悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。

葉月

文字の大きさ
上 下
17 / 33

第17話 sideジェネル(褐色の王子)

しおりを挟む
 オルパナール――嘗ては海賊島とも呼ばれ、忌み嫌われたこの島が俺の愛すべき祖国。

 人口僅か5000人程の小さな島は、農業と漁によって島の生活が支えられている。

 俺――ジェネル・コルタブル・マイスターは、そんな島の次期国王として生まれた。

 一国の王子だからと言って、大国のバカ王子共とは違う。
 毎朝3時に起床して、まだ暗闇に包まれた海原に帆を張る。

 ここでは身分はあってないようなもの。王子だからと言って遊び歩いている奴に食わせる余裕などない。
 ここは裕福な大陸とは違う。

 その一番の理由が……。

「全部で1万だな」

「ちょっと待ってくれ! 網一杯の魚がたったの一万ギルと言うのはいくらなんでも……最低でも10万はするはずだ!」

「嫌なら他所に持ってきな! まぁこの辺りじゃお前達海住かいじゅの魚を買い取ってくれるところなんて他にないがな。グハハハハッ――さぁ、商売の邪魔だ! 消えろクラゲ!」

「く………っ!」

 俺達島の一族は世界の嫌われ者。
 その中でも特に、オルパナールは忌み嫌われていた。
 その理由は単純。

 俺達オルパナールの御先祖様が、嘗て海賊業を行っていたからだ。
 だけど、それはもう100年以上も昔のこと。
 だが、100年たった今も世界は何一つ変わらない。

「兄上、お魚高く売れた?」

 沖合いに船をつけると、犬のように尻尾を振って駆け寄ってくるのは双子の妹、シェルバだ。
 実際に尻尾など生えてはいないが、その嬉々とした愛くるしい仕草がそう錯覚させる。

「すまん……あまり良い収入は得られなかった」

「そうですか……でもっ! アルカバス魔法学院に入学できれば、きっと変わるはずよ! 私達の代でこんな理不尽は終わらせないと、それが王家の務めだもの」

「ああ、そうだな……」

 妹のシェルバは少し楽観的な節がある。
 シェルバには面と向かって言えないが、俺達兄妹がアルカバス魔法学院に入学することは不可能だろう。

 なぜなら、あそこは由緒正しき王族や貴族が通う学舎。俺達オルパナールは未だに国としても認めてもらえていない。
 そんな俺達にアルカバス魔法学院から入学許可が下りるはずもなかった。

 なかったのだが……。

「兄上! やったわ、遂に私達やったのよ!」

 漁から帰ってきて数時間後――シェルバが大はしゃぎしながら部屋に飛び込んできた。
 その手には手紙を2通握りしめている。あまりにも強く握りしめるものだから、手紙がしわくしゃだ。

「落ち着け、シェルバ。で、何が遂にやったのだ?」

「これよ!」

 そう言って見せつけるように突き出された2通の手紙。その送り主は、

「王立アルカバス魔法学院だと!?」

「そうよ! 私達認められたのよ!」

 バカな……あり得ん!
 これまでにも従兄達が何度も入学を希望していたが、返事が来たことなど一度もなかった。
 だから、今回もてっきり来ないものとばかり……。

「私達、リグテリア帝国に正式に国として認められたのかも知れないわ!」

「…………」

 そんなことあるのか!?
 傲慢で世界の害虫のような……あの帝国が俺達オルパナールを認める?
 これは何かの手違いなのではないか?

 手紙を隅から隅まで読んでみたが、そこにはオルパナールはもちろん、俺達兄妹の名前も記されていない。
 おそらく、何かの拍子に誤って送られて来たのだろう。

 だけど、誤りだろうがなんだろうがこれは千載一遇のチャンス!
 この許可書さえあれば、今さら入学を認めないなど許されない!
 もしも認めないとなれば、それはリグテリア帝国の不祥事とも呼べる事案。

 ここで多くを学び、俺達の代で不遇の時代を終わらせねばっ!
 これは慈悲深き神がお与え下さった好機なのだから。


 こうして俺達兄妹は入学のため、大帝国、リグテリアのポースターへとやって来た。
 学園都市と呼ばれるだけあり、俺達島暮らしの者にはすべてが新鮮だった。

 住む場所のない俺達は、アルカバス魔法学院が所有する寮に入る手はずとなっていると思われる。

 しかし、ここで事件が起きた。

 入学のためアルカバス魔法学院へとやって来た俺達に、教師の一人が手違いだと言い張った。
 なんでも、突然帝国の王子が入学したいと言ってきたことで、慌てた者が誤って手紙を俺達に送ってしまったのだと。

「そんな……!?」

 妹の絶望に満ちた顔を見せられて、黙っている俺ではない!

