52 / 65
52話 刺客
しおりを挟む
「くそったれぇぇええええ!」
思わずソファから立ち上がり手にしたコンパクトミラーを壁に叩きつけてしまった。
「ハァハァ……」
怒りで呼吸が乱れて肩で息をする俺を見て、フィーネアとゆかりが心配そうな目を向けている。
俺は2人を見やり「ははは……はは」と乾いた愛想笑いを浮かべた。
「だ、だいじょうぶよ……ゆう君なら……先輩の力を借りられなくったってきっとなんとかなるわ。うん、そうよ絶対に大丈夫なんだから」
「え、ええ! ゆかりの言う通りですよ。これまでだってユーリはどんな困難も乗り越えてきたのですから、きっと今回も大丈夫だとフィーネアはなにも心配していませんよ」
嘘だ……2人の目は完全に泳いでいる。
俺を気遣い必死に動揺を隠している様子だが、ズバズバッとお見通しなんだからな。
つーか、今の瓜生との会話を聞いていて動揺しない奴の方がどうかしてるし、2人の反応はいたってまともなんだよ。
瓜生の言う通り娼婦殺人容疑をかけられた明智を救い出すことは難しい。
物的証拠が何一つないとは言え、状況証拠……的なものは完璧なんじゃないか?
それに憲兵に捕まったのは最悪な展開だ。
瓜生の話しでは教会が俺を異端者だと意味不明なことを言っているせいで、国王が俺を捕らえるために刺客を差し向けているという。
さらに明智は脱走兵なんだよ。
憲兵が明智の身元を調べれば直ぐに脱走兵であることがバレてしまう。
そうなれば……明智を捕らえるために王国兵が押し寄せてくる可能性もゼロじゃない。
いや、最も不味い展開は俺が明智と一緒にいると思われていた時だ。
おそらく瓜生の言っていた刺客は俺の居場所を知らないはず、だが明智と一緒にいると少しでも思われていたら……間違いなく刺客もここオーランドへとやって来るだろう。
何故なら国王や大臣は俺と明智が友人関係だということを知っている。
あの時の国王の間での一件でそれは完璧に知られているんだ。
そうなった場合、教会に捕らえられてしまった5人を助ける余裕なんてなく、逃げの一手でいっぱいいっぱいになる。
非常に不味い。
出来ることなら明智と5人を救出して刺客が来る前にどこか安全な場所に避難するのが一番だろう。
だけど……最も難しいのは5人の救出だ。
そもそも捕まった5人はどこに捉えられているんだ?
仮に居場所がわかったとしてもバカ正直に真正面から突っ込んではいけない。
相手は七大国を束ねる巨大組織なんだ。まともにやり合って勝てるわけがない。策を練るにしても相手がデカすぎる。
「ユーリ、ユーリ! 落ち着いてくださいユーリ」
俺は顎先に指を当てて無意識のうちに部屋中をクルクルと何周も歩いていた。
そんな俺を心配してフィーネアが声をかけてくれたのだ。
「あ、ああ。すまん。こんな時にジタバタしてもだらしないよな。もっと俺がしっかりしなきゃいけなかったのに……」
フィーネアは違うと首を振る。
「いいえ、ユーリはとても頼りになります。あの時だってフィーネアを助けてくれたじゃないですか」
あの時……?
