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第11話 純情ランスの赤面

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「屋敷にあった練習用の木剣だ」
「おっと」

 投げ渡された木剣を受け取り、レーヴェンを一瞥する。彼女は感触を確かめるようにその場で木剣を振っていた。

「あまりしっくりこんな」

 不満そうな顔をしているが、先程から木剣とは思えぬ音が鳴り響いていた。

「ランスの方はどうだ? 問題なさそうなら、早速手合わせしたいのだが」
「ああ、俺の方はいつでも問題ない」

 木剣を使った稽古なんて、いつ以来だろう。かつて剣帝な師匠によって、この木剣でボコボコにされた記憶がよみがえる。とても嫌な思い出だ。

 向かい合う俺とレーヴェンの間には、見習いメイドのテレサが立っており、静かに行く末を見守っている。

「お二人とも、無茶はしないでくださいね」と、栗色の髪を揺らした少女が不安そうな表情を浮かべた。

「うむ、木剣なのだから問題ない」と、俺は自信を持って答えた。

「そうだな」と、レーヴェンも頷いていた。

「では、始めてください」

 テレサの合図と同時に、脚に魔力をまとったレーヴェンが地面を力強く蹴り上げ、俺に向かって疾風のように突進してくる。その低い体勢からの奇襲は、まるで獰猛な獣の襲撃のようだ。

「―――!?」

 下からのなぎ払いに対してバックステップでかわし、しかし、それをレーヴェンが予測していたのか、彼女は力強く地面を蹴り、急速に加速し、鋭い刺突を繰り出した。

「ちょっ――」

 俺は彼女の速さに驚いていた。思っていた以上に彼女の攻撃は速く、心臓を直撃しそうな一突きは凄まじい。
 パウロと刃を交えていた時のレーヴェンは確かに強かった。が、驚異的とまでは思わなかった。しかし、目の前の彼女はあの時以上だ。

 先程までの穏やかで天使のような面影は完全に消え去り、彼女の赤い瞳は怖るべき輝きを放っていた。まるで別人のようだ。
 夜のように揺れる髪は死神の衣を思わせ、燃えるような赤い瞳に射られると、無意識に死を連想せざるを得ない。

 この異常とも言える殺気の塊を何百倍、あるいは何千倍にも濃縮すると、剣帝の師匠が持っていたそれと同じようになるだろう。

 たとえ木剣であっても、この突きを受ければ無事ではすまない。思考が加速する中で、幾つかの回避パターンをシミュレートする。その中で最も確実な方法はパリィ――攻撃を打ち払うことだった。

「――なっ!?」

 胸を貫かれる寸前で、俺はレーヴェンの剣先を払った。しかし、それを予測していなかったようで、レーヴェンは驚きの表情を浮かべていた。
 俺たちは互いに距離を取り、再び構え直した。


「今のを防がれるとは思わなかった。やはり、剣もかなりの腕のようだな」
「いや、正直今のはかなり焦った。わずかでも判断が遅れていたら……」

 そこまで言いかけて、

「――――ハッ!?」

 と、俺は息を飲んだ。

「どうかしたか?」
「レ、レ、レ、レーヴェンッ! む、胸元がっ!」
「ん、ああ……今のランスの一撃で、衣服の第二ボタンが外れてしまったようだな」

 レーヴェンの衣服が、第二ボタンが外れて胸元が露になってしまっている。

「が、問題ない。構わず続けるぞ」
「…………」

 いやいやいや、問題ありすぎるだろう!?
 天下のシュタインズ帝国第一皇女殿下が、胸の谷間を露出しながら木剣を振るうなんて、破廉恥過ぎる。なにより、目のやり場に困る。

「い、いいのかあれっ!」

 俺は見習いメイドに胸元を隠すように指示しようとしたが、

「何か問題でも?」

 と、テレサはキョトンと首をかしげる。

 ア、アホなのかこの見習いメイドは!?
 問題があるに決まっているだろう。
 皇女殿下のお、おおお……くっ。第二ボタンが外れてるんだぞ!

「では、行くぞ!」
「ちょっ―――」
「どうしたランスっ! 反応が鈍くなっておるぞ!」

 刃を交えるどころか、レーヴェンが胸元を大胆に晒したまま突っ込んでくる。そのたびにぷるんぷるんと揺れ動く胸の谷間に意識が……視界がもっていかれる。

 ――み、見てはいかん。

「どこを見ておるのだっ!」
「み、見てないっ! 見てないからなっ!!」
「なっ!? 貴様ランス! 私をなめているのか!」
「そ、そんなことはない!」
「ならちゃんと見ろ! 私を見ろ!」

 そ、そんな変態みたいなことを言わないでくれと思う一方で、嫌われたくない一心で視線をレーヴェンの胸元に戻す。


 ――チラッ。

 ああああああああああああああああああああああああああああっ!? 

 む、む、む、む、むねがっ!
 レーヴェンの大きな胸が迫ってくる。

 すると、頭の中で何かが突然激しく爆発するような感覚がした。強烈な熱さが鼻から押し寄せ、勢いよく噴出した。

「ん……掠ったか?」

 いや、違う。
 これは違うんだ。

「よそ見ばかりしているから、そうやって鼻先をかすめるのだ」
「だから、違うんだってば」

 やばい、鼻血が止まらない。顔と身体がどんどん熱くなっていく。このままでは、俺はどうにかなってしまいそうだ。

「あっ―――!?」

 自分を守るために瞼を閉じたが、自分の鼻血に滑って転んでしまった。

「勝負ありだな」

 にっこり微笑むレーヴェンの笑顔が眩しかった。

「ほら、立てるか」
「あ、ありがとう――あっ!?」

 彼女の手首をしっかり掴んで勢いよく引き起こされた瞬間、再び滑ってしまった。

 ぷにゅ!

「へ……?」

 しかし、今度は地面ではなく、暖かくて優しい薔薇の香りが俺を包み込んでいる。何よりも驚くべきことに、びっくりするくらい柔らかい。

「はぁっ!?」

 俺は顔面からレーヴェンの谷間に飛び込んでしまった。

「大丈夫か?」
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!?」
「ランス!?」

 混乱する俺の鼻からは、プシュッ! と、再び勢いよく鼻血が噴き上がった。

 晴れ渡る大空に真っ赤な血飛沫が舞い上がり、その瞬間、空のキャンバスに七色の弧が広がった。俺は朦朧とした意識の中で、それをぼんやりと眺めていた。

「テレサ、すぐにポーションを持ってきてくれ!」
「は、はい、すぐにお持ちいたします」

 俺は情けなくて、恥ずかしさで顔が火照り、どこかに隠れたくなった。
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