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その意味
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彼らとも、このことが原因で終わるんだろうか。
そう思うと少しだけ胸が痛んだ。
ちょっと、今までにはない場所だったから。
何だか、とても居心地が良かったから。
いつだって自ら他人と距離を取り。
敢えて近づいてくる者には、冷ややかな視線や態度でけん制する。
近くにいればいる程、その人物の本音を目の当たりにしてしまうから。それが表面上に現れている態度や言葉と違っている程、悲しくて。時には傷つき、幻滅して。
そして同時に、そんな人の隠された一面を勝手に盗み聞いているような自分自身に嫌気が募っていった。
聞きたくなんかないのに。
知りたくなんか、なかったのに。
だけど、彼らと一緒にいると…。そんなに長い期間一緒にいた訳ではないが、二人からは何故だかそんな心の声が聞こえてくることはなかったから。
普段知らず知らずのうちに張り巡らしている神経がマヒを起こしているというか、どこか感覚が休まっているような、そんな感じがしていた。
「はぁ…」
もう何度目か分からないため息を、またひとつ吐く。
自分からカミングアウトしておいて今更、自業自得だとは思うのだけど。
拒絶されると分かっていて、明日またあの場所に顔を出さなくてはいけないのは憂鬱以外の何ものでもないなと咲夜は思った。
(…約束なんか、しなきゃ良かったな。明日、気が重い…。行きたくない、な…)
広げたままの教科書に咲夜はそのまま顔を突っ伏すと、再び大きなため息を吐くのだった。
翌日。土曜日。
「あっ!!咲夜ちゃん来たっ!おっはよーーーーっ!!」
ごく自然に向けられた優しい笑顔と。「今日はいい天気だねぇー」と続けられた、ある意味能天気とも言える明るい辰臣の声に咲夜は面食らっていた。
丁度清掃中だったのか、開け放たれていたクリニックの入口の前に差し掛かったと同時に中から声を掛けられてしまい、どんな顔をして入ったら良いのかと昨晩から悶々としていた咲夜の苦悩は徒労に終わった。
「おはよう、ございます」
「おはよー。昨日はありがとうね。なんか咲夜ちゃんにも色々心配掛けちゃったみたいで、悪いことしちゃったね」
室内をモップがけしながら眩しい笑顔を向けてくる辰臣に「いえ…」と戸惑っていれば、
「あ、どうぞっ。もう掃除も終わるから中入って待っててー」
と、促され、そのまま戸口に立っていても迷惑でしかないので「失礼します…」と、邪魔にならない場所へと移動した。
すると、二人のやり取りが聞こえたのか、奥から颯太が顔を出した。
「オッス」
「お、はよう…」
もっと何かしらの反応があるだろうと思い構えていたのに、颯太からもごく自然な挨拶が飛んできて咲夜は戸惑いを隠せなかった。
そんな様子に気づいたのか、颯太がさりげなく濡らしたクロスを手に咲夜の横にあるテーブルへと近づいて来た。そして、おもむろにテーブルを拭きながら隣にいる咲夜にしか聞こえない声量で口を開いた。
「お前の能力のことは、辰臣さんには言ってないから」
「え…?」
「依頼人のことは、お前が噂で聞いた話ってことになってるんでヨロシク」
小声でそんなことを伝えてくる颯太に。咲夜は信じられない思いで見つめていた。
「なん、で…?」
(やっぱり、信じられなかったから…?)
だが、そんな咲夜の考えを察したのか、辰臣がごみを捨てに外へ出たことを横目で確認すると「勘違いするなよ」と、颯太は向き直った。
「お前の話を疑ってるワケじゃない。ただ、俺の口から軽々しく人に話して良いものでもないと思ったからだ」
「え…?」
意外だった。大空さん至上の彼のことだ。大空さんには、ありのままを伝えるものだとばかり勝手に思い込んでいた。けれど、続けられた幸村くんの言葉は、そんな私の予想を遥かに超えたものだった。
「お前が今まで『その能力』のことを、どれだけの人に話してきたかは知らないけど…俺に言うのも、それなりに勇気がいったんだろうなってこと位は見ていて分かったからな。あまり、大きな声で言いふらせるような内容でもないし、今まである程度自分の内に抱え込んできたものなんだろ?そんな風にお前が意を決して口にした秘密を俺が簡単に人に言えるワケないだろーが」
それは、衝撃だった。
まるで一陣の風が…吹き抜けていくような、そんな感覚。
本当なら向けられて当然と思っていた否定も、軽蔑も、拒絶も。全てを受け入れる覚悟で私は彼に伝えたし、今日ここへも足を運んだ。だけど、幸村くんは私の言葉を疑うことも否定することもせず、逆に尊重してくれている。ましてや、そんな私の気持ちまで気遣ってくれている、なんて…。
(そんな風に…考えられる人もいるんだ…)
いつかの母の言葉が頭を過ぎる。
『あの子のあの目…。何もかも見透かされてるみたいで苦手なのよ。あの目に見つめられていると本気で気が狂いそう。もう、耐えられないのよっ』
私の能力を正確に知っていた訳ではないだろうけど、母の場合は分かり易い程の『拒絶』だった。
全ての人の反応が母と同じだと思っていた訳じゃない。だけど、何でもないことのように自然に受け入れてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。
「幸村くんは…優しいんだね…」
思わず涙が溢れそうになって。でも、こんなことで突然泣かれても彼が困るだろうと思い必死に耐えた。
そう思うと少しだけ胸が痛んだ。
ちょっと、今までにはない場所だったから。
何だか、とても居心地が良かったから。
いつだって自ら他人と距離を取り。
敢えて近づいてくる者には、冷ややかな視線や態度でけん制する。
近くにいればいる程、その人物の本音を目の当たりにしてしまうから。それが表面上に現れている態度や言葉と違っている程、悲しくて。時には傷つき、幻滅して。
そして同時に、そんな人の隠された一面を勝手に盗み聞いているような自分自身に嫌気が募っていった。
聞きたくなんかないのに。
知りたくなんか、なかったのに。
だけど、彼らと一緒にいると…。そんなに長い期間一緒にいた訳ではないが、二人からは何故だかそんな心の声が聞こえてくることはなかったから。
普段知らず知らずのうちに張り巡らしている神経がマヒを起こしているというか、どこか感覚が休まっているような、そんな感じがしていた。
「はぁ…」
もう何度目か分からないため息を、またひとつ吐く。
自分からカミングアウトしておいて今更、自業自得だとは思うのだけど。
拒絶されると分かっていて、明日またあの場所に顔を出さなくてはいけないのは憂鬱以外の何ものでもないなと咲夜は思った。
(…約束なんか、しなきゃ良かったな。明日、気が重い…。行きたくない、な…)
広げたままの教科書に咲夜はそのまま顔を突っ伏すと、再び大きなため息を吐くのだった。
翌日。土曜日。
「あっ!!咲夜ちゃん来たっ!おっはよーーーーっ!!」
ごく自然に向けられた優しい笑顔と。「今日はいい天気だねぇー」と続けられた、ある意味能天気とも言える明るい辰臣の声に咲夜は面食らっていた。
丁度清掃中だったのか、開け放たれていたクリニックの入口の前に差し掛かったと同時に中から声を掛けられてしまい、どんな顔をして入ったら良いのかと昨晩から悶々としていた咲夜の苦悩は徒労に終わった。
「おはよう、ございます」
「おはよー。昨日はありがとうね。なんか咲夜ちゃんにも色々心配掛けちゃったみたいで、悪いことしちゃったね」
室内をモップがけしながら眩しい笑顔を向けてくる辰臣に「いえ…」と戸惑っていれば、
「あ、どうぞっ。もう掃除も終わるから中入って待っててー」
と、促され、そのまま戸口に立っていても迷惑でしかないので「失礼します…」と、邪魔にならない場所へと移動した。
すると、二人のやり取りが聞こえたのか、奥から颯太が顔を出した。
「オッス」
「お、はよう…」
もっと何かしらの反応があるだろうと思い構えていたのに、颯太からもごく自然な挨拶が飛んできて咲夜は戸惑いを隠せなかった。
そんな様子に気づいたのか、颯太がさりげなく濡らしたクロスを手に咲夜の横にあるテーブルへと近づいて来た。そして、おもむろにテーブルを拭きながら隣にいる咲夜にしか聞こえない声量で口を開いた。
「お前の能力のことは、辰臣さんには言ってないから」
「え…?」
「依頼人のことは、お前が噂で聞いた話ってことになってるんでヨロシク」
小声でそんなことを伝えてくる颯太に。咲夜は信じられない思いで見つめていた。
「なん、で…?」
(やっぱり、信じられなかったから…?)
だが、そんな咲夜の考えを察したのか、辰臣がごみを捨てに外へ出たことを横目で確認すると「勘違いするなよ」と、颯太は向き直った。
「お前の話を疑ってるワケじゃない。ただ、俺の口から軽々しく人に話して良いものでもないと思ったからだ」
「え…?」
意外だった。大空さん至上の彼のことだ。大空さんには、ありのままを伝えるものだとばかり勝手に思い込んでいた。けれど、続けられた幸村くんの言葉は、そんな私の予想を遥かに超えたものだった。
「お前が今まで『その能力』のことを、どれだけの人に話してきたかは知らないけど…俺に言うのも、それなりに勇気がいったんだろうなってこと位は見ていて分かったからな。あまり、大きな声で言いふらせるような内容でもないし、今まである程度自分の内に抱え込んできたものなんだろ?そんな風にお前が意を決して口にした秘密を俺が簡単に人に言えるワケないだろーが」
それは、衝撃だった。
まるで一陣の風が…吹き抜けていくような、そんな感覚。
本当なら向けられて当然と思っていた否定も、軽蔑も、拒絶も。全てを受け入れる覚悟で私は彼に伝えたし、今日ここへも足を運んだ。だけど、幸村くんは私の言葉を疑うことも否定することもせず、逆に尊重してくれている。ましてや、そんな私の気持ちまで気遣ってくれている、なんて…。
(そんな風に…考えられる人もいるんだ…)
いつかの母の言葉が頭を過ぎる。
『あの子のあの目…。何もかも見透かされてるみたいで苦手なのよ。あの目に見つめられていると本気で気が狂いそう。もう、耐えられないのよっ』
私の能力を正確に知っていた訳ではないだろうけど、母の場合は分かり易い程の『拒絶』だった。
全ての人の反応が母と同じだと思っていた訳じゃない。だけど、何でもないことのように自然に受け入れてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。
「幸村くんは…優しいんだね…」
思わず涙が溢れそうになって。でも、こんなことで突然泣かれても彼が困るだろうと思い必死に耐えた。
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