47 / 65
47話 それから――(エピローグ)
しおりを挟む
後日談――ソフィアと呼ばれる街の一角を支配していた女郎蛇のマムシとその手下が一夜にして消えた。
と言うニュースは、瞬く間にソフィアのみならず王都にまで轟いたらしい。
女郎街に囚われていた女たちは忌まわしい街から姿を消し、同時に冒険者たちの多くもソフィアから姿を消したのだとか。
元々あの街に滞在していた冒険者の多くは女郎街目当てで滞在していたロクでもない冒険者の集まりだった。
しかし、その冒険者たちが街の周辺にいる魔物を駆除していたことも事実。
冒険者たちが一斉にいなくなってしまったことで、街の領主を務める貴族は相当頭を抱えているとかなんとか……正直自業自得だと思う。
街の治安を維持したり、そこに暮らす者の暮らしを豊かにしたりすることが領主の役目だろう。
それを怠り、マムシに好き勝手させていたんだ。
噂では領主は相当マムシから賄賂を受け取っていたらしい。
すべてはマムシだけのせいではなかったようだ。
また、国王も相当領主から税を収められていたらしく、女郎街の実態を知っていながら見て見ぬふりをしていたという。
腐敗しきった国や街によくある話だろう。
国王や大臣は今回の件で相当俺にお冠らしい。
それというのも当初から懸念していた穴が問題なのだ。
ソフィアの北側に無数に空けられた大穴の修復費用は膨大なんだとか。
ま、これは飽くまで通信コンパクトミラーを通して瓜生から聞いた話なので、事実かどうかを確かめる術は俺にはない。
ソフィアの男たちは女郎街がなくなったことで意気消沈し、項垂れる者が多かったらしいが、逆に女たちはそのことをとても喜んだ。
活力を失った男たちに取って代わり、ソフィアは女が様々な商売を始めて、失った街の活気を取り戻すべく日夜奮闘している。
あの街は何れ女郎街改、女帝街と呼ばれる日も近いのではなかろうか?
女は強しだな。
囚われの身となっていたゆかりたちは現在俺が保護している。
ダンジョン25階層にあるダンジョンシティーでキャバクラみたいな店を開いて楽しげに生活している。
俺はゆかりたちの忌まわしい記憶を消去スプレーを使用し、消すことを提案したのだが……そんなことはしなくていいと断られた。
◆
『例え記憶が消えたとしても……過去は消えないのよ。それに、あたしは忘れたくない。ゆう君が命懸けであたしたちを助けてくれたことを、あの時くれた言葉を……』
『言葉……?』
『助けてって言わせてみせる。俺がお前を助けてやる……凄く、凄く嬉しかったの』
ゆかりは照れくさそうに微笑んでそう言い、続けてこう言った。
『ねぇゆう君。あたしがなんであの時……別れようって言ったか知ってる?』
『いや……』
『ゆう君は嘘を付くとき左の頬がピクピクって二回痙攣したみたいに動くって言ったわよね。ゆう君はいつもあたしじゃない誰か別の人を目で追いかけてたの……それが辛くて。あたし覚悟を決めて聞いたの』
『聞いた?』
『うん。あたしのこと好きって……そしたらね、ピクピクしたの……それがすごく悲しくて……あたし逃げちゃったの』
ゆかりはとても悲しそうに微笑んでみせた。
その笑顔を見ると……その日のことを思い出すと、内側でズキズキと鈍い痛みを感じた。
『でもね……あたしもう逃げないから! いつかきっとゆう君をあたしに振り向かせてみせる……フィーネアさんには絶対に負けないんだからね』
そこにはいつもの見慣れたゆかりの無邪気な笑顔があったんだ。
それが少しこの胸の痛みを和らげる。
『ああ』
『うん』
俺たちは微笑んで見つめ合い、また笑った。
それは止まっていた時が動き出したような……そんな感じ。
過去は消えない。ゆかりはそう言った。
それはその通りだと俺も思う。
だけど、いや絶対。大切なのは歩んできた道のりではなく、これから歩むその道なのだと思う。
きっとゆかりたちの歩む道の先に、光は降り注がれて彼女たちの素敵な笑顔を絶えず照らすのだろう。
誰かが違うと言っても……俺がそうだって声を大にして言ってやるつもりだ。
そしてまたここに、マスタールームに一人、過去を消せない者が駆け込んでくる。
「ユーリ殿っ! 助けて欲しいでござるよ!!」
相変わらず転移の指輪を使用し、勝手に入って来る明智。
もういっそこいつから指輪を没収してやろうか。
