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トクベツな場所
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「…おかあさん?」
「なあに、咲夜。…どうかしたの?」
『そんな目で見ないで。あの人と同じ…その瞳。もう、見たくもない』
…私が何をしたというのだろう?
存在そのものを疎まれてしまう程に、何か悪いことをしてしまったのかな?
自問自答を繰り返しても答えなんか出て来なかった。当然だ。だって、自分は何もしていない。父と母との問題に何も関わることすら出来やしなかったのだから。
でも、この時に全てを理解したのだ。
母が宝物だと可愛がっていたのは、『愛する人との子』であって『私』じゃないということ。
裏切られ、憎しみの相手に変わった父の子である私は、もう宝物なんかじゃなく、いらないものなのだと。
「…っ…」
少し眠ってしまっていたらしい。
気が付けば自分の部屋のベッドの上で、すっかり辺りは暗くなっていた。窓から隣の家の明かりがうっすらと灯っているのが見える。暗さに慣れて来た目で壁に掛かる時計を見れば、時刻は既に夕方の六時半を回っていた。
(…嫌な夢、見ちゃったな…)
母とのことは、もう今更なのに。まだ自分は気にしていたりするんだろうか。そう思うと余計に憂鬱な気分になる。
それでも、さっきの猫探しの件の影響を受けているんだろうなぁと、咲夜は知らず遠い目になった。
(本当、イヤな話だ…)
ペットは、飼っている人にとっては家族同然だという話もよく聞くのに。
いくら引っ越し先で飼えない環境だからといって、保健所に連れて行くなんて有り得ない。せめて誰かに預けるとか違う対処法はなかったのだろうか。
(何にしても…。大空さんがその事実を知ったら、きっと悲しむだろうな…)
自分の都合で簡単に切り捨ててしまえる…。
そんなの、愛情なんかじゃない。
その後。
夕食を終え、風呂の準備が出来たので祖母に入るよう伝えに咲夜が居間へと向かうと、祖母は電話中だった。
「ええ…。そう、分かったわ。教えていただいてありがとうね。…ん、そうね。じゃあ、明日…。ええ、おやすみなさい」
受話器を置くや否や、傍にいる自分に気づいた祖母がこちらを振り返りながら小さくため息を吐いた。
「困ったわ…」
「どうしたの?おばあちゃん、何かあった?」
「…それがね…」
その十数分後。
咲夜は、夕方から降り始めたらしい小雨の中、傘を手にひとり夜道を歩いていた。祖母に使いを頼まれた為だ。
何でも祖母の古い知人が亡くなったとのことで、先程の電話はその知らせだった。世話になった相手らしく明日葬儀に出席することにしたので、急きょ香典袋が必要だというので咲夜自ら買い物をかって出たのだ。
時計は既に夜の八時を回ってはいるが、24時間営業のコンビニならば問題ない。家から少し距離はあるが、それを目指して咲夜は足を進めた。
本音を言ってしまうと、辰臣たちのことが少しだけ気になっていた。だが、救済センターの前を通ってみたもののクリニック内は明かりが灯っておらず、人の気配はない。
(時間的には戻って来てる頃だと思ったんだけど)
雨が降っていることもあるし、早めに上がったのだろうか?
もし、そうならいいけれど。
元々居もしない猫をこんな時間まで探し続けること自体、あまりに不憫に思えてならなかったし、それを知っていながら二人に伝えることが出来ない自分自身にも嫌悪で一杯だった。
(でも、こんな冷たい雨も降ってるし…)
もう仕事は終えたのだろうと気持ちを切り替え、コンビニへと再び足を向けて歩き出した、その時だった。
「あれっ?月岡…?」
街灯の明かりが届かない薄暗い通りの向こうから突然声が掛かり、咲夜は足を止めた。すると、灯りの下見知った人物が顔を現した。それは、夕方丁度この辺りで別れた颯太だった。
「幸村くん…?」
「おう。どうしたんだよ?お前…。こんな時間に、こんな場所で」
そう普段通りに話しながらも彼自身は傘をさしておらず、薄手のウインドブレーカーのようなパーカーを羽織ってはいるものの、頭はすっかり雨に濡れて水が滴っているような状態だった。
「ちょっと!ずぶ濡れじゃないっ。風邪引いちゃうよっ?」
慌てて咲夜が持っていた傘を差し出すが、颯太は手を振って「ああ、コレくらい大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せる。だが、その表情からはどこか疲弊した様子が見えて、咲夜は何とも言えない顔になった。
「思ったより本降りになったよなー?降り始めに一度上着取りに戻っては来たんだけど、流石にこんなに降り続くとは思ってなかったからな。傘持ってけば良かったんだけど、そう長くは降らないだろうと読み違えて、このザマよ」
そう何てことのない様子でおどけて話しながら、颯太は上着のポケットから鍵を取り出すとクリニックの扉を開けた。確かに、今朝の天気予報では雨が降るなんて一言も言っていなかったから誰もが予想外の天気ではあったのだけれど。
颯太はクリニックに入ると明かりを点けて、ガタガタと引き出しなどを開けては何かを取り出し始めた。どうやら、再び何か荷物を取りに戻って来たようだ。
入り口に立ったままで、そんな様子を眺めていた咲夜は両手で握っていた傘の柄をきゅ…と握り締めた。
「もしかして…今までずっと、猫をさがしていたの?」
「なあに、咲夜。…どうかしたの?」
『そんな目で見ないで。あの人と同じ…その瞳。もう、見たくもない』
…私が何をしたというのだろう?
存在そのものを疎まれてしまう程に、何か悪いことをしてしまったのかな?
自問自答を繰り返しても答えなんか出て来なかった。当然だ。だって、自分は何もしていない。父と母との問題に何も関わることすら出来やしなかったのだから。
でも、この時に全てを理解したのだ。
母が宝物だと可愛がっていたのは、『愛する人との子』であって『私』じゃないということ。
裏切られ、憎しみの相手に変わった父の子である私は、もう宝物なんかじゃなく、いらないものなのだと。
「…っ…」
少し眠ってしまっていたらしい。
気が付けば自分の部屋のベッドの上で、すっかり辺りは暗くなっていた。窓から隣の家の明かりがうっすらと灯っているのが見える。暗さに慣れて来た目で壁に掛かる時計を見れば、時刻は既に夕方の六時半を回っていた。
(…嫌な夢、見ちゃったな…)
母とのことは、もう今更なのに。まだ自分は気にしていたりするんだろうか。そう思うと余計に憂鬱な気分になる。
それでも、さっきの猫探しの件の影響を受けているんだろうなぁと、咲夜は知らず遠い目になった。
(本当、イヤな話だ…)
ペットは、飼っている人にとっては家族同然だという話もよく聞くのに。
いくら引っ越し先で飼えない環境だからといって、保健所に連れて行くなんて有り得ない。せめて誰かに預けるとか違う対処法はなかったのだろうか。
(何にしても…。大空さんがその事実を知ったら、きっと悲しむだろうな…)
自分の都合で簡単に切り捨ててしまえる…。
そんなの、愛情なんかじゃない。
その後。
夕食を終え、風呂の準備が出来たので祖母に入るよう伝えに咲夜が居間へと向かうと、祖母は電話中だった。
「ええ…。そう、分かったわ。教えていただいてありがとうね。…ん、そうね。じゃあ、明日…。ええ、おやすみなさい」
受話器を置くや否や、傍にいる自分に気づいた祖母がこちらを振り返りながら小さくため息を吐いた。
「困ったわ…」
「どうしたの?おばあちゃん、何かあった?」
「…それがね…」
その十数分後。
咲夜は、夕方から降り始めたらしい小雨の中、傘を手にひとり夜道を歩いていた。祖母に使いを頼まれた為だ。
何でも祖母の古い知人が亡くなったとのことで、先程の電話はその知らせだった。世話になった相手らしく明日葬儀に出席することにしたので、急きょ香典袋が必要だというので咲夜自ら買い物をかって出たのだ。
時計は既に夜の八時を回ってはいるが、24時間営業のコンビニならば問題ない。家から少し距離はあるが、それを目指して咲夜は足を進めた。
本音を言ってしまうと、辰臣たちのことが少しだけ気になっていた。だが、救済センターの前を通ってみたもののクリニック内は明かりが灯っておらず、人の気配はない。
(時間的には戻って来てる頃だと思ったんだけど)
雨が降っていることもあるし、早めに上がったのだろうか?
もし、そうならいいけれど。
元々居もしない猫をこんな時間まで探し続けること自体、あまりに不憫に思えてならなかったし、それを知っていながら二人に伝えることが出来ない自分自身にも嫌悪で一杯だった。
(でも、こんな冷たい雨も降ってるし…)
もう仕事は終えたのだろうと気持ちを切り替え、コンビニへと再び足を向けて歩き出した、その時だった。
「あれっ?月岡…?」
街灯の明かりが届かない薄暗い通りの向こうから突然声が掛かり、咲夜は足を止めた。すると、灯りの下見知った人物が顔を現した。それは、夕方丁度この辺りで別れた颯太だった。
「幸村くん…?」
「おう。どうしたんだよ?お前…。こんな時間に、こんな場所で」
そう普段通りに話しながらも彼自身は傘をさしておらず、薄手のウインドブレーカーのようなパーカーを羽織ってはいるものの、頭はすっかり雨に濡れて水が滴っているような状態だった。
「ちょっと!ずぶ濡れじゃないっ。風邪引いちゃうよっ?」
慌てて咲夜が持っていた傘を差し出すが、颯太は手を振って「ああ、コレくらい大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せる。だが、その表情からはどこか疲弊した様子が見えて、咲夜は何とも言えない顔になった。
「思ったより本降りになったよなー?降り始めに一度上着取りに戻っては来たんだけど、流石にこんなに降り続くとは思ってなかったからな。傘持ってけば良かったんだけど、そう長くは降らないだろうと読み違えて、このザマよ」
そう何てことのない様子でおどけて話しながら、颯太は上着のポケットから鍵を取り出すとクリニックの扉を開けた。確かに、今朝の天気予報では雨が降るなんて一言も言っていなかったから誰もが予想外の天気ではあったのだけれど。
颯太はクリニックに入ると明かりを点けて、ガタガタと引き出しなどを開けては何かを取り出し始めた。どうやら、再び何か荷物を取りに戻って来たようだ。
入り口に立ったままで、そんな様子を眺めていた咲夜は両手で握っていた傘の柄をきゅ…と握り締めた。
「もしかして…今までずっと、猫をさがしていたの?」
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