上 下
12 / 33

第12話 革命の魔女

しおりを挟む
 まるで魔女のお茶会だ。

 貴婦人達に囲まれて飲む紅茶は味なんてしなかった。
 いや、実際はとても甘美な香りが漂っていたのだが、何分、クズニート時代は女性との接点など持っていない。

 従って、緊張で味などわかるはずもなかった。

「そ、それで、おっ……私に何か御用だったのでは?」

 一刻も早く居心地の悪いこの場から立ち去りたい俺は、ティーカップの中の紅茶を一気に喉の奥へと流し込んだ。
 それからすぐに話しを切り出す。

 貴婦人の茶会というのは本題に入るまでが恐ろしく長い。
 言い換えれば中身なんてろくにない映画を、延々と2時間見せられるそんな感覚。つまり、退屈ということ。

 それに、俺にはもう一つ、この場を直ちに立ち去りたい理由があった。
 それは目前の女性、リズベット・ドルチェ・ウルドマンにある。

 そう、俺は席に着いてすぐに大切なことを思い出した。
 それは現在俺を支持してくれている門閥貴族達に関すること。

 エンディングでアメストリア国に戦争を仕掛けられ、呆気なく滅びゆく帝国。
 世界の3/1を占める帝国が、一小国に負けることなどあり得ない。
 が……それがあり得た。

 その原因は門閥貴族達の不正と裏切りにある。
 世界の3/1を占めてしまうほど広大な帝国が、そのすべてを監視することは不可能。

 その中で門閥貴族達の不正が日夜行われている。
 その不正を隠すために、彼らは民草の味方だと演じて、呆気なく俺をアメストリアに差し出したのだ!

 民草からなる革命軍は、裏でアメストリアと繋がっており、彼らが敵国を我が国に招き入れる。

 そして、一番の問題はウルドマン家にある。
 ウルドマン家の当主グリム・ウッド・ウルドマンは帝国を愛する右翼的な人物。対して娘は左翼的な思想の持ち主だと設定されていた。

 早い話しが、このリズベット・ドルチェ・ウルドマンが、民草からなる革命軍に資金を提供している張本人。
 実の父を殺害し、俺を処刑台にいざなう悪魔!

「うふふ。まさか、我れらがリグテリア帝国第三王子であらせられる、聡明と名高いジュノス・ハードナー殿下が、アルカバス魔法学院に御入学なさるなんて……意外でしたわ」

 鷹揚おうようとした口調で言いながらも、その瞳の奥には野心めいたものが窺える。
 まるで品定めするような黒い双眼が俺を捉えると、暗闇の牢獄に閉じ込められたような自分自身がそこに映し出される。

 お前の未来を暗示していると言わんばかりの瞳に、思わず顔を逸らしてしまう。

「王宮に居ては学べないことや、出会うことのない方々と直接お会いし、飢餓や貧困に苦しむ方々のお力になれたらと思いまして……」

「まぁ、とても素晴らしいお考えですこと。一帝国民としてとても誇らしいですわ」

 礼賛らいさん……いや、違う。取り繕ったうわべだけの言葉だ。
 その証拠に口元は綻んでいても、目元はこれっぽっちも笑ってなどいない。

「それで……このセルーヌというのはどう言った場所なのでしょうか?」

 魔力を秘めたような魔女の蠱惑に耐えきれず、つい話しをすげ替えてしまった。

「そうでしたわね。ジュノス殿下はまだ御入学されたばかりで、この学園のルールや派閥を知らないのでしたわね。うふふ」

「では、僭越ながら私がご説明させて頂きます」

「お願いできるかしら、メネスさん」

 メネス先輩の話しを要約すると、この学園には3つの派閥が存在する。

 ――セルーヌ、ボルテール、アヴァン。

 セルーヌは学内に新たな風を取り入れようとする革命派。
 ボルテールは保守的な生徒の集まりで、伝統を重んじ、これまでの流れを受け継ごうとする保守派。

 対してアヴァンはそのどちらでもない。謂わば自由党。
 自分達に合った新たな風なら取り入れるし、これまで培ってきた大切な伝統はそのままでという、どっち付かずの者達が集まった派閥。

 学内には大きくこの3つの派閥が存在し、その派閥のリーダーには階級の高い者が就く仕来たりなのだと言う。

 各派閥には隠れ家的なサロンが用意されており、各々のサロンで幹部達が学園生活をより良いものに変えるために、知恵を絞っているのだとか。

 ちなみに、セルーヌのトップ――リーダーは言う間でもなくリズベット先輩のようだ。

 まぁ要するに、俺にセルーヌに――仲間に入れと言うことを遠回しに言っているのだろう。
 もちろん俺としてもそれは有り難い。

 ここでリズベット先輩と信頼関係を築けたなら、俺の最悪が回避される大きな一歩になるのだから。

 だが、

「お断りします!」

「え……っ!? 今、なんと?」

 リズベット先輩をはじめ、この場に居合わせた淑女方が雑然とした御様子で、麗しの瞳を大きく見開いていらっしゃる。
 その様子からして、俺がすんなりセルーヌに入ると思い込んでいたのだろう。

 もちろん、俺もリズベット先輩とは敵対関係になりたくはない。
 互いに信頼関係を築き、最悪を回避したいと思っている。

 だけど、それとこれとは話しが違う!
 メネス先輩から3つの派閥について聞いた瞬間から、俺が入ると決めたのはアヴァンだ!