悲壮な声を響かせる明智はサンドバックにでもなったのか、見事にボロボロだ。
「何しに来たんだよ」
「聞いて欲しいでござるよユーリ殿! 乙女たちがそれがしを嘘つき呼ばわりしてタコ殴りにしてくるでござるよ! 酷すぎるでござろう!! ユーリ殿から注意して欲しいでござる。それに街に行けば魔物たちがそれがしのことを糞を見るような目で見てくるでござる……耐えれんでござる!!」
ま、当然だな。
つーかこいつも自業自得だろう。
ゆかりたちから聞いた話だと明智のバカは俺のことを散々好き勝手いい、自分が俺を養っているだの、豚の王様を倒したのは自分だの、自分は4人目の勇者だの散々ホラを吹きまくった挙句、ダンジョンシティーに出来たばかりの自室にゆかりたちを誘ったらしいのだ。
もちろん、エロいことをしようとして。
なんでも明智はゆかりを本妻とし、残りの5人を愛人にしてやるでござると豪語したらしい。
彼女たちが怒り狂うのも無理のない話だ。
それに先程から冷たい視線を明智に向けるフィーネアの姿もある。
フィーネアから聞いた話だと俺を助ける直前、明智はあの場から逃げようとしていたというじゃないか。
……信じられない野郎だ。
「明智……殺されなかっただけ良かったな」
俺は死んだ魚のような目を明智に向けた。
明智は俺の目を見るや否や両手をジタバタさせながら誤解だと取り繕っているが、誰が信じるか。
「酷いっ! ユーリ殿は親友が困っているというのに冷たすぎるではござらんか! 見損なったでござるよ!」
なにを馬鹿なこと言ってんだ。
それはこっちのセリフだ、この両刀使いが!
特殊部隊のマッチョの元に送り返してやろうか。
「ハァ~」
と、俺が嘆息すると、マスタールームに箒やフライパンで武装したゆかりたちが駆け込んで来た。
それを目の当たりにした明智はすぐさまソファに腰を下ろす俺の背後へと身を隠す。
「見つけたわよこのゴキブリ男!」
「今日という今日は退治してやるわ!」
「覚悟しなさい!」
鼻息荒くマスタールームに駆け込んで来たゆかりたちが害虫を退治しようと躍起になっている。
その姿に青ざめる明智が怯えきった声で言う。
「まっ、待って欲しいでござるよ! あれはどうやらそれがしの勘違いだったみたいでござる。勘違いは誰でもすることでござろう? とにかく一旦落ち着いて欲しいでござるよ」
「黙んなさいよこの人でなし!」
「あんたの性根を私たちで叩き直してあげるわ!」
「覚悟なさい!」
「さぁ、さっさとあたしのゆう君から離れなさいよね! 菌が移ったらどうするのよ!」
ゆかりがとても恥ずかしくなるような言葉を叫ぶと、彼女たちは一斉に『は?』というような視線をゆかりへ向けて、沈黙が流れる。
なぜかフィーネアもゆかりをガン見している。
「ずっと思ってたんだけど、ゆかりの遊理君じゃないわよね?」
「そうよ! そう言う言い方やめてくれない」
「凄く腹立たしいのよ」
「遊理君のお嫁さんになるのは私よ!」
「はぁ? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
また始まったと俺は頭を抱え項垂れる。
俺が彼女たちを助けて以来、実はずっとこの調子なんだ。
俺は人生初のモテ期到来に悩まされている。
正直好意を持ってくれるのは嬉しいのだが、こうしょっちゅう揉め事を起こされては辛い。
それになにより……じっと黙っているフィーネアが若干怖いんだ。
言い争いを始める彼女たちを尻目に、明智はしめしめと鼻の穴を膨らませて転移した。
「ははは、さらばでござる!」
「あっ!? ゴキ男がまた逃げたわ!」
「追いかけるのよ!」
ゆかりたちはどこへ転移したかもわからない明智を追い求めて、嵐のように去っていった。
「毎回毎回騒がしくてかなわんな……」
再び溜息をつく俺の元にフィーネアが茶を運んできてくれるのだが……俺を見て微笑むフィーネアの目はまったく笑っていない。
「随分とおモテになられますね、ユーリはっ!」
「ははは……はは……そうかな……」
「じー」
「そっ、それよりもフィーネア! ダンジョンのレベルがまた少し上がったみたいだぞ! レベル32だってさ! ランキングも689位から567位に大幅ランクアップだ。これもひとえにみんなのお陰だな」
