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第1話 101回目のループ
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「ランス・ランナウェイよ! たとえ私の息子であっても、貴様の愚かな行為をこれ以上見過ごすわけにはいかん。この時をもって、貴様の王位継承権を剥奪する!」
「はい、分かりました」
「えっ」
俺は玉座に深く腰掛ける父に一礼し、王族の証であり王位継承権でもある指輪を外し、それを近くにいた大臣に渡した。
父の混乱をよそに、俺はもう一度優雅に礼をし、亡くなった母譲りの山吹色の髪を手で撫で、踵を返した。
この場にいた全員が、あんぐりと大口を開けて俺を見つめていた。周囲の視線は王位継承権を剥奪され、王家を追放された哀れな元第一王子に向けられる類のものではない。
国王陛下はぽかんとしていたが、慌てたように声を浴びせてくる。
「ま、待て! 王位継承権を剥奪されたのだぞ!? このあと自分がどうなるのか、その処遇が気になるはずだろう!?」
「いえ、まったく」
この後の処遇は分かっている。俺は色々な誤解を受け、全てを失って王家から追放されることになる。頼れる人は誰もおらず、一人で生きていくしかない。
俺がこの場面を経験するのは、これが初めてではない。
なにしろ、これが101回目だからな。
できることなら、88回目で出会った師匠、賢者にもう一度弟子入りしたい。そのためには国を二つ移動する必要がある。一分でも遅れてしまえば、師匠は転移魔法でどこか遠くへ消えてしまう。これまで何度も挑戦したが、再び師匠と出会えたのは96回目と98回目の2回だけだ。こんなところで時間を浪費する余裕は俺にはない。
「おっ、おい! 待て、話を聞かんか! 貴様への罪状を10日もかけて考えたんだぞ!」
まだ師匠のように世界のどこにでも一瞬で転移できるわけではないので、とりあえず飛空魔法で目的地を目指すことにしよう。
「あ!」
でも、東のルートと北東のルートは避けるべきだった。東では途中で魔王軍の幹部と遭遇してしまい、北東ではレッドドラゴンに追いかけられることになる。そうしている間に師匠に会えなくなる。そうなった場合、プランBを考える必要がある。剣帝の師匠の元に向かうか、それともまだ進行中の魔王討伐に専念しようか。勇者パーティは勇者の恋愛トラブルやその後の処理ばかりを押し付けられて大変だったので、あまり気が進まないんだけど……。
とりあえず、賢者な師匠に出会うルートを選ぶことにするか。もっとも確実なのは北からの迂回ルートだが、途中で飛空魔法が使えなくなることが懸念される。
何よりもあの坑道を通るのは気が引けた。
「ままっ、待たんかっ、ランス!!」
真っ赤な顔で半泣きになった国王陛下に、周りの臣下たちが耐えきれずにくすくすと笑い始めた。
俺はふと思い直し、父へと振り返った。
母譲りの蒼く大きな瞳で、父である国王陛下を見つめていた。
「言い忘れるところでした」
「う、うむ、そうであろう! 必死にしがみついてこそ――」
「いえ、元々玉座には興味がないので、結構です」
「あぐっ……」
うっかり本音を口にしてしまったが、まあいいか。101回も王位継承権を剥奪され、家族の縁を切られていては、今更それに対してどうも思わない。今となっては自由にしてくれた陛下には感謝していたりする。
だから、俺は最後に父に微笑みかけた。
「どうかお体にお気をつけください。父上は上皮性細胞から発生した悪性腫瘍を患っていると思われるので……。それと、宮廷で雇っている薬剤師たち、彼らは賃金に不満を持っているので、まともに薬を調合していません。いざとなればポーションを飲ませれば問題ないと考えていますが、ポーションにより細胞が活性化すると、父上が患っている病は却って進行を早めてしまうかもしれません。見習いのマヤという少女以外はクビにするのが賢明かと思います」
「なっ………!?」
こんなのでもやはり父だ。病死することが分かっていて、見殺しにはできない。