ああ、女郎城でフィーネアが気を失っていた時のことか。
あの時はただ必死で……後先のことなんて考えちゃいなかったからな。
「それに……ユーリはもっとフィーネアに頼ってください。1人ですべて抱え込まなくていいんですよ。1人では見上げるほど大きな壁でも、力を合わせ協力すればそれほど高くないかもしれません」
「そうよ! あたしたちに何か出来ることはない? あたしはフィーネアのように強くはないけど、それでも力になりたいのよ。女は度胸! 度胸だけはあるつもりよ!」
「フィーネア、ゆかり……」
フィーネアの言う通りだと胸を叩くゆかりは、もうあの時の泣きじゃくっていることしか出来なかったゆかりではないのかもしれない。
そうだ、俺たちはこの世界に来て少しずつだけど確実に強くなっている。
それはステータスでは決して補うことのできない心の強さ。
悩んでいたって何も変わらないし始まりもしない。
今はできることをやるしかないんだ。
「よし! 取り敢えず飯食って風呂入って寝よう!」
「ユーリ……?」
「ゆう君?」
開き直ったように声を上げる俺を見てポカーンとあんぐりする2人に言う。
「明智と5人を助け出すためには体調を万全に整えなくちゃいけないからな。救出は明日の朝行う! もちろん俺1人ではどうすることもできないから、2人にも協力してもらうつもりだ。だから今日はしっかり休んでくれ。明日から死ぬほど忙しいからな」
2人は顔を見合いクスクスと笑っている。
「はい! 明日の為に英気を養いましょう」
「そうね。それにあたしお腹ペコペコよ!」
俺たちは笑った。
笑ってフィーネアが『メイドの極意』で用意してくれた飯を食い、風呂に入り眠りについた。
――そして翌朝。
俺たちは再びオーランドへとやって来て二手に分かれた。
俺はメアちゃんと、フィーネアはゆかりと共に行動を開始する。
フィーネアたちのすることは単純。
教会に異端者として捕まった5人の所在を突き止めること。
その際、俺はフィーネアにキツく言った。
女郎街の時のように俺の許可なく絶対に勝手な行動はしないようにと。
ゆかりにも同様のことをキツく言い聞かせた。
例え目の前で友達が酷い目に遭っていても堪えるんだと、助けたければ我慢も必要になってくるのだと。
ゆかりは少し悔しそうに顔を歪めていたが、これはとても重要なことなんだ。
一方、俺も1人ではおっかないというのが本当のところなので、用心棒代わりと言ったら変かもしれないがメアちゃんを連れてきた。
俺がすることもいたってシンプル。
明智の脱獄だ。
本当は娼婦を殺害した真犯人をホームズのように名推理なんかでスバッと解決して、そいつを憲兵の前に突き出してやりたいのだが、そんなことをしている時間がない。
悠長に時間を費やしていたら国王が俺を捕らえるために放ったという刺客がやって来てしまうかもしれないんだ。
問題山積みの中、そんなのまで相手にしていられない。
街の中央には教会が所有する大聖堂がデカデカとそびえ立ち、南東には憲兵団が所有する建物が立っている。
俺はひょっとしたら国王からの通達で憲兵団に顔がバレているかもしれないと懸念して、念には念を入れてスッポリと外套を頭から被り、その中で隠すようにメアちゃんを抱きかかえてる。
「いい子だから静かにしててね」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「あっ! しー、しーだよメアちゃん」
外套の中に隠したメアちゃんに一声かけると元気よく鳴くからびっくりしてしまった。
憲兵団の本拠地前にやって来た俺は見張りの兵がどれくらいいるのかを確認する為に、通行人の振りをしながら視線だけを外套の中からそちらへ向けて確認する。
正面の入口には気怠そうに欠伸をするおっさん憲兵の姿が2人ほど確認でき、警備はそこまで厳重ではないように窺える。
俺はそのまま一旦建物を素通りして物陰に身を隠すと、直ぐに懐から幽体化を二本取り出して飲み、もう一本をメアちゃんに飲ませた。
明智救出のためと5人の救出のために必要な物は昨夜ミスフォーチュンで購入済みだ。
ま、もし万が一足りなくなったらミスフォーチュンへ出向き買い足せばいい。
俺は透明になって見えなくなってしまったメアちゃんを地面にそっと降ろして小さく声をかける。
「ちゃんと付いてくるんだよ、メアちゃん」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「ああー、メアちゃん声のボリューム落としてよ。姿は見えなくても声は聞こえるんだから」
「ムキュッゥゥ」
その姿は見えないが、メアちゃんはちょっといじけたような声で鳴いていた。
もう今すぐに抱きしめてモフモフをいい子いい子してあげたくなってしまう。
俺は透明になったメアちゃんと共に出来るだけ音を立てずに建物の前へと素早く移動する。
めんどくさそうに怠けるおっさん憲兵の間をすり抜けて敷地内へ侵入を果たすと、辺を素早く見渡した。
正面玄関の扉は閉まっている。
いくら透明になっているとは言え、さすがに開けるのは不味いな。
自動扉でもないのに勝手に開けば不審がられるかもしれない。
ということで俺は建物の外周を手際良く見て回ると、一箇所換気しているのか窓が開いている。
「あそこから侵入できそうだな。行くよメアちゃん」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「ちょっちょっ、ちょっとメアちゃん。三度目だよ! いい加減にしないとパパ怒っちゃいますよ~」
「ムキュ」
「うん。それでいい」
俺はメアちゃんと共に窓から建物の中へと侵入を果たし、先ほどと同じように部屋を見渡す。
殺伐とした部屋には人影はない。
どうやら憲兵団の数はそれほど多くないのか、或は何か用事があってみんな出払っているのだろうか?
