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第14話 女の子の日?

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「一体何があったの?」

 眠り続けるクレアを連れて汗だくになって帰ってきた俺を、ユニは何も言わず出迎えてくれた。クレアをゲストルームのベッドに寝かせたあと、彼女はいつものように温かい紅茶を淹れてくれる。

 紅茶で喉を潤すと口いっぱいに爽やかなアールグレイの香りが広がり、ほうっと息を吐いた。

 しばらく俺が紅茶を味わっている場面をじっと眺めていたユニは、タイミングを見計らったように口を開いた。
 心配をかけた手前、俺も黙っているわけにはいかないと思い、手にしたカップをソーサーに置いてから咳払いを一つ。

「それがな、俺自身何が起きたのかいまいち分かっていないのだ」

 疑問符を瞳に宿すユニであったが、本当になぜあのような事態に陥ってしまったのか俺にも分からなかった。はっきりしていることは一つ、俺たちと同様の考えを持った生徒と禁書庫で鉢合わせてしまったということ。

 制服の胸のラインが黒だったことから、相手のことは最上級生の五年生だということくらいしかわかっていない。

「つまり、学校に忍び込んだら他の生徒とばったり出くわしたの? それで見回りの先生にバレそうになったから慌てて帰って来たの?」
「うーん、簡単に言ってしまえばそうなる」

 盛大に嘆息してあきれたと肩をすくめるユニであったが、俺が気にかけていることは教師にバレかけたことなどではない。
 あの女子生徒は去り際に言ったのだ。

 ――機会があれば《魔女の茶会》でお会い致しましょう、と。

 クレアの話しに出てきた恐れ知らずの生徒、そのリーダーが出会ったという九姉妹の魔女。俺が禁書庫で出会った謎の上級生。彼女が去り際に口にした《魔女の茶会》、すべて単なる偶然なのだろうか。

 俺は漠然とした胸騒ぎにソワソワしていたのだが、ふと壁の時計に目をやると時刻は午前一時を回っていた。紅茶のリラックス効果も相まって、非常に眠たい。

「とりあえず俺はもう寝る。ユニも遅くまですまなかったな」
「ふわぁ~、ユニももう限界なの」

 明日も学校があるので今日はもう就寝とする。
 俺は寝室へと向かった。


 そして翌朝――

「リオニスは随分と寝坊助なのだな」
「起こしに行くの忘れてたの!」

 眠気眼をこすりながらダイニングルームに顔を出せば、朝食の準備をするユニと、眠りの魔法が解けたクレアが当然のように食卓に腰掛けていた。

「もうすっかり良さそうだな。安心したよ」
「うむ。ユニから話を聞くまでは、なぜ自分がここに居るのかも分からなかったのだがな」
「クレア様が困惑していたので、昨夜リオニス様から伺っていた話をそのままお伝えしたの」
「様は付けなくてもいいと何度も行ったのだが、彼女は中々に頑固だな」
「クレア様はリオニス様の大切なお客様なの。当然なの!」

 クレアがユニに視線を流すと、侍女はうなずき俺へと体を向けた。
 二人はこの短時間で随分と打ち解けているようだ。
 ダークエルフは世間的にあまり良いイメージを持たれていなのだけれど、ユニはまったくと言っていい程気にしていない様子だった。ダークエルフ以上に世間から疎まれている存在と長年一緒にいるのだから当然か。

「ユニに事情を話していたのは正解だったというわけか。ご苦労だったな」
「侍女として当然なの!」

 労いの言葉をかけてやると、ユニは嬉しそうに微笑んだ。テキパキと食器類をテーブルに並べている。

「リオニス、朝食を摂りながらで構わないから、私を襲った上級生とやらについての話を聞きたい」
「構わないが、多分ユニから聞いたこと以上のことは話せないと思うぞ」

 クレアの向かいの席に腰を下ろす俺に、ユニは様々な種類のパンが入ったバスケットを差し出してくれる。俺はそこから胡桃がたっぷり詰まったブレッドを一つ手に取り、皿に乗せる。

「構わん。当人の口から直接聞きたいのだ。私が気付くこともできずに眠らされた相手が、どのような相手だったのか」
「そういうことなら」

 俺はユニが用意してくれた朝食を食べながら、時間が許す限りできるだけ詳しく、昨夜の禁書庫での出来事を語った。
 クレアは真剣な眼差しでじっと俺の話を聞いていた。

「では、行くか」

 朝食を終えた俺たちは、ユニが御者を務める馬車に乗ってアルカミア魔法学校にやって来たのだが、何やら騒がしい。
 城門で生徒たちが騒いでいた。

「大ニュースだぜ! 昨夜図書室に書庫荒らしが出たらしぜ」
「マジかよ!」
「大マジだ! しかもヴィストラールが封印した恥ずかしい記憶を盗み読もうとしたらしい」
「なんでも幼少期の恥ずかしい記憶を記した魔法書グリモワールが、狙われていたのは自分だと証言しているんだと」

 学内では昨夜の騒動がすでに噂になっていた。
 それも真実が大きくねじ曲がった形で伝わっている。

「これではもう図書室に忍び込むことは不可能だな」
「ああ、そのようだな」

 俺は力なく答えた。
 今回の件で図書室の警備はこれまでとは比べものにならないほど厳しくなることが考えられたからだ。
 あともう少しでこの顔の呪いが解けたかもしれないと考えれば考えるほど、俺は悔しさからくちびるを噛みしめてしまう。