乾いた笑いをマスタールームに響かせ、俺は誤魔化すことでいっぱいいっぱいだった。
フィーネアは少し呆れたように息を吐き出し俺の横にスっと腰を下ろして、ティーカップを傾けながらボソッと口にする。
「でもまっ、ユーリと一緒にお風呂に入ったことのあるフィーネアが一歩も二歩もリードですね」
「へ……!?」
突然のフィーネアのとんでも発言に俺の心臓はドキッと音を立てた。同時にあの夜のことを思い出し、ポッと顔が熱くなる。
ドギマギする俺の股の間にフィーネアがそっと手を突き、グッと体を近付けてくる。
俺は恥ずかしくなって思わず視線をフィーネアから外した。
「きょきょきょ、きょうはなんだかとても暑いな。この部屋にエアコンがあったらいいのにな。あー暑い暑い」
「…………」
なんで黙ってんだよ!
チラッとフィーネアへ視線を戻すと、白い二つのたわわが視界に入り目が釘付けになってしまう。
「ゴクリッ」
思わず喉を鳴らす俺を見やり、フィーネアが悪戯にそっと微笑み耳元に顔を近付けて囁いた。
「触ってみますか? ユーリ。ユーリならいいのですよ? フィーネアはユーリのものなのですから……」
フィーネアの大胆な誘惑に、忘れかけていた大切な夢を思い出した。
夢の……ランデブー。
そうだ! 俺はランデブーがしたい! しみけんになりたかったんだ!
その為に元の世界ではバイトに明け暮れた生活をしていた。
俺も……ついに卒業か……!?
しちゃうのか? ランデブーしちゃうのか!?
男になれ月影遊理!
ここでビビっていたらいつまで経ってもランデブーなんてできやしねぇーぞ!
チャンスなんだよ! これは人生最大のチャンスなんだよ!!
俺はゆっくりとフィーネアの胸へとこの手を伸ばす。
目の前の二つの膨らみ……あの時のお風呂での胸の感触が頬に蘇る。
触りたい! あのマショマロみたいな胸を今度はこの手で触りたいんだ!!
俺は鼻息荒く二つの巨大マシュマロへと手を伸ばし、あと少しで届く――
「ボス、失礼する」
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアッ!?」
俺は突然入って来た冬鬼の声に驚き絶叫し、すぐに正面に向かい座り直した。
フィーネアもびっくりしたのか顔を真っ赤にしてすぐに立ち上がり、手ぐしで髪を直している。
「ん? どうかしたかボス?」
「なっ、ななな、なんでもにゃい」
「にゃい?」
びっ、びっくりし過ぎて噛んじゃった。
はっ、はずかしい……。
冬鬼は首を傾げて不思議そうに俺を見ている。
フィーネアは知らんぷりをして、「そっ、掃除しなきゃですね」と一人逃げた。
俺はダンジョンマスターとしての威厳を保つため、ゴホンッと咳払いをして出来るだけ冷静を装い冬鬼の話しを聞いた。
冬鬼はどうやらプリンちゃんに刺激されて進化玉が欲しいと言ってきたので、俺はオーガ三人衆用に通販で買った進化玉を何個か渡した。
冬鬼はご機嫌でマスタールームを去っていく。
また二人きりになった部屋で、俺は後ろを振り返りフィーネアの背中を見つめる。
さっきの続き……したいのに……。
俺は指を咥えていつまでもいつまでもフィーネアの背中を恨めしそうに見つめ続けた。
一体いつになったら俺はランデブーできるのだろうか……。
せめて生きている間に卒業したい……。
◆
明かりの消えたミスフォーチュン――いつものように水晶玉を前に愉快そうにそれを眺めるヴァッサーゴ。
「随分と調子よくMFポイントを貯めていますね……順調でございますよお客様」
ヴァッサーゴは嬉しそうに肩を揺らす。
一体ヴァッサーゴ――この貧乏神は何が目的で『不幸』を月影遊理に集めさせているのか……謎は深まる一方だ。
と言うニュースは、瞬く間にソフィアのみならず王都にまで轟いたらしい。
女郎街に囚われていた女たちは忌まわしい街から姿を消し、同時に冒険者たちの多くもソフィアから姿を消したのだとか。
元々あの街に滞在していた冒険者の多くは女郎街目当てで滞在していたロクでもない冒険者の集まりだった。
しかし、その冒険者たちが街の周辺にいる魔物を駆除していたことも事実。
冒険者たちが一斉にいなくなってしまったことで、街の領主を務める貴族は相当頭を抱えているとかなんとか……正直自業自得だと思う。
