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第19話 シュナイゼルの陰謀
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「セドリック、私を侮辱しているつもりか!」
「ひぃっ!?」
「そこに跪けっ! その首、斬り捨ててくれるッ!」
立ち上がり、テーブルに片足をかけたレーヴェンを、ハーネスが後ろから取り押さえていた。
「離せっ、ハーネス」
「おやめ下さい、殿下」
俺は突然のレーヴェンの婚約に、まだ理解が追いつかないでいた。
「よこせっ!」
「あっ、何をする!?」
俺は激しい混乱の中、セドリックから封書を奪い、レーヴェンの許可なしに封を切った。中身を確認せずにはいられなかった。
親愛なる姉上へ。
様々な理由から辺境の地に置かれている姉上に、私は心からの懸念を抱いております。姉上を救うために、私は最善の方法を考えました。それは姉上が皇族の立場を捨て、公爵夫人として新たな人生を歩むことです。
クラーク公爵は未だ兄弟たちの誰につくかを決めかねているのです。
しかし、姉上との縁談が成立すれば、クラーク公爵は私たちの支えとなることを約束してくれました。私は姉上と共に、帝国の繁栄に貢献したいと心から願っています。この知らせが姉上に無事に届きますよう、心より祈っています。
愛を込めて、
シュナイゼル・L・シュタインズより
なんだ、これはっ!
この知らせが無事に届くことを願う……?
断ると無事では済まないという脅しにも受け取れる文面ではないか。
何より、これを持ってきたのがレーヴェンを襲おうとした騎士の一人、セドリック・サンダースだ。
だとすれば、騎士をけしかけたのはシュナイゼルであるということになる。レーヴェンを暗殺しようとしておいて、これは何の冗談だ。
俺は怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
「シュナイゼルめ、くだらん真似をっ」
横目で書面を確認したレーヴェンも、怒りに震えていた。
「言ったはずだ。私が婚姻をする時は、私が皇帝となった時だと。 ましてやクラーク公爵などという好き者、舌を噛んで死んだ方がまだマシだ」
「その通りだ!」
「なっ、なんで他国の、それも小国の王子のお前が口を挟むんだよ! 関係ないんだからすっこんでろよ!」
つい勢いあまってレーヴェンの意見に賛同してしまった。
「そんなもの、ランスは私の友人で良き理解者だからに決まっているだろ。貴様のような裏切り者とは違うのだ!」
「その通りだ! それに何だよこのクラーク公爵ってのはっ! どうせ金と権力にまみれた拗らせオヤジだろ」
「40を越えても結婚せず、若い侍女たちを孕ませては僻地に追いやる、帝国を代表するクズの一人だ」
「なっ、なんだとっ!?」
俺は少し大げさなオーバーリアクションで声を荒げた。
「歳を考えろよ! レーヴェンの夫となる者は若くて健康な方がいいに決まってる! 何より女性をないがしろにするような最低な男では、レーヴェンを幸せにすることなど不可能だ! レーヴェンの夫となる者は、生涯レーヴェンだけと誓える穢れのない者にするべきだ。もちろん高貴な生まれである必要もある、相手は皇女殿下なのだから当然だろ? あっ、だけど何かしらの事情で身分を剥奪されていた場合は気にする必要はないと思う。大事なのはあくまで出生時の身分だと思うんだ。そうだろ!」
はぁっ……はぁっ……。
俺は肩で息を切りながら、ロレッタやハーネスに同意を求めた。
「………」
「……ええ、まぁ」
ロレッタの冷たいジト目は少し痛かった。ハーネスはわかりやすい愛想笑いを浮かべていた。
「そんな奴いるわけないだろ!」
「うるさい! 探せば意外と近くにいることだってあるんだ!」
セドリックと睨み合う中、レーヴェンが割って入ってきた、
「とにかく、私は皇帝になるまでは誰とも契りを交わすことはない。くだらぬことを画策する暇があるのなら、少しでも剣の腕を鍛えるようシュナイゼルに言っておくのだな」
俺から書面を奪い取ったレーヴェンは、セドリックに突き返した。
「しかし、これは……」
「くどいっ! 何度も言わせるな。命あるうちにさっさとここを去れ」
これ以上は話すことなどないと言って、応接室を出ようとするレーヴェンに、セドリックは声を張り上げた。
「クラーク公爵に恥をかかせるおつもりですか! 御二人の婚約パーティの知らせは、すでに多くの方々に届いているのですよ」
「そんなもの知るか」
「そんな……。そんなことをして、ただで済むと思っているのですか!」
「私は婚約するなど一言も言っていない。恥をかくのは勝手に私と婚約すると触れまわったクラーク公爵と、愚かなる弟のシュナイゼルだけだ」
「……どうなっても知りませんよ」
「望むところだ」
――バンッ!!