敵は徹底的に叩き潰す! が、口癖な勇者には、また甘いと言われてしまうかもしれないが、俺は俺だ。これでいい。
俺を陥れた弟や臣下たちに、慕ってくれた妹や侍女たちに目礼し、俺は歩き出した。
「な、な、な、なぜ最近体調が良くないことを知っている!?」
背後で国王陛下がまだ何かを怒鳴り散らしているが、これ以上は時間が惜しい。
確かに、一度目はかなり動揺した。自己防衛のために反論も試みた。しかし、陛下は俺の言葉には決して耳を貸そうとしなかった。
父は第一王子の俺ではなく、第三王子のガーガスに王位を譲りたがっているのだ。
それには、俺が妨げになっていた。
第二王子のウィルやガーガスが、巧妙に王位争いで俺を転覆しようとしていた計画が、うまく事を運んだのだ。
ざまあみろとほくそ笑んでいるウィルには申し訳ないが、お前もやがては同じ境遇に立たされるだろう。俺は哀れみをもってその視線を向ける。
お前が信頼している従者たちは、すでにガーガスに取り入り、愛する侍女もガーガスとの密会を繰り返している。
一方、ガーガスは父の死後すぐに王位についたが、その地位も短命に終わった。ガーガスは知らないかもしれないが、この国はすでに末期だ。貧困国なのに、臣民たちは贅沢に浸りきっているのだ。
そのしわ寄せはすべて国民に向かっている。
しかし、それももう限界だ。国民たちは王家に対して反感を募らせ、将来的には大規模な内戦が勃発するだろう。この国は長く厳しい時代に突入する。
「はぁ……」
哀れな弟たちには言葉も出てこない。
腹違いの弟たちについてはどうでもいい。彼らとは血が繋がっているだけで、他人同然だ。気がかりは慕ってくれた妹たちだ。
しかし、今の俺には何もできない。
憂鬱な気持ちを振り払い、未来を思い描く。
そうすると、ワクワクが押し寄せてくる。今度の人生で何が待っているのか、楽しみだ。
過去100回の人生を振り返り、俺は笑った。
どの人生も、本当に充実していて素晴らしかった。
でも、今回は違う。長生きしたい。そして、結婚して幸せな家庭を築きたい。金と権力に振り回され、家族同士が争い合うような人生はもう懲り懲りだ。
今回こそ、命を奪われないように慎重に行動しなければ。
「はい、分かりました」
「えっ」
俺は玉座に深く腰掛ける父に一礼し、王族の証であり王位継承権でもある指輪を外し、それを近くにいた大臣に渡した。
父の混乱をよそに、俺はもう一度優雅に礼をし、亡くなった母譲りの山吹色の髪を手で撫で、踵を返した。
この場にいた全員が、あんぐりと大口を開けて俺を見つめていた。周囲の視線は王位継承権を剥奪され、王家を追放された哀れな元第一王子に向けられる類のものではない。
国王陛下はぽかんとしていたが、慌てたように声を浴びせてくる。
「ま、待て! 王位継承権を剥奪されたのだぞ!? このあと自分がどうなるのか、その処遇が気になるはずだろう!?」
「いえ、まったく」
この後の処遇は分かっている。俺は色々な誤解を受け、全てを失って王家から追放されることになる。頼れる人は誰もおらず、一人で生きていくしかない。
俺がこの場面を経験するのは、これが初めてではない。
なにしろ、これが101回目だからな。
できることなら、88回目で出会った師匠、賢者にもう一度弟子入りしたい。そのためには国を二つ移動する必要がある。一分でも遅れてしまえば、師匠は転移魔法でどこか遠くへ消えてしまう。これまで何度も挑戦したが、再び師匠と出会えたのは96回目と98回目の2回だけだ。こんなところで時間を浪費する余裕は俺にはない。
「おっ、おい! 待て、話を聞かんか! 貴様への罪状を10日もかけて考えたんだぞ!」
まだ師匠のように世界のどこにでも一瞬で転移できるわけではないので、とりあえず飛空魔法で目的地を目指すことにしよう。
「あ!」
でも、東のルートと北東のルートは避けるべきだった。東では途中で魔王軍の幹部と遭遇してしまい、北東ではレッドドラゴンに追いかけられることになる。そうしている間に師匠に会えなくなる。そうなった場合、プランBを考える必要がある。剣帝の師匠の元に向かうか、それともまだ進行中の魔王討伐に専念しようか。勇者パーティは勇者の恋愛トラブルやその後の処理ばかりを押し付けられて大変だったので、あまり気が進まないんだけど……。