街の治安を維持したり、そこに暮らす者の暮らしを豊かにしたりすることが領主の役目だろう。
それを怠り、マムシに好き勝手させていたんだ。
噂では領主は相当マムシから賄賂を受け取っていたらしい。
すべてはマムシだけのせいではなかったようだ。
また、国王も相当領主から税を収められていたらしく、女郎街の実態を知っていながら見て見ぬふりをしていたという。
腐敗しきった国や街によくある話だろう。
国王や大臣は今回の件で相当俺にお冠らしい。
それというのも当初から懸念していた穴が問題なのだ。
ソフィアの北側に無数に空けられた大穴の修復費用は膨大なんだとか。
ま、これは飽くまで通信コンパクトミラーを通して瓜生から聞いた話なので、事実かどうかを確かめる術は俺にはない。
ソフィアの男たちは女郎街がなくなったことで意気消沈し、項垂れる者が多かったらしいが、逆に女たちはそのことをとても喜んだ。
活力を失った男たちに取って代わり、ソフィアは女が様々な商売を始めて、失った街の活気を取り戻すべく日夜奮闘している。
あの街は何れ女郎街改、女帝街と呼ばれる日も近いのではなかろうか?
女は強しだな。
囚われの身となっていたゆかりたちは現在俺が保護している。
ダンジョン25階層にあるダンジョンシティーでキャバクラみたいな店を開いて楽しげに生活している。
俺はゆかりたちの忌まわしい記憶を消去スプレーを使用し、消すことを提案したのだが……そんなことはしなくていいと断られた。
◆
『例え記憶が消えたとしても……過去は消えないのよ。それに、あたしは忘れたくない。ゆう君が命懸けであたしたちを助けてくれたことを、あの時くれた言葉を……』
『言葉……?』
『助けてって言わせてみせる。俺がお前を助けてやる……凄く、凄く嬉しかったの』
ゆかりは照れくさそうに微笑んでそう言い、続けてこう言った。
『ねぇゆう君。あたしがなんであの時……別れようって言ったか知ってる?』
『いや……』
『ゆう君は嘘を付くとき左の頬がピクピクって二回痙攣したみたいに動くって言ったわよね。ゆう君はいつもあたしじゃない誰か別の人を目で追いかけてたの……それが辛くて。あたし覚悟を決めて聞いたの』
『聞いた?』
『うん。あたしのこと好きって……そしたらね、ピクピクしたの……それがすごく悲しくて……あたし逃げちゃったの』
ゆかりはとても悲しそうに微笑んでみせた。
その笑顔を見ると……その日のことを思い出すと、内側でズキズキと鈍い痛みを感じた。
『でもね……あたしもう逃げないから! いつかきっとゆう君をあたしに振り向かせてみせる……フィーネアさんには絶対に負けないんだからね』
そこにはいつもの見慣れたゆかりの無邪気な笑顔があったんだ。
それが少しこの胸の痛みを和らげる。
『ああ』
『うん』
俺たちは微笑んで見つめ合い、また笑った。
それは止まっていた時が動き出したような……そんな感じ。
過去は消えない。ゆかりはそう言った。
それはその通りだと俺も思う。
だけど、いや絶対。大切なのは歩んできた道のりではなく、これから歩むその道なのだと思う。
きっとゆかりたちの歩む道の先に、光は降り注がれて彼女たちの素敵な笑顔を絶えず照らすのだろう。
誰かが違うと言っても……俺がそうだって声を大にして言ってやるつもりだ。
そしてまたここに、マスタールームに一人、過去を消せない者が駆け込んでくる。
「ユーリ殿っ! 助けて欲しいでござるよ!!」
相変わらず転移の指輪を使用し、勝手に入って来る明智。
もういっそこいつから指輪を没収してやろうか。
悲壮な声を響かせる明智はサンドバックにでもなったのか、見事にボロボロだ。
「何しに来たんだよ」
「聞いて欲しいでござるよユーリ殿! 乙女たちがそれがしを嘘つき呼ばわりしてタコ殴りにしてくるでござるよ! 酷すぎるでござろう!! ユーリ殿から注意して欲しいでござる。それに街に行けば魔物たちがそれがしのことを糞を見るような目で見てくるでござる……耐えれんでござる!!」
ま、当然だな。
つーかこいつも自業自得だろう。
ゆかりたちから聞いた話だと明智のバカは俺のことを散々好き勝手いい、自分が俺を養っているだの、豚の王様を倒したのは自分だの、自分は4人目の勇者だの散々ホラを吹きまくった挙句、ダンジョンシティーに出来たばかりの自室にゆかりたちを誘ったらしいのだ。
