」
「「わはははは……」」
明智は引きずった笑みを浮かべながらササッと鉄格子を斬り裂いた。
「おおっ! 相変わらず切れ味抜群だな」
「いやいや、勇者千金楽殿……おっと失礼、言い間違えたでござるよ。天下のシャーロック・ホームズ殿に比べたらそれがしまだまだでござるよ」
「ばかやろ~、天下の千金楽凛と比べたら誰だってまだまだなんだよ」
「それは失礼したでござるよ!」
「「わはははは……」」
牢屋から出た明智と共に千金楽に背を向けて、出口に向かって歩き出し鉄扉に手をかけた時――
「ねぇ~そんなので逃げられると本気で思ってるの~? 言っとくけど~、絶対に逃がさないよ~」
俺と明智は恐る恐る振り返り千金楽を見た。
千金楽はゆっくりと通路の真ん中まで移動して、頭上で器用に槍をクルクルッと回しシュッと構えた。
槍先はしっかりと俺に向けられている。
ヤバい!
脳がそう判断した時には俺たちは扉を開けて猛ダッシュしていた。
俺たちが鉄扉をくぐり走り出した1秒後、勢いよく閉めたはずの分厚い鉄扉が俺たちの間を通り過ぎていく。
――ドォォオオオオオオオオオオオオンッ!!
勢いよく吹き飛んできた鉄の塊が遥前方の壁に轟音を轟かせながら食い込んだ。
「「イギャヤァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」」
俺たちはその光景と破壊力に絶叫した。
もう後ろを振り返り確認する余裕なんてなかった。
明智は助けてやった俺を置き去りにするようにどんどん遠ざかって行く。
俺は千金楽から逃げるように、明智を追うように必死で階段を駆け上がる。
「おいバカッ! 俺を置いてくなよ! この恩知らずがぁぁあああああっ!」
怒号混じりの声が建物中に響き渡ると、明智の絶叫混じりの声が返ってくる。
「狙われているのはユーリ殿でござろうっ! とにかく二手に分かれて後で合流するでござるよぉぉおおおお!」
その声が聞こえた直後――
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
再び明智のやかましい声が聞こえてきたと思ったら、全力でこちらに向かって引き返してくる。
「ユーリどのぉぉおおおおおおおおおおっ! こっちは無理でござるぅぅうううううううううっ!!」
「へっ!?」
みっともない顔で喚き散らす明智がこちらに向かって来ると、とんでもない数の憲兵団を後方に引き連れている。
「来るなぁぁああああああああああっ!!」
俺は明智にあっちに行けと手を払うが、明智はお構いなしに突っ込んで来やがる。
「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 見捨てないで欲しいでござるぅぅうううううううっ!!!」
明智は両手を伸ばして助けを求めているが、助けられる訳がない。
しかし、ここに入ったときには確かに憲兵の姿はなかったのに、なんでこんなにタイミングよく出てくるんだよ。
「……あっ!?」
俺は一つの考えに思い至った。
まさか初めから俺を誘い込むためにどこかに隠れていたのか……!?
俺の脳裏には千金楽の楽しげな顔がちらついた。
くっそぉぉおおおおおおおおおおっ!
あのクソガキの指示かっ!!
俺は初めからあのクソガキにハメられていたってことかよ!?
ふざけんじゃねぇーぞ!
俺は逃げ場を探すために周囲を素早く見渡した。
下からは陽気に口笛を吹きながら両肩に槍を乗せた千金楽がゆっくりと上って来やがる。
俺を捕まえるのに慌てる必要も走る必要もないですってか!
舐めやがってこんちくしょー!
左手の廊下からは泣き叫ぶ明智とそれを追う憲兵団。
右手の廊下からもゴリラみたいな大男たちが迫ってきてやがる。
仕方ない。
とりあえず上へ逃げるしかない。
俺はしっかりついてきている足元のメアちゃんに上に逃げることを伝える。
「メアちゃん、上だ! 上に逃げるぞ!」
「ムキュッゥゥウウウ!」
俺は階段を駆け上がった。
それはもう死に物狂いだった。
だけどあっと言う間に明智が俺を追い越していく。
「おっ、お先に失礼するでござるよ」
「お前ふざけんなよぉ!」
まるでたんぽぽの綿毛のように身軽に階段を駆け抜けていく明智。
俺の真後ろからは無数のゴツイ腕が迫り来る。
終わりだ、捕まったら終わりだ!
