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第17話 sideジェネル(褐色の王子)

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 オルパナール――嘗ては海賊島とも呼ばれ、忌み嫌われたこの島が俺の愛すべき祖国。

 人口僅か5000人程の小さな島は、農業と漁によって島の生活が支えられている。

 俺――ジェネル・コルタブル・マイスターは、そんな島の次期国王として生まれた。

 一国の王子だからと言って、大国のバカ王子共とは違う。
 毎朝3時に起床して、まだ暗闇に包まれた海原に帆を張る。

 ここでは身分はあってないようなもの。王子だからと言って遊び歩いている奴に食わせる余裕などない。
 ここは裕福な大陸とは違う。

 その一番の理由が……。

「全部で1万だな」

「ちょっと待ってくれ! 網一杯の魚がたったの一万ギルと言うのはいくらなんでも……最低でも10万はするはずだ!」

「嫌なら他所に持ってきな! まぁこの辺りじゃお前達海住かいじゅの魚を買い取ってくれるところなんて他にないがな。グハハハハッ――さぁ、商売の邪魔だ! 消えろクラゲ!」

「く………っ!」

 俺達島の一族は世界の嫌われ者。
 その中でも特に、オルパナールは忌み嫌われていた。
 その理由は単純。

 俺達オルパナールの御先祖様が、嘗て海賊業を行っていたからだ。
 だけど、それはもう100年以上も昔のこと。
 だが、100年たった今も世界は何一つ変わらない。

「兄上、お魚高く売れた?」

 沖合いに船をつけると、犬のように尻尾を振って駆け寄ってくるのは双子の妹、シェルバだ。
 実際に尻尾など生えてはいないが、その嬉々とした愛くるしい仕草がそう錯覚させる。

「すまん……あまり良い収入は得られなかった」

「そうですか……でもっ! アルカバス魔法学院に入学できれば、きっと変わるはずよ! 私達の代でこんな理不尽は終わらせないと、それが王家の務めだもの」

「ああ、そうだな……」

 妹のシェルバは少し楽観的な節がある。
 シェルバには面と向かって言えないが、俺達兄妹がアルカバス魔法学院に入学することは不可能だろう。

 なぜなら、あそこは由緒正しき王族や貴族が通う学舎。俺達オルパナールは未だに国としても認めてもらえていない。
 そんな俺達にアルカバス魔法学院から入学許可が下りるはずもなかった。

 なかったのだが……。

「兄上! やったわ、遂に私達やったのよ!」

 漁から帰ってきて数時間後――シェルバが大はしゃぎしながら部屋に飛び込んできた。
 その手には手紙を2通握りしめている。あまりにも強く握りしめるものだから、手紙がしわくしゃだ。

「落ち着け、シェルバ。で、何が遂にやったのだ?」

「これよ!」

 そう言って見せつけるように突き出された2通の手紙。その送り主は、

「王立アルカバス魔法学院だと!?」

「そうよ! 私達認められたのよ!」

 バカな……あり得ん!
 これまでにも従兄達が何度も入学を希望していたが、返事が来たことなど一度もなかった。
 だから、今回もてっきり来ないものとばかり……。

「私達、リグテリア帝国に正式に国として認められたのかも知れないわ!」

「…………」

 そんなことあるのか!?
 傲慢で世界の害虫のような……あの帝国が俺達オルパナールを認める?
 これは何かの手違いなのではないか?