「ふざけるな! どんな手違いだろうと、手紙を寄越したのはそちらではないか! 今さらなかったことになどできるものかっ!」

 騒ぎに気がついたのか、老人がそっと歩み寄り、俺達の入学を正式に認めてくれた。
 この方がアルカバス魔法学院の叡智、ゴーゲン・マクガイン理事長か。
 まともな御方が一人でも居てくれたのは有り難かった。

 が……。

「なんなの……ここ」

「屈辱だ!」

 寮として通されたそこはクモの巣の張った地下室――物置小屋だ。
 ここで妹と2人生活をしろと申すつもりかっ!

 すぐにゴーゲン理事長に抗議しようとしたのだが、ここまで案内してくれた教師が耳元で囁く。

「理事長は奴隷にすら施しを与える聡明な御方。しかし、このことがリグテリア帝国、現皇帝陛下に知られれば……お前達のようなクラゲに良くして下さった理事長のクビが……わかっているな?」

 なんと汚い! この国の連中は腐りきっている!
 俺達の入学を快く認めて下さった理事長に御迷惑をかける訳にもいかず、ここでの生活を余儀なくされた。

 街に出れば褐色の肌というだけで差別的な目で見られ、アルカバス魔法学院のローブに袖を通す者に罵られる。
 これが、かの有名な世界一と名高いアルカバス魔法学院の生徒かっ!


 入学式初日はさらに悲惨だった。
 皆が汚物を見るような目で俺達兄妹に視線を向け、クラゲと罵る者しかいない。

 クラゲ――能無しの骨無しという意味だ。つまり、役立たずというオルパナール人への差別用語。

 俺のことだけならまだしも、シェルバのことまで侮辱されて怒りは頂点に達したが、

「兄上、私は平気。これくらい何ともないもの。それより、挑発に乗って手を上げて退学になったら私泣くからね」

「……ああ、わかっている」

 シェルバが必死に耐え忍んでいるのに、俺が先に音を上げる訳にはいかない。

 そして、入学式の新入生代表の挨拶で、そいつは俺の前に現れた。

 この腐りきった世界の頂点に君臨する腐の骨頂。ジュノス・ハードナー。
 害虫と呼ぶべき男は、この世界の現状をまるで理解していないのか、頭の中にお花畑でも咲いているのかと疑いたくなるほど馬鹿げたことをペラペラと話している。

 呆れてつい鼻で笑ってしまった。

 入学式が終わり、シェルバが少しはしゃいでいる。
 こんな腐りきった場所でも、シェルバからしたら憧れの学園なのだ。

「ねぇ、兄上」

「なんだ?」

「さっき生徒の方が仰っていたのだけど、今晩新入生を歓迎する舞踏会があるらしいわ! とても楽しみね」

「……」

 シェルバには言えない。
 その招待状は先ほどの会場で上級生が配っていたと。
 だが、俺達の褐色の肌を見て、それを渡してくれることはなかったなど……。

 シェルバは幼い頃から舞踏会に憧れを抱いていた。
 俺達の国にはそのような華やかな場など存在しないから。
 だから、尚更言えなかった。
 俺達は招待されていないのだと。

 夜になり、シェルバも気づいたのだろう。舞踏会のことを口にすることはなくなっていた。
 ただ、マットを重ねてベッドに見立てたその上に置かれたドレスを見た時、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。