元の世界に還るどころか処刑される。良くても一生牢獄暮らしだ。
嫌だ! 絶対に嫌だ!!
その時――俺の足元から黒い影のような煙が立ち上った。
「メアちゃん!?」
「グォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
メアちゃんは俺がピンチだと判断したのか、幻魔獣ナイトメアの真の姿へと変貌を遂げた。
「ななっ、なんだこの化物!?」
「どっ、どっから現れやがった!?」
「魔物を堂々とこの街オーランドに連れ込むとは、魔物の手先かっ!」
「あいつは異端者だ! あのガキを教会に突き出すんだ!」
突然巨大化したメアちゃんに驚いた憲兵たちが驚きの声を上げると同時に、その足が数秒止まった。
だが次の瞬間、先ほど以上にやる気に満ち溢れた声が後方から響いてくる。
この街に住んでいる連中は度が過ぎる信者ばっかりなのかよっ!
追ってくる憲兵たちをよそ目にメアちゃんが口で俺を捕まえて、クルッと背に投げた。
ふわふわもふもふの毛並みが全身をやさしく包むと、風のように階段を一気に駆け上がる。
その速さに憲兵はついてこれない。
「おおおっ、メアちゃんっ! よーし、このまま突っ走れぇぇえええええ!」
俺は拳を突き上げてメアちゃんにエールを送る。
そして今度はあっと言う間に明智を追い越してやった。
「おっ先~」
「えっ!? ずるっ!? ずっこいでござるよユーリ殿っ! それがしも、それがしも乗せて欲しいでござるよ」
明智は駆け抜けるメアちゃんの尻尾に飛びつき、しがみついた。
「死んでも離さんでござるよぉぉおおおっ!」
「振り落とされるんじゃねぇーぞ、明智!」
「それがしも普通に乗せて欲しいでござるよぉぉおおおおおっ」
メアちゃんは俺を乗せて階段を駆け上がると屋上に続く壁をぶち破り、粉塵を上げながら陽の下へと飛び出した。
「やっほー! このまま一旦街を出るぞメアちゃん」
「メアちゃん殿、お願いだからそれがしも乗せて下されぇぇえええ!」
メアちゃんは明智の言葉など一切聞かず、勢いよく屋上から飛び出した。
「ひゃっほー」
「イギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
まるで空を飛んでいるように心地いい風が俺を吹き抜けていく。
明智は落ちたら最悪死んでしまうかもしれない恐怖の中、何度目かの絶叫を上げた。
メアちゃんは水面を優雅に移動するアメンボのように音も無く地面に着地すると、勢いを殺すことなく街の中を駆け抜ける。
「キャァァアアアアアアアアアアアア!?」
「ま、魔物だぁぁああああ!?」
「逃げろぉぉおおおおおおおおおおおお!?」
街の至る所から悲鳴が飛び交うが、この際気にしていたって仕方ない。
「このまま街の外を目指すんだメアちゃん」
「グォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ごった返しパニックに陥る人々の隙間を縫うように移動して、ときに壁を駆け抜けるメアちゃん。
街の関所もなんのその、簡単に飛び越えて外に出る。
ここまでに有した時間はざっと3分てところかな?
俺は街から随分と離れたところでメアちゃんに「もういいよ」と声をかけ、そっと背中から下りて大きなもふもふに顔を埋めながら抱きしめた。
「ありがとう、メアちゃん。メアちゃんが居てくれなかったら危ないところだったよ」
「ムッグゥゥウウウウウ!」
勇ましく鳴くメアちゃんはとても頼もしい。
それに引き換え……明智は真っ白な顔でヘタレ込んで居る。
「しっ、死ぬかと思ったでござる」
そんな情けない明智を見てクスッと笑った俺の背後から――
「いや~まさかそんな化物を飼ってるだなんて、月影先輩は悪魔と契約でもしたんですか~?」
楽しそうな声音が荒野を吹き抜ける風の音と共に俺の耳を掠めると、俺はその場で目を見開き固まった。
もう……振り返る余裕もなかった。
なんでよりにもよって千金楽の野郎が刺客なんだよっ!!
俺みたいな雑魚を捕まえる為に送り込んでくるような相手じゃないだろ。
紛いなりにもこいつは勇者に選ばれたSステータス保有者だろ?
そんな化物をオールFの俺を捕まえるためだけに……何考えてんだあの糞国王っ!