まぁどちらにせよ好都合だな。
俺は部屋の出入り口の扉を慎重に音を立てないようにゆっくりと開けて、顔を覗かせ廊下の安全を確認する。
「右よし、左よし」
俺は忍者のようにサササッと壁に沿うように素早く移動しながら、明智が捕らえられている場所を探す。
すると、二階と地下へ続く階段を発見した。同時に二階から弾むような女性の声が聞こえてくる。
俺は階段の脇で身を潜めるように腰を落として上を見上げた。
俺の双眼が捉えたのは淡いラズベリー色とライム色の二枚のパンツ。
それを目にした途端、俺の鼻からは放物線を描くように鮮血がシュッと舞い上がり、思わず後ろにのけ反り倒れてしまいそうになる。
「キャァッ!? パンツがっ!」
「えっ!? どうしたの?」
「わかんない、なんかいきなりパンツが濡れたのよ……」
「やだー、あんたそれ尿漏れってやつじゃないの? まだ20代で若いのに……すぐにトイレに行きなさいよね」
「ええー。誰かに水をかけられたみたいだったんだけど……」
しっ、しまった。
思いっきり上を見上げていたせいで事務的なお姉さんのおパンツに俺の鼻血を引っ掛けてしまった。
危うくバレるところであった。
しかし……お姉さんの生パンチラ……ありがたやーありがたやー。
俺は廊下を去っていくお姉さんたちの背中を拝んで感謝する。
そしてズズッと鼻を啜り外套でゴシゴシ鼻を擦り血を拭う。
うん、完璧。
「よし、行くよメアちゃん」
「ムキュ」
俺はメアちゃんに行くことを伝え、2階ではなく地下へと続く階段を降りていく。
なぜ上ではなく下なのか……そんなものは決まっている。
牢屋といえばやはり地下牢だ。
俺の漫画的アニメ的知識にはそういう風に定められているのだ。
なのでこのまま壁に手を突き慎重に降りていくと、薄暗い廊下の先に鉄扉を発見した。
「間違いない。おパンツの力で頭に上っていた血がスッと抜けて、冴え渡る俺の脳みそがあそこで間違いないと言っている」
ラッキーなことに見張りはいないようだ。
警備が甘甘だな。
まっ、所詮は憲兵団。こんなものか。
俺は鉄扉に耳を当てて中の音を確認するが……分厚すぎて何も聞こえない。
ほっぺが冷たいだけだ。
――ギギギギギッ!
鉄扉をゆっくりと開けているにも関わらず、錆びているのかやたらと鳴きやがる。
ちゃんと錆止めスプレー振りなさいよね!
心臓に悪いだろうがっ!!
中に入ると気味が悪いくらいひんやりと肌寒い。それにカビ臭い、最悪だな。
俺は並ぶような鉄格子の中を確認していくと……居た!!