 手紙を隅から隅まで読んでみたが、そこにはオルパナールはもちろん、俺達兄妹の名前も記されていない。
 おそらく、何かの拍子に誤って送られて来たのだろう。

 だけど、誤りだろうがなんだろうがこれは千載一遇のチャンス!
 この許可書さえあれば、今さら入学を認めないなど許されない!
 もしも認めないとなれば、それはリグテリア帝国の不祥事とも呼べる事案。

 ここで多くを学び、俺達の代で不遇の時代を終わらせねばっ!
 これは慈悲深き神がお与え下さった好機なのだから。


 こうして俺達兄妹は入学のため、大帝国、リグテリアのポースターへとやって来た。
 学園都市と呼ばれるだけあり、俺達島暮らしの者にはすべてが新鮮だった。

 住む場所のない俺達は、アルカバス魔法学院が所有する寮に入る手はずとなっていると思われる。

 しかし、ここで事件が起きた。

 入学のためアルカバス魔法学院へとやって来た俺達に、教師の一人が手違いだと言い張った。
 なんでも、突然帝国の王子が入学したいと言ってきたことで、慌てた者が誤って手紙を俺達に送ってしまったのだと。

「そんな……!?」

 妹の絶望に満ちた顔を見せられて、黙っている俺ではない!

「ふざけるな! どんな手違いだろうと、手紙を寄越したのはそちらではないか! 今さらなかったことになどできるものかっ!」

 騒ぎに気がついたのか、老人がそっと歩み寄り、俺達の入学を正式に認めてくれた。
 この方がアルカバス魔法学院の叡智、ゴーゲン・マクガイン理事長か。
 まともな御方が一人でも居てくれたのは有り難かった。

 が……。

「なんなの……ここ」

「屈辱だ!」

 寮として通されたそこはクモの巣の張った地下室――物置小屋だ。
 ここで妹と2人生活をしろと申すつもりかっ!

 すぐにゴーゲン理事長に抗議しようとしたのだが、ここまで案内してくれた教師が耳元で囁く。

「理事長は奴隷にすら施しを与える聡明な御方。しかし、このことがリグテリア帝国、現皇帝陛下に知られれば……お前達のようなクラゲに良くして下さった理事長のクビが……わかっているな?」

 なんと汚い! この国の連中は腐りきっている!
 俺達の入学を快く認めて下さった理事長に御迷惑をかける訳にもいかず、ここでの生活を余儀なくされた。

 街に出れば褐色の肌というだけで差別的な目で見られ、アルカバス魔法学院のローブに袖を通す者に罵られる。
 これが、かの有名な世界一と名高いアルカバス魔法学院の生徒かっ!


 入学式初日はさらに悲惨だった。
 皆が汚物を見るような目で俺達兄妹に視線を向け、クラゲと罵る者しかいない。

 クラゲ――能無しの骨無しという意味だ。つまり、役立たずというオルパナール人への差別用語。

 俺のことだけならまだしも、シェルバのことまで侮辱されて怒りは頂点に達したが、

「兄上、私は平気。これくらい何ともないもの。それより、挑発に乗って手を上げて退学になったら私泣くからね」

「……ああ、わかっている」

 シェルバが必死に耐え忍んでいるのに、俺が先に音を上げる訳にはいかない。

 そして、入学式の新入生代表の挨拶で、そいつは俺の前に現れた。

 この腐りきった世界の頂点に君臨する腐の骨頂。ジュノス・ハードナー。
 害虫と呼ぶべき男は、この世界の現状をまるで理解していないのか、頭の中にお花畑でも咲いているのかと疑いたくなるほど馬鹿げたことをペラペラと話している。

 呆れてつい鼻で笑ってしまった。

 入学式が終わり、シェルバが少しはしゃいでいる。
 こんな腐りきった場所でも、シェルバからしたら憧れの学園なのだ。

「ねぇ、兄上」

「なんだ?」

「さっき生徒の方が仰っていたのだけど、今晩新入生を歓迎する舞踏会があるらしいわ! とても楽しみね」

「……」

 シェルバには言えない。
 その招待状は先ほどの会場で上級生が配っていたと。
 だが、俺達の褐色の肌を見て、それを渡してくれることはなかったなど……。

 シェルバは幼い頃から舞踏会に憧れを抱いていた。
 俺達の国にはそのような華やかな場など存在しないから。
 だから、尚更言えなかった。
 俺達は招待されていないのだと。

