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第3話 昔、膝に矢を受けてしまったの
しおりを挟む石上さんはボコボコにされていた。
ちびっ子たちに。
5分前まではりつけていた立派なつけ髭は無惨にもむしりとられ、トレードマークの赤い帽子も群がる子どもたちによって地面に転がり、今やいくつもの足跡をつけている。
「──これも資本主義が悪いのよ」
5歳ぐらいの女の子に尻を蹴っ飛ばされながら石上さんが言った。僕はある意味では子どもたちと同じ気持ちなので同情はできない。それにしても女子高生がボコボコにされてる姿はじめてみた。
日の長い夕方。どこかで鳴くカラスの声が聞こえた。
その声に馬鹿にした響きが含まれているのは気のせいだろうか。僕の右手ではプレゼントを入れていた大きな袋がむなしさを孕み揺れている。
どうしてこんなことになったのだろう。放課後会う約束をして少しばかり浮かれていた頃がなつかしい。
目の前の広場ではサイズの合っていない服に足をとられた石上さんが、子どもたちに馬乗りにされたり、頭を踏んづけられたり、現在進行形でやりたい放題にされている。お馬さんとなった石上さんに少しグッときたのは秘密だ。
「あ」
背中に3人ばかりの子どもを乗せていた石上さんが、ついにその重さに耐えきれず地面に沈む。
身につけた真っ赤な上着とズボンは、大きな血の跡みたいになっていた。袖と裾のモコモコした白いラインも今や土だらけで酸化した血の色だ。哀れなり、真夏のサンタクロースよ。
わーだかきゃーだか、奇声のような声をあげる子どもたち。
僕は暴力に駆り立てられる幼い民衆を眺めながら、ここ以外の世界線に飛ぶ方法を考えていた。
「私の実家に招待するわ」
放課後。校門の前で待ち合わせた石上さんはそんなことを言った。
「実家?」
「正確には私が使ってる戸籍の持ち主がいたところね」
相変わらず不思議な言い回しをする人である。つまり石上さんのお家ってことか? 僕は若干の期待と下心をもちながら尋ねた。
「前のね」
それだけ言うと、石上さんはスタスタと歩き行ってしまう。慌てて僕も遅れないようについていく。
石上さんと僕はたった一ヶ月ぐらいの付き合いだけど、石上さんは話したくないことがあるときはこうしてスパッと会話を打ち切ることがある。僕も質問を重ねなかった。夕方だというのに気温が相変わらずで、じとっとした汗でシャツが肌に張り付いた。僕らはそのまましばらく何も話さなかった。
前を歩く石上さん。
歩く姿は眼福そのものだが、歩き方にほんの僅かの違和感を覚えた。
「昔、膝に矢を受けてしまったの」
ドキッとした。振りむきもせずに石上さんが放った言葉が、形をもって僕の胸に突き刺さった。石上さんはいつも通りの言い回しだったが、僕は言葉を返せなかった。
石上さんがどんな表情でいっていたのだろう。その時、後ろを歩いていた僕にはわからなかった。やっぱりいつものように無表情だったのかもしれない。
その後、軽口をたたくタイミングを逸した僕はさっきまでのように石上さんを眺めることがなんとなく出来なかった。
「ここよ」
口を結んでしばらく歩いていると、石上さんが口を開いた。
石上さんが見つめる建物は古い教会のようにも見えた。西洋式の外観に、小さな広場がついている。ミッション系の幼稚園とかこういう外観だった気がする。入り口らしきところのブロック塀には『コミュニティハウス光』という、赤錆が浮き出たプレートが嵌め込まれている。
「昇坂くん、今から私たちはサンタクロースになるわ」
え、なんて?
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