明智は檻の中に閉じ込められた猿のように呑気にイビキを掻いてやがる。
おまけに汚い鉄食器に出された飯は空っぽ、綺麗に平らげてやがる。
一体どんな神経してんだよこいつは……。
信じられんな。
「おい、明智!? 起きろバカッ! 何を呑気に寝てんだよ!」
「んん? 飯の時間でござるか?」
このバカは何を言ってんだ。
尻を掻きながら屁をこいて、間抜け面で寝惚けてんじゃないのか。
「おい、お前助けていらないのか?」
「その声……!? ユーリ殿でござるか! おおおっ! 助けに来てくれたでござるな、感謝感謝でござるよ。さぁ、それがしを今すぐにここから連れ出して欲しいでござる」
「ったく、待ってろ」
透明人間になっている俺のことは当然明智には見えておらず、キョロキョロと頭の悪い猿みたいに頭を振っている。
俺はすぐ後ろに立てかけられていた明智のクソの役にも立たない剣を取り、鉄格子の隙間から明智に差し出した。
「おおおおっ! イケメンソードがそれがしを求めて宙に浮き、こちらへプカプカと飛んできているでござるよ!」
「いいから早くしろよバカッ!」
「ああ……なんだユーリ殿でござったか」
能天気な明智に約立たずソードを手渡した瞬間――部屋の奥から嫌な感じがして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「随分遅かったですね~。待ちくたびれちゃいましたよ~」
声の主に顔を向けると……そこには黄金の槍を肩に乗せて欠伸をする千金楽凛の姿があった。
「姿が見えないですけど~、そこにいるんですよね~月影先輩? 僕、勇者なのに国王のパシリで先輩を捕まえて来いって言われちゃったんですよ~。勇者なのに。あっ! 生死は問わないらしいですよ~せ・ん・ぱ・い!」
黒すぎる……真っ黒なクソガキが不敵な笑みを浮かべている。
刺客って……コイツかよっ!!
思わずソファから立ち上がり手にしたコンパクトミラーを壁に叩きつけてしまった。
「ハァハァ……」
怒りで呼吸が乱れて肩で息をする俺を見て、フィーネアとゆかりが心配そうな目を向けている。
俺は2人を見やり「ははは……はは」と乾いた愛想笑いを浮かべた。
「だ、だいじょうぶよ……ゆう君なら……先輩の力を借りられなくったってきっとなんとかなるわ。うん、そうよ絶対に大丈夫なんだから」
「え、ええ! ゆかりの言う通りですよ。これまでだってユーリはどんな困難も乗り越えてきたのですから、きっと今回も大丈夫だとフィーネアはなにも心配していませんよ」
嘘だ……2人の目は完全に泳いでいる。
俺を気遣い必死に動揺を隠している様子だが、ズバズバッとお見通しなんだからな。
つーか、今の瓜生との会話を聞いていて動揺しない奴の方がどうかしてるし、2人の反応はいたってまともなんだよ。
瓜生の言う通り娼婦殺人容疑をかけられた明智を救い出すことは難しい。
物的証拠が何一つないとは言え、状況証拠……的なものは完璧なんじゃないか?
それに憲兵に捕まったのは最悪な展開だ。
瓜生の話しでは教会が俺を異端者だと意味不明なことを言っているせいで、国王が俺を捕らえるために刺客を差し向けているという。
さらに明智は脱走兵なんだよ。
憲兵が明智の身元を調べれば直ぐに脱走兵であることがバレてしまう。
そうなれば……明智を捕らえるために王国兵が押し寄せてくる可能性もゼロじゃない。
いや、最も不味い展開は俺が明智と一緒にいると思われていた時だ。
おそらく瓜生の言っていた刺客は俺の居場所を知らないはず、だが明智と一緒にいると少しでも思われていたら……間違いなく刺客もここオーランドへとやって来るだろう。
何故なら国王や大臣は俺と明智が友人関係だということを知っている。
あの時の国王の間での一件でそれは完璧に知られているんだ。
そうなった場合、教会に捕らえられてしまった5人を助ける余裕なんてなく、逃げの一手でいっぱいいっぱいになる。
非常に不味い。
出来ることなら明智と5人を救出して刺客が来る前にどこか安全な場所に避難するのが一番だろう。
だけど……最も難しいのは5人の救出だ。
そもそも捕まった5人はどこに捉えられているんだ?