第一なんでこいつがここにいるんだよ。
「おおっ! かくれんぼは終わりですか~?」
「へっ!?」
千金楽の愉快そうな声で足元のメアちゃんに視線を落とすと、バッチリメアちゃんの姿が見えてやがる。
「ムキュッ?」
『な~に』と首を傾げるメアちゃんは可愛いのだが……今はそんな呑気なことを考えている場合じゃない。
千金楽に気を取られすぎて時間の確認を怠ってしまった。
つーか15分早すぎないか……もう少し長く持たねぇーのかよ。
「今の透明人間になる能力は月影先輩の固有スキルか何かですか~? オールFの癖にいいスキル持ってるじゃないですか~」
不気味なまでに静まり返った地下牢で、無邪気に肩を震わせながら幼さの残る声が狭い空間に幾重にも反響する。
その笑い声に反応するように筋肉が収縮していく。強張っている。
緊張が全身を包み込んでいくと、急激に喉の渇きも感じる。
今しがたまで肌寒く感じていたはずの体からは汗がじんわりとにじみ出てきた。
今も冷静を装ってはいるものの、体は思った以上に正直だった。
きっと千金楽を前にして、肌で感じてしまったのだろう。
こいつはヤバいと……。
千金楽は言った、生死は問わないと。
それは言い換えればお前を殺すって言ってるようなものだ。
俺は目の前の千金楽に体を向け、その姿を改めて確認する。
相変わらず王子様みたいな恰好の千金楽は龍を形どったようなド派手な槍を携えている。
薄暗い地下牢で一際異彩を放つそれが蠱惑の眼差しを向けるようにキラキラと光る度に、暗澹たる思いが包み込んでいく。
鉄格子の中で様子を窺っている明智も困惑の表情を浮かべて、俺と千金楽をチラチラと見ている。
「えーと……確か千金楽凛君だったっけ? きっと王様たちもみんな何か勘違いしているんじゃないかな。明智の奴はたまたま殺害現場でダガーを拾っちまってだな、勘違いで捕まって――」
「ねぇ~月影せんぱ~い。僕の話し聞いてました~? それともわざとやってるのかな~?」
千金楽は俺の言葉を遮って何かを考えるように小首を傾げた。
「僕は明智君を捕まえに来た訳でも処刑しに来た訳でもないよ~……月影先輩を捕まえに来たって言ってるでしょ~? 意味わかるかな~」
言い終えると、千金楽は押し殺すようにクスクスと笑い声を響かせる。
少女のような可憐な見た目とは違い、悪意混じりの笑い声が俺を煽って来る。
その度に俺の心臓は早鐘のように警報を鳴らす。
「きっ、きっと王様も何か勘違いしてるんじゃないかな? 俺を捕まえたっていいことなんて何もないだろ? だって俺は前代未聞のオールFの雑魚だぜぇ? 全く持って勘違いなんじゃないのか? いや、でも勘違いは誰だってするんだから気にすることはないって王様に伝えててくれないか。とりあえず俺は明智と真犯人を見つけ出して憲兵に突き出してやるつもりなんだ。さぁ明智、その剣で鉄格子をちゃちゃっと斬って真犯人を探しに行くぞ」
俺は明智に向かって目配せしながらそう言うと、明智はハッとしてすぐに首を縦に大きく何度も振った。
「そ、そうでござるなユーリ殿。いや、ホームズ殿と言うべきでござろうか? と、いうことはそれがしがワトソン君ということになるでござるな」
「「わはははは……」」
俺たちはなんとかこの場に漂う重たい雰囲気を霧散させるように苦し紛れの大笑いを響かせた。
すると千金楽も楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている。
俺は千金楽を一瞥してその表情を確認すると、気が抜けたようにホッと肩の力が抜け落ちた。
なんだなんだ、千金楽の野郎は案外話せばわかる奴じゃないか、と、思ったのも束の間――千金楽は鉄格子にもたれるように体重をかけて俺を見やり、相好を崩したまま言った。
「月影先輩はシャーロック・ホームズじゃなくてジェームズ・モリアーティ教授ですよ~。悪人を捕まえるのは僕のような勇者であって、月影先輩じゃありませんよ~。つまり~、僕がシャーロック・ホームズであり、月影先輩はジェームズ・モリアーティ教授であり、明智君は……囚人その1ですね~」
コロコロと笑い混じりにそう言った千金楽の眼は……笑ってなどいなかった。
まるで蛇を射殺すような鋭い視線が俺に突き刺さる。
それでも……俺はこの場を切り抜けるために愛想笑いを浮かべながら明智を急かした。
「ははは、俺がジェームズ・モリアーティ教授か! 実はシャーロック・ホームズよりモリアーティの方が好きだったりするんだよな。ほら明智、とっとと鉄格子を斬っちゃえよ」
