上 下
10 / 33

第10話 ワルツとドリルとチョココルネ?

しおりを挟む
「ちゅいたわよ! はやくえちゅこーとちてくだちゃる?」

 会場に到着するとヘレナちゃんが早く降りろと急かしてくる。
 だが……窓越しに外を見渡せば、魔法か何かでライトアップされた石畳の大階段には、既に大勢の参加者がいる。

 この中に悪役令嬢(6歳児)を連れて出て行けば……おもっくそ目立ってしまう。
 躊躇う俺の気持ちは誰にも届かないのか、ヘレナちゃんが目で早く出ろと訴えかけてくる。

 その眼……怖いからやめて欲しい。

「なにをちてるのよ! れでぃーをまたちぇるき?」

 わ、わかってますよ!
 し、仕方ないな。こうなれば焼けクソだ。
 レベッカがドアを開けると同時に降り立った俺は膝を突き、おとぎ話の中に登場する王子様の如く、手を差し出した。

「おい、見ろよ。帝国の第三王子だ!」
「本当だわ! 一体パートナーの女性はどのような御方なのかしら?」
「きっと名のある帝国の公爵令嬢じゃないかしら」
「帝国の王子だからって美女を選り取り見取りかよ」
「やってらんねぇよな!」
「でも、帝国は好みませんが……すべてのパーツを完璧に配置したお顔は見惚れてしまいますわ」
「やはり、エルフとのクォーターと言うのは事実のようですわね」
「あぁ、帝国でなければ……一曲お相手をお願いしたいところですわ」

 つ、つらい。
 周囲の期待の眼差しがチクチクと背中に後頭部に突き刺さる。
 シャーネー・アブナイゾ少佐、これがあなたの言うプレッシャーと言う奴なのでしょうか?

 俺はいつからニュータイプになってしまったのでしょう。

「ちっかりえちゅこーとできるじゃないの!」

「そ、そうでしょ?」

 俺の手を取り、颯爽と馬車から現れた6歳児のチョココルネ令嬢を目にした途端、この場が凍りついたように無音に包まれる。

 はは……あはは、俺は入学すると同時に時を止める魔法を習得してしまったようだ。
 まったく持って嬉しくない。

 立ち上がり、ヘレナ嬢の手を取りながら階段を上る。
 その間も、周囲は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をこちらに向けてくる。

 わかってる、わかってますとも。
 皆まで言うな! その顔が言いたいことなどわかっている!
 俺だってなんでこんなことになっているのか聞きたいくらいなのだ。

 だけど仕方ないだろ。
 マーカスのバカが……まさか妹を、幼女を舞踏会のお相手にと紹介するなんて誰に予測ができようかっ!
 俺は予知能力者でもエスパーでもねぇんだよ!

 できることならルンルン気分で鼻唄を口ずさみ、浮かれていた俺をぶん殴ってやりたいくらいだ。

「まぁ、わたくちにふちゃわちいステキなかいじょうでしゅわ! おーほっほっほっ!」

 や、やめてよっ!
 そんなに高飛車に高笑いをしたら……ほらぁぁあああああっ!?
 皆こちらに大注目じゃないかっ!

「はは……あはは……」

 痛い……視線が槍のように体躯を突き抜ける。
 ああぁ、め、目眩が……。
 足元がフラついてしまうじゃないか。

 会場入りした途端に注目の的に早変わりだ。
 お願いだからそんな目で俺を見ないで!
 せめて笑って下さい。その方がまだマシだよ。

「みなちゃんわたくちのうちゅくちちゃにみほれているようでしゅわ! あなたもしゃじょおはながたいかでしょ! おーほっほっほっ!」

 だから、その変な笑い方やめてよヘレナちゃんッ!
 びっくりするくらい響くんだよ! なんでヘレナちゃんが笑い声を響かせるとエコーが掛かるんだよ!
 そういう仕様なの?
 わざとやってんじゃないだろうな?

 クソッ、マーカスのバカはどこにいるんだ!
 見つけ出してヘレナちゃんを突っ返してやる。
 会場内を見渡して見るがマーカスがどこにも見当たらない。
 クソッ、隠れたなあの野郎!

