101回目の人生で、俺が初めて好きになった相手は破滅確定の皇女殿下!?

葉月

文字の大きさ
上 下
22 / 35

第22話 皇女殿下の気持ち

しおりを挟む
 side――レーヴェン

 蒼い空をただぼんやりと仰いでいた。

 まさか、シュナイゼルがクラーク公爵との縁談を私に持ちかけるとは思いもしなかった。それにテイラー卿とコックス卿まで失ったとなれば、退路はますます狭まっている。

 クラーク公爵との縁談を断れば、彼らはおそらく私を暗殺しようとするだろう。そうなれば私たちに勝ち目はない。戦力は私とハーネスにロレッタ、それにランス……いや、彼に頼るわけにはいかない。

 ランスは年下だが非常に頼りになる男だ。おそらく私が彼に泣きつけば、彼は共に戦うと言ってくれるだろう。

 だが、ランスはまだ若い。

 医師としての腕は言うまでもなく世界一。あのような素晴らしい男を、私の都合で死なせるわけにはいかない。彼はこれから多くの人々を救うことになるだろう。

 世界のためにも、ランスだけはここから逃さなければ……。
 私は、彼に別れを告げる決断をした。
 しかし、不思議なことに、別れを告げた瞬間、なぜか胸の奥がきゅっと締め付けられるように苦しくなった。

「レーヴェン様? どうかされましたか?」
「……?」
「お顔色が良くないようですが」
「うむ。体調があまり良くないようだ」
「では、本日のお食事は……」
「いい。それよりも、ランスは明日ここを立つ。できるだけ美味いものを腹いっぱい食わせてやってくれ。私は部屋で休んでいる」
「かしこまりました。セドリックの方はどういたしましょう」
「顔を見たら殺してしまいそうになる。さっさとつまみ出せ」

 私は部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。全身から力が抜け落ちると、手が震えていることに気がつく。

「何度死線をくぐり抜けてこようとも、人は決戦を前に恐れを抱くものなのだな。滑稽な生きものだ」

 虚しい笑い声が部屋に響いた。ベッドに寝そべり、窓の外をぼんやり眺める。ランスの瞳と同じ色の空が果てしなく広がっていた。

「ふふっ」

 不思議なことに、ランスの顔を思い浮かべると、心の淀みがふわりと消えていく。思い出すのは、初めて出会った日のことだ。

『押さえろ!』
『へ……?』
『ここを、こうやって押えて傷口を塞ぐんだ』

 あの日の凛々しいランスの顔を思い出すと、わずかに頬が熱を帯びた。皇帝の娘として生まれた私に、あのような強い口調で話しかける者はいなかった。不快ではなく、新鮮だった。それでいて初めて、男を頼もしいと感じた。

 もしも私の身辺に、ランスのような頼りになる男がいたなら、私も少しは女らしくなっていたのだろうか。

「恋……か」

 28歳にもなって、恋人の一人もできたことがない私が、女らしさについて考えるとは、どうかしている。

「戦場に生き、戦場で死ぬ」

 きっとそれが私の運命なのだ。
 でも、もし皇帝の座に就くことができたなら、私はどのような男と結ばれることになるのだろう。だらしない贅肉だらけの男か、口先だけで腕っぷしのない軟弱者か、はたまた金と女以外に興味のない好色家か……。

「どれも地獄だな」

 叶うことならランスのような……ハッ!?

「私は何を考えているのだ! ランスとは10歳も年が離れておるのだぞ!」

 18歳と28歳……。
 男女が逆ならよくある組み合わせだが、果たして女の方が10歳も年上というのは、許容されるのだろうか。 それとも許容されないのだろうか。わからん。

 仮に、仮に私が皇帝になり、その時にランスがまだ独身だったとしよう。皇帝の命令でランスと結婚することは可能なのだろうか。 ランスは元王族だが、現在は平民。口うるさい貴族たちが黙っていないだろうな。

「だが、英雄だったらどうだ?」

 ランスが英雄であれば、平民出身でも文句は言われないかもしれない。古代には、平民出身の勇者が姫君と結婚し、国の王になった逸話もある。石化病を治した功績だけでも、十二分に英雄的な扱いを受けるのではないか。