「そそそ、そうでござるな。それがしも囚人その1から村人その1に戻るでござるよ~」
「「わはははは……」」
明智は引きずった笑みを浮かべながらササッと鉄格子を斬り裂いた。
「おおっ! 相変わらず切れ味抜群だな」
「いやいや、勇者千金楽殿……おっと失礼、言い間違えたでござるよ。天下のシャーロック・ホームズ殿に比べたらそれがしまだまだでござるよ」
「ばかやろ~、天下の千金楽凛と比べたら誰だってまだまだなんだよ」
「それは失礼したでござるよ!」
「「わはははは……」」
牢屋から出た明智と共に千金楽に背を向けて、出口に向かって歩き出し鉄扉に手をかけた時――
「ねぇ~そんなので逃げられると本気で思ってるの~? 言っとくけど~、絶対に逃がさないよ~」
俺と明智は恐る恐る振り返り千金楽を見た。
千金楽はゆっくりと通路の真ん中まで移動して、頭上で器用に槍をクルクルッと回しシュッと構えた。
槍先はしっかりと俺に向けられている。
ヤバい!
脳がそう判断した時には俺たちは扉を開けて猛ダッシュしていた。
俺たちが鉄扉をくぐり走り出した1秒後、勢いよく閉めたはずの分厚い鉄扉が俺たちの間を通り過ぎていく。
――ドォォオオオオオオオオオオオオンッ!!
勢いよく吹き飛んできた鉄の塊が遥前方の壁に轟音を轟かせながら食い込んだ。
「「イギャヤァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」」
俺たちはその光景と破壊力に絶叫した。
もう後ろを振り返り確認する余裕なんてなかった。
明智は助けてやった俺を置き去りにするようにどんどん遠ざかって行く。
俺は千金楽から逃げるように、明智を追うように必死で階段を駆け上がる。
「おいバカッ! 俺を置いてくなよ! この恩知らずがぁぁあああああっ!」
怒号混じりの声が建物中に響き渡ると、明智の絶叫混じりの声が返ってくる。
「狙われているのはユーリ殿でござろうっ! とにかく二手に分かれて後で合流するでござるよぉぉおおおお!」
その声が聞こえた直後――
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
再び明智のやかましい声が聞こえてきたと思ったら、全力でこちらに向かって引き返してくる。
「ユーリどのぉぉおおおおおおおおおおっ! こっちは無理でござるぅぅうううううううううっ!!」
「へっ!?」
みっともない顔で喚き散らす明智がこちらに向かって来ると、とんでもない数の憲兵団を後方に引き連れている。
「来るなぁぁああああああああああっ!!」
俺は明智にあっちに行けと手を払うが、明智はお構いなしに突っ込んで来やがる。
「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! 見捨てないで欲しいでござるぅぅうううううううっ!!!」
明智は両手を伸ばして助けを求めているが、助けられる訳がない。
しかし、ここに入ったときには確かに憲兵の姿はなかったのに、なんでこんなにタイミングよく出てくるんだよ。
「……あっ!?」
俺は一つの考えに思い至った。
まさか初めから俺を誘い込むためにどこかに隠れていたのか……!?
俺の脳裏には千金楽の楽しげな顔がちらついた。
くっそぉぉおおおおおおおおおおっ!
あのクソガキの指示かっ!!
俺は初めからあのクソガキにハメられていたってことかよ!?
ふざけんじゃねぇーぞ!
俺は逃げ場を探すために周囲を素早く見渡した。
下からは陽気に口笛を吹きながら両肩に槍を乗せた千金楽がゆっくりと上って来やがる。
俺を捕まえるのに慌てる必要も走る必要もないですってか!
舐めやがってこんちくしょー!
左手の廊下からは泣き叫ぶ明智とそれを追う憲兵団。
右手の廊下からもゴリラみたいな大男たちが迫ってきてやがる。
仕方ない。
とりあえず上へ逃げるしかない。
俺はしっかりついてきている足元のメアちゃんに上に逃げることを伝える。
「メアちゃん、上だ! 上に逃げるぞ!」
「ムキュッゥゥウウウ!」
俺は階段を駆け上がった。
それはもう死に物狂いだった。
だけどあっと言う間に明智が俺を追い越していく。
「おっ、お先に失礼するでござるよ」
「お前ふざけんなよぉ!」
まるでたんぽぽの綿毛のように身軽に階段を駆け抜けていく明智。
俺の真後ろからは無数のゴツイ腕が迫り来る。
終わりだ、捕まったら終わりだ!