 セルーヌに入ることは俺がこの学園に来た本質から離れ過ぎている。
 いや、寧ろ真逆と言えるだろう。

 俺がここ、王立アルカバス魔法学院にやって来たのは、バッドエンドを回避するため。
 そのためには味方は作れど、敵を増やすことはしたくない。

 もしも、ここで俺がセルーヌに入ると言えば、リズベット先輩の俺に対する評価や考えが変わるかもしれない。
 だけど、それと同時にボルテール派を全員敵に回すことになる。

 昨夜、ステラ・ランナウェイから手紙を受け取った俺は、ある一つの考えが脳裏によぎっていた。
 それは物語の収縮。

 このゲームを作った2人の呪いが俺の想像以上に強力だとすれば、主人公ジュノス・ハードナーを何がなんでも地獄の底に叩きつけようとしてくるはず。

 仮にそうだった場合、ここでリズベット先輩を仲間につけたとしても、第二第三のリズベット先輩が登場してくる危険性がある。

 そうなった場合、俺には打つ手がない。
 今現在危険人物を少しずつではあるが把握してきている中、突然謎の敵が現れたら、今の俺にはどうすることもできない。

 だが、リズベット先輩という明確な敵がいるとわかっているのなら、今の俺にも対応することは可能だ。
 俺が最も恐れるのは、俺の知らぬところで誰かが俺を陥れるために暗躍すること。

 そう考えた時、リズベット先輩のセルーヌに入るのは明らかに自殺行為でしかない。
 監視対象者がわかるかわからないかでは、攻略難易度がまるで違う。

 それに、リズベット先輩の帝国に対する革命の仕方は間違っている。
 武力を持って革命したところで、本当に人々が笑って暮らせる世界になると俺は思わない。

 真に人々の安住を求めるのだったら、外側からではなく、内側から改革していかなければ意味がないと、俺は思っている。

 例えば貴族制度の撤廃。
 これは一歩間違えれば世界大戦に発展しかねない大事だ。

 各地を統治している貴族がいるからこそ、少なからず治安は守られているし、かつて帝国と呼ばれた地には身分格差が存在しない。
 そんな噂が世界中に拡散すれば、多くの人々が集まってくるだろう。

 しかし、一方で人を失った国は痩せ細り、大量の死人が必ず出る。
 挙げ句、人手を取り返すために争いの火種が広がるだろう。
 そうなれば革命は失敗だ。
 革命とは入念な準備と計画、それに多くの人々の協力があってこそ成立するもの。
 常道的なやり方ではダメなんだよ。


 奴隷制度の撤廃も又しかり。

 生まれてから奴隷として育った者達に、今日から自由だから好きに生きておいでよと言ったところで、それは無責任というものだ。
 彼らの多くは文字の読み書きができないし、住む家ももちろん持っていない。

 そんな彼らが今日から自由だと言われても、その先の未来は決して明るいものではないと思う。

 俺が目指すのは完璧な改革であり、ハッピーエンド。
 そこに涙を流す者が居てはダメなんだよ。

 だから、

「お断りします! 私はこの学園に入学仕立てであり、新たな風を入れるということも、これまでの伝統ということに関しても、まるで何のことかわかりません。そんな中で適当なことは言えません! だから、申し訳ありません」

「そ、そうですか。それは……仕方ないことですね……。ええ、本当に仕方のないこと」

 含みのある言い方をする人だな。
 決して言外することはないが、決然とした眼が……それを雄弁に物語っていますよ、先輩。
 やはりお前は敵なのだと。

 だけど俺も、ここであなたに下る訳にはいかないんですよ。
 リズベット先輩。

「さぁ、そろそろ時間ですね。授業が始まってしまいます」

「あっ、私達も早く行かなくてはっ」

「そうですね。私も初日から遅刻したくはありませんし、この辺で失礼致します。お紅茶、大変美味しかったです。ご馳走さまでした」


 恭しく頭を下げ、俺はサロンを後にする。
 背を向けた直後、短い舌打ちが微かに鼓膜を揺らした。
 が、俺は振り返ることなく、前を見据えて歩いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。 そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。 そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。 それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。 なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。 まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。 そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。 そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。

【完結】推しの悪役にしか見えない妖精になって推しと世界を救う話

近藤アリス
恋愛
「え、ここって四つ龍の世界よね…?なんか体ちっさいし誰からも見えてないけど、推しから認識されてればオッケー!待っててベルるん!私が全身全霊で愛して幸せにしてあげるから!!」 乙女ゲーム「4つの国の龍玉」に突如妖精として転生してしまった会社員が、推しの悪役である侯爵ベルンハルト(通称ベルるん)を愛でて救うついでに世界も救う話。 本編完結!番外編も完結しました! ●幼少期編:悲惨な幼少期のせいで悪役になってしまうベルるんの未来を改変するため頑張る!微ざまあもあるよ! ●学園編:ベルるんが悪役のままだとラスボス倒せない?!効率の良いレベル上げ、ヒロインと攻略キャラの強化などゲームの知識と妖精チート総動員で頑張ります! ※推しは幼少期から青年、そして主人公溺愛へ進化します。

処理中です...