もちろん、エロいことをしようとして。
なんでも明智はゆかりを本妻とし、残りの5人を愛人にしてやるでござると豪語したらしい。
彼女たちが怒り狂うのも無理のない話だ。
それに先程から冷たい視線を明智に向けるフィーネアの姿もある。
フィーネアから聞いた話だと俺を助ける直前、明智はあの場から逃げようとしていたというじゃないか。
……信じられない野郎だ。
「明智……殺されなかっただけ良かったな」
俺は死んだ魚のような目を明智に向けた。
明智は俺の目を見るや否や両手をジタバタさせながら誤解だと取り繕っているが、誰が信じるか。
「酷いっ! ユーリ殿は親友が困っているというのに冷たすぎるではござらんか! 見損なったでござるよ!」
なにを馬鹿なこと言ってんだ。
それはこっちのセリフだ、この両刀使いが!
特殊部隊のマッチョの元に送り返してやろうか。
「ハァ~」
と、俺が嘆息すると、マスタールームに箒やフライパンで武装したゆかりたちが駆け込んで来た。
それを目の当たりにした明智はすぐさまソファに腰を下ろす俺の背後へと身を隠す。
「見つけたわよこのゴキブリ男!」
「今日という今日は退治してやるわ!」
「覚悟しなさい!」
鼻息荒くマスタールームに駆け込んで来たゆかりたちが害虫を退治しようと躍起になっている。
その姿に青ざめる明智が怯えきった声で言う。
「まっ、待って欲しいでござるよ! あれはどうやらそれがしの勘違いだったみたいでござる。勘違いは誰でもすることでござろう? とにかく一旦落ち着いて欲しいでござるよ」
「黙んなさいよこの人でなし!」
「あんたの性根を私たちで叩き直してあげるわ!」
「覚悟なさい!」
「さぁ、さっさとあたしのゆう君から離れなさいよね! 菌が移ったらどうするのよ!」
ゆかりがとても恥ずかしくなるような言葉を叫ぶと、彼女たちは一斉に『は?』というような視線をゆかりへ向けて、沈黙が流れる。
なぜかフィーネアもゆかりをガン見している。
「ずっと思ってたんだけど、ゆかりの遊理君じゃないわよね?」
「そうよ! そう言う言い方やめてくれない」
「凄く腹立たしいのよ」
「遊理君のお嫁さんになるのは私よ!」
「はぁ? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」
また始まったと俺は頭を抱え項垂れる。
俺が彼女たちを助けて以来、実はずっとこの調子なんだ。
俺は人生初のモテ期到来に悩まされている。
正直好意を持ってくれるのは嬉しいのだが、こうしょっちゅう揉め事を起こされては辛い。
それになにより……じっと黙っているフィーネアが若干怖いんだ。
言い争いを始める彼女たちを尻目に、明智はしめしめと鼻の穴を膨らませて転移した。
「ははは、さらばでござる!」
「あっ!? ゴキ男がまた逃げたわ!」
「追いかけるのよ!」
ゆかりたちはどこへ転移したかもわからない明智を追い求めて、嵐のように去っていった。
「毎回毎回騒がしくてかなわんな……」
再び溜息をつく俺の元にフィーネアが茶を運んできてくれるのだが……俺を見て微笑むフィーネアの目はまったく笑っていない。
「随分とおモテになられますね、ユーリはっ!」
「ははは……はは……そうかな……」
「じー」
「そっ、それよりもフィーネア! ダンジョンのレベルがまた少し上がったみたいだぞ! レベル32だってさ! ランキングも689位から567位に大幅ランクアップだ。これもひとえにみんなのお陰だな」
乾いた笑いをマスタールームに響かせ、俺は誤魔化すことでいっぱいいっぱいだった。
フィーネアは少し呆れたように息を吐き出し俺の横にスっと腰を下ろして、ティーカップを傾けながらボソッと口にする。
「でもまっ、ユーリと一緒にお風呂に入ったことのあるフィーネアが一歩も二歩もリードですね」
「へ……!?」
突然のフィーネアのとんでも発言に俺の心臓はドキッと音を立てた。同時にあの夜のことを思い出し、ポッと顔が熱くなる。
ドギマギする俺の股の間にフィーネアがそっと手を突き、グッと体を近付けてくる。
俺は恥ずかしくなって思わず視線をフィーネアから外した。
「きょきょきょ、きょうはなんだかとても暑いな。この部屋にエアコンがあったらいいのにな。あー暑い暑い」
「…………」
なんで黙ってんだよ!
チラッとフィーネアへ視線を戻すと、白い二つのたわわが視界に入り目が釘付けになってしまう。
「ゴクリッ」
思わず喉を鳴らす俺を見やり、フィーネアが悪戯にそっと微笑み耳元に顔を近付けて囁いた。
「触ってみますか? ユーリ。ユーリならいいのですよ? フィーネアはユーリのものなのですから……」
フィーネアの大胆な誘惑に、忘れかけていた大切な夢を思い出した。
夢の……ランデブー。
そうだ! 俺はランデブーがしたい! しみけんになりたかったんだ!
その為に元の世界ではバイトに明け暮れた生活をしていた。
俺も……ついに卒業か……!?
しちゃうのか? ランデブーしちゃうのか!?
男になれ月影遊理!
ここでビビっていたらいつまで経ってもランデブーなんてできやしねぇーぞ!
チャンスなんだよ! これは人生最大のチャンスなんだよ!!
俺はゆっくりとフィーネアの胸へとこの手を伸ばす。
目の前の二つの膨らみ……あの時のお風呂での胸の感触が頬に蘇る。
触りたい! あのマショマロみたいな胸を今度はこの手で触りたいんだ!!
俺は鼻息荒く二つの巨大マシュマロへと手を伸ばし、あと少しで届く――
「ボス、失礼する」
「ギヤァァアアアアアアアアアアアアッ!?」
俺は突然入って来た冬鬼の声に驚き絶叫し、すぐに正面に向かい座り直した。
フィーネアもびっくりしたのか顔を真っ赤にしてすぐに立ち上がり、手ぐしで髪を直している。
「ん? どうかしたかボス?」
「なっ、ななな、なんでもにゃい」
「にゃい?」
びっ、びっくりし過ぎて噛んじゃった。
はっ、はずかしい……。
冬鬼は首を傾げて不思議そうに俺を見ている。
フィーネアは知らんぷりをして、「そっ、掃除しなきゃですね」と一人逃げた。
俺はダンジョンマスターとしての威厳を保つため、ゴホンッと咳払いをして出来るだけ冷静を装い冬鬼の話しを聞いた。
冬鬼はどうやらプリンちゃんに刺激されて進化玉が欲しいと言ってきたので、俺はオーガ三人衆用に通販で買った進化玉を何個か渡した。
冬鬼はご機嫌でマスタールームを去っていく。
また二人きりになった部屋で、俺は後ろを振り返りフィーネアの背中を見つめる。
さっきの続き……したいのに……。
俺は指を咥えていつまでもいつまでもフィーネアの背中を恨めしそうに見つめ続けた。
一体いつになったら俺はランデブーできるのだろうか……。
せめて生きている間に卒業したい……。
◆
明かりの消えたミスフォーチュン――いつものように水晶玉を前に愉快そうにそれを眺めるヴァッサーゴ。
「随分と調子よくMFポイントを貯めていますね……順調でございますよお客様」
ヴァッサーゴは嬉しそうに肩を揺らす。
一体ヴァッサーゴ――この貧乏神は何が目的で『不幸』を月影遊理に集めさせているのか……謎は深まる一方だ。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。


貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる