心がささやいている

龍野ゆうき

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トクベツな場所

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そうなると夕食まで遅くなったり、最悪の場合夕食までも抜きで疲れ果てて朝まで寝てしまっていたなんてこともあったりした。
困っている人が居ると放っておけないタチ。そういう部分は、颯太にとって彼の最も尊敬する部分ではあったが、身内のような立場である颯太にとっては心配の種でもあった。流石に自分の身体も気遣って欲しいと思うのは当然のことだ。その為、敢えて自分が居るこの時間に、半強制的に休憩を取らせることにしたのだ。
もう、流石にいい大人なんだから…とは思うが、こればっかりは仕方ない。その内そんな辰臣のことを理解して、ずっと傍に寄り添ってくれるような人が現れるまでは、自分がその役目を果たしてしまうのかも知れない。

火に掛けたやかんが小さくシュウシュウ鳴り始める音に耳を傾けながら、颯太は慣れた仕草でカップにインスタント珈琲を入れていく。そうして、簡単にお茶菓子をトレーに用意し終えると、そこから見える光景を何とはなしに眺めていた。
給湯室からは、辰臣と咲夜がテーブル横に立ちながら何やら話しているのが見える。咲夜の足元にはランボーがいて、どうやら今日も熱烈な歓迎を受けているようだった。そんなランボーの話題で盛り上がっているのか二人が微笑むのが見えた。

彼女は、こうして見ていると学校で見掛ける印象とはかなり違う。まだ、自分は彼女という存在を認識してから日は浅いが、数日の間でも学校ではあんな風に微笑む姿を見たことはないし、何より人とあまり一緒にいる所を見なかった。逆に他人を寄せ付けないようなオーラを身にまとっているようにさえ見える。

それは何故なんだろうと、少しだけ気になっていた。

単に人嫌いなのかもと思って見ていたが、話し掛けたりした後の表情や応対を見ている限りでは特別そんな感じもしない。他人に対して不信感や苦手意識があったら、あんな風に自然に相手の目を見て話せないだろうし、それこそ何かしらの拒絶反応が見られる筈だと思う。
鍵の落とし物にしてもそうだ。あんな風に自分から持ち主かどうかも分からない者に声を掛けることなど、人嫌いなのであれば簡単に出来ることではないだろうし、そういう面からコミュニケーションが苦手なタイプという感じでもないことが判る。
それなら、何故学校では誰とも関わらず独りでいることが多いのか。
学校の中に何か理由があるのかとも考えたが、とにかく必要以上に踏み込んだ関係を持った者がいないので、誰もが彼女のことを詳しく知らないのが現状なようだ。よく彼女のことを『ミステリアス』なのが魅力だとか称賛している奴らがいるが、それは単に『知らない』だけだというのだから、ある意味くだらない。

その時、ヒュルヒュル…と、沸騰を知らせるやかんの音が鳴り出して、颯太は意識を現実へと戻すと慌てて火を止めた。そうして、白く湯気の上がるお湯をカップへと注いでゆく。

(でも、何だろう…。なぁんか違和感あるんだよな…あいつ)

彼女を見ていて気になることがある。
どこが…という程、まだ何とも言えないのだが。

準備の出来たトレーを手に給湯室を後にすると、誰か来たのか辰臣は入口で対応していた。月岡は、テーブルの椅子につきながらも何処かうわの空でランボーの相手をしている。

そう。例えば、こういう時の月岡。
うわの空…というよりは、別の何かに集中しているというか。

ふとした瞬間の、周囲を見渡す視線、だとか。
普段から何かに考えを募らせているのか、不意に何もないところで目をみはったり、時には表情を曇らせたり。

それは本当に一瞬の出来事で。表情だって普通なら気付きにくいであろう些細な変化だ。けれど、何度かそういった場面を見ているような気がしていた。
だから、それが何故なのかつい気になってしまい、こっそり表情を盗み見ていたりする自分がいる。

(…これって、結構ヤバイ奴だよな。タダの変態かっ!…ってーの)

それでも、気になってしまうのだから仕方ない。
元来、人間観察は好きなのだ。ただ、あまり他人に興味を持てないだけで。



颯太が三人分のカップをテーブル上に並べ終えたところで丁度客が帰ったらしく、辰臣がこちらを振り返りざまにどこか慌てた様子で声を上げた。

「颯太、ゴメンッ!折角お茶入れて貰ったところ悪いんだけど、急な依頼が入っちゃった」
「…何の?」
「迷い猫の捜索っ!今来た依頼主さんの話ではね、明日ご家族で引っ越しを控えているらしいんだ。だけど飼い猫が、ここ二日ほど帰って来ないらしくて。このまま見つからないと猫ちゃんだけ置いてけぼりになっちゃうんだよ。早く見つけてあげないとっ」

そう言って、今からすぐに捜しに出るつもりなのかバタバタと準備を始めた。
そんな慌てた辰臣を見慣れた様子で眺めていた颯太だったが、「しゃーない、俺も出るか」と独り呟くと、咲夜に向き直って言った。

「悪い、月岡。そーいう訳なんだが、お前はどうする?」
「…迷子の猫を捜すの?そんな依頼も受けるんだね」

何だか町の探偵社とか何でも屋さんみたいな仕事だなと咲夜は思った。
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