元の世界に還るどころか処刑される。良くても一生牢獄暮らしだ。
嫌だ! 絶対に嫌だ!!
その時――俺の足元から黒い影のような煙が立ち上った。
「メアちゃん!?」
「グォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
メアちゃんは俺がピンチだと判断したのか、幻魔獣ナイトメアの真の姿へと変貌を遂げた。
「ななっ、なんだこの化物!?」
「どっ、どっから現れやがった!?」
「魔物を堂々とこの街オーランドに連れ込むとは、魔物の手先かっ!」
「あいつは異端者だ! あのガキを教会に突き出すんだ!」
突然巨大化したメアちゃんに驚いた憲兵たちが驚きの声を上げると同時に、その足が数秒止まった。
だが次の瞬間、先ほど以上にやる気に満ち溢れた声が後方から響いてくる。
この街に住んでいる連中は度が過ぎる信者ばっかりなのかよっ!
追ってくる憲兵たちをよそ目にメアちゃんが口で俺を捕まえて、クルッと背に投げた。
ふわふわもふもふの毛並みが全身をやさしく包むと、風のように階段を一気に駆け上がる。
その速さに憲兵はついてこれない。
「おおおっ、メアちゃんっ! よーし、このまま突っ走れぇぇえええええ!」
俺は拳を突き上げてメアちゃんにエールを送る。
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「おっ先~」
「えっ!? ずるっ!? ずっこいでござるよユーリ殿っ! それがしも、それがしも乗せて欲しいでござるよ」
明智は駆け抜けるメアちゃんの尻尾に飛びつき、しがみついた。
「死んでも離さんでござるよぉぉおおおっ!」
「振り落とされるんじゃねぇーぞ、明智!」
「それがしも普通に乗せて欲しいでござるよぉぉおおおおおっ」
メアちゃんは俺を乗せて階段を駆け上がると屋上に続く壁をぶち破り、粉塵を上げながら陽の下へと飛び出した。
「やっほー! このまま一旦街を出るぞメアちゃん」
「メアちゃん殿、お願いだからそれがしも乗せて下されぇぇえええ!」
メアちゃんは明智の言葉など一切聞かず、勢いよく屋上から飛び出した。
「ひゃっほー」
「イギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
まるで空を飛んでいるように心地いい風が俺を吹き抜けていく。
明智は落ちたら最悪死んでしまうかもしれない恐怖の中、何度目かの絶叫を上げた。
メアちゃんは水面を優雅に移動するアメンボのように音も無く地面に着地すると、勢いを殺すことなく街の中を駆け抜ける。
「キャァァアアアアアアアアアアアア!?」
「ま、魔物だぁぁああああ!?」
「逃げろぉぉおおおおおおおおおおおお!?」
街の至る所から悲鳴が飛び交うが、この際気にしていたって仕方ない。
「このまま街の外を目指すんだメアちゃん」
「グォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ごった返しパニックに陥る人々の隙間を縫うように移動して、ときに壁を駆け抜けるメアちゃん。
街の関所もなんのその、簡単に飛び越えて外に出る。
ここまでに有した時間はざっと3分てところかな?
俺は街から随分と離れたところでメアちゃんに「もういいよ」と声をかけ、そっと背中から下りて大きなもふもふに顔を埋めながら抱きしめた。
「ありがとう、メアちゃん。メアちゃんが居てくれなかったら危ないところだったよ」
「ムッグゥゥウウウウウ!」
勇ましく鳴くメアちゃんはとても頼もしい。
それに引き換え……明智は真っ白な顔でヘタレ込んで居る。
「しっ、死ぬかと思ったでござる」
そんな情けない明智を見てクスッと笑った俺の背後から――
「いや~まさかそんな化物を飼ってるだなんて、月影先輩は悪魔と契約でもしたんですか~?」
楽しそうな声音が荒野を吹き抜ける風の音と共に俺の耳を掠めると、俺はその場で目を見開き固まった。
もう……振り返る余裕もなかった。
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交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
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【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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無限に進化を続けて最強に至る
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突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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凡人がおまけ召喚されてしまった件
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
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異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
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