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その意味
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目の前で震えている彼女の頬を伝う涙が少なからず悲しみからではないことに安堵しつつ。辰臣は隣でどこか満足げにその様子を眺めている友人に、当人にだけ聞こえる声量で声を掛けた。
「…まったく。回りくどいんだからなぁ、颯太は」
「ん?…何がだよ?」
「とぼけても僕の目は誤魔化せないからね。気にしてる咲夜ちゃんを元気づける為にワザとあんな話題を振ったんだろ?」
あんな話題というのは、勿論『天使ちゃん』のことだ。今となっては既に己にとっての黒歴史と化しているネタだが。
過去のこととは言え、まさか本人の前でアレを暴露されるとは思ってもみなかったけれど。それでも、それが彼女を元気づける為だというのであれば、この程度の己の羞恥などどうでも良いことだ。
だが、その指摘は意外にも的を外していたのか、颯太は一瞬キョトンとした表情を見せた。が、すぐに今度は気まずそうに、こちらから視線を逸らすと頭を掻いた。
「あー、別に元気づけるとかそんな殊勝な理由とかではなかったんだけど…さ。何かあいつ、変にトラウマになってるっぽかったし」
そう言って、今も涙を拭っている咲夜に視線を向ける。
「ま、確かに人前でわざわざ大声で言うようなものではないだろうけど、でも自分で望んで手に入れられるようなモンでもないんだし、あんな風に自分を責めてたって仕方ないと思うんだよな。まあ、確かに人と違う力やモノっていうのは、どうしたって好奇の目に晒されがちだし、今までに嫌な思いをしてきたのかもしんないけど。でも、何か勿体ないと思うんだよ」
そう語る颯太の瞳は、何処か優しい光を纏っていて。
(…なんか、いい顔してるじゃないか。颯太)
今まで他人にあまり干渉することがなかった颯太が、そんなことをサラッと口にするなんて。
辰臣は保護者目線で颯太の変化を喜び、感慨に浸るのだった。
その後、咲夜が落ち着きを取り戻すのを見計らい、颯太が二杯目の温かいコーヒーを入れ直してくれたことで再びティータイムの続きを楽しむこととなった。
辰臣も颯太も、まるで先程のことは何でもなかったことのように普段通りのやり取りを続けていて、たまにこちらにも話を振ってくれる。そんな自然な空気が何より有難かった。勿論、それでも二人が気を使ってくれていることは十分理解している。ただ、それは変な気遣いなどではなかったし、何より二人からはそれに反する心の声が聞こえてくることがなかったので、その現実が咲夜の心を軽くしてくれた。
(それにしたって、あんな風に人前で泣くなんて…。きっと、二人を困らせたよね…)
小さな子どもの頃ならまだしも、人前で涙を流すなんていつ以来だろう?
ただ、それだけ嬉しい出来事であったのは確かだ。ここ数年の記憶をどれだけ遡っても、こんな気持ちになったことなどなかったと自信を持って言える。
「…でね。前にも話したけど、咲夜ちゃんにお願いがあるんだ。この後、ランボーとの散歩に一緒について来て貰えないかな?」
「散歩に…ですか?」
構わないですけど…と続けると、辰臣が少しだけ申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「実はね、散歩中いつもランボーが落ち着かなくなる場所があるんだ。何かを訴えているみたいな感じなんだけど、どうしても僕は分かってあげられなくて。咲夜ちゃんはランボーと打ち解けているし、もしかしたら何か分かるんじゃないかなって思ったんだ。咲夜ちゃん自身が気にしてるその能力に頼るようでホント申し訳ないんだけど…」
本当に申し訳なさそうに眉を下げている辰臣を前に、咲夜は首を横に振ると快く引き受けることにした。
この能力が存在する『その意味』は、今もまだ分からないけれど。
それでも、自分が好きだと思える人たちの役に立てることが僅かながらにでもあるのなら、それも良いのかも知れないと少しだけ思えた。
「…まったく。回りくどいんだからなぁ、颯太は」
「ん?…何がだよ?」
「とぼけても僕の目は誤魔化せないからね。気にしてる咲夜ちゃんを元気づける為にワザとあんな話題を振ったんだろ?」
あんな話題というのは、勿論『天使ちゃん』のことだ。今となっては既に己にとっての黒歴史と化しているネタだが。
過去のこととは言え、まさか本人の前でアレを暴露されるとは思ってもみなかったけれど。それでも、それが彼女を元気づける為だというのであれば、この程度の己の羞恥などどうでも良いことだ。
だが、その指摘は意外にも的を外していたのか、颯太は一瞬キョトンとした表情を見せた。が、すぐに今度は気まずそうに、こちらから視線を逸らすと頭を掻いた。
「あー、別に元気づけるとかそんな殊勝な理由とかではなかったんだけど…さ。何かあいつ、変にトラウマになってるっぽかったし」
そう言って、今も涙を拭っている咲夜に視線を向ける。
「ま、確かに人前でわざわざ大声で言うようなものではないだろうけど、でも自分で望んで手に入れられるようなモンでもないんだし、あんな風に自分を責めてたって仕方ないと思うんだよな。まあ、確かに人と違う力やモノっていうのは、どうしたって好奇の目に晒されがちだし、今までに嫌な思いをしてきたのかもしんないけど。でも、何か勿体ないと思うんだよ」
そう語る颯太の瞳は、何処か優しい光を纏っていて。
(…なんか、いい顔してるじゃないか。颯太)
今まで他人にあまり干渉することがなかった颯太が、そんなことをサラッと口にするなんて。
辰臣は保護者目線で颯太の変化を喜び、感慨に浸るのだった。
その後、咲夜が落ち着きを取り戻すのを見計らい、颯太が二杯目の温かいコーヒーを入れ直してくれたことで再びティータイムの続きを楽しむこととなった。
辰臣も颯太も、まるで先程のことは何でもなかったことのように普段通りのやり取りを続けていて、たまにこちらにも話を振ってくれる。そんな自然な空気が何より有難かった。勿論、それでも二人が気を使ってくれていることは十分理解している。ただ、それは変な気遣いなどではなかったし、何より二人からはそれに反する心の声が聞こえてくることがなかったので、その現実が咲夜の心を軽くしてくれた。
(それにしたって、あんな風に人前で泣くなんて…。きっと、二人を困らせたよね…)
小さな子どもの頃ならまだしも、人前で涙を流すなんていつ以来だろう?
ただ、それだけ嬉しい出来事であったのは確かだ。ここ数年の記憶をどれだけ遡っても、こんな気持ちになったことなどなかったと自信を持って言える。
「…でね。前にも話したけど、咲夜ちゃんにお願いがあるんだ。この後、ランボーとの散歩に一緒について来て貰えないかな?」
「散歩に…ですか?」
構わないですけど…と続けると、辰臣が少しだけ申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「実はね、散歩中いつもランボーが落ち着かなくなる場所があるんだ。何かを訴えているみたいな感じなんだけど、どうしても僕は分かってあげられなくて。咲夜ちゃんはランボーと打ち解けているし、もしかしたら何か分かるんじゃないかなって思ったんだ。咲夜ちゃん自身が気にしてるその能力に頼るようでホント申し訳ないんだけど…」
本当に申し訳なさそうに眉を下げている辰臣を前に、咲夜は首を横に振ると快く引き受けることにした。
この能力が存在する『その意味』は、今もまだ分からないけれど。
それでも、自分が好きだと思える人たちの役に立てることが僅かながらにでもあるのなら、それも良いのかも知れないと少しだけ思えた。
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