不機嫌を隠そうともせずに、レーヴェンは行ってしまった。
ドサッと力なくソファに座り込んだセドリックは、蒼白い顔で頭を抱えていた。
「メイド長、お願いです。あなたから説得してください」
「無理です。レーヴェン様は一度言い出したら誰の言うことも聞きません」
「死にますよッ!」
絹を裂くような険しい声が大気を貫く。
セドリックはかなり苛立っていて、テーブルに拳を振り下ろした。その反動で、誰も紅茶を手に取ろうとしなかったため、テーブルにこぼれた紅茶がしみを広げた。
「クラーク公爵は恥をかかせられるくらいなら、レーヴェン殿下を殺して婚約の話を有耶無耶にするはずです」
「それはシュナイゼル殿下も同じなのでは?」
「それを分かっていながら、なぜ説得してくれないんだ!」
「レーヴェン様は舌を噛んで死んだ方がマシだと仰られました。それがすべてです」
「……正気とは思えない」
ロレッタ、ハーネス、そしてテレサたちも皆、覚悟を決めていた。彼らはこの状況の結末を知りつつも、レーヴェンに従うことを選んだのだ。
ああ、そうか。
だから、彼女の存在は過去100回の人生で一度も耳にしなかったのか。クラーク公爵の地位を欲し、後ろ盾を手に入れるため、皇子たちはすべてを無かったことにした。
はじめから、レーヴェン・W・シュタインズなどという皇女殿下は存在しなかったと。その上で、クラーク公爵の座を巡る争奪戦を再開したのだろう。
「俺は……レーヴェン殿下から良い返事をもらえなければ帰れないんだ」
頭を垂れたセドリックに、
「知るかよ」
「知りません」
「そろそろお引取りを……」
俺たちの視線は一様に冷たいものだった。
「お前たちは鬼かっ!」
貴様のような裏切り者などどうでもいい。
それよりも、俺はレーヴェンのことが心配だった。
「ひぃっ!?」
「そこに跪けっ! その首、斬り捨ててくれるッ!」
立ち上がり、テーブルに片足をかけたレーヴェンを、ハーネスが後ろから取り押さえていた。
「離せっ、ハーネス」
「おやめ下さい、殿下」
俺は突然のレーヴェンの婚約に、まだ理解が追いつかないでいた。
「よこせっ!」
「あっ、何をする!?」
俺は激しい混乱の中、セドリックから封書を奪い、レーヴェンの許可なしに封を切った。中身を確認せずにはいられなかった。
親愛なる姉上へ。
様々な理由から辺境の地に置かれている姉上に、私は心からの懸念を抱いております。姉上を救うために、私は最善の方法を考えました。それは姉上が皇族の立場を捨て、公爵夫人として新たな人生を歩むことです。
クラーク公爵は未だ兄弟たちの誰につくかを決めかねているのです。
しかし、姉上との縁談が成立すれば、クラーク公爵は私たちの支えとなることを約束してくれました。私は姉上と共に、帝国の繁栄に貢献したいと心から願っています。この知らせが姉上に無事に届きますよう、心より祈っています。
愛を込めて、
シュナイゼル・L・シュタインズより
なんだ、これはっ!
この知らせが無事に届くことを願う……?