仮に居場所がわかったとしてもバカ正直に真正面から突っ込んではいけない。
相手は七大国を束ねる巨大組織なんだ。まともにやり合って勝てるわけがない。策を練るにしても相手がデカすぎる。
「ユーリ、ユーリ! 落ち着いてくださいユーリ」
俺は顎先に指を当てて無意識のうちに部屋中をクルクルと何周も歩いていた。
そんな俺を心配してフィーネアが声をかけてくれたのだ。
「あ、ああ。すまん。こんな時にジタバタしてもだらしないよな。もっと俺がしっかりしなきゃいけなかったのに……」
フィーネアは違うと首を振る。
「いいえ、ユーリはとても頼りになります。あの時だってフィーネアを助けてくれたじゃないですか」
あの時……?
ああ、女郎城でフィーネアが気を失っていた時のことか。
あの時はただ必死で……後先のことなんて考えちゃいなかったからな。
「それに……ユーリはもっとフィーネアに頼ってください。1人ですべて抱え込まなくていいんですよ。1人では見上げるほど大きな壁でも、力を合わせ協力すればそれほど高くないかもしれません」
「そうよ! あたしたちに何か出来ることはない? あたしはフィーネアのように強くはないけど、それでも力になりたいのよ。女は度胸! 度胸だけはあるつもりよ!」
「フィーネア、ゆかり……」
フィーネアの言う通りだと胸を叩くゆかりは、もうあの時の泣きじゃくっていることしか出来なかったゆかりではないのかもしれない。
そうだ、俺たちはこの世界に来て少しずつだけど確実に強くなっている。
それはステータスでは決して補うことのできない心の強さ。
悩んでいたって何も変わらないし始まりもしない。
今はできることをやるしかないんだ。
「よし! 取り敢えず飯食って風呂入って寝よう!」
「ユーリ……?」
「ゆう君?」
開き直ったように声を上げる俺を見てポカーンとあんぐりする2人に言う。
「明智と5人を助け出すためには体調を万全に整えなくちゃいけないからな。救出は明日の朝行う! もちろん俺1人ではどうすることもできないから、2人にも協力してもらうつもりだ。だから今日はしっかり休んでくれ。明日から死ぬほど忙しいからな」
2人は顔を見合いクスクスと笑っている。
「はい! 明日の為に英気を養いましょう」
「そうね。それにあたしお腹ペコペコよ!」
俺たちは笑った。
笑ってフィーネアが『メイドの極意』で用意してくれた飯を食い、風呂に入り眠りについた。
――そして翌朝。
俺たちは再びオーランドへとやって来て二手に分かれた。
俺はメアちゃんと、フィーネアはゆかりと共に行動を開始する。
フィーネアたちのすることは単純。
教会に異端者として捕まった5人の所在を突き止めること。
その際、俺はフィーネアにキツく言った。
女郎街の時のように俺の許可なく絶対に勝手な行動はしないようにと。
ゆかりにも同様のことをキツく言い聞かせた。
例え目の前で友達が酷い目に遭っていても堪えるんだと、助けたければ我慢も必要になってくるのだと。
ゆかりは少し悔しそうに顔を歪めていたが、これはとても重要なことなんだ。
一方、俺も1人ではおっかないというのが本当のところなので、用心棒代わりと言ったら変かもしれないがメアちゃんを連れてきた。
俺がすることもいたってシンプル。