とりあえず、賢者な師匠に出会うルートを選ぶことにするか。もっとも確実なのは北からの迂回ルートだが、途中で飛空魔法が使えなくなることが懸念される。
何よりもあの坑道を通るのは気が引けた。
「ままっ、待たんかっ、ランス!!」
真っ赤な顔で半泣きになった国王陛下に、周りの臣下たちが耐えきれずにくすくすと笑い始めた。
俺はふと思い直し、父へと振り返った。
母譲りの蒼く大きな瞳で、父である国王陛下を見つめていた。
「言い忘れるところでした」
「う、うむ、そうであろう! 必死にしがみついてこそ――」
「いえ、元々玉座には興味がないので、結構です」
「あぐっ……」
うっかり本音を口にしてしまったが、まあいいか。101回も王位継承権を剥奪され、家族の縁を切られていては、今更それに対してどうも思わない。今となっては自由にしてくれた陛下には感謝していたりする。
だから、俺は最後に父に微笑みかけた。
「どうかお体にお気をつけください。父上は上皮性細胞から発生した悪性腫瘍を患っていると思われるので……。それと、宮廷で雇っている薬剤師たち、彼らは賃金に不満を持っているので、まともに薬を調合していません。いざとなればポーションを飲ませれば問題ないと考えていますが、ポーションにより細胞が活性化すると、父上が患っている病は却って進行を早めてしまうかもしれません。見習いのマヤという少女以外はクビにするのが賢明かと思います」
「なっ………!?」
こんなのでもやはり父だ。病死することが分かっていて、見殺しにはできない。
敵は徹底的に叩き潰す! が、口癖な勇者には、また甘いと言われてしまうかもしれないが、俺は俺だ。これでいい。
俺を陥れた弟や臣下たちに、慕ってくれた妹や侍女たちに目礼し、俺は歩き出した。
「な、な、な、なぜ最近体調が良くないことを知っている!?」
背後で国王陛下がまだ何かを怒鳴り散らしているが、これ以上は時間が惜しい。
確かに、一度目はかなり動揺した。自己防衛のために反論も試みた。しかし、陛下は俺の言葉には決して耳を貸そうとしなかった。
父は第一王子の俺ではなく、第三王子のガーガスに王位を譲りたがっているのだ。
それには、俺が妨げになっていた。
第二王子のウィルやガーガスが、巧妙に王位争いで俺を転覆しようとしていた計画が、うまく事を運んだのだ。
ざまあみろとほくそ笑んでいるウィルには申し訳ないが、お前もやがては同じ境遇に立たされるだろう。俺は哀れみをもってその視線を向ける。
お前が信頼している従者たちは、すでにガーガスに取り入り、愛する侍女もガーガスとの密会を繰り返している。
一方、ガーガスは父の死後すぐに王位についたが、その地位も短命に終わった。ガーガスは知らないかもしれないが、この国はすでに末期だ。貧困国なのに、臣民たちは贅沢に浸りきっているのだ。
そのしわ寄せはすべて国民に向かっている。
しかし、それももう限界だ。国民たちは王家に対して反感を募らせ、将来的には大規模な内戦が勃発するだろう。この国は長く厳しい時代に突入する。
「はぁ……」
哀れな弟たちには言葉も出てこない。
腹違いの弟たちについてはどうでもいい。彼らとは血が繋がっているだけで、他人同然だ。気がかりは慕ってくれた妹たちだ。
しかし、今の俺には何もできない。
憂鬱な気持ちを振り払い、未来を思い描く。
そうすると、ワクワクが押し寄せてくる。今度の人生で何が待っているのか、楽しみだ。
過去100回の人生を振り返り、俺は笑った。
どの人生も、本当に充実していて素晴らしかった。
でも、今回は違う。長生きしたい。そして、結婚して幸せな家庭を築きたい。金と権力に振り回され、家族同士が争い合うような人生はもう懲り懲りだ。
今回こそ、命を奪われないように慎重に行動しなければ。
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