断ると無事では済まないという脅しにも受け取れる文面ではないか。
何より、これを持ってきたのがレーヴェンを襲おうとした騎士の一人、セドリック・サンダースだ。
だとすれば、騎士をけしかけたのはシュナイゼルであるということになる。レーヴェンを暗殺しようとしておいて、これは何の冗談だ。
俺は怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
「シュナイゼルめ、くだらん真似をっ」
横目で書面を確認したレーヴェンも、怒りに震えていた。
「言ったはずだ。私が婚姻をする時は、私が皇帝となった時だと。 ましてやクラーク公爵などという好き者、舌を噛んで死んだ方がまだマシだ」
「その通りだ!」
「なっ、なんで他国の、それも小国の王子のお前が口を挟むんだよ! 関係ないんだからすっこんでろよ!」
つい勢いあまってレーヴェンの意見に賛同してしまった。
「そんなもの、ランスは私の友人で良き理解者だからに決まっているだろ。貴様のような裏切り者とは違うのだ!」
「その通りだ! それに何だよこのクラーク公爵ってのはっ! どうせ金と権力にまみれた拗らせオヤジだろ」
「40を越えても結婚せず、若い侍女たちを孕ませては僻地に追いやる、帝国を代表するクズの一人だ」
「なっ、なんだとっ!?」
俺は少し大げさなオーバーリアクションで声を荒げた。
「歳を考えろよ! レーヴェンの夫となる者は若くて健康な方がいいに決まってる! 何より女性をないがしろにするような最低な男では、レーヴェンを幸せにすることなど不可能だ! レーヴェンの夫となる者は、生涯レーヴェンだけと誓える穢れのない者にするべきだ。もちろん高貴な生まれである必要もある、相手は皇女殿下なのだから当然だろ? あっ、だけど何かしらの事情で身分を剥奪されていた場合は気にする必要はないと思う。大事なのはあくまで出生時の身分だと思うんだ。そうだろ!」
はぁっ……はぁっ……。
俺は肩で息を切りながら、ロレッタやハーネスに同意を求めた。
「………」
「……ええ、まぁ」
ロレッタの冷たいジト目は少し痛かった。ハーネスはわかりやすい愛想笑いを浮かべていた。
「そんな奴いるわけないだろ!」
「うるさい! 探せば意外と近くにいることだってあるんだ!」
セドリックと睨み合う中、レーヴェンが割って入ってきた、
「とにかく、私は皇帝になるまでは誰とも契りを交わすことはない。くだらぬことを画策する暇があるのなら、少しでも剣の腕を鍛えるようシュナイゼルに言っておくのだな」
俺から書面を奪い取ったレーヴェンは、セドリックに突き返した。
「しかし、これは……」
「くどいっ! 何度も言わせるな。命あるうちにさっさとここを去れ」
これ以上は話すことなどないと言って、応接室を出ようとするレーヴェンに、セドリックは声を張り上げた。
「クラーク公爵に恥をかかせるおつもりですか! 御二人の婚約パーティの知らせは、すでに多くの方々に届いているのですよ」
「そんなもの知るか」
「そんな……。そんなことをして、ただで済むと思っているのですか!」
「私は婚約するなど一言も言っていない。恥をかくのは勝手に私と婚約すると触れまわったクラーク公爵と、愚かなる弟のシュナイゼルだけだ」
「……どうなっても知りませんよ」
「望むところだ」
――バンッ!!
不機嫌を隠そうともせずに、レーヴェンは行ってしまった。
ドサッと力なくソファに座り込んだセドリックは、蒼白い顔で頭を抱えていた。
「メイド長、お願いです。あなたから説得してください」
「無理です。レーヴェン様は一度言い出したら誰の言うことも聞きません」
「死にますよッ!」
絹を裂くような険しい声が大気を貫く。
セドリックはかなり苛立っていて、テーブルに拳を振り下ろした。その反動で、誰も紅茶を手に取ろうとしなかったため、テーブルにこぼれた紅茶がしみを広げた。
「クラーク公爵は恥をかかせられるくらいなら、レーヴェン殿下を殺して婚約の話を有耶無耶にするはずです」
「それはシュナイゼル殿下も同じなのでは?」
「それを分かっていながら、なぜ説得してくれないんだ!」
「レーヴェン様は舌を噛んで死んだ方がマシだと仰られました。それがすべてです」
「……正気とは思えない」
ロレッタ、ハーネス、そしてテレサたちも皆、覚悟を決めていた。彼らはこの状況の結末を知りつつも、レーヴェンに従うことを選んだのだ。
ああ、そうか。
だから、彼女の存在は過去100回の人生で一度も耳にしなかったのか。クラーク公爵の地位を欲し、後ろ盾を手に入れるため、皇子たちはすべてを無かったことにした。
はじめから、レーヴェン・W・シュタインズなどという皇女殿下は存在しなかったと。その上で、クラーク公爵の座を巡る争奪戦を再開したのだろう。
「俺は……レーヴェン殿下から良い返事をもらえなければ帰れないんだ」
頭を垂れたセドリックに、
「知るかよ」
「知りません」
「そろそろお引取りを……」
俺たちの視線は一様に冷たいものだった。
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それよりも、俺はレーヴェンのことが心配だった。
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