「ん?」

 ふいに側頭部に突き刺さるほどの熱視線を感じてそちらに顔を向けると、鬼瓦のように口をへの字に曲げた男子生徒がこちらを睨みつけていた。
 アレス・ソルジャーである。

 朝っぱらから嫌なやつと目が合ってしまったと項垂れる。

「最悪だ」

 鼻息荒いアレスがドスンドスンと近付いてくる。そのまま眼前で立ち止まったアレスは、ググッと俺の顔を覗き込み、矢継ぎ早に隣のクレアに顔を振る。
 そしてまた俺に顔を向けるという謎の行動を数回繰り返したアレスは、突然駄々っ子みたいにその場で地団駄を踏みはじめた。

「紹介しろよ!」
「は?」
「世にも珍しい褐色ハーフ美少女とかお前にはもったいない! よって没収! 彼女は僕が築くハーレムの一員に今決定した!」

 意味不明なことを口にしたアレスが、馴れ馴れしくクレアの肩に手を回す。
 いくら遠い御先祖様が勇者だったとはいえ、男爵と公爵の立場関係は守ってもらいたいものだ。

 目が合ったクレアにウインクを投げかけるアレスが、決まったと口端をつり上げる。

 が――

「え? ……なんでぇッ!?」

 すぐにその手を払われてしまう。
 クレアの当然の行動にびっくり仰天とみぞおちを打たれたようにノックバックするアレスは、信じられないものを見たというように睫毛を鳴らしていた。

「何なのだ、この馴れ馴れしい男は。リオニスの知り合いか?」
「知り合いというほどでもない」

 俺にピッタリ寄り添うクレアを見ては、アレスは再び驚愕に目を丸くする。

「あり得ない!? どうなっている!」

 一人興奮したように騒ぎはじめるアレスは、何かをたしかめるように側にいた別の女子生徒に向かって髪をかき上げた。クイクイッと眉を持ち上げてキメ顔を作れば、途端に女子生徒は黄色い歓声を上げながら目をハートにした。
 その様子にホッと胸をなでおろすアレス。

 魔法剣の授業あのときと同じだと、俺は疑惑の眼差しをアレスに向けた。
 彼と目が合った女子生徒は人が変わってしまったように、エロゲ主人公に骨抜きとなっていく。

 胸にしなだれ掛かる女子生徒を抱きかかえたアレスは、落ち着きを取り戻すように咳払いをしてからこちらに向き直る。

 じーっとクレアの全身を舐めまわすように訝しむアレスに、尖り耳の彼女は何か思うところがあったのか、俺の腕をギュッと抱きかかえた。

「!?」
「リオニス、私は中庭の花壇に水をやらねばならん。良ければ付いてきてもらえないか?」
「あっ、ああ、もちろんだ!」

 クレアが突如豊満な胸を押しつけてくるもんだから、さすがの俺も声が上擦ってしまう。

「さあ、行こう」
「あっ!」

 グイグイ引っ張られて城門をくぐる俺の背後から、彼の戸惑いの声が短く響く。
 チラっと首を回して後方を窺えば、アレスが凄まじい歯軋りを鳴らしていた。


 花壇に咲いた色とりどりの花に如雨露で水をやるクレアを、俺は出会ったときのようにベンチから眺めていた。
 俺は疑問に思っていることを直接本人に尋ねることにした。

「クレアは何ともなかったのか? その、先程アレスにじっと見られていたろ?」
「アレス? ああ、先程の無礼な男か?」

 そうだと返事を返す俺に、クレアは何もなかったとはどういう意味かと聞き返してきた。

「例えば胸がドキドキするとか? アレスのことが好きになるとか?」

 湖畔でアリシアから聞いたことをそのまま口にした俺に対し、彼女は深いため息を吐き出した。それから不満そうに、とてもつまらなさそうにぶつぶつと言葉を吐き捨てる。

「リオニスは私があのようなチャラチャラした男を好むと思っているのか、前にも火傷跡なら気にしないと言ったばかりだろ」

 彼女は余程アレスのナンパな態度がお気に召さなかったのだろう。恨めしそうに一人愚痴っている。

 しかし、そうなると益々不思議だ。
 痴漢少女も先程の女子生徒も、なぜアレスに対する態度が急激に変わってしまったのだろう。それにクレアの態度が変化しなかったことに、アレス自身驚きを隠せずにいた。それは裏を返せば、本来ならば変化していたということなのではないのだろうか。

「―――聞いているのか、リオニス!」
「ん、なにか言ったか?」
「なっ!? お前というやつは自分から聞いておきながらッ……」
「どうしたんだよ、そんなにイライラして。クレアにしては珍しいな」
「なんでもない! 私はもう行くッ!」

 なぜか若干不機嫌なクレアがふんっ! と明後日の方向に顔を向けて去っていく。
 慌ててついて行こうとあとを追う俺に、

「私は一人でやることがある! 付いてくるな!」
「……何をプンスカしているのだ」

 意味がわからん。
 と思ったが。
 女性にはそういう特別な日があることを俺はちゃんと理解している。
 こう見えても前世では少女漫画を愛読していたのだ。

「女の子の日か……」

 しばらくそっとして置こうと思う。
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