 夜になり、シェルバも気づいたのだろう。舞踏会のことを口にすることはなくなっていた。
 ただ、マットを重ねてベッドに見立てたその上に置かれたドレスを見た時、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。



「兄上、今日は防御魔法の授業ですね! 兄上は中級……Ⅱの教室ですか?」

「ああ、そのつもりだが……」

 大丈夫だろうか? シェルバを一人にするのは心配だな。
 この学園の連中は腐りきっているからな。

「では、行って参りますね!」

 シェルバと別れ、俺も教室へと向かって歩いていたのだが、妙な胸騒ぎがする。
 双子の俺達は互いに何かあると、危険を知らせるような胸騒ぎを覚えるのだ。

「シェルバに何かあったのかも知れない!」

 俺は走った。
 走って、走って、そこにたどり着いた時、もう我慢の限界だった。
 だって、大切な俺の片割れが、今にも泣き出しそうな表情で床にひれ伏せているのだ。

 退学だろうと何だろうともう知ったことか。この場にいるすべての者をぶち殺してやる!
 怒りに我れを忘れて足を踏み出した、その刹那――俺の視界にあり得ない光景が飛び込んでくる。

 この国の、リグテリア帝国の腐骨頂と蔑んでいた男が、妹に手を差し伸べているのだ。
 なにがなんだか意味がわからず呆然と立ち尽くしていると、

「勘違いされては困るっ! 確かに私はあなた方と友誼を結びたいと申した。その言葉に嘘も偽りもない! だがっ! それは互いに心から尊敬し合える者達と思ったからであり、一人の少女を寄って集って侮辱し、挙げ句暴力を振るう貴殿らと友になどなりたくないわ!」

 なにを……言ってるんだ、こいつは?
 妹の……シェルバの褐色の肌が見えないのか?

「お、お言葉ですが殿下! その者は海賊の末裔であり、祖国を国としても認められぬ無法者!」

「それがなんだという!」

 え……っ!?

「彼女が誰かを傷つけ罵ったか? 人の心を踏みにじり、あまつさえ怪我をさせる貴殿らの方が余程海賊ではないかっ!」

 衝撃だった。
 腐の骨頂と馬鹿にし、頭にお花畑が咲いていると思い込んでいた彼は、ゴーゲン・マクガイン理事長に並び、この国の叡智だったのだ!

 そういえば、聞いたことがある。
 帝国の第三王子はとても聡明な御方で、自国の貴族から慕われる素晴らしき御方だと。
 俺の目はとんだ節穴だ。
 彼は本当にこの世界の在り方を変えようとしている。

 体を張って妹を助けてくれただけではなく、あまつさえ、俺達にも寵愛を与えると仰ってくれている。
 彼のような素晴らしき王族が、この世にいたなんて……衝撃以外の何物でもない!

 ジュノス・ハードナー殿下。
 俺はきっと、あなたに出会うためにここに来た。
 今そう確信した!
 神が俺にあなたと出会う機会をお与え下さったに違いない!

 妹に肩を貸して下さる殿下の後方から、愚か者が攻撃魔法を繰り出した。

 そうはさせるかっ!

「ミザフォース!」

 防御魔法と攻撃魔法なら俺も得意だ!
 なんたって日々クラーケンと海の上で格闘してんだからな!
 海賊と呼ばれたオルパナール人をなめるなっ!

 俺は殿下から妹を受け取り、深々と一礼する。
 そして念のため、ファイアボールを放った男に警告しておく。
 この素晴らしきジュノス殿下に今一度牙を剥くようなら、全身全霊をかけて俺がお前をぶっ飛ばす!

 と、いう意味を込めて、理事長先生に報告すると脅しておいた。
 とりあえず、シェルバを医務室に連れていかねば。


「兄上……泣いてらっしゃるの?」

「シェルバ……希望を見つけたよ」
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