心がささやいている

龍野ゆうき

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トクベツな場所

4-8

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「まあな。一応契約では夜八時までって話ではあったんだけど、辰臣さんが絶対に見つけて家族揃って引っ越しさせてあげたいって折れなくてさ」
何処かから出してきたタオルなどを手提げの袋に詰めながら颯太が言った。

(ああ、やっぱり…)
そうなるんじゃないかなとは思っていた。予感はしていたのだ。
ランボーの件で初めて会ったあの日から、彼がそういう心根の優しい人物だということは知っていたから。

「でも、じゃあ大空さんはまだ…」
「ああ、まだ捜してる。あの人は諦めてないんだ」

この降りしきる冷たい雨の中。
このままでは家族と離れ離れになってしまうであろう可哀想な迷い猫と、その猫の帰りを信じて待っている小さな少女の為に。

本当は、そんな猫はもう…。何処を捜しても、この街にはいないのに…?

それでも目の前の彼は、そんな大空さんのことが心配で、一旦こちらへ戻って傘やタオルなんかを取りに来たのだという。
「オレはもう上がっていいって言われたんだけどさ。そうすると、あの人ずっと…徹夜してでも猫探ししてそうだろ?流石に、放ってはおけないからな」
あの人見かけによらず昔から頑固なんだよ、と肩をすくめて笑いながら自らも傘を開いて再びクリニックを施錠するその横顔は、既に雨に濡れて冷え切っているのだろう、妙に白くて痛々しいもので。咲夜はいたたまれない気持ちになった。

(本当のことを知っていながら、それを教えないでいる私は、最低だね…)

本来なら誰も知り得ない『真実』。
でも、どんなに捜しても本当に猫はもう何処にもいない。
それを知りながら、それでも見つかるまで雨の中捜し続ける彼らを自分は…。

(…見ぬ振りなんか出来ない。したくないっ)

「幸村くんっ」

気付けば身体が動いていた。
一歩を踏み出しかけた颯太の袖を咄嗟に後ろから掴むように引き止めると、反動で揺れて斜めになった咲夜の傘からはパタパタと大粒の雫がこぼれ落ちた。

「月岡?」
「今すぐ止めて…」
「なに…?」
「今すぐ、猫の捜索をやめさせてっ」
「はぁ?何を急に…。…いったい、どうしたんだ?」
怪訝そうにこちらを振り返っている彼に、咲夜は真剣な表情を崩さず言葉を続けた。
「捜している猫なんて、もともと何処にもいないの。どんなに捜しても見つかるハズない。だって、迷い猫なんて全部飼い主のデタラメだったんだから」
「…はぁ?」

こんなことを急に言い出したら、きっと何言ってるんだコイツ?…って不審に思われるだけだってこと位は分かってる。でも、自分は本当のことを伝えることしか出来ないのだ。

「だからこんな雨の中、もう猫を捜すのはやめて」
「突然何を言い出すんだよ、お前。飼い主のデタラメって…どこかで何か聞いたのか?その根拠は?」
「…根拠…」
本人が心の中で語っていたと話したところで普通は信じられるものでもない。でも…。

簡単には信じてもらえなくても。
たとえ、気持ち悪いと思われてしまっても。

(やっぱり、見て見ぬふりすることだけは嫌だから!)


「私、実は…。人の心の声が聞こえるの」


この能力に気付いてから、人との関わりを極力避けてきた咲夜にとって。
それは、初めてのカミングアウトだった。

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