「あら、随分とお可愛らしいパートナーですわね。あなたの御婚約者かしら? ふんっ」

 れ、レイラ!?
 レイラがスカしたように鼻で嘲笑いながら登場したかと思ったら、早速嫌味を言ってきやがった!

 くっそぉぉおおおおおおおおおおおっ!!
 悔しい悔しい、わざと皆に聞こえるように大きな声で言ったな!

 レイラの小バカにしたような発言を受けて、注目していた連中が必死に笑いを堪えている。

「ぷっ……」

 おいそこっ! 笑いが漏れてしまっているぞ!
 どいつもこいつもにやにやしやがって、扇子で顔を隠して笑ってるのはバレバレだからな!

 っておい、ヘレナちゃんがレイラの前に立って腰に手を当てている。
 まさかのドリル対チョココルネという摩訶不思議な構図が誕生してしまった。

「あら、何か私に御用かしら?」

「あなたわたくちにちっとちてらっちゃるのね?」

「は? どど、どうして私があなたに嫉妬するのかしら?」

「みたところ、あなたはパーチョナーをつれてらっちゃらないわ! ちょれに、さきほどからわたくちのパーチョナーをめでおっていらちたのちってるのよ!」

「ななな、何をバカなことを言っておりますの! わわ、私がいつ、ジェノス王子を目で追っていたというのよ!」

 ヘレナちゃんがとんでもない爆弾を投下しやがった……。
 おいおい、レイラの顔がどんどん赤くなってるぞ! 物凄い怒らせてしまったんじゃないのか!? もうやめてぇ!

「あらあら、ちょんなにあしぇらなくてもよくてよ。おかわいいでしゅわ」

「なな、何なのよこのチビッ子はっ! それに、お相手を連れていないのは、私に相応しい殿方が居ないまでのこと。お子様のあなたにもわかりやすく言えば……私は高嶺の華ということですのよ。オーホッホッホッ!」

「なじゅほど、わたくちもまっちゃくどうようでちてよ。ちかち、このおかたがどうちてもというものでちゅから、おあいてちているだけのこと! わたくちはちゃちょわれただけよ。ちゃちょわれなかったあなたとはちがうの! おーほっほっほっ!」

 す、すごい……。
 さすが6歳児でも悪役令嬢! あのレイラと張り合っている。
 この子が伯爵家とか公爵家の人間じゃなくて本当に良かった。

 もしそうだったら……ヘレナちゃんと同級生になる子が不憫過ぎる!

 って……ヘレナちゃんがレイラの機嫌を損ねてくれたお陰で、なぜか俺が凄まじい顔で睨まれているのだが……。勘弁してもらいたい。

「あら、このちょくはワルちゅだわ! わたくちワルちゅはちょくいでちてよ!」

「あっ、ちょっと!」

 ヘレナちゃんに手を引っ張られたお陰で、般若像のようなレイラの元からエスケープに成功したが、途中で女性と肩がぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい!」

 ぶつかってしまった女性に声をかけようとしたのだが、ヘレナちゃんが強引に引っ張るものだから、ちゃんと謝罪することができなかった。

 ふぅー……まぁ何とか助かった。

 っておい! ここはダンスホールのド真ん中じゃないかっ!?
 なんてところにエスコートしてくれてんだよヘレナちゃんっ!
 注目度増し増しじゃないか……。

 クソッ、戻るに戻れない。

「ちゃ、おどりまちてよ!」



 ホールには揺ったりと楽団の奏でるワルツが流れる。
 皆それぞれがパートナーと素敵に踊る中、俺はというと。

 いち、に、さん、いち、に、さん。
 背筋を伸ばすように手を高く上げてクルリンパ。もひとつおまけにクルリンパと……。

 って、何やってんの俺っ! 失笑じゃねぇかよ!
 ああ、穴があったら入りたい第二段だよ。
 何で一日に二度もこんな目に遇わなくちゃいけないんだよ。

 一曲で勘弁して下さいと頭を下げ、何とか隅っこの椅子で一息つけた。
 疲れ果てて見上げた天井には、シャンデリアの眩い光が催眠術をかけるようにぐるぐる回っている。

 もう精神的に限界だよ。
 誰か代わってくれないかな。


 人脈を築くどころではなかった。
 パーティーなんてクソ食らえだ、まったく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。 そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。 そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。 それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。 なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。 まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。 そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。 そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

【完結】推しの悪役にしか見えない妖精になって推しと世界を救う話

近藤アリス
恋愛
「え、ここって四つ龍の世界よね…?なんか体ちっさいし誰からも見えてないけど、推しから認識されてればオッケー!待っててベルるん!私が全身全霊で愛して幸せにしてあげるから!!」 乙女ゲーム「4つの国の龍玉」に突如妖精として転生してしまった会社員が、推しの悪役である侯爵ベルンハルト(通称ベルるん)を愛でて救うついでに世界も救う話。 本編完結!番外編も完結しました! ●幼少期編:悲惨な幼少期のせいで悪役になってしまうベルるんの未来を改変するため頑張る!微ざまあもあるよ! ●学園編:ベルるんが悪役のままだとラスボス倒せない?!効率の良いレベル上げ、ヒロインと攻略キャラの強化などゲームの知識と妖精チート総動員で頑張ります! ※推しは幼少期から青年、そして主人公溺愛へ進化します。

前世の記憶を持った公爵令嬢は知らないうちに傲慢になってました。

白雪エリカ
恋愛
前世で大好きだった「恋の花が咲き誇る」略して恋咲って乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わっちゃったみたいで!やばくないですか!?このまま行ったら私、国外追放か最果ての修道院なんですよっ! …ってあれ、なんか知らないストーリーになってる!?そんなの私知らないし認めないから!! 素人が書く物語なので非難中傷はやめてください。 でも誤字脱字があれば教えていただけると幸いです。

ギャルゲーのヘイトを溜めるクズでゲスな親友役として転生してしまいました。そして主人公が無能すぎて役にたたない……。

桜祭
ファンタジー
前世の記憶を思い出してしまい、ここが前世でプレイしたギャルゲーの世界だと気付いてしまった少年の奮闘物語。 しかし、転生してしまったキャラクターに問題があった。 その転生した明智秀頼という男は、『人を自由自在に操る』能力を用いてゲームの攻略ヒロインを次々と不幸に陥れるクズでゲスな悪役としてヘイトを稼ぐ男であった。 全プレイヤーに嫌われるほどのキャラクターに転生してしまい、とにかくゲームの流れにはならないようにのらりくらりと生きようと決意するのだが……。 いつでもトラブルがエンカウント物語の開幕です。 カクヨム様にて、総合部門日間3位の快挙を達成しました!

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

転生したら乙女ゲームのヒロインの幼馴染で溺愛されてるんだけど…(短編版)

凪ルナ
恋愛
 転生したら乙女ゲームの世界でした。 って、何、そのあるある。  しかも生まれ変わったら美少女って本当に、何、そのあるあるな設定。 美形に転生とか面倒事な予感しかしないよね。  そして、何故か私、三咲はな(みさきはな)は乙女ゲームヒロイン、真中千夏(まなかちなつ)の幼馴染になってました。  (いやいや、何で、そうなるんだよ。私は地味に生きていきたいんだよ!だから、千夏、頼むから攻略対象者引き連れて私のところに来ないで!)  と、主人公が、内心荒ぶりながらも、乙女ゲームヒロイン千夏から溺愛され、そして、攻略対象者となんだかんだで関わっちゃう話、になる予定。 ーーーーー  とりあえず短編で、高校生になってからの話だけ書いてみましたが、小学生くらいからの長編を、短編の評価、まあ、つまりはウケ次第で書いてみようかなっと考え中…  長編を書くなら、主人公のはなちゃんと千夏の出会いくらいから、はなちゃんと千夏の幼馴染(攻略対象者)との出会い、そして、はなちゃんのお兄ちゃん(イケメンだけどシスコンなので残念)とはなちゃんのイチャイチャ(これ需要あるのかな…)とか、中学生になって、はなちゃんがモテ始めて、千夏、攻略対象者な幼馴染、お兄ちゃんが焦って…とかを書きたいな、と思ってます。  もし、読んでみたい!と、思ってくれた方がいるなら、よかったら、感想とか書いてもらって、そこに書いてくれたら…壁|ω・`)チラッ

処理中です...