明智の脱獄だ。
本当は娼婦を殺害した真犯人をホームズのように名推理なんかでスバッと解決して、そいつを憲兵の前に突き出してやりたいのだが、そんなことをしている時間がない。
悠長に時間を費やしていたら国王が俺を捕らえるために放ったという刺客がやって来てしまうかもしれないんだ。
問題山積みの中、そんなのまで相手にしていられない。
街の中央には教会が所有する大聖堂がデカデカとそびえ立ち、南東には憲兵団が所有する建物が立っている。
俺はひょっとしたら国王からの通達で憲兵団に顔がバレているかもしれないと懸念して、念には念を入れてスッポリと外套を頭から被り、その中で隠すようにメアちゃんを抱きかかえてる。
「いい子だから静かにしててね」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「あっ! しー、しーだよメアちゃん」
外套の中に隠したメアちゃんに一声かけると元気よく鳴くからびっくりしてしまった。
憲兵団の本拠地前にやって来た俺は見張りの兵がどれくらいいるのかを確認する為に、通行人の振りをしながら視線だけを外套の中からそちらへ向けて確認する。
正面の入口には気怠そうに欠伸をするおっさん憲兵の姿が2人ほど確認でき、警備はそこまで厳重ではないように窺える。
俺はそのまま一旦建物を素通りして物陰に身を隠すと、直ぐに懐から幽体化を二本取り出して飲み、もう一本をメアちゃんに飲ませた。
明智救出のためと5人の救出のために必要な物は昨夜ミスフォーチュンで購入済みだ。
ま、もし万が一足りなくなったらミスフォーチュンへ出向き買い足せばいい。
俺は透明になって見えなくなってしまったメアちゃんを地面にそっと降ろして小さく声をかける。
「ちゃんと付いてくるんだよ、メアちゃん」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「ああー、メアちゃん声のボリューム落としてよ。姿は見えなくても声は聞こえるんだから」
「ムキュッゥゥ」
その姿は見えないが、メアちゃんはちょっといじけたような声で鳴いていた。
もう今すぐに抱きしめてモフモフをいい子いい子してあげたくなってしまう。
俺は透明になったメアちゃんと共に出来るだけ音を立てずに建物の前へと素早く移動する。
めんどくさそうに怠けるおっさん憲兵の間をすり抜けて敷地内へ侵入を果たすと、辺を素早く見渡した。
正面玄関の扉は閉まっている。
いくら透明になっているとは言え、さすがに開けるのは不味いな。
自動扉でもないのに勝手に開けば不審がられるかもしれない。
ということで俺は建物の外周を手際良く見て回ると、一箇所換気しているのか窓が開いている。
「あそこから侵入できそうだな。行くよメアちゃん」
「ムキュッゥゥウウウ!」
「ちょっちょっ、ちょっとメアちゃん。三度目だよ! いい加減にしないとパパ怒っちゃいますよ~」
「ムキュ」
「うん。それでいい」
俺はメアちゃんと共に窓から建物の中へと侵入を果たし、先ほどと同じように部屋を見渡す。
殺伐とした部屋には人影はない。
どうやら憲兵団の数はそれほど多くないのか、或は何か用事があってみんな出払っているのだろうか?