 と、そこまで考えた後、私は我に返る。

「バカバカしい」

 相手の気持ちを無視して何を考えているのだ。誰が好き好んで10歳も年の離れた、可愛げのない女と結婚を望むというのだ。何よりも、私はまだ皇帝ではない。

 それどころか――

「今は明日を生きられるかも分からぬ身なのだ」

 しかし、私も女だ。夢を見るくらいなら、きっとバチは当たらないだろう。

 気がつくと外は暗くなり、やがて日が昇り始める。一睡もできなかったのは、妄想に夢中になっていたからではない。戦場の死神と呼ばれる私でも、不安に襲われることはある。

「はぁ……」

 今日はため息ばかりがこぼれ落ちる。そこに、突然ノックの音が聞こえてきた。

「誰だ、こんな時間に」

 ベッドに腰掛けたところで、「レーヴェン、こんな明け方にすまない」とランスの声が響いてきた。

 ランスはとても優しい男だ。シュナイゼルの文面から私が危険だと悟ったのだろう。だから私を守るため、彼は騎士になりたいと口にした。その言葉を聞いて、嬉しくないわけがなかった。

 だからこそ、ちゃんと言わなければならない。私のことなど気にせず、自分の道を進んでほしいと。

 立ち上がり、ドアノブに手を伸ばしたその瞬間――

「レーヴェン、俺は君が好きだ!!」
「にゃっ!?」

 驚きすぎて後ろに下がってしまった。

 ――ガタンッ!?

 床に臀部を打ちつけたのは、足がもつれてしまったからだ。

 な、な、なんだ今のはっ!?

 ぺたんと床に座り込んでしまった私は、両手で口元を押さえ、ただ呆然と扉を見つめていた。

 妙なことを考えていたせいで、幻聴でも聞こえてしまったのだろうか。無意識に何度も睫毛を鳴らしてしまうことに気がついた。

「……」

 しかし、どうやら幻聴ではないようだ。

 ランスは、自分を年下の異性としてではなく、一人の男として見てほしいと切望している。彼は私を守りたいと口にしていた。

 そんなことを言われたのは、生まれて初めての経験だった。

「俺は君が好きだァッ――――!!

 初めて君を見た幼い頃から、ずっと憧れていた。この気持ちはずっと憧れなんだと思っていた。だけど、あの日偶然君に会って、違うんだって気づいた。憧れなんかじゃない。
 俺はずっと君のことが好きだったんだ!」

 私のような可愛げのない女に、こんな言葉をかけてくれる彼が、とても愛おしいと感じた。

「あなたは一体、何をしているのですか!」

 ロレッタたちが駆けつけてきても、ランスの必死な叫びは止まらなかった。私に向けられた情熱的な告白は、今も扉の向こうから聞こえている。

「好きだ、レーヴェン! 俺は君が大好きなんだ!」

 嬉しくないわけがない。
 女が男にここまで必死に好きだと愛を伝えられ、心が動かないわけがない。
 実際、私は今すぐにでも、扉を開けてランスを抱きしめてやりたかった。

「……っ」

 だが、私にはできない。
 そんなことをすれば、彼を危険にさらしてしまう。
 私は、ランスに長生きしてほしいのだ。

「好きだ、レーヴェン! 世界で一番、君が好きだ!」

 彼の必死の叫び声が響くたび、胸が満たされ、同時に苦しみが押し寄せてくる。

「ダメだ……ダメなのだ、ランス」

 くちびるを噛み、声を抑えつつ、私は胸を押さえてうずくまった。

「許せっ、ランス……」

 もし来世が存在するなら、その時を願わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

次の配属先が王太子妃となりました

犬野花子
恋愛
前世のような夢だったような妙な記憶を持つ酒場の娘リリアナは、お客の紹介で城勤めをすることになる。 この国の王太子妃となるかもしれない令嬢達のお世話係だったのだが、あれこれ駆け回っているうちに、友情と恋が芽生え、おまけに城で永久就職することになって。 元気が取り柄のド平民が王太子妃になるまでのドタバタラブコメ。 全34話。 小説家になろうやエブリスタでも公開。 表紙絵は玉子様♪

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい

みおな
恋愛
 何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。  死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。  死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。  三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。  四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。  さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。  こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。  こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。  私の怒りに、神様は言いました。 次こそは誰にも虐げられない未来を、とー

理不尽な理由で婚約者から断罪されることを知ったので、ささやかな抵抗をしてみた結果……。

水上
恋愛
バーンズ学園に通う伯爵令嬢である私、マリア・マクベインはある日、とあるトラブルに巻き込まれた。 その際、婚約者である伯爵令息スティーヴ・バークが、理不尽な理由で私のことを断罪するつもりだということを知った。 そこで、ささやかな抵抗をすることにしたのだけれど、その結果……。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...