「兄上、今日は防御魔法の授業ですね! 兄上は中級……Ⅱの教室ですか?」

「ああ、そのつもりだが……」

 大丈夫だろうか? シェルバを一人にするのは心配だな。
 この学園の連中は腐りきっているからな。

「では、行って参りますね!」

 シェルバと別れ、俺も教室へと向かって歩いていたのだが、妙な胸騒ぎがする。
 双子の俺達は互いに何かあると、危険を知らせるような胸騒ぎを覚えるのだ。

「シェルバに何かあったのかも知れない!」

 俺は走った。
 走って、走って、そこにたどり着いた時、もう我慢の限界だった。
 だって、大切な俺の片割れが、今にも泣き出しそうな表情で床にひれ伏せているのだ。

 退学だろうと何だろうともう知ったことか。この場にいるすべての者をぶち殺してやる!
 怒りに我れを忘れて足を踏み出した、その刹那――俺の視界にあり得ない光景が飛び込んでくる。

 この国の、リグテリア帝国の腐骨頂と蔑んでいた男が、妹に手を差し伸べているのだ。
 なにがなんだか意味がわからず呆然と立ち尽くしていると、

「勘違いされては困るっ! 確かに私はあなた方と友誼を結びたいと申した。その言葉に嘘も偽りもない! だがっ! それは互いに心から尊敬し合える者達と思ったからであり、一人の少女を寄って集って侮辱し、挙げ句暴力を振るう貴殿らと友になどなりたくないわ!」

 なにを……言ってるんだ、こいつは?
 妹の……シェルバの褐色の肌が見えないのか?

「お、お言葉ですが殿下! その者は海賊の末裔であり、祖国を国としても認められぬ無法者!」

「それがなんだという!」

 え……っ!?

「彼女が誰かを傷つけ罵ったか? 人の心を踏みにじり、あまつさえ怪我をさせる貴殿らの方が余程海賊ではないかっ!」

 衝撃だった。
 腐の骨頂と馬鹿にし、頭にお花畑が咲いていると思い込んでいた彼は、ゴーゲン・マクガイン理事長に並び、この国の叡智だったのだ!

 そういえば、聞いたことがある。
 帝国の第三王子はとても聡明な御方で、自国の貴族から慕われる素晴らしき御方だと。
 俺の目はとんだ節穴だ。
 彼は本当にこの世界の在り方を変えようとしている。

 体を張って妹を助けてくれただけではなく、あまつさえ、俺達にも寵愛を与えると仰ってくれている。
 彼のような素晴らしき王族が、この世にいたなんて……衝撃以外の何物でもない!

 ジュノス・ハードナー殿下。
 俺はきっと、あなたに出会うためにここに来た。
 今そう確信した!
 神が俺にあなたと出会う機会をお与え下さったに違いない!

 妹に肩を貸して下さる殿下の後方から、愚か者が攻撃魔法を繰り出した。

 そうはさせるかっ!

「ミザフォース!」

 防御魔法と攻撃魔法なら俺も得意だ!
 なんたって日々クラーケンと海の上で格闘してんだからな!
 海賊と呼ばれたオルパナール人をなめるなっ!

 俺は殿下から妹を受け取り、深々と一礼する。
 そして念のため、ファイアボールを放った男に警告しておく。
 この素晴らしきジュノス殿下に今一度牙を剥くようなら、全身全霊をかけて俺がお前をぶっ飛ばす!

 と、いう意味を込めて、理事長先生に報告すると脅しておいた。
 とりあえず、シェルバを医務室に連れていかねば。


「兄上……泣いてらっしゃるの?」

「シェルバ……希望を見つけたよ」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく……

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

犬とスローライフを送ってたら黒い噂のある公爵に突然求婚された令嬢

烏守正來
恋愛
マリエラはのんびりした性格の伯爵令嬢。美人で華やかな姉や優秀な弟とは違い、自他ともに認める凡人。社交も特にせず、そのうち田舎貴族にでも嫁ぐ予定で、飼い犬のエルディと悠々暮らしていた。 ある雨の日、商談に来ていた客人に大変な無礼を働いてしまったマリエラとエルディだが、なぜかその直後に客人から結婚を申し込まれる。 客人は若くして公爵位を継いだ美貌の青年だが、周りで不審死が相次いだせいで「血塗れの公爵」の二つ名を持つ何かと黒い噂の多い人物。 意図がわからず戸惑うマリエラはその求婚をお断りしようとするが。

処理中です...