まぁどちらにせよ好都合だな。
俺は部屋の出入り口の扉を慎重に音を立てないようにゆっくりと開けて、顔を覗かせ廊下の安全を確認する。
「右よし、左よし」
俺は忍者のようにサササッと壁に沿うように素早く移動しながら、明智が捕らえられている場所を探す。
すると、二階と地下へ続く階段を発見した。同時に二階から弾むような女性の声が聞こえてくる。
俺は階段の脇で身を潜めるように腰を落として上を見上げた。
俺の双眼が捉えたのは淡いラズベリー色とライム色の二枚のパンツ。
それを目にした途端、俺の鼻からは放物線を描くように鮮血がシュッと舞い上がり、思わず後ろにのけ反り倒れてしまいそうになる。
「キャァッ!? パンツがっ!」
「えっ!? どうしたの?」
「わかんない、なんかいきなりパンツが濡れたのよ……」
「やだー、あんたそれ尿漏れってやつじゃないの? まだ20代で若いのに……すぐにトイレに行きなさいよね」
「ええー。誰かに水をかけられたみたいだったんだけど……」
しっ、しまった。
思いっきり上を見上げていたせいで事務的なお姉さんのおパンツに俺の鼻血を引っ掛けてしまった。
危うくバレるところであった。
しかし……お姉さんの生パンチラ……ありがたやーありがたやー。
俺は廊下を去っていくお姉さんたちの背中を拝んで感謝する。
そしてズズッと鼻を啜り外套でゴシゴシ鼻を擦り血を拭う。
うん、完璧。
「よし、行くよメアちゃん」
「ムキュ」
俺はメアちゃんに行くことを伝え、2階ではなく地下へと続く階段を降りていく。
なぜ上ではなく下なのか……そんなものは決まっている。
牢屋といえばやはり地下牢だ。
俺の漫画的アニメ的知識にはそういう風に定められているのだ。
なのでこのまま壁に手を突き慎重に降りていくと、薄暗い廊下の先に鉄扉を発見した。
「間違いない。おパンツの力で頭に上っていた血がスッと抜けて、冴え渡る俺の脳みそがあそこで間違いないと言っている」
ラッキーなことに見張りはいないようだ。
警備が甘甘だな。
まっ、所詮は憲兵団。こんなものか。
俺は鉄扉に耳を当てて中の音を確認するが……分厚すぎて何も聞こえない。
ほっぺが冷たいだけだ。
――ギギギギギッ!
鉄扉をゆっくりと開けているにも関わらず、錆びているのかやたらと鳴きやがる。
ちゃんと錆止めスプレー振りなさいよね!
心臓に悪いだろうがっ!!
中に入ると気味が悪いくらいひんやりと肌寒い。それにカビ臭い、最悪だな。
俺は並ぶような鉄格子の中を確認していくと……居た!!
明智は檻の中に閉じ込められた猿のように呑気にイビキを掻いてやがる。
おまけに汚い鉄食器に出された飯は空っぽ、綺麗に平らげてやがる。
一体どんな神経してんだよこいつは……。
信じられんな。
「おい、明智!? 起きろバカッ! 何を呑気に寝てんだよ!」
「んん? 飯の時間でござるか?」
このバカは何を言ってんだ。
尻を掻きながら屁をこいて、間抜け面で寝惚けてんじゃないのか。
「おい、お前助けていらないのか?」
「その声……!? ユーリ殿でござるか! おおおっ! 助けに来てくれたでござるな、感謝感謝でござるよ。さぁ、それがしを今すぐにここから連れ出して欲しいでござる」
「ったく、待ってろ」
透明人間になっている俺のことは当然明智には見えておらず、キョロキョロと頭の悪い猿みたいに頭を振っている。
俺はすぐ後ろに立てかけられていた明智のクソの役にも立たない剣を取り、鉄格子の隙間から明智に差し出した。
「おおおおっ! イケメンソードがそれがしを求めて宙に浮き、こちらへプカプカと飛んできているでござるよ!」
「いいから早くしろよバカッ!」
「ああ……なんだユーリ殿でござったか」
能天気な明智に約立たずソードを手渡した瞬間――部屋の奥から嫌な感じがして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「随分遅かったですね~。待ちくたびれちゃいましたよ~」
声の主に顔を向けると……そこには黄金の槍を肩に乗せて欠伸をする千金楽凛の姿があった。
「姿が見えないですけど~、そこにいるんですよね~月影先輩? 僕、勇者なのに国王のパシリで先輩を捕まえて来いって言われちゃったんですよ~。勇者なのに。あっ! 生死は問わないらしいですよ~せ・ん・ぱ・い!」
黒すぎる……真っ黒なクソガキが不敵な笑みを浮かべている。
刺客って……コイツかよっ!!
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!


加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる