101回目の人生で、俺が初めて好きになった相手は破滅確定の皇女殿下!?

葉月

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第28話 猫と白い霧

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「バレたのでしょうか?」
「わからん」

 俺はすぐさま離れるように飛び立っていた。

 後方ではカトレアが窓からこちらを見上げている。何事もなかったかのように窓を閉め、サッとカーテンを締めた。

「あのメイドには、今後も注意すべきです」
「確かに」

 あの雰囲気、見た目こそ違うけれど、メイド長に似た何かを感じる。

『彼女の家は代々、私たち皇族に仕えてくれていてな。帝国にとって特別な一族――』

 以前、レーヴェンが食事中に言った言葉を思い出した。

「皇族に仕える一族……か」

 ロレッタのようなメイド長が、各皇族に必ず一人はいるのだろうか。頭の中で無限に増えていくメイド長をイメージして、ゾッとした。

「このあとはどういたしますか?」
「エンパイアス城にはしばらく近付かない方がいい。セドリックが出てくるまで帝都を観察しておこう」
「了解」

 結局、セドリックが城から出て来たのは夜になってからだった。
 一体、こんな時間まで何をしていたのだろうか。

「何かあったら呼んでくれ」

 疲れた俺は後のことをクローに任せ、一旦精神融合を解除した。

「一応、ブランキーの方も見ておくか」

 そう思い、ブランキーと精神融合したが、「(ん……視界が白い?)」霧に遮られて何も見えなかった。

「(一体どうなっている?)」
「(御主人様、また勝手ににゃの中に入ってきたんだにゃ?)」
「(やかましい。お前はそのための使い魔だろ、文句を言うな)」
「(にゃが黒猫だからってブラック過ぎるにゃ。にゃにプライバシーは与えられないのかにゃ?)」
「(ない!)」

 きっぱりと言ってやる。
 使い魔のくせにプライバシーを求めるなど言語道断だ。主人のために働いてこその使い魔なのだ。断じてペットなどではない。

「(それより、何なんだよこれ。何も見えないじゃないか)」
「(最近にゃは屋敷の潜入に成功したにゃ)」
「(メイド長に追い出されなかったのか?)」
「(問題ないにゃ。なぜなら――)」

 ブランキーがすべてを言い終える前に、「こら、待てランス!」艶っぽくて色っぽい、それでいて格好良くも懐かしい声音に名前を呼ばれる。

「(え……?)」

 同時に、ふわっと体が浮き上がった。背後から誰かに首根っこを捕まえられてしまった。

「まだ体を洗っていないのにどこへ行くのだ」

 空中で体が180度回転すると、白い霧の中からびしょ濡れのレーヴェンが現れた。

「――――っ!?」

 な、な、な、なんでレーヴェンがここにいるのだ!

 あわあわと手足を放り出し、じたばたと暴れまわる俺を見つめるレーヴェンが、

「そんなに慌ててどうしたのだ、ランス」
「!?!?!?」

 再び俺の名を口にした。

「(なっ、な、なんでバレてんだよ!?)」
「私がしっかり洗ってやるから、大人しくするのだぞランス」

 なぜバレた!?

「(御主人様、少し落ち着くにゃ)」
「(これが落ち着いてなどいられるかっ!)」
「(ターゲットはにゃにランスという名を付けただけにゃ)」
「(へ……?)」
「(だからにゃが御主人様の使い魔であることも、精神融合によって繋がっていることもバレてないにゃ)」
「(なんだよ、それならもっと早く言えよ! びっくりし過ぎて心臓が止まるかと思ったじゃないか)」
「(御主人様の早とちりにゃ)」

 ふう、と安堵のため息をついた俺は、改めて状況を確認する。

「(ここは一体どこだ?)」

 白い霧に包まれた空間は見覚えがある。俺が修繕工事を行った浴室だ。

「(あっ、ちょっと――)」

 桶に入れられた俺は、ゴシゴシとレーヴェンに体を洗われている。

「(とてもくすぐったい)」

 髪の毛の濡れたレーヴェンは妖艶で、いつも以上にお姉さんに見えた。

「(ん……? 濡れた、レーヴェン?)」

 そんな、まさか……嘘だろ。

 そう思いながら靄の向こう側にいるレーヴェンに目を凝らした俺は、「ウピやぁッ!?」みるみる顔を真っ赤にして燃え上がっていく。

 そして次の瞬間には、鼻から熱い鮮血が噴き出してしまった。

「ラ、ランスッ!?」
「(ご、御主人様っ!?)」

 鼻血の勢いが強すぎて、俺は後頭部から桶の縁にぶつかった。

「(いぎゃあッ!?)」

 びっくりして跳びはねた俺は、露わになったレーヴェンを見てはいけないとすぐにこの場から立ち去ろうと駆け出した――が、「(うぐぁっ!?)」足下の石鹸に気がつかず踏んづけてしまった。

「(あわあわあわあわあわッ!?)」
「(お、落ち着いてほしいにゃ! にゃの体がボロボロになってしまうにゃ!?)」

 動揺して取り乱し、石鹸で滑って壁に激突。視界いっぱいにお星様が飛び散った。

「(い、痛いにゃ)」

 くそっ、視界がぐるぐる回ってうまく歩けない。

「(う、動かないでほしいにゃ。肉体的ダメージは御主人様じゃなく、全部にゃに来ることを忘れないでほしいにゃ!)」
「(だが、精神的ダメージは俺の方が大きい)」
「(一体何をそんなに興奮することがあるんだにゃ)」
「(こっ、こ、こ、興奮などしていないっ!)」
「(どう見たって興奮してるにゃ! それとも人間はメスの裸体を見ただけで、みんな発情する生きものなのかにゃ?)」
「(はっ、発情言うなっ! ――あっ!?)」

 またしても体が宙に浮く。

「でかしたぞ、ロレッタ!」

 くそっ、またしてもメイド長に捕まってしまった。つーか居たのかよ!

「ランスが突然暴れはじめたのだ。此奴は湯浴みが嫌いなのか?」
「お言葉ですがレーヴェン様、グリムリッパーにそのようなヘンテコな名前はどうかと思います」
「グリムリッパー……? ロレッタの方こそ、そのブサイクな名前はなんだ?」
「黒く凛々しい毛並みが、レーヴェン様の麗しい黒髪に似ていることから、グリムリッパーと名付けました」
「却下だ! 此奴はランスだ!」
「いいえ、そのようなみっともない名ではグリムリッパーが不憫でなりません」
「ランスだ!」
「グリムリッパーです!」

 睨み合い、火花を散らす二人。
 俺はと言えば、「(しっかりするにゃ、御主人様!)」と精神的に相当追い詰められていた。

 結局、ブランキーに関する名前の議論は収まる気配がなかった。

「ランス、こっちに来るのだ」
「グリムリッパー、こちらへ来なさい」

 脱衣場でも、同じ論争が続いていた。

「此奴は私がペットに飼うと決めたのだから、私が名付ける!」
「お言葉ですが、グリムリッパーは長らく私がお世話をしてきたのです。それに、皇女殿下たるレーヴェン様が、彼と同じ寝室で過ごすのは適切ではないと考えます」
「なぜだ!」
「ご覧ください」

 メイド長が俺を持ち上げ、驚くべき場所をレーヴェンに示していた。

「(やめてぇえええええええええッ――!?)」

 メイド長の恥辱的な行為によって、俺の残り少ない精神力が削り取られてしまう。

 ちーん……。

 俺はメイド長によって心に深い傷を負った。致命傷である。

「殿方と一緒に寝室を共にするのは不適切です」
「ロレッタ、貴様は何を考えておる! 此奴は ただの猫なのだぞ!」
「しかし、ご覧ください。グリムリッパーは先程からレーヴェン様に対して発情しておられます」
「(やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)」

 メイド長のせいで、俺はもうお婿さんにいけないかもしれない。

「猫が人間に発情するわけないだろ。今日はランスと一緒に寝ると決めておるのだ」
「お待ちを、レーヴェン様!」
「知らん」

 こうして、俺はレーヴェンのベッドで一緒に寝ることになったのだが、全然眠れない。目がパッキパキに冴えてしまう。

「(寝顔、可愛すぎるんだよな)」
「(それにしても、御主人様はいつまでにゃの中にいるつもりにゃ)」
「(いいだろ、別に……)」
「(御主人様が発情していると、にゃが眠れなくて困るにゃ。寝る時ぐらいは出ていってほしいにゃ)」
「(だが断る!)」

 俺は改めて、レーヴェンの寝顔を見つつ、彼女を守ることを誓った。
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