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40話 ファミリー
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「ムキュッゥゥウウウ」
後ろ足で首元を『かいかいかい』と掻く幻魔獣ナイトメアが、つぶらな瞳を俺に向けている。
黒いモフモフの毛並み。額の中央には赤く小さな宝石のようなものが埋め込まれている。
それがキラリと煌くと、二つ生えた尾を上機嫌で猫のように左右にぶらぶらさせながら俺へと歩み寄り、足元に擦り寄ってくる。
甘えん坊のように「ムキュッ」と愛らしい鳴き声を上げるその姿に、思わず胸がときめいてしまう。
「かかか、かわいいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!! なんだこの愛らしい生き物は!? どこが幻魔獣なんだ! ペットに最適じゃないか!」
俺が思わず抱き上げると、頭をブルブルと振って腕を舐めてくる。
その姿にフィーネアの頬も緩み、そっとナイトメアの頭を撫でる。
「とても愛らしいですね。ユーリのことが好きなようです。うふふ」
フィーネアの言う通りとても愛らしい。
このままナイトメアのメアちゃんと戯れていたいのだが、そういう訳にもいかない。
俺はメアちゃんを優しく床に下ろして、顔を引き締める。
「行くのですね」
俺の表情が変わったのを見て、フィーネアも真剣な表情を作っている。
俺はそんなフィーネアに頷いた。
「ああ」
「僭越ながら、お供させていただきます」
「……すまない。今回ばかりは敵の数が多い。前回のオーク戦のように出来損ないの勇者たちもいなければ兵士もいない。俺たち二人で300人以上のゴロツキを相手にしなくちゃいけないんだ……ヤバくなったらフィーネアだけでも逃げてくれ。これは俺の問題なんだから」
「ユーリを置いてフィーネアが逃げるなんてありえませんっ!!」
怒号にも似たフィーネアの声が打ち上がった花火のように音を上げると、俺はすまないと頭を下げた。
「頭を上げてくださいユーリ。ユーリはただフィーネアに命令すればいいのです。もちろん、命令されずともフィーネアはついていきますが」
微笑むフィーネアに俺は力強く頷く。
すると、足元にいたメアちゃんが俺の左肩に飛び乗り「ムキュッゥゥウウウ」と勇ましく鳴いた。
まるで自分もいるのだと俺に訴えかけているようだった。
俺はメアちゃんの頭を撫でた。
「そうだな。はじめましてだけど、頼もしい幻魔獣のメアちゃんも一緒なんだから、きっと大丈夫だよな」
「ムキュッゥゥウウウ!!」
「ふふ、メアちゃんはやる気満々のご様子ですね」
俺とフィーネアは向かい合い笑った。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないというのに、互いに微笑み見つめ合い、小さく頷いた。
さぁ行くかと、転移して1階層に移動しようとしたその時、マスタールームの扉が開き冬鬼たちオーガ三人衆がやって来た。
「何か用か? 悪いが後にしてくれないか? これから大事な用事があるんだ」
「ボス、やり返しに行くのだな」
冬鬼の顔は真剣だった。
いや、冬鬼だけじゃない。
魅鬼も剛鬼もいつになく険しい表情をしている。
冬鬼に先ほどの俺の顔のことを聞いたのだろう。
「わっちたちも連れて行って欲しいでごさりんす」
「血沸く血沸く! ボスに手を出されて黙っちゃいれねぇーぜ!」
ハァ~。俺は頭を抱えた
こいつらは何を言っているのだろう。
ダンジョンの魔物が外に出られないことは、自分たちが一番理解しているはずだ。
気持ちは凄く嬉しいが……連れて行けないのだから仕方ない。
「ありがとう。お前たちの気持ちは凄く嬉しいよ。だけど……わかっているだろ?」
「「「…………」」」
自らの無力さを嘆くように震え、黙り込むオーガ三人衆。
そんな顔をしないでくれ。
俺はお前たちのその気持ちだけで死ぬほど嬉しいのだから。
「ボス、せめて戦場に出向かれる前に一度、25階層に来てくれ」
あまりにも真剣な冬鬼に、俺は頷くしか出来なかった。
冬鬼たちは何かを察し、ひょっとしたら俺がもうここに戻ってこないかもしれないと……そう感じたのかもしれない。
これが最後の別れになるかもしれないのなら、きちんと挨拶をするのもマスターの勤めだな。
「わかった。一度25階層に寄ってからダンジョンを立つとしよう。フィーネアもそれでいいな?」
「はい」
◆
俺はオーガ三人衆と共に25階層のダンジョンシティーへとやって来た。
「これは……」
転移してすぐに、俺は自分の目を疑った。
だって、そこにはダンジョンの魔物たち350ほどが勢ぞろいし、俺がやって来ると同時に声を張り上げて応援団のようなエールをくれているんだ。
「マスター必ず帰ってきてください!」
「トモニイケナイノガ……ツライ」
「マスターは世界一のマスターです!」
「俺たちに住む家ってのをくれて」
「俺たちを優しく扱ってくれた」
「この心に芽生えたポカポカする気持ちはマスターがくれたんだ!」
「「「頑張れマスター!!! 負けるなマスター!!!」」」
俺は思わず目頭が熱くなって、溢れ出したそれがこぼれ落ちそうで、堪らず背を向けた。
「ユーリ……」
優しいフィーネアの声音がそっと耳朶を打ち、冬鬼が口を開いた。
「ボス、俺たちは皆ボスを信じている。囚人塔出身の俺たちは生まれた時からゴミのように扱われ、ダンジョンに召喚されるということは処刑が執行されることだと聞かされていた」
「だけど、実際は違ったでごさりんす」
「ここはパラダイスだぜぇ!」
「だが、それはおそらくボスがボスだったからなのだろう。どうか……お願いだ。無事に帰って来てくれ。ボスでなければ俺たちはダメなんだ」
こいつらはそんな風に俺のことを思ってくれていたのか。
改めて俺は心に誓った……絶対に死ねないと。
ここにいる大切な仲間の、ファミリーの為にも必ず女郎街の連中に打ち勝ち、ゆかりたちを助けてここへ帰ってくるんだ!
そして、その時はみんなともっと沢山話しをしよう。
これまでろくに話したことのない奴とも話しをして、みんなに名前をつけてやろう。
「大丈夫。俺は必ずここに……みんなが、家族が待つこのダンジョンに帰ってくる!!」
俺は身を翻してみんなを見渡し、サッとこぼれ落ちそうなそれを拭いそう言った。
俺の言葉を聞いた魔物たちは安堵する者や、家族という言葉に瞳を輝かせる者など、様々な反応を見せていた。
そして――俺はフィーネアと共にダンジョンを後にし、ゆかりたちを救出すべくソフィアの女郎街へと向かった。
◆
ダンジョンマスター月影遊理が去った後のダンジョン25階層に不穏な霧が突如発生し、その中から一人の老婆が姿を現した。
その老婆に冬鬼たち魔物は鋭い眼光を向けて威嚇した。
「貴様……何者だ!? どうやってここへやって来た」
冬鬼は腰の刀に手を掛け謎の老婆へと静かに声を響かせた。
「ええ、ええ。私は『暴食』の魔王グルメ様こと姫殿下にお仕えするバーバラと申す者でございます。ヒヒヒッ。先ほどマスタールームへ趣き、月影遊理に会いに行ったのですが……どこにも居らず、多くの気配を辿りこちらの階層へとやってきた次第であります」
バーバラの言葉を聞いた冬鬼は瞠目し、すぐに刀に掛けていた手を離して頭を下げた。
魔物たちも皆慌てた様子でその場に跪き、バーバラへと頭を下げる。
「失礼した」
「ええ、ええ。良いのですよ。それで、月影遊理はどちらへ?」
「ボスなら宿敵と戦うべく戦場に赴かれた」
冬鬼の言葉を聞いたバーバラは困ったなと人差し指で額を掻き、手紙を冬鬼へと差し出した。
冬鬼はそれを丁寧に受け取り中を確認すると、目を見開きすぐさまバーバラへと顔を上げた。
「これは……!?」
「ええ、ええ。そこに書かれている通りでございます」
手紙の内容を確認した冬鬼が悔しそうに歯を鳴らす。
それから直ぐ、悔しそうに喉を震わせた。
「肝心のマスターが……いない」
バーバラは頷き言った。
「ええ、ええ。手紙は確かにお届けいたしましたよ。ヒヒヒッ」
バーバラはそれだけ言い残すと、闇のような黒い霧と共に消えてしまった。
悔しそうに手紙を握り締めたまま俯く冬鬼の元に、魅鬼と剛鬼、それにケンタウロスの太郎さんが歩み寄り、その手紙を覗き込んだ。
すると、冬鬼同様歯を鳴らして悔しがる三人。
太郎さんは蹄を鳴らして、悔しさのあまり雄叫びを上げた。
「ウオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
だが、そんな彼らの元に一人の人間が上機嫌で歩み寄って来る。
遊理から奪った金貨1枚を使い、女郎街で散々遊びほうけていた明智光秀である。
サキュバスにこれでもかと生気を奪われたようにフラフラで、とてもだらしのない顔をした明智は彼らに声をかけた。
「皆集まって何をしているでござるか? ひょっとしてそれがしの歓迎会の相談でござるか?」
とぼけたことを口にする明智を見やり、冬鬼は腰に提げた刀を抜刀して明智へと襲いかかった。
「きさまぁぁああああああっ!」
「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
突然の出来事に悲鳴を上げて腰を抜かした明智。
冬鬼の剣先は明智の寸前で止められていた。
「よすのだ冬鬼! お前の怒りも最もだが――」
「この手を離せっ太郎っ! ボスの護衛として共にいながらこいつは……この人間は斬ってくれる!」
太郎さんが冬鬼の体を押さえ込んだことで間一髪助かった明智が恐る恐る周囲を見渡すと、冬鬼同様多くの魔物たちの辛辣な視線に気が付いた。
「なっ、ななな、なんでござるか? 一体それがしが何をしたというのでござるか?」
状況がまったくわからない明智に、太郎さんが帰ってきた時の遊理の状況を説明する。
その間も冬鬼は太郎さんの腕の中で怒り狂い、目の前の明智を殺そうと暴れている。
太郎さんの話しを黙って聞いていた明智は顎先に手を当ててしばし考えて、ポンッと納得したように掌を叩いた。
「ああー。昼間女郎街で女郎と駆け落ちしようと騒ぎを起こしたバカはユーリ殿でござったか!」
明智のバカと言う言葉を耳にした太郎さんもムッ表情を強張らせ、冬鬼を離してしまった。
「殺してよし」
「死ねっ! 人間っ!!」
もう知らんと太郎さんが離した直後、刀を振り翳した冬鬼が明智へと飛びかかった。
「ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
――カキィィィン!
今度こそおしまいだと思われた明智であったが、再び冬鬼の刃先は目前で食い止められた。
防いだのは魅鬼の扇である。
「邪魔をする気か魅鬼っ!」
「落ち着くでありんす。この者はまだ使えるでありんす」
「どういうことだ?」
「明智にその手紙をボスへと届けさせるでありんす」
冬鬼は明智を一瞥し、魅鬼の提案を受け入れたのか怒りを堪えて刀を鞘へと収めた。
なにがなんだかさっぱりわからない明智に、冷静な魅鬼が事情を説明すると、明智は青ざめた。
「とにかく急いでボスの元までこの手紙を届けろ。しくじった時は貴様の命はないと思え」
「りょっ、了解でござる!!」
冬鬼の言葉にゴクリと生唾を飲み込んだ明智は何度も何度も首を振り、受け取った手紙を握り締めて駆け出した。
果たして明智は遊理の元にたどり着けるのだろうか?
そして――冬鬼たちが見た手紙の内容とは……。
後ろ足で首元を『かいかいかい』と掻く幻魔獣ナイトメアが、つぶらな瞳を俺に向けている。
黒いモフモフの毛並み。額の中央には赤く小さな宝石のようなものが埋め込まれている。
それがキラリと煌くと、二つ生えた尾を上機嫌で猫のように左右にぶらぶらさせながら俺へと歩み寄り、足元に擦り寄ってくる。
甘えん坊のように「ムキュッ」と愛らしい鳴き声を上げるその姿に、思わず胸がときめいてしまう。
「かかか、かわいいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!! なんだこの愛らしい生き物は!? どこが幻魔獣なんだ! ペットに最適じゃないか!」
俺が思わず抱き上げると、頭をブルブルと振って腕を舐めてくる。
その姿にフィーネアの頬も緩み、そっとナイトメアの頭を撫でる。
「とても愛らしいですね。ユーリのことが好きなようです。うふふ」
フィーネアの言う通りとても愛らしい。
このままナイトメアのメアちゃんと戯れていたいのだが、そういう訳にもいかない。
俺はメアちゃんを優しく床に下ろして、顔を引き締める。
「行くのですね」
俺の表情が変わったのを見て、フィーネアも真剣な表情を作っている。
俺はそんなフィーネアに頷いた。
「ああ」
「僭越ながら、お供させていただきます」
「……すまない。今回ばかりは敵の数が多い。前回のオーク戦のように出来損ないの勇者たちもいなければ兵士もいない。俺たち二人で300人以上のゴロツキを相手にしなくちゃいけないんだ……ヤバくなったらフィーネアだけでも逃げてくれ。これは俺の問題なんだから」
「ユーリを置いてフィーネアが逃げるなんてありえませんっ!!」
怒号にも似たフィーネアの声が打ち上がった花火のように音を上げると、俺はすまないと頭を下げた。
「頭を上げてくださいユーリ。ユーリはただフィーネアに命令すればいいのです。もちろん、命令されずともフィーネアはついていきますが」
微笑むフィーネアに俺は力強く頷く。
すると、足元にいたメアちゃんが俺の左肩に飛び乗り「ムキュッゥゥウウウ」と勇ましく鳴いた。
まるで自分もいるのだと俺に訴えかけているようだった。
俺はメアちゃんの頭を撫でた。
「そうだな。はじめましてだけど、頼もしい幻魔獣のメアちゃんも一緒なんだから、きっと大丈夫だよな」
「ムキュッゥゥウウウ!!」
「ふふ、メアちゃんはやる気満々のご様子ですね」
俺とフィーネアは向かい合い笑った。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないというのに、互いに微笑み見つめ合い、小さく頷いた。
さぁ行くかと、転移して1階層に移動しようとしたその時、マスタールームの扉が開き冬鬼たちオーガ三人衆がやって来た。
「何か用か? 悪いが後にしてくれないか? これから大事な用事があるんだ」
「ボス、やり返しに行くのだな」
冬鬼の顔は真剣だった。
いや、冬鬼だけじゃない。
魅鬼も剛鬼もいつになく険しい表情をしている。
冬鬼に先ほどの俺の顔のことを聞いたのだろう。
「わっちたちも連れて行って欲しいでごさりんす」
「血沸く血沸く! ボスに手を出されて黙っちゃいれねぇーぜ!」
ハァ~。俺は頭を抱えた
こいつらは何を言っているのだろう。
ダンジョンの魔物が外に出られないことは、自分たちが一番理解しているはずだ。
気持ちは凄く嬉しいが……連れて行けないのだから仕方ない。
「ありがとう。お前たちの気持ちは凄く嬉しいよ。だけど……わかっているだろ?」
「「「…………」」」
自らの無力さを嘆くように震え、黙り込むオーガ三人衆。
そんな顔をしないでくれ。
俺はお前たちのその気持ちだけで死ぬほど嬉しいのだから。
「ボス、せめて戦場に出向かれる前に一度、25階層に来てくれ」
あまりにも真剣な冬鬼に、俺は頷くしか出来なかった。
冬鬼たちは何かを察し、ひょっとしたら俺がもうここに戻ってこないかもしれないと……そう感じたのかもしれない。
これが最後の別れになるかもしれないのなら、きちんと挨拶をするのもマスターの勤めだな。
「わかった。一度25階層に寄ってからダンジョンを立つとしよう。フィーネアもそれでいいな?」
「はい」
◆
俺はオーガ三人衆と共に25階層のダンジョンシティーへとやって来た。
「これは……」
転移してすぐに、俺は自分の目を疑った。
だって、そこにはダンジョンの魔物たち350ほどが勢ぞろいし、俺がやって来ると同時に声を張り上げて応援団のようなエールをくれているんだ。
「マスター必ず帰ってきてください!」
「トモニイケナイノガ……ツライ」
「マスターは世界一のマスターです!」
「俺たちに住む家ってのをくれて」
「俺たちを優しく扱ってくれた」
「この心に芽生えたポカポカする気持ちはマスターがくれたんだ!」
「「「頑張れマスター!!! 負けるなマスター!!!」」」
俺は思わず目頭が熱くなって、溢れ出したそれがこぼれ落ちそうで、堪らず背を向けた。
「ユーリ……」
優しいフィーネアの声音がそっと耳朶を打ち、冬鬼が口を開いた。
「ボス、俺たちは皆ボスを信じている。囚人塔出身の俺たちは生まれた時からゴミのように扱われ、ダンジョンに召喚されるということは処刑が執行されることだと聞かされていた」
「だけど、実際は違ったでごさりんす」
「ここはパラダイスだぜぇ!」
「だが、それはおそらくボスがボスだったからなのだろう。どうか……お願いだ。無事に帰って来てくれ。ボスでなければ俺たちはダメなんだ」
こいつらはそんな風に俺のことを思ってくれていたのか。
改めて俺は心に誓った……絶対に死ねないと。
ここにいる大切な仲間の、ファミリーの為にも必ず女郎街の連中に打ち勝ち、ゆかりたちを助けてここへ帰ってくるんだ!
そして、その時はみんなともっと沢山話しをしよう。
これまでろくに話したことのない奴とも話しをして、みんなに名前をつけてやろう。
「大丈夫。俺は必ずここに……みんなが、家族が待つこのダンジョンに帰ってくる!!」
俺は身を翻してみんなを見渡し、サッとこぼれ落ちそうなそれを拭いそう言った。
俺の言葉を聞いた魔物たちは安堵する者や、家族という言葉に瞳を輝かせる者など、様々な反応を見せていた。
そして――俺はフィーネアと共にダンジョンを後にし、ゆかりたちを救出すべくソフィアの女郎街へと向かった。
◆
ダンジョンマスター月影遊理が去った後のダンジョン25階層に不穏な霧が突如発生し、その中から一人の老婆が姿を現した。
その老婆に冬鬼たち魔物は鋭い眼光を向けて威嚇した。
「貴様……何者だ!? どうやってここへやって来た」
冬鬼は腰の刀に手を掛け謎の老婆へと静かに声を響かせた。
「ええ、ええ。私は『暴食』の魔王グルメ様こと姫殿下にお仕えするバーバラと申す者でございます。ヒヒヒッ。先ほどマスタールームへ趣き、月影遊理に会いに行ったのですが……どこにも居らず、多くの気配を辿りこちらの階層へとやってきた次第であります」
バーバラの言葉を聞いた冬鬼は瞠目し、すぐに刀に掛けていた手を離して頭を下げた。
魔物たちも皆慌てた様子でその場に跪き、バーバラへと頭を下げる。
「失礼した」
「ええ、ええ。良いのですよ。それで、月影遊理はどちらへ?」
「ボスなら宿敵と戦うべく戦場に赴かれた」
冬鬼の言葉を聞いたバーバラは困ったなと人差し指で額を掻き、手紙を冬鬼へと差し出した。
冬鬼はそれを丁寧に受け取り中を確認すると、目を見開きすぐさまバーバラへと顔を上げた。
「これは……!?」
「ええ、ええ。そこに書かれている通りでございます」
手紙の内容を確認した冬鬼が悔しそうに歯を鳴らす。
それから直ぐ、悔しそうに喉を震わせた。
「肝心のマスターが……いない」
バーバラは頷き言った。
「ええ、ええ。手紙は確かにお届けいたしましたよ。ヒヒヒッ」
バーバラはそれだけ言い残すと、闇のような黒い霧と共に消えてしまった。
悔しそうに手紙を握り締めたまま俯く冬鬼の元に、魅鬼と剛鬼、それにケンタウロスの太郎さんが歩み寄り、その手紙を覗き込んだ。
すると、冬鬼同様歯を鳴らして悔しがる三人。
太郎さんは蹄を鳴らして、悔しさのあまり雄叫びを上げた。
「ウオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
だが、そんな彼らの元に一人の人間が上機嫌で歩み寄って来る。
遊理から奪った金貨1枚を使い、女郎街で散々遊びほうけていた明智光秀である。
サキュバスにこれでもかと生気を奪われたようにフラフラで、とてもだらしのない顔をした明智は彼らに声をかけた。
「皆集まって何をしているでござるか? ひょっとしてそれがしの歓迎会の相談でござるか?」
とぼけたことを口にする明智を見やり、冬鬼は腰に提げた刀を抜刀して明智へと襲いかかった。
「きさまぁぁああああああっ!」
「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
突然の出来事に悲鳴を上げて腰を抜かした明智。
冬鬼の剣先は明智の寸前で止められていた。
「よすのだ冬鬼! お前の怒りも最もだが――」
「この手を離せっ太郎っ! ボスの護衛として共にいながらこいつは……この人間は斬ってくれる!」
太郎さんが冬鬼の体を押さえ込んだことで間一髪助かった明智が恐る恐る周囲を見渡すと、冬鬼同様多くの魔物たちの辛辣な視線に気が付いた。
「なっ、ななな、なんでござるか? 一体それがしが何をしたというのでござるか?」
状況がまったくわからない明智に、太郎さんが帰ってきた時の遊理の状況を説明する。
その間も冬鬼は太郎さんの腕の中で怒り狂い、目の前の明智を殺そうと暴れている。
太郎さんの話しを黙って聞いていた明智は顎先に手を当ててしばし考えて、ポンッと納得したように掌を叩いた。
「ああー。昼間女郎街で女郎と駆け落ちしようと騒ぎを起こしたバカはユーリ殿でござったか!」
明智のバカと言う言葉を耳にした太郎さんもムッ表情を強張らせ、冬鬼を離してしまった。
「殺してよし」
「死ねっ! 人間っ!!」
もう知らんと太郎さんが離した直後、刀を振り翳した冬鬼が明智へと飛びかかった。
「ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
――カキィィィン!
今度こそおしまいだと思われた明智であったが、再び冬鬼の刃先は目前で食い止められた。
防いだのは魅鬼の扇である。
「邪魔をする気か魅鬼っ!」
「落ち着くでありんす。この者はまだ使えるでありんす」
「どういうことだ?」
「明智にその手紙をボスへと届けさせるでありんす」
冬鬼は明智を一瞥し、魅鬼の提案を受け入れたのか怒りを堪えて刀を鞘へと収めた。
なにがなんだかさっぱりわからない明智に、冷静な魅鬼が事情を説明すると、明智は青ざめた。
「とにかく急いでボスの元までこの手紙を届けろ。しくじった時は貴様の命はないと思え」
「りょっ、了解でござる!!」
冬鬼の言葉にゴクリと生唾を飲み込んだ明智は何度も何度も首を振り、受け取った手紙を握り締めて駆け出した。
果たして明智は遊理の元にたどり着けるのだろうか?
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