心がささやいている

龍野ゆうき

文字の大きさ
上 下
33 / 33
その意味

5-7

しおりを挟む
目の前で震えている彼女の頬を伝う涙が少なからず悲しみからではないことに安堵しつつ。辰臣は隣でどこか満足げにその様子を眺めている友人に、当人にだけ聞こえる声量で声を掛けた。

「…まったく。回りくどいんだからなぁ、颯太は」
「ん?…何がだよ?」
「とぼけても僕の目は誤魔化せないからね。気にしてる咲夜ちゃんを元気づける為にワザとあんな話題を振ったんだろ?」

あんな話題というのは、勿論『天使ちゃん』のことだ。今となっては既に己にとっての黒歴史と化しているネタだが。
過去のこととは言え、まさか本人の前でアレを暴露されるとは思ってもみなかったけれど。それでも、それが彼女を元気づける為だというのであれば、この程度の己の羞恥などどうでも良いことだ。
だが、その指摘は意外にもマトはずしていたのか、颯太は一瞬キョトンとした表情を見せた。が、すぐに今度は気まずそうに、こちらから視線をらすと頭をいた。

「あー、別に元気づけるとかそんな殊勝しゅしょうな理由とかではなかったんだけど…さ。何かあいつ、変にトラウマになってるっぽかったし」

そう言って、今も涙を拭っている咲夜に視線を向ける。

「ま、確かに人前でわざわざ大声で言うようなものではないだろうけど、でも自分で望んで手に入れられるようなモンでもないんだし、あんな風に自分を責めてたって仕方ないと思うんだよな。まあ、確かに人と違う力やモノっていうのは、どうしたって好奇の目にさらされがちだし、今までに嫌な思いをしてきたのかもしんないけど。でも、何か勿体ないと思うんだよ」

そう語る颯太の瞳は、何処か優しい光をまとっていて。

(…なんか、いい顔してるじゃないか。颯太)

今まで他人にあまり干渉することがなかった颯太が、そんなことをサラッと口にするなんて。
辰臣は保護者目線で颯太の変化を喜び、感慨に浸るのだった。


その後、咲夜が落ち着きを取り戻すのを見計らい、颯太が二杯目の温かいコーヒーを入れ直してくれたことで再びティータイムの続きを楽しむこととなった。

辰臣も颯太も、まるで先程のことは何でもなかったことのように普段通りのやり取りを続けていて、たまにこちらにも話を振ってくれる。そんな自然な空気が何より有難かった。勿論、それでも二人が気を使ってくれていることは十分理解している。ただ、それは変な気遣いなどではなかったし、何より二人からはそれに反する心の声が聞こえてくることがなかったので、その現実が咲夜の心を軽くしてくれた。

(それにしたって、あんな風に人前で泣くなんて…。きっと、二人を困らせたよね…)

小さな子どもの頃ならまだしも、人前で涙を流すなんていつ以来だろう?
ただ、それだけ嬉しい出来事であったのは確かだ。ここ数年の記憶をどれだけさかのぼっても、こんな気持ちになったことなどなかったと自信を持って言える。

「…でね。前にも話したけど、咲夜ちゃんにお願いがあるんだ。この後、ランボーとの散歩に一緒について来て貰えないかな?」
「散歩に…ですか?」
構わないですけど…と続けると、辰臣が少しだけ申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「実はね、散歩中いつもランボーが落ち着かなくなる場所があるんだ。何かを訴えているみたいな感じなんだけど、どうしても僕は分かってあげられなくて。咲夜ちゃんはランボーと打ち解けているし、もしかしたら何か分かるんじゃないかなって思ったんだ。咲夜ちゃん自身が気にしてるその能力に頼るようでホント申し訳ないんだけど…」

本当に申し訳なさそうに眉を下げている辰臣を前に、咲夜は首を横に振ると快く引き受けることにした。


この能力が存在する『その意味』は、今もまだ分からないけれど。
それでも、自分が好きだと思える人たちの役に立てることが僅かながらにでもあるのなら、それも良いのかも知れないと